「会社の利益は順調に伸びているのに、なぜか自分の手取りが増えない…」
「役員報酬を上げたいが、社会保険料の負担が重すぎて、会社の資金繰りが圧迫されてしまう…」
「役員報酬と役員賞与、結局どちらで受け取るのが一番得なんだろう?」
会社の経営者であれば、一度はこのような悩みに直面したことがあるのではないでしょうか。役員報酬の設定は、会社の財務戦略と、社長個人の資産形成の両方に直結する、極めて重要で、そして頭の痛い経営課題です。
多くの経営者は、「役員報酬」と「役員賞与」を、単に「毎月の給料」と「ボーナス」程度の違いでしか認識していないかもしれません。しかし、この2つの報酬の特性を正しく理解し、戦略的に組み合わせることで、合法的に社会保険料の負担を年間100万円以上も削減し、社長自身の手取り額を劇的に増やすことが可能なのです。
この記事では、その具体的な方法を、税金と社会保険料の複雑な仕組みを解き明かしながら、徹底的に解説していきます。
- 「役員報酬」と「役員賞与」の根本的な違いと、それぞれのメリット・デメリット
- 社会保険料の「上限」を突いて、負担を最小化する驚きのテクニック
- 「社会保険料」と「税金」の知られざる関係性と、最終的な手取り額の比較シミュレーション
- 役員賞与を導入するための、絶対に守らなければならないルール
- 報酬設計を「資金繰り」にまで活かす、上級者向けのテクニック
この知識は、あなたの会社のキャッシュフローを改善し、あなたの資産を守るための、最強の武器となるはずです。
第1章:毎月もらう「役員報酬」の基本と、知っておくべき落とし穴
まず、基本となる「役員報酬」について、その性質とメリット・デメリットを正確に理解しましょう。
役員報酬とは、取締役や監査役といった会社の役員に対して、毎月、定額で支払われる給与のことです。
厳格なルール「定期同額給与」
役員報酬には、従業員の給与にはない、非常に厳格なルールがあります。
それは、 「事業年度の開始から3ヶ月以内に金額を決定し、その事業年度中は、原則として金額を変更してはならない」というものです。これを「定期同額給与」 と呼びます。
なぜ、こんなに厳しいルールがあるのでしょうか。
それは、もし役員が自由に報酬額を変更できてしまうと、期末に利益が出そうになったら報酬を上げて経費を増やし、赤字になりそうなら報酬を下げて利益を出す、といった利益操作が容易にできてしまうからです。それを防ぐために、期中の変更は固く禁じられているのです。
役員報酬のメリットと、最大のデメリット
- メリット:安定した収入
役員報酬の最大のメリットは、毎月決まった額の収入が保証されることです。これにより、社長個人の生活設計が立てやすくなり、精神的な安定に繋がります。 - デメリット:高額な社会保険料負担
一方、役員報酬の最大のデメリットであり、多くの経営者を悩ませるのが、 高額な「社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)」 です。
社会保険料は、役員報酬の額(標準報酬月額)に、定められた保険料率を掛けて計算されます。この保険料率は、会社負担分と個人負担分を合わせると、 報酬額のおおよそ30% にも達します。
【シミュレーション:月100万円の役員報酬の場合】
- 月々の社会保険料:約30万円
- 年間の社会保険料:約30万円 × 12ヶ月 = 約360万円
驚くべき金額です。そして、この社会保険料は、会社と個人で折半して負担します。つまり、
- 会社が、経費として 約180万円 を支払い、
- 社長個人の給与から、約180万円 が天引きされるのです。
しかし、社長が100%株主の一人会社の場合、会社のお金も社長のお金も、実質的には同じ財布です。つまり、社長が一人で、年間360万円もの社会保険料を負担しているのと、何ら変わりはありません。
この重い負担が、会社の資金繰りを圧迫し、社長の手取りを大きく減らす、最大の原因となっているのです。
