【7割が誤解】「稼ぎすぎると手取りが減る」は嘘!年収の壁と累進課税の真実を徹底解説

役員賞与・役員報酬

「年収900万円を超えると、税率が上がって手取りが減るから損するらしいよ」

あなたも一度は、このような話を聞いたことがないでしょうか。実はこれ、多くの人が信じ込んでいる、非常によくある「誤解」なのです。その誤解は、時にテレビメディアですら間違った情報を流してしまうほど、根深く浸透しています。

結論から言えば、稼ぎが増えたことで、手取りの金額が減るということは、原則としてありません。

しかし、なぜこのような誤解が生まれてしまうのでしょうか。その原因は、日本の所得税の根幹をなす 「超過累進課税(ちょうかるいしんかぜい)」 という、少し複雑な仕組みにあります。

この記事では、「稼ぎすぎると損をする」という誤解を解きほぐし、超過累進課税の本当の仕組みと、注意すべき「年収の壁」の正体について、誰にでも分かるように徹底的に解説していきます。

この記事を最後まで読めば、あなたは税金の仕組みを正しく理解し、収入アップに対する無用な不安から解放され、自信を持ってキャリアアップや副業に取り組むことができるようになるはずです。

1.そもそも税金はどうやって決まる?所得税計算の基本構造

「累進課税」の話に入る前に、まず私たちの所得税がどのように計算されているのか、その全体像を把握しておきましょう。ここでは、会社員の方を例に説明します。

税金計算のスタート地点は、会社から支払われる「給与の額面収入(いわゆる年収)」です。しかし、この年収の全額に税金がかかるわけではありません。いくつかの「控除(こうじょ)」という、差し引かれる項目を経て、税率をかける対象となる金額が算出されます。

【所得税計算の3ステップ】

ステップ①:「給与所得」を計算する
まず、額面収入から 「給与所得控除」 というものを差し引きます。これは、会社員にとっての「みなし経費」のようなもので、年収に応じて法律で金額が決まっています(最低55万円~最高195万円)。

  • 計算式: 額面収入 – 給与所得控除 = 給与所得

ステップ②:「課税所得」を計算する
次に、給与所得から 「所得控除」 を差し引きます。これは、個人の生活事情などを考慮して税負担を軽くするための制度で、以下のようなものがあります。

  • 基礎控除: 全ての納税者に適用される基本的な控除
  • 扶養控除: 扶養している親族がいる場合に適用
  • 配偶者控除: 配偶者の所得が一定以下の場合に適用
  • 社会保険料控除: 支払った健康保険料や厚生年金保険料の全額
  • 生命保険料控除、医療費控除など

これらの所得控除を差し引いた後の金額が、最終的に税率をかける対象となる 「課税所得」 です。

  • 計算式: 給与所得 – 所得控除 = 課税所得

ステップ③:「所得税額」を計算する
この「課税所得」の金額に対して、後述する「超過累進税率」を掛けて、所得税額が計算されます。

  • 計算式: 課税所得 × 税率 = 所得税額

実際には、この所得税に加えて「復興特別所得税(2.1%)」が上乗せされ、さらに「住民税(原則10%)」もかかってきますが、基本的な計算の流れはこのようになっています。

個人事業主やフリーランスの場合は?個人事業主やフリーランスの場合も、基本的な計算構造は同じです。会社員との大きな違いは、ステップ①の部分です。給与収入から給与所得控除を引く代わりに、「売上」から仕入代金や通信費などの「必要経費」を差し引いて、事業所得を計算します。それ以降の流れ(所得控除を引いて課税所得を出し、税率をかける)は、基本的に同じです。

2.累進課税の誤解と真実:「税率が上がる=全体の税率が上がる」ではない!

