「会社はこんなに儲かっているのに、なぜあの社長はもっと給料を取らないのだろう?」
年収2,000万円。
多くのビジネスパーソンにとって、それは一つの大きな目標であり、成功の証とも言える金額です。会社を立ち上げ、幾多の困難を乗り越え、ようやくその領域に到達した社長もいれば、会社の利益はもっと出ているのに、あえて自身の年収を2,000万円程度に「抑えている」社長もいます。
実は、私が税理士として20年間、数多くの経営者とお付き合いする中で、後者の 「もっと取れるのに、あえて2,000万円で止めている」 という社長に非常によく遭遇します。
なぜ、彼らはそうするのでしょうか?
その背景には、単なる謙虚さやストイックさだけではない、極めて合理的で、計算され尽くした 「税務戦略」 が存在するのです。
この記事では、
- 「法人税」と社長個人の「所得税」、その決定的な構造の違いとは?
- 年収が上がるほど加速度的に増える「税負担率」のリアル
- 年収1,000万円から3億円まで!衝撃のシミュレーション結果
- 年収2,000万円に到達した社長が次に考えるべき、2つの選択肢
といった内容を、具体的な数字を交えながら徹底的に解説します。この記事を最後までお読みいただければ、あなたの会社の利益と、あなた個人の資産を最大化するための、役員報酬設定の「最適解」が見えてくるはずです。
結論:すべての答えは「税率構造の違い」にある
なぜ、多くの社長が年収2,000万円を一つの区切りとして意識するのか。
その理由は、「会社の税金(法人税)」と「個人の税金(所得税)」の、根本的な税率構造の違いにあります。
一言でいえば、個人の所得税は、ある一定のラインを超えると、法人税よりも圧倒的に税負担が重くなるからです。その「損益分岐点」ともいえるラインが、おおよそ年収2,000万円前後に存在するため、多くの賢明な経営者は、それ以上の報酬を個人で受け取ることを避け、利益を会社に残す(内部留保する)という戦略を選択するのです。
この構造を深く理解するために、まずは法人と個人の税金の仕組みを詳しく見ていきましょう。
第1章:法人税 vs 所得税 – 2つの税金の決定的な違い
会社の利益にかかる「法人税」と、社長の給料にかかる「所得税」。この2つの税金の性質の違いを理解することが、最適な役員報酬戦略を立てる上での第一歩です。
法人税の仕組み:比較的フラットな税率構造
会社が稼いだ利益(専門的には課税所得)に対してかかる税金は、主に「法人税」「法人住民税」「法人事業税」の3つです。これらを合算した、いわゆる「実効税率」は、会社の規模や利益額によって変動しますが、中小企業の場合はおおよそ25%〜35%の範囲に収まります。
法人税率そのものは、
- 年間の所得800万円以下の部分:15%
- 年間の所得800万円を超える部分:23.2%
という2段階構造になっています。所得が増えるにつれて税率も上がりますが、個人の所得税ほど急激な変化はありません。比較的フラットな税率構造だと言えるでしょう。
所得税の仕組み:恐怖の「超過累進税率」
一方、社長が個人で受け取る役員報酬にかかる所得税は、全く異なる構造をしています。その最大の特徴が 「超過累進税率」 です。
これは、所得が高くなればなるほど、階段状により高い税率が課せられる仕組みです。
【所得税・住民税の合計税率(速算表)】
| 課税される所得金額 | 税率(所得税+住民税) |
| 195万円以下 | 15% |
| 195万円超 330万円以下 | 20% |
| 330万円超 695万円以下 | 30% |
| 695万円超 900万円以下 | 33% |
| 1,800万円超 4,000万円以下 | 50% |
| 4,000万円超 | 55% |
この表を見て、賢明な社長様はお気づきでしょう。課税所得が1,800万円を超えたあたりから、税率が 50% に達します。つまり、稼いだお金の半分が税金として持っていかれる世界に突入するのです。法人税の実効税率が最大でも35%程度であることを考えると、この負担の重さは歴然です。
忘れてはならない「社会保険料」という名の”もう一つの税金”
さらに、個人の負担は所得税・住民税だけではありません。役員報酬には、 「社会保険料(健康保険・厚生年金)」が課せられます。
その負担率は、会社負担分と個人負担分を合わせると、報酬額のおよそ30% にも達します(個人負担はその半分の約15%)。
この社会保険料は、税金と違って「経費」や「控除」で減らすことができず、報酬額に応じてダイレクトに負担が決まるため、専門家の間では 「節税しようのない、最も重い税金」 とも言われます。
- 法人: 最大でも35%程度の比較的フラットな税率
- 個人: 最大55%に達する超過累進税率 + 約15%の社会保険料
この圧倒的な構造の違いこそが、「会社に利益を残した方が、トータルで見て手元にお金が残るのではないか?」という発想の原点になっているのです。
第2章:【衝撃シミュレーション】年収と「税負担率」のリアル
では、実際に年収が上がると、税金と社会保険料を合わせた「実質的な税負担率」はどのように変化していくのでしょうか。具体的な数字で見ていきましょう。
【シミュレーションの前提条件】
- 大阪府在住、40歳以上の独身社長をモデルとする。
- 扶養家族やその他の所得控除はないものとして、シンプルに計算。
- 「税負担額」は、個人の社会保険料+所得税+住民税の合計。
- 「税負担率」は、税負担額 ÷ 年収。
フェーズ1:年収1,000万円 〜 2,000万円の世界
まず、多くの経営者が目標とするゾーンです。
年収 | 社会保険料 | 所得税・住民税 | 税負担額(合計) | 税負担率 |
1,000万円 | 約128万円 | 約142万円 | 約270万円 | 27.0% |
1,500万円 | 約164万円 | 約308万円 | 約472万円 | 31.5% |
1,800万円 | 約167万円 | 約438万円 | 約605万円 | 33.6% |
2,000万円 | 約167万円 | 約524万円 | 約691万円 | 34.6% |
この表から、いくつかの重要なことが読み取れます。
- 年収1,000万円でも、すでに 約27% が税金と社会保険料で消えています。
- 年収が上がるにつれて、「税負担率」も着実に上昇していきます。
- 年収1,800万円を超えると、社会保険料は上限に達し、頭打ちになります。これ以降は、所得税・住民税の負担だけが増えていきます。
- そして、 年収2,000万円の時点で、税負担率は34.6% に達します。これは、法人税の実効税率の上限(約35%)とほぼ同じ水準です。
これが、 「年収2,000万円が一つの節目」 と言われる、数字上の根拠です。
これ以上役員報酬を増やすと、個人の税負担率が法人税率を上回り始め、「法人で利益を残して法人税を払った方が、トータルでは得になる」という逆転現象が起こり始めるのです。
フェーズ2:年収3,000万円以上の世界
参考までに、さらに高額な報酬を受け取った場合のシミュレーションも見てみましょう。
年収 | 税負担額(合計) | 税負担率 |
3,000万円 | 約1,177万円 | 39.2% |
5,000万円 | 約2,206万円 | 44.1% |
1億円 | 約4,952万円 | 49.5% |
3億円 | 約1億5,760万円 | 52.5% |
もはや、驚愕の数字です。
年収1億円を受け取っても、手元に残るのは約半分。3億円に至っては、半分以上が税金と社会保険料として国に納められることになります。これだけ稼ぐために、どれだけの努力とリスクを背負ってきたかを考えると、この負担の重さが身に染みて分かるのではないでしょうか。
このシミュレーション結果は、税負担という観点だけで見れば、「役員報酬を際限なく上げ続けることは、決して賢い選択ではない」ということを明確に示しています。
第3章:年収2,000万円に到達した社長が考えるべき、2つの道
さて、これらの事実を踏まえた上で、会社の利益が順調に伸び、年収2,000万円というラインが見えてきた社長は、次にどのような選択をすべきなのでしょうか。
その道は、大きく2つに分かれます。
選択肢①:「税負担の最適化」を優先し、年収を2,000万円程度に抑える
これが、冒頭で述べた 「あえて年収を抑える」社長たちの選択です。
彼らは、個人と法人のトータルの税負担が最も軽くなる「最適ポイント」を探ります。年収2,000万円を超えて個人の税負担率が法人税率を上回るなら、それ以上の利益は役員報酬として取らず、会社に「内部留保」 として残します。
【この選択のメリット】
- 会社が強くなる: 内部留保は、会社の純資産として蓄積されます。財務体質が強化され、金融機関からの信用力が高まり、融資が受けやすくなります。
- 不測の事態に備えられる: 潤沢な内部留保は、景気の変動や予期せぬトラブルに対する「体力」となり、会社を倒産から守ります。
- 未来への投資が可能になる: 新規事業や設備投資など、成長のための投資を、借入に頼らず自己資金で機動的に行えます。
この選択は、短期的な個人の手取り額よりも、会社の永続的な成長と安定を最優先する考え方です。
選択肢②:「個人の資産形成」を優先し、税負担を覚悟でさらに高額な報酬を取る
もちろん、これも一つの正当な経営判断です。
「税金が高くても構わない。とにかく個人として使えるお金を最大化したい」という考え方です。
【この選択が正当化されるケース】
- 事業承継のための資金準備: 後継者が先代の株を買い取るための資金が必要な場合など、個人としてまとまった現金を用意しなければならない、やむを得ない事情があるケース。
- 個人のライフプラン: 大きな買い物を計画している、あるいは早期リタイアを目指しているなど、個人の人生設計を優先する場合。
会社の財産を個人に移す方法は、基本的には「役員報酬」か「配当」しかありません。どちらも個人の所得として高い税率が課されるため、「どうせ高い税金を払うなら、報酬として取ってしまおう」と考えるのも、一つの合理的な判断です。
ただし、この選択をする場合は、会社の資金繰りを圧迫しないことが大前提です。会社が傾いてしまっては、元も子もありません。
まとめ:あなたの「経営の軸」は何か?
今回は、「なぜ儲かっている社長は、あえて年収2,000万円で止めるのか?」というテーマについて、税率構造の観点から深く掘り下げてきました。
最後に、この記事のポイントをまとめます。
- 個人の所得税は「超過累進税率」であり、稼ぐほど税率が加速度的に上がる。一方、法人税の税率は比較的フラット。
- 年収2,000万円あたりで、個人の税負担率が法人税率を上回り始める「逆転現象」が起こる。
- そのため、多くの賢明な経営者は、それ以上の利益を役員報酬とせず、会社に「内部留保」として残し、法人・個人のトータルでの税負担を最適化する戦略を取る。
- 内部留保は、会社の信用力と体力を高め、未来への投資を可能にする、極めて重要な経営資源である。
- 最終的にどちらの道を選ぶかは、社長自身の「何を最優先するか」という経営哲学次第。
「税負担を最小化し、会社を強く、永続させること」を重視するのか。
「税負担を覚悟の上で、個人の資産形成を急ぐこと」を重視するのか。
そこに絶対的な正解はありません。
大切なのは、今回ご紹介したような税金の仕組みや数字のリアルを正しく理解した上で、あなた自身の経営の軸に基づいた、明確な意思決定を下すことです。
あなたの役員報酬の額は、あなたの経営哲学そのものを表しています。ぜひこの機会に、ご自身の会社の役員報酬設定について、改めて見つめ直してみてはいかがでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。