第2章:年に数回もらう「役員賞与」の基本と、その絶大なメリット
では、この重い社会保険料負担から、逃れる方法はないのでしょうか。
その答えこそが、 「役員賞与」 の戦略的活用です。
役員賞与とは、年に1~2回、役員報酬とは別に支払われるボーナスのことです。
従業員の賞与とは異なり、役員に賞与を支払って会社の経費(損金)にするためには、 「事前確定届出給与」 という、厳格な手続きが必要となります。(詳細は第4章で解説します)
役員賞与の最大のメリット:社会保険料の劇的な削減
なぜ、役員賞与を活用すると、社会保険料が安くなるのでしょうか。
その秘密は、賞与にかかる社会保険料には「上限」が設けられているからです。
- 健康保険料の上限:
その年度(4月1日~翌年3月31日)に支払われる賞与の累計額573万円までが、保険料の計算対象となります。これを超えた分には、健康保険料は一切かかりません。 - 厚生年金保険料の上限:
1回あたりの支給額150万円までが、保険料の計算対象となります。これを超えた分には、厚生年金保険料は一切かかりません。
この、特に 「厚生年金は、1回150万円を超えた分はタダ」 というルールが、社会保険料を劇的に削減するための、魔法の鍵となります。
毎月の役員報酬には、このような有利な上限はありません。報酬額に応じて、青天井で保険料が増えていきます(※厳密には報酬にも上限がありますが、賞与の上限の方が圧倒的に有利です。詳細は前回の記事をご参照ください)。
つまり、毎月の役員報酬をできるだけ低く抑え、報酬の大部分を、この上限を超える高額な「役員賞与」として、年1回まとめて支給することで、社会保険料の総額を、合法的に、そして大幅に圧縮することが可能になるのです。
第3章:【実践】手取り最大化シミュレーション!「報酬のみ vs 報酬+賞与」
言葉だけでは、その効果は実感しにくいでしょう。
ここで、具体的な数字を使って、「役員報酬のみで受け取る場合」と、「役員報酬と役員賞与を組み合わせて受け取る場合」で、最終的な手取り額がどれだけ変わるのかを、徹底的に比較してみましょう。
【前提条件】
- 社長の年収総額:1,200万円
- 社会保険料率、税率は概算値を使用
<パターンA:役員報酬のみで受け取る場合>
- 報酬設定: 月々の役員報酬 100万円 × 12ヶ月
- 年収: 1,200万円
【Step1. 社会保険料の計算】
- 月収100万円の場合、社会保険料は年間で約142万円となります。
(※会社負担・個人負担の合計額。厚生年金の上限(標準報酬月額65万円)が適用されています)
【Step2. 税金(所得税・住民税)の計算】
- 課税所得 = 1,200万円(収入) – 200万円(給与所得控除) – 142万円(社会保険料控除) – 48万円(基礎控除) ≒ 810万円
- 所得税・住民税の合計 ≒ 約180万円
【Step3. 最終的な手取り額】
- 手取り額 = 1,200万円 – 142万円(社会保険料) – 180万円(税金) = 約878万円
<パターンB:役員報酬+役員賞与で受け取る場合>
- 報酬設定:
- 月々の役員報酬:10万円 × 12ヶ月 = 120万円
- 役員賞与:年1回 1,080万円
- 年収: 1,200万円(パターンAと同じ)
【Step1. 社会保険料の計算】
- ① 月々の報酬にかかる社会保険料:
月収10万円の場合、年間の社会保険料は約35万円。 - ② 賞与にかかる社会保険料:
賞与1,080万円に対しては、上限が適用されます。
・健康保険:上限573万円に対して課税 → 約68万円
・厚生年金:上限150万円に対して課税 → 約27万円
賞与にかかる社会保険料の合計は、約95万円。 - 年間の社会保険料合計:
① 35万円 + ② 95万円 = 約130万円
パターンAの142万円に比べ、年間で12万円も社会保険料が安くなりました!
