「自分の役員報酬、一体いくらに設定するのが正解なんだろう?」
「頑張って会社に利益を出したのだから、もっと報酬を上げたいけど、税務署に『高すぎる』と言われないか心配…」
「役員報酬をめぐる税務調査のポイントと、否認リスクを回避する方法が知りたい」
会社の経営者にとって、 「役員報酬」 をいくらに設定するかは、自身の生活水準を決めると同時に、会社の利益や税金、さらには社会保険料にも直結する、極めて重要な経営判断です。
特に、オーナー経営者(株主=社長)の場合、会社の利益は、いわば自分自身の努力の結晶です。その利益を、役員報酬という形で自身に還元したいと考えるのは、当然のことでしょう。
しかし、その役員報酬が 「不相当に高額である」と税務署に判断された場合、その高すぎるとされた部分は会社の経費(損金)として認められず、結果として多額の追徴課税が発生するという、厳しい現実が待っています。これを「役員報酬の損金不算入(否認)」 と呼びます。
では、税務署から「高すぎる」と指摘されない 「適正な役員報酬」 とは、一体いくらなのでしょうか。そして、私たちは、この「否認リスク」を回避しながら、いかにして自身の貢献に見合った報酬を、戦略的に設定していけばよいのでしょうか。
この記事では、数多くの企業の税務戦略に携わってきた専門家の視点から、役員報酬が否認される具体的な理由から、税務署が用いる「適正額」の判断基準、そして節税とリスク回避を両立させるための賢い設定方法まで、実際の裁判事例を交えながら徹底的に解説します。
この記事を最後までお読みいただくことで、あなたは以下の知識と具体的なアクションプランを手に入れることができます。
- 役員報酬が、なぜ税務署の厳しいチェック対象となるのか、その根本的な理由を理解できます。
- 税務署が役員報酬の「適正額」を判断する際に用いる、具体的な2つの基準(実質基準・形式基準)がわかります。
- 実際の裁判事例から、どのようなケースが「不相当に高額」と判断されるのか、そのリアルな実態を知ることができます。
- 社会保険料の負担を考慮した、戦略的な役員報酬の設定方法を学べます。
- 否認リスクを合法的に回避するための強力なツール「事前確定届出給与」の賢い活用法を身につけることができます。
役員報酬の設定は、単なる金額決定ではありません。それは、あなたの会社とあなた自身の資産を最大化するための、高度な「税務戦略」なのです。この記事が、その最適な戦略を立てるための、信頼できる羅針盤となることを願っています。
なぜ役員報酬は、税務署に「否認」されるのか?
まず、なぜ役員報酬だけが、一般の従業員の給与とは異なり、税務署から「高すぎる」と指摘されるリスクがあるのでしょうか。
その理由は、役員報酬が、会社の利益を意図的に操作するための手段として利用されやすいからです。
特に、オーナー経営者の場合、自分の報酬額を自分で決めることができます。もし、会社の利益がたくさん出そうな期に、駆け込みで役員報酬を大幅に引き上げれば、その分、会社の利益は圧縮され、支払う法人税を不当に安くすることができてしまいます。
このような 「利益調整」 を防ぐため、税法では役員報酬に対して厳しいルールを設け、「不相当に高額な部分」については、会社の経費として認めない、というスタンスを取っているのです。
税務署は何を見ている?役員報酬の「適正額」を判断する2つの基準
では、税務署は、どのような基準で役員報酬が「不相当に高額」かどうかを判断するのでしょうか。その判断基準は、大きく分けて2つの側面から行われます。
① 実質基準:その仕事内容に、その報酬は見合っているか?