さて、いよいよ本題の「超過累進課税」です。日本の所得税は、課税所得の金額が大きくなるほど、より高い税率が適用される仕組みになっています。これが、多くの誤解を生む原因です。

【所得税の税率表(速算表ではない本来の形)】
| 課税される所得金額 | 税率 |
| 195万円以下 | 5% |
| 195万円超 330万円以下 | 10% |
| 330万円超 695万円以下 | 20% |
| 695万円超 900万円以下 | 23% |
| 900万円超 1,800万円以下 | 33% |
| 1,800万円超 4,000万円以下 | 40% |
| 4,000万円超 | 45% |

この表を見て、多くの人は次のように勘違いしてしまいます。

【よくある誤解】
「課税所得が500万円の人は、330万円を超えているから、税率は20%。だから、所得税は 500万円 × 20% = 100万円だ!」

これは、完全な間違いです。

累進課税の真実:税率は「階層ごと」に適用される

「超過累進課税」の「超過」という言葉がポイントです。これは、 「ある金額を超えた部分“だけ”に、次の高い税率が適用される」 ということを意味します。税率は、あなたの所得全体に一律でかかるのではなく、所得をいくつかの「階層」に分けて、それぞれの階層ごとに異なる税率が適用されるのです。

先ほどの課税所得500万円の人の例で、正しい計算をしてみましょう。

  • 第1階層(~195万円): 195万円 × 5% = 97,500円
  • 第2階層(195万円超~330万円): (330万円 – 195万円) × 10% = 135,000円
  • 第3階層(330万円超~500万円): (500万円 – 330万円) × 20% = 340,000円

【正しい所得税額】
97,500円 + 135,000円 + 340,000円 = 572,500円

どうでしょうか。誤解していた計算(100万円)と比べて、実際の税額はかなり低いことがわかります。

この仕組みの重要なポイントは、年収が1億円あろうと、10億円あろうと、すべての人の課税所得のうち「195万円までの部分」には、必ず5%の税率しか適用されないということです。

冒頭の「年収900万円を超えると損をする」という誤解も、これで解けます。課税所得が900万円を超えたとしても、 33%という高い税率が適用されるのは、あくまで「900万円を超えた部分だけ」 です。900万円以下の部分の税率は、これまでと全く変わりません。

したがって、収入が増えた結果、税率の区分が上がったとしても、増えた収入分以上に税金が増えることはなく、手取りの「金額」が減ることは絶対にないのです。

勘違いの原因「速算表」のワナ

では、なぜこんなにも多くの人が勘違いをしてしまうのでしょうか。その原因の一つに、国税庁のホームページなどにも掲載されている 「所得税の速算表」 の存在があります。

これは、先ほどの階層ごとの面倒な計算を省略し、簡単に税額を計算できるように作られた表です。

【所得税の速算表】
| 課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
| 195万円以下 | 5% | 0円 |
| 195万円超 330万円以下 | 10% | 97,500円 |
| 330万円超 695万円以下 | 20% | 427,500円 |
| (以下略) | | |

この表を使えば、課税所得500万円の人は、「500万円 × 20% – 427,500円 = 572,500円」と、一発で正しい税額を計算できます。

しかし、この 「控除額」 という言葉が、さらなる混乱を招きます。多くの人は、これを「何かの優遇措置」だと勘違いしてしまいますが、この控除額に税制上の特別な意味は一切ありません。

これは、単に「下の階層で税率をかけすぎた分」を調整するための、計算上のテクニックに過ぎないのです。例えば、課税所得330万円の人の場合、速算表で計算すると「330万円 × 10% – 97,500円 = 232,500円」となります。この「97,500円」という控除額の正体は、「本来5%で計算すべき195万円の部分に、間違って10%をかけてしまったので、そのかけすぎた5%分(195万円 × 5% = 97,500円)を引き戻します」という意味なのです。

この「速算表」と「控除額」という言葉のせいで、累進課税の本質が見えにくくなっているのです。

3.本当に注意すべき!「1円」超えただけで損をする「年収の壁」とは?

「累進課税で手取りが減ることはない」と解説してきましたが、実は、 特定の収入ラインを「1円」でも超えると、税金や社会保険の負担が急激に増え、結果的に手取りが減ってしまう、あるいは増えなくなってしまう「壁」 というものが、確かに存在します。

これらは、累進課税とは全く別の制度によるものです。代表的な「壁」をいくつかご紹介しましょう。

壁①:社会保険の壁(106万円/130万円)

パートやアルバイトで働く方が、夫や親の社会保険の「扶養」から外れ、自分で社会保険料(健康保険・厚生年金)を支払わなければならなくなる年収ラインです。この壁を超えると、年間で十数万円の負担が新たに発生するため、手取り額が大きく減少します。

壁②:配偶者(特別)控除の壁(150万円~)

配偶者の年収が150万円を超えると、納税者(夫など)が受けられる「配偶者特別控除」の額が段階的に減少し始め、世帯全体での税負担が増加します。

壁③:所得金額調整控除の壁(年収850万円)

