「無事に法人を設立できた!さあ、これから事業に集中するぞ!」
大きな希望を胸に、経営者としての一歩を踏み出されたこと、心よりお祝い申し上げます。しかし、その一方で、設立後に待ち受ける数々の手続きや専門的なルールに、戸惑いや不安を感じてはいないでしょうか。
「経理や税金のことは、決算が近づいてから考えればいいや」
「今はとにかく売上を上げることが最優先だ」
もし、このようにお考えでしたら、少しだけ立ち止まってこの記事をお読みください。実は、法人設立後の最初の数ヶ月間の行動が、その後の会社の財務状況や節税効果に、決定的な影響を与えてしまうのです。決算直前に慌てて対策をしようとしても、時すでに遅し、というケースは決して珍しくありません。
この記事では、設立1年目のマイクロ法人や一人社長が、知らず知らずのうちに陥ってしまう「絶対にやってはいけない税金・社会保険の致命的なミス」を5つ厳選し、その対策を徹底的に解説していきます。
この5つのポイントを押さえるだけで、本来得られたはずの節税メリットを逃したり、予期せぬペナルティを課されたりするリスクを大幅に減らすことができます。
ミス1:設立前の経費を捨ててしまう「もったいない経費計上漏れ」
「会社ができる前の支払いなんて、経費になるはずがない」
そう思い込んで、法人設立の準備期間にかかった費用の領収書を捨ててしまってはいないでしょうか。それは、節税のチャンスを自ら放棄しているのと同じことかもしれません。
法人税法では、会社設立前に支払った特定の費用を、設立後の会社の経費として認める特別なルールが用意されています。これらは 「創立費」と「開業費」 と呼ばれます。
「創立費」と「開業費」とは?
- 創立費: 法人の設立登記までにかかった費用です。
- 定款の作成・認証費用
- 司法書士への設立登記手数料
- 登録免許税
- 設立に関する相談費用 など
- 開業費: 法人設立後、事業を開始するまでに特別にかかった費用です。
- 事業に関するセミナーや研修の参加費
- 取引先との打ち合わせ費用(飲食代など)
- 事務所の賃貸契約にかかる仲介手数料
- 広告宣伝費、名刺やパンフレットの作成費 など
これらの費用は、一旦「繰延資産」という資産として会計帳簿に記録されますが、ここからが非常に重要です。創立費と開業費は、 「任意償却」 が認められています。
これはつまり、 「いつでも、好きな金額だけ、経費として計上してよい」 という、非常に柔軟で強力なルールです。
例えば、設立1年目に20万円の開業費があったとします。
- 1年目が黒字の場合: 20万円全額を経費として計上し、その年の利益を圧縮して法人税を節税する。
- 1年目が赤字の場合: 無理に経費計上せず、20万円を資産として繰り越す。そして、事業が軌道に乗り、利益が大きく出た2年目や3年目に、その利益と相殺するように経費計上する。
このように、会社の利益状況を見ながら、経費にするタイミングを自由にコントロールできるのです。これは、経営者にとって非常に有利な節税戦略と言えるでしょう。
注意点:開業費にならないもの
ただし、設立前にかかった費用がすべて開業費になるわけではありません。以下のようなものは対象外ですので注意が必要です。
- 10万円以上のパソコンや設備、車両など(減価償却資産): これらは固定資産として、定められた年数で減価償却していく必要があります。
- 販売用の商品(棚卸資産): 仕入れた商品は、売上原価として計上します。
- 事務所や店舗の敷金・保証金: これらは退去時に返還される可能性があるため、経費ではなく資産として計上します。
【対策】
会社設立を決意した瞬間から、事業に関連するすべての領収書・レシートを日付順に保管しましょう。 社長個人が立て替えた費用は、法人設立後に会社から社長個人へ返金する形で精算します。これらの記録を忘れないうちに会計ソフトなどに入力しておくことが、節税の第一歩です。
ミス2:「後でいいや」が命取りに。税務・社会保険の届け出忘れ
法務局で設立登記が完了し、ほっと一息つきたいところですが、経営者の仕事はここからが本番です。税金や社会保険に関する重要な届け出を、定められた期限内に各役所へ提出しなければなりません。
これらの届け出を忘れると、受けられるはずの節税メリットが受けられなくなったり、コンプライアンス違反と見なされたりする可能性があります。
必ず提出すべき主要な届け出一覧
- 税務署に提出するもの
- 法人設立届出書(設立後2ヶ月以内)
- 「ここに会社ができました」と税務署にお知らせする基本的な書類です。
- 青色申告の承認申請書(設立後3ヶ月以内 or 第1期の事業年度終了日の前日までのいずれか早い日)
- これは絶対に忘れてはならない、最重要書類の一つです。
- 給与支払事務所等の開設届出書(開設後1ヶ月以内)
- 役員報酬や従業員給与を支払う場合に提出します。一人社長でも役員報酬を取るなら必須です。
- 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書(提出した月の翌々月から適用)
- 給与から天引きした所得税の納付を、毎月から年2回にできる便利な特例です。