これは、 役員の職務内容や、会社への貢献度、責任の重さなど、その役員が果たしている「実質的な役割」 と、支払われている報酬額が見合っているか、という観点です。
税務署は、以下のような点を総合的に考慮して判断します。
- 役員の職務内容:具体的にどのような業務に従事しているか。経営戦略の策定、重要な意思決定、新規事業の立ち上げなど、会社の業績に直結する重要な役割を担っているか。
- 会社の業績への貢献度:その役員の働きによって、会社の売上や利益がどれだけ向上したか。
- 常勤か、非常勤か:毎日出社してフルタイムで働いている「常勤役員」か、月に数回しか出社しない「非常勤役員」か。当然ながら、非常勤役員の報酬は低くあるべきと判断されます。
- 名ばかり役員ではないか:役員として登記はされているものの、実質的には何の業務も行っていない「名ばかり役員(社長の配偶者など)」に対して、高額な報酬が支払われていないか。
② 形式基準:同業・同規模の他社と比べて、高すぎないか?
実質基準と並んで、あるいはそれ以上に重視されるのが、この「形式基準」です。これは、 「あなたの会社の業種や規模が類似する、他の会社の役員報酬の水準と比較して、著しく高額ではないか」 という客観的な比較です。
税務署は、膨大な申告データの中から、あなたの会社と同じくらいの売上規模、同じ業種の会社の、役員報酬の平均値や最高値といった統計データを持っています。そして、あなたの会社の役員報酬が、その統計的なレンジから大きく逸脱している場合、「不相当に高額である」という強い疑いを持つことになります。
つまり、いくら社長が「自分はこれだけ会社に貢献したのだから、この報酬額は妥当だ!」と主張しても、世間の相場からかけ離れていれば、税務署には通用しない可能性が高いのです。
【裁判事例】月額2.5億円の役員報酬が否認されたケース
この「同業他社比較」の重要性を示す、象徴的な裁判事例があります。
大阪のある味噌製造会社が、ベトナム事業を担当していた社長の弟(役員)に対し、月額2.5億円、年間で30億円という破格の役員報酬を支払いました。会社側は、「彼の多大な貢献によって、ベトナム事業は大成功を収めたのだから、この報酬は正当な対価である」と主張しました。
しかし、国税当局はこれを「不相当に高額である」として否認。争いは裁判にまで発展しましたが、最終的に裁判所は国税側の主張を認め、報酬の大部分を経費として認めないという判決を下しました。
その判決の決め手となったのが、やはり 「同業他社の役員報酬との比較」 でした。いくら大きな功績があったとしても、社会通念上、同業他社の役員報酬の水準からあまりにもかけ離れた金額は、適正な報酬とは認められない、という厳しい判断が示されたのです。
では、「適正な役員報酬」は、いくらなのか?
では、中小企業における「適正な役員報酬」の具体的な金額は、いくらくらいが目安になるのでしょうか。
もちろん、会社の規模や利益水準によって大きく異なりますが、一つの目安として、年間1億円というラインが挙げられます。よほど特殊な事情がない限り、中小企業の役員報酬が1億円を超えていると、税務署から「高すぎるのではないか?」という目を向けられやすくなる、という感覚値があります。
重要なのは、自社の報酬額を決める際に、独りよがりな判断ではなく、同業他社の水準を意識することです。そのための情報源として、民間の調査会社が発表している役員報酬に関する統計データなどを参考にしてみるのもよいでしょう。
役員報酬と「社会保険料」の切っても切れない関係
役員報酬の額を考える上で、絶対に無視できないのが 「社会保険料」 の負担です。
毎月の役員報酬からは、所得税・住民税だけでなく、健康保険料や厚生年金保険料といった社会保険料が天引きされます。この社会保険料は、会社と個人が折半で負担しており、その料率は 合計で約30% にも及びます。
つまり、役員報酬を高く設定すればするほど、会社と個人の社会保険料負担は、雪だるま式に増えていくのです。
この負担を軽減するために、あえて毎月の役員報酬を低く抑え、その分、年に一度「賞与」として受け取るというスキームも存在します。賞与にかかる社会保険料には上限があるため、年間のトータルで見た場合に、社会保険料の負担を抑えることができるのです。
ただし、この方法は、税務署から「社会保険料逃れではないか?」と見なされるリスクも伴います。実行する際には、なぜそのような報酬体系にしているのかを、合理的に説明できる準備が必要です。
否認リスクを回避するための、2つの具体的な対策
では、税務署からの否認リスクを回避し、合法的に、そして戦略的に役員報酬を設定するためには、どうすればよいのでしょうか。2つの具体的な対策をご紹介します。
対策①:非常勤役員・名ばかり役員の報酬は、適正額に
否認リスクが最も高いのが、実態の伴わない役員への過大な報酬です。
- 非常勤役員:週に一度、会議に出席する程度の非常勤役員に、常勤役員並みの報酬を支払っていませんか?
