「会社の利益は出ているのに、役員報酬を上げると社会保険料の負担が重すぎて、手取りが思ったように増えない…」
「法人税だけでなく、個人の税金や社会保険料まで含めて、トータルでコストを最適化する方法はないだろうか?」
会社の成長に尽力する経営者の皆様にとって、 「役員報酬をいくらに設定するか」 は、会社の財務と個人の資産形成の両方に直結する、極めて重要な経営判断です。
しかし、多くの経営者が 「給料が上がれば上がるほど、社会保険料の負担率も青天井で増え続ける」という大きな誤解 をしています。この誤解が、最適な報酬設計を妨げ、知らず知らずのうちに何十万円、何百万円ものお金を損している原因となっているのです。
実は、社会保険料の仕組みを正しく理解し、 「役員報酬」と「役員賞与」 のバランスを戦略的に使い分けることで、合法的に、そして劇的に社会保険料の負担を軽減し、社長自身の手取り額を最大化することが可能です。
この記事では、その具体的な方法を、社会保険料の知られざる「上限」の仕組みから、役員賞与を活用した驚くべき節減効果、そして税金とのバランスまで、あらゆる角度から徹底的に解説していきます。
第1章:その常識は間違い!「給与が上がるほど社会保険料の負担率は下がる」という真実
まず、最も重要なポイントであり、多くの人が誤解している社会保険料の真実からお伝えします。
【よくある誤解】
給与が50万円から100万円、200万円と増えれば、それに比例して社会保険料の負担率も上がり続ける。
【真実】
給与(役員報酬)が一定額を超えると、給与全体に占める社会保険料の負担率は、逆に下がっていきます。
なぜ、このような逆説的な現象が起こるのでしょうか。その鍵を握るのが、社会保険料の計算の基となる 「標準報酬月額」と、そこに設けられている「上限」 です。
社会保険料の計算の仕組み
会社役員が支払う社会保険料は、主に「健康保険料」と「厚生年金保険料」の2つです。これらの保険料は、実際の給与額そのものではなく、給与額を一定の区切りで等級分けした 「標準報酬月額」 に、定められた保険料率を掛けて算出されます。
そして、この「標準報酬月額」には、それぞれ上限が設けられているのです。
- 健康保険料の上限: 標準報酬月額 139万円
(月収がおおよそ142.5万円を超えると、それ以上は保険料が増えません) - 厚生年金保険料の上限: 標準報酬月額 65万円
(月収がおおよそ66.5万円を超えると、それ以上は保険料が増えません)
特に重要なのが、厚生年金保険料の上限が「65万円」という、比較的低い水準に設定されていることです。
高所得者ほど負担率が下がるカラクリ
具体的にシミュレーションで見てみましょう。(※保険料率は協会けんぽ(東京都・40歳以上)令和6年度の概算値、会社負担分と個人負担分の合計で計算)
ケース①:月収50万円の場合
- 標準報酬月額:健康保険50万円、厚生年金50万円
- 社会保険料:約14.8万円
- 社会保険料負担率:約29.6%
ケース②:月収100万円の場合
- 標準報酬月額:健康保険100万円、厚生年金65万円(上限到達!)
- 社会保険料:約23.7万円
- 社会保険料負担率:約23.7%
ケース③:月収200万円の場合
- 標準報酬月額:健康保険139万円(上限到達!)、厚生年金65万円(上限到達!)