【Step2. 税金(所得税・住民税)の計算】
社会保険料が減った分、所得控除額も減るため、税金は高くなります。
- 課税所得 = 1,200万円(収入) – 200万円(給与所得控除) – 130万円(社会保険料控除) – 48万円(基礎控除) ≒ 822万円
- 所得税・住民税の合計 ≒ 約184万円
パターンAに比べ、税金が約4万円増えました。
【Step3. 最終的な手取り額】
- 手取り額 = 1,200万円 – 130万円(社会保険料) – 184万円(税金) = 約886万円
【結論:衝撃の結果比較】
パターンA(報酬のみ) | パターンB(報酬+賞与) | 差額 | |
社会保険料 | 約142万円 | 約130万円 | -12万円 |
税金 | 約180万円 | 約184万円 | +4万円 |
最終手取り額 | 約878万円 | 約886万円 | +8万円 |
いかがでしょうか。
同じ1,200万円の年収を受け取るにもかかわらず、その支払い方法を変えるだけで、最終的な手取り額が、年間で8万円も増えるのです。
年収がさらに高額になれば、この差は数十万円、百万円単位で開いていきます。
これが、「役員賞与」を活用した、合法的な手取り最大化戦略の威力なのです。
第4章:役員賞与を導入するための「絶対厳守」のルール
この強力な役員賞与ですが、導入するためには、税務署との間で、絶対に守らなければならない、厳格なルールが存在します。これを一つでも破れば、支払った賞与の全額が経費として認められず、多額の法人税が追徴されるという、最悪の事態を招きます。
ルール①:「事前確定届出給与に関する届出書」の提出
役員賞与を経費にするためには、必ず、事前に、税務署へ届出をする必要があります。
- 提出期限:
原則として、事業年度が開始してから3ヶ月以内。(株主総会から1ヶ月以内)
新設法人の場合は、設立の日から2ヶ月以内。 - 記載内容:
「どの役員に」「いつ(支給日)」「いくら(支給額)」支払うのかを、1円単位、1日単位で、正確に記載する必要があります。
ルール②:届出内容の「完全一致」
一度届け出たら、その内容は絶対です。
届け出た「支給日」と、実際に支払った日が1日でもズレたり、届け出た「支給額」と、実際の支払額が1円でも異なったりした場合、その賞与の全額が経費(損金)として認められなくなります。
「業績が良かったから、届け出た額より少し多く払ってあげよう」
そんな親心は、税務上は命取りになります。届出内容を、機械的に、そして完璧に遵守することが、何よりも重要なのです。
ルール③:支給タイミングと「暦年」の意識
会社の事業年度と、個人の所得税の計算期間(暦年:1月1日~12月31日)は、必ずしも一致しません。
賞与の支給タイミングをいつにするかによって、社長個人の年収が変動し、ふるさと納税の限度額や、翌年の住民税額に影響を与える可能性があります。
賞与の支給計画は、会社の資金繰りだけでなく、社長個人のライフプランとも合わせて、総合的に検討する必要があります。
第5章:【応用編】報酬設計を「資金繰り」に活かす上級テクニック
役員報酬と役員賞与の設計は、資金繰りの改善にも応用できます。
テクニック①:「役員貸付金」の活用と賞与による精算
パターンBのように、毎月の役員報酬を10万円といった低額に設定した場合、社長の生活費が不足する可能性があります。
その場合、 会社から社長個人へ、一時的にお金を「前借り」することができます。これを、会計上「役員貸-付金」 と呼びます。
そして、年に一度、高額な役員賞与が支給されたタイミングで、 その賞与から、年間の前借り分(役員貸付金)を相殺(精算) するのです。
これにより、毎月のキャッシュアウトを抑えながら、社長の生活を守り、かつ、決算書に「役員貸付金」という、銀行が嫌う勘定科目を残さずに済みます。これは、多くの経営者が実践している、非常に有効な資金繰りテクニックです。
テクニック②:決算対策としての賞与支給
「事前確定届出給与」の届出は、期首に行う必要があります。
期首の段階で、「今期は大きな利益が出そうだ」と予測できるのであれば、あらかじめ決算月直前に高額な賞与を支給する届出をしておくことで、利益を圧縮し、法人税の負担を軽減する、という決算対策にも活用できます。
まとめ:役員報酬設計は、社長の「知恵」が試される経営戦略である
役員報酬と役員賞与。
これらは、単なる給料とボーナスではありません。
その特性を深く理解し、組み合わせることで、社会保険料、税金、そして会社の資金繰りという、経営の根幹をなす3つの要素を、同時に最適化できる、極めて高度な経営戦略ツールなのです。
- 社会保険料には「上限」がある。特に「賞与」の上限を突くことが鍵。
- 社会保険料を減らせば「税金」は増える。しかし、トータルの「手取り」は増える。
- 「事前確定届出給与」のルールは絶対厳守。1円、1日のズレも許されない。
これらの知識は、知っているか知らないかで、あなたの会社とあなたの手元に残るお金に、年間で数十万、数百万円という、決して小さくない差を生み出します。
もちろん、最適な報酬設計は、会社の利益水準や、社長の年齢、家族構成などによって、千差万別です。自己判断で進めるのではなく、必ず、信頼できる税理士などの専門家と、じっくりとシミュレーションを行い、あなたの会社にとっての「黄金比」を見つけ出してください。
最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。