- 名ばかり役員:社長の配偶者や親族を、特に業務に従事させていないにもかかわらず、役員として登記し、高額な報酬を支払っていませんか?
これらのケースは、税務調査で真っ先に狙われるポイントです。役員の働き方の実態に見合った、社会通念上、妥当な金額に設定することが、リスク管理の第一歩です。
対策②:「事前確定届出給与」を最大限に活用する
これが、役員報酬の否認リスクを回避するための、最も強力で、最も確実なツールです。
事前確定届出給与とは、 「いつ、誰に、いくらの賞与を支払うか」 を、あらかじめ税務署に届け出ておき、その届出通りに支給した場合に限り、その賞与を経費として認めてもらう、という制度です。
通常の役員報酬は、毎月同額でなければ経費として認められませんが、この届出制度を使えば、年に1~2回、まとまった金額を賞与として経費計上することが可能になります。
この制度を、以下のように戦略的に活用します。
- 毎月の役員報酬は、低めに設定する。
→ これにより、毎月の社会保険料負担を抑えることができます。 - 会社の利益目標を設定する。
→ 「今期、経常利益〇〇円を達成したら」というような、明確な目標を設定します。 - 目標達成時の賞与額を、事前に届け出ておく。
→ 「もし目標を達成したら、社長に賞与として〇〇円を支給します」という内容を、「事前確定届出給与に関する届出書」として、株主総会から1ヶ月以内などの期限内に、税務署へ提出します。 - 期末に目標を達成したら、届出通りに賞与を支給する。
→ これにより、まとまった金額を経費として計上し、法人税を圧縮すると同時に、社会保険料の最適化も図ることができます。
この方法は、会社の利益と役員の報酬を連動させる、非常に合理的で、かつ税務上の透明性も高い手法です。否認リスクを最小限に抑えながら、経営者の貢献に報いるための、最適な選択肢の一つと言えるでしょう。
まとめ:役員報酬は、経営者の手腕が試される「戦略」である
今回は、役員報酬の適正額と、税務署からの否認リスクを回避するための具体的な戦略について解説しました。
- 役員報酬は、「実質基準(仕事内容)」と「形式基準(同業他社比較)」の両面から、その適正額が判断されます。
- 特に、同業・同規模の他社の報酬水準から著しくかけ離れた金額は、たとえ大きな功績があったとしても、否認されるリスクが非常に高いです。
- 報酬額を考える際は、税金だけでなく、約30%にも及ぶ「社会保険料」の負担も考慮に入れる必要があります。
- 否認リスクを回避するためには、非常勤役員などの報酬を実態に見合った額にするとともに、「事前確定届出給与」の制度を戦略的に活用することが極めて有効です。
経営者が、自らの努力と才覚で会社に利益をもたらし、その対価として高い報酬を得ることは、何ら恥じるべきことではありません。それは、資本主義社会における、正当な権利です。
しかし、その権利を主張するためには、税法というルールを正しく理解し、その範囲内で、いかに自らの報酬を最大化するかという「戦略的思考」が不可欠です。
ぜひ、この記事を参考に、自社の役員報酬の設定について改めて見直し、あなたの会社の成長と、あなた自身の資産形成を両立させる、最適なバランスを見つけてください。
最後までお読みいただくありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。