- 法人設立届出書(設立後2ヶ月以内)
- 都道府県・市町村に提出するもの
- 法人設立届出書(各自治体の定める期限内)
- 税務署とは別に、事業所を置く地方自治体にも設立を届け出る必要があります。
- 法人設立届出書(各自治体の定める期限内)
- 年金事務所に提出するもの
- 健康保険・厚生年金保険 新規適用届(事実発生から5日以内)
- 一人社長でも社会保険の加入は原則として義務です。非常にタイトな期限なので注意が必要です。
- 健康保険・厚生年金保険 新規適用届(事実発生から5日以内)
最も恐ろしい「青色申告」の出し忘れ
数ある届け出の中で、経営に最も大きなインパクトを与えるのが 「青色申告の承認申請書」 の出し忘れです。もし期限内に提出しないと、その事業年度は自動的に「白色申告」となり、青色申告の様々な特典が一切使えなくなってしまいます。
特に致命的なのが、以下の2つの特典を受けられないことです。
- 欠損金の繰越控除:
設立初年度に150万円の赤字(欠損金)が出たとします。青色申告であれば、この150万円の赤字を最大10年間繰り越すことができます。翌年に100万円の利益が出ても、繰り越した赤字と相殺して利益を0円にでき、法人税の納税も0円(※)にできます。
しかし、白色申告の場合、この150万円の赤字はその年限りで切り捨てです。翌年の100万円の利益にそのまま課税されてしまいます。
(※法人住民税の均等割(最低年7万円)は赤字でも発生します) - 少額減価償却資産の特例:
青色申告の中小企業者は、取得価額が30万円未満のパソコンや備品などを、購入した年に一括で経費にできます。しかし、白色申告ではこの特例が使えず、原則通り減価償却(数年に分けて経費化)しなければなりません。
一度白色申告になると、その年度はもう青色申告には変更できません。設立当初の赤字を将来の利益に活かせない損失は、計り知れません。
【対策】
法人設立が完了したら、間髪入れずに税務・社会保険の届け出に着手しましょう。特に「青色申告の承認申請書」は最優先事項です。期限管理が不安な場合は、設立手続きと同時に専門家(税理士や社会保険労務士)に依頼するのが最も確実です。
ミス3:「報酬0円」と「社保未加入」という二大巨頭の罠
「会社が軌道に乗るまでは、自分の給料は0円でいい」
「社会保険料は負担が大きいから、しばらくは加入しなくても大丈夫だろう」
設立当初の経営者が抱きがちなこの2つの考えは、実は非常に危険な落とし穴に繋がっています。
役員報酬の厳しいルール「定期同額給与」
法人税法では、役員に支払う給与(役員報酬)が経費として認められるためには、原則として 「毎月、決まった日に、決まった金額(同額)を支払う」という「定期同額給与」 のルールを守らなければなりません。
そして、この役員報酬の金額は、事業年度が始まってから3ヶ月以内に決定し、その期が終わるまで基本的に変更できません。
もし、この決定を忘れたり、「最初は0円で」と決めたりすると、どうなるでしょうか。
- 期の途中で報酬を払い始めても、経費にならない: 例えば、半年後に資金繰りが好転したからといって、急に月50万円の役員報酬を払い始めても、その50万円は原則として法人の経費(損金)にはなりません。経費にならない支出を払うことになるため、法人税の負担が重くなります。
- 生活費を会社から引き出すと「役員貸付金」に: 報酬が0円では生活できません。そこで、会社の資金を個人的に引き出すと、それは「社長への貸付金」という扱いになります。これは会社の資産ですが、実態のない資産と見なされ、金融機関からの融資審査で極めて不利になります。返済できなければ「役員賞与」と認定され、経費にならない上に社長個人の所得税も課されるという最悪の事態を招きます。
結果として、あなたの役員報酬は「0円」と見なされ、本来あなたが受け取るはずだった報酬分の利益がすべて会社に残り、そこに多額の法人税が課せられてしまうのです。
社会保険の加入は「義務」
法人を設立した場合、たとえ社長一人であっても、健康保険・厚生年金保険への加入は法律上の義務です。
役員報酬を支払っていれば、その金額に応じて社会保険料が計算され、会社と個人で折半して負担します。これを怠っていると、年金事務所の調査が入り、最大で2年分を遡って、延滞金を含めて一括で徴収される可能性があります。
役員報酬を決めていないと、社会保険料の計算基礎が定まらないため、社会保険の加入手続き自体が進められません。つまり、役員報酬の問題と社会保険の問題は、密接に連動しているのです。
【対策】
事業計画や生活費を考慮し、事業年度開始から3ヶ月以内に必ず役員報酬の額を決定しましょう。たとえ少額でも構いません。そして、その決定した報酬額を元に、速やかに年金事務所で社会保険の加入手続きを行ってください。
ミス4:インボイス時代の「消費税」選択ミスで数十万円の損失
2023年10月から始まったインボイス制度により、消費税の取り扱いは非常に複雑になりました。特に設立1年目の法人は、この選択を誤ると、本来払わなくてよかったはずの税金を数十万円単位で支払うことになりかねません。
1. インボイス登録は本当に必要か?
まず考えるべきは、「自社はインボイス(適格請求書発行事業者)に登録すべきか?」という点です。
- BtoCビジネス(一般消費者が顧客)の場合:
食パン専門店、個人向けのマッサージ店など、顧客が一般消費者の場合は、相手がインボイスを求めることは基本的にありません。この場合、あえてインボイス登録をせず 「免税事業者」 でいる方が、受け取った消費税を納税しなくて済むため、有利になることが多いです。 - BtoBビジネス(事業者が顧客)の場合:
システムエンジニア、卸売業、建設業など、取引先が法人や個人事業主の場合は、相手が経費精算のためにインボイスを求めてくることがほとんどです。この場合、インボイス登録をしないと取引から排除されるリスクがあるため、登録するのが一般的です。
2. どの納税計算方法が一番有利か?
インボイスに登録して納税事業者(課税事業者)になった場合、消費税の計算方法を主に3つの中から選ぶことになります。
- 本則課税(原則課税):
(売上で預かった消費税)-(経費で支払った消費税)=(納税額)
大きな設備投資などで支払った消費税が多い場合は、この方法が有利になることがあります。 - 簡易課税:
(売上で預かった消費税)×(業種ごとに定められた「みなし仕入率」)=(納税額)
経費が少ない業種(サービス業など)では、有利になることが多いです。ただし、事前に届け出が必要で、基準期間の課税売上高が5,000万円以下という条件があります。 - 2割特例:
(売上で預かった消費税)× 20% =(納税額)
インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者になった場合に使える、期間限定の特例です。多くの場合、この特例が最も納税額を抑えられます。
どの方法が自社にとって最も有利かは、事業内容や経費の状況によって全く異なります。シミュレーションをせずに何となく選んでしまうと、大きな損をする可能性があります。
【対策】
まず、自社のビジネスモデルがBtoCかBtoBかを踏まえ、インボイス登録の要否を慎重に判断します。登録する場合は、会計ソフトなどを活用して3つの計算方法で納税額をシミュレーションし、最も有利な方法を選択しましょう。「簡易課税」を選択する場合は、事前の届け出を忘れないようにしてください。
ミス5:「専門家は不要」という最大の過信
ここまで4つのミスを見てきて、お気づきかもしれません。
「これは、専門知識がないと無理だ…」
その通りです。これまでの4つのミスはすべて、 信頼できる専門家(顧問税理士) がいれば、未然に防げる可能性が極めて高いものばかりです。
「コストがかかるから、顧問税理士はまだいい」
「自分でやれば何とかなるだろう」
この考えこそが、設立1年目の経営者が犯す最大かつ最後のミスと言えるかもしれません。
決算直前になって慌てて税理士を探しても、打てる節税策はほとんど残されていません。設立当初から伴走してくれる税理士がいることで、以下のような計り知れないメリットが得られます。
- 適切な節税: 届け出の期限管理、最適な役員報酬の設定、有利な消費税計算方法の選択など、プロの視点で最適な節税を提案してくれます。
- 時間の創出: 複雑な経理や税務申告を任せることで、社長は最も重要な「事業を成長させる」という本業に集中できます。
- 資金調達のサポート: 金融機関が納得する事業計画書や決算書の作成を支援し、融資を有利に進めることができます。
- 経営の相談相手: 税務だけでなく、経営全