- 社会保険料:約28.3万円
- 社会保険料負担率:約14.2%
いかがでしょうか。
月収が50万円から100万円に倍増しても、負担率は29.6%から23.7%に下がっています。さらに月収200万円になると、負担率はわずか14.2%にまで低下します。
これは、給与が増えても、保険料の計算対象となる標準報酬月額が上限に達しているため、保険料の増加が頭打ちになるからです。
この 「社会保険料には上限がある」 という事実を理解することが、手取り最大化戦略のすべての始まりとなります。
第2章:【最強の最適化戦略】役員賞与の「上限」を突いて社会保険料を劇的に削減する
社会保険料の「上限」を理解したところで、次はこの仕組みをさらに戦略的に活用する方法をご紹介します。それが、 「役員賞与(事前確定届出給与)」 の活用です。
通常、役員報酬は毎月同額を支払う「定期同額給与」が原則ですが、事前に税務署へ「〇月〇日に、〇〇円の賞与を支払います」と届け出ることで、役員に対しても賞与を支払い、それを会社の経費(損金)にすることができます。
そして、この 賞与にかかる社会保険料にも、月々の給与とは別に、特別な「上限」 が設けられているのです。
- 健康保険の上限: 年度(4月1日~翌年3月31日)の累計支給額573万円までが保険料の対象。これを超えた分には、健康保険料は一切かかりません。
- 厚生年金の上限: 1回あたりの支給額150万円までが保険料の対象。これを超えた分には、厚生年金保険料は一切かかりません。
この2つの上限、特に 「1回あたり150万円超の厚生年金は非課税」 というルールが、社会保険料を劇的に削減する鍵となります。
究極の役員報酬設計:月給は低く、賞与は高く
この仕組みを利用して、次のような報酬設計を考えます。
- 月々の役員報酬(定期同額給与)を、意図的に低い金額に設定する。
- 残りの報酬の大部分を、年1回(または複数回)の「役員賞与」として、上限を超える金額でまとめて支給する。
言葉だけでは分かりにくいので、具体的なシミュレーションでその絶大な効果を見てみましょう。
【シミュレーション】年収2,400万円の社長の場合
<パターンA:賞与なし。月額200万円の役員報酬で受け取る場合>
- 第1章のシミュレーションの通り、毎月の社会保険料は約28.3万円。
- 年間の社会保険料合計:28.3万円 × 12ヶ月 = 約339.6万円
<パターンB:月給と賞与を組み合わせる場合>
- 月々の役員報酬:月額60万円 に設定
- 役員賞与:年1回、1,680万円 を支給
(60万円×12ヶ月+1,680万円=年収2,400万円)
この場合の社会保険料を計算してみましょう。
- ① 月々の社会保険料:
月収60万円の場合、社会保険料は約17.3万円。
年間合計:17.3万円 × 12ヶ月 = 約207.6万円 - ② 賞与にかかる社会保険料:
賞与1,680万円に対して…- 健康保険料: 上限573万円に対してのみ課税 → 約67.9万円
- 厚生年金保険料: 上限150万円に対してのみ課税 → 約27.4万円
- 賞与にかかる社会保険料合計:約95.3万円
- パターンBの年間社会保険料合計:
① 207.6万円 + ② 95.3万円 = 約302.9万円
【結果比較】
- パターンA(月給200万円):年間社会保険料 約339.6万円
- パターンB(月給60万円+賞与):年間社会保険料 約302.9万円
いかがでしょうか。同じ年収2,400万円を受け取るにもかかわらず、報酬の支払い方を変えるだけで、年間の社会保険料が約36.7万円も削減できるのです。
これが、役員賞与の上限を戦略的に活用した、社会保険料最適化の効果です。高所得の経営者であればあるほど、この効果は絶大になります。
第3章:忘れてはいけない「税金とのトレードオフ」|手取り額の本当の姿
「なるほど、社会保険料が36万円も安くなるなら、手取りがそのまま36万円増えるんだな!」
そう考えるのは、少し早計です。ここで、もう一つの重要な視点、 「税金とのトレードオフ」 を考慮に入れる必要があります。
社会保険料は「最強の所得控除」
あなたが支払った社会保険料は、その全額が 「社会保険料控除」 として、所得税・住民税の計算の元となる「課税所得」から差し引かれます。つまり、社会保険料は、税金の負担を軽くしてくれる、最強の所得控除でもあるのです。
ということは…
社会保険料の支払額が減る → 所得控除額が減る → 課税所得が増える → 所得税・住民税が増える
という、トレードオフの関係が成り立ちます。
最終的な手取り額はどう変わるのか?
先ほどの年収2,400万円のシミュレーションに戻り、この税金の効果も加味して、最終的な手取り額がどう変わるのかを計算してみましょう。(※所得税・住民税の計算は、基礎控除のみを考慮した概算値です)
<パターンA:月給200万円の場合>
- 年収:2,400万円
- 社会保険料:約339.6万円
- 課税所得:2400 – 339.6 – 48 = 約2,012.4万円
- 所得税・住民税:約775万円
- 最終的な手取り額:2400 – 339.6 – 775 = 約1,285.4万円
<パターンB:月給60万円+賞与の場合>
- 年収:2,400万円
- 社会保険料:約302.9万円 (Aより約36.7万円 減)
- 課税所得:2400 – 302.9 – 48 = 約2,049.1万円
- 所得税・住民税:約794万円 (Aより約19万円 増)
- 最終的な手取り額:2400 – 302.9 – 794 = 約1,303.1万円
【最終結果】
パターンBは、パターンAに比べて、
- 社会保険料が 約36.7万円 少なく、
- 税金が 約19万円 多くなりますが、
- 結果として、最終的な手取り額は 約17.7万円 多くなります。
このように、税金の増加分を差し引いても、なお手取り額を増やすことができるのです。社会保険料の削減効果がいかに大きいかが、お分かりいただけるかと思います。
第4章:さらなる一手!「企業型確定拠出年金(DC)」という選択肢
役員報酬の最適化戦略は、賞与の活用だけではありません。将来の資産形成と、目先の税・社会保険料負担の軽減を同時に実現する、もう一つの強力な選択肢があります。それが、 「企業型確定拠出年金(企業型DC)」 の導入です。
企業型DCの絶大なメリット
企業型DCとは、会社が掛金を拠出し、役員や従業員が自分自身で運用商品を選んで将来の年金を育てる、私的年金制度です。この制度には、税制上、他の金融商品にはない、圧倒的な優遇措置があります。
- 掛金は全額、会社の経費(損金)に:
会社が支払う掛金は、全額が損金算入できます。 - 掛金は、個人の所得にも社会保険料の対象にもならない:
役員報酬の一部を、この企業型DCの掛金に振り分ける(選択制DC)ことで、その部分は給与とは見なされません。したがって、所得税・住民税だけでなく、社会保険料の計算対象からも外れるのです。 - 運用益が非課税:
通常、投資で得た利益には約20%の税金がかかりますが、DC口座内での運用益は全額非課税です。 - 受け取り時も大きな控除がある:
将来、年金や一時金として受け取る際にも、「公的年金等控除」や「退職所得控除」という大きな税制優遇が受けられます。
役員報酬設計への組み込み方
例えば、月額100万円の役員報酬を受け取っている社長が、そのうち5.5万円(拠出限度額)を企業型DCの掛金として拠出することを選択したとします。
すると、社会保険料や税金の計算の基礎となる給与は、100万円ではなく、94.5万円として扱われます。これにより、毎月の社会保険料と税金の負担を軽減しながら、非課税で将来のための資産形成を同時に進めることができるのです。
長期的な視点での判断も重要
ただし、企業型DCは原則として60歳まで引き出すことができません。
そのため、退職までの期間がどれくらいあるかによって、その有利不利は変わってきます。
- 退職まで10年以内の場合:
残された時間が短いため、非課税の恩恵を受けながら効率的に資産を増やせる企業型DCのメリットは非常に大きいと言えます。 - 退職まで10年以上ある場合:
長期的な視点に立てば、企業型DCで税・社会保険料を節約するよりも、あえて手取り額を増やし、その資金を元手に新NISAなどを活用して、より積極的に、そしてより自由度の高い資産運用を行う、という選択肢も十分に考えられます。
自身の年齢やリスク許容度、そして資産全体のバランスを考慮して、最適な戦略を選択することが重要です。
まとめ:役員報酬設計は、社長の「経営戦略」そのものである
役員報酬の決定は、単に「いくら給料をもらうか」という単純な話ではありません。
それは、社会保険料の複雑な仕組みを理解し、税金との関係性を把握し、さらには将来の資産形成までも見据えた、高度な 「経営戦略」 そのものです。
- 社会保険料には「上限」があり、高所得者ほど負担率は下がることを理解する。
- 「役員賞与」の上限制度を戦略的に活用し、社会保険料の絶対額を削減する。
- 社会保険料削減による「税金の増加」も考慮し、最終的な「手取り額」の最大化を目指す。
- 「企業型DC」などの制度も活用し、節税と資産形成を両立させる選択肢を検討する。
これらの知識を武器に、自社の状況に合わせた最適な報酬ポートフォリオを構築すること。それが、会社のキャッシュフローを健全に保ち、経営者個人の資産を最大化するための、最も確実な道筋です。
もちろん、これらの戦略を実行するには、事前確定届出給与の届出や、企業型DCの導入手続きなど、専門的な知識と手続きが不可欠です。ぜひ、信頼できる税理士などの専門家をパートナーとし、あなたの会社にとっての「最適解」を導き出してください。
最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。