年収850万円を超えると、給与所得控除が上限の195万円で頭打ちになります。これにより、850万円を超えた部分の所得がそのまま増えるため、税負担の上昇率が少し大きくなります。(※特定の条件を満たす場合は、所得金額調整控除という緩和措置があります)

壁④:配偶者控除がなくなる壁(納税者本人の年収1,095万円超)

納税者本人の年収が1,095万円(所得900万円)を超えると、たとえ配偶者の収入が低くても、配偶者(特別)控除が段階的に減少し始め、年収1,195万円(所得1,000万円)を超えると完全に受けられなくなります。

壁⑤:住宅ローン控除が受けられない壁(所得2,000万円)

これは非常に大きな壁です。合計所得金額が2,000万円を超えた年は、たとえ住宅ローンがいくら残っていても、住宅ローン控除を一切受けることができません。 年末残高によっては、30万円以上の税金が安くなるはずだったものが、ゼロになってしまいます。

このように、累進課税の税率区分とは異なり、これらの「壁」は、境界線を1円でも超えると、控除が受けられなくなる、あるいは社会保険の負担が急に発生するという、断崖絶壁のような性質を持っています。

役員報酬などを自分で設定できる経営者の方は、特に「住宅ローン控除の壁」や、基礎控除が減少・消滅する「所得2,400万円の壁」などを意識して、報酬額を決定するケースも少なくありません。

4.累進課税から逃れて、効率的に資産を増やす方法はある?

「給料で稼ぐと、高い累進課税がかかってしまう。もっと税率が低い、効率的な稼ぎ方はないの?」

そう考える方もいらっしゃるでしょう。その答えは「イエス」です。稼ぎ方(所得の種類)を変えることで、累進課税が適用されない、あるいは非常に有利な税率で資産を増やすことが可能です。

方法①:金融所得(株式投資・投資信託など)

株式や投資信託の配当金や売却益は、給与所得などとは合算されず、独立して税金が計算される 「申告分離課税」が適用されます。そして、その税率は、どれだけ利益が出ても一律で20.315% (所得税15.315%、住民税5%)です。

給与で高い税率(33%や40%など)を支払っている高所得者の方にとっては、この20.315%という税率は非常に魅力的です。稼げば稼ぐほど、株式投資などの税制上の有利さが際立つのです。

方法②:金の売却益(5年超保有)

金を5年以上保有した後に売却して得た利益(譲渡所得)は、税制上、非常に優遇されています。

  • 特別控除50万円: 年間の利益が50万円までなら、税金はかかりません。
  • 1/2課税: 50万円を超えた利益も、その金額の半分だけが課税対象となります。

注意すべきは「仮想通貨(暗号資産)」

一方で、注意が必要なのが仮想通貨(暗号資産)です。仮想通貨の利益は「雑所得」に分類され、給与などと合算して総合課税の対象となります。つまり、稼げば稼ぐほど高い累進税率が直接適用されるため、税負担という観点では最も不利な所得の一つと言えます。

もちろん、これらの資産運用には元本割れのリスクも伴います。しかし、税金の仕組みを理解した上で、余剰資金をうまく活用することは、手取り収入を最大化するための有効な戦略となり得るのです。

まとめ:税金の仕組みを正しく知ることが、豊かな未来への第一歩

「稼ぎすぎると手取りが減る」という長年の誤解は、解けましたでしょうか。

  • 超過累進課税は、所得の「階層ごと」に税率が変わる仕組み。収入が増えて手取りの「金額」が減ることはない。
  • 本当に注意すべきは、控除がなくなる、社会保険負担が発生するなどの「年収の壁」。こちらは1円超えただけで損をする可能性がある。
  • 稼ぎ方(所得の種類)を変えることで、累進課税の適用を避け、有利な税率で資産形成を目指すことも可能。

税金の仕組みは、確かに複雑で分かりにくい部分も多くあります。しかし、それを「よくわからないもの」として敬遠してしまうと、無用な不安を抱えたり、損をしてしまったりすることにもなりかねません。

正しい知識を身につけること。それこそが、税金に対する漠然とした不安からあなたを解放し、キャリアアップや資産形成といった、より豊かで明るい未来へと踏み出すための、最も確かな力となるのです。

この記事があなたの経営の一助となれば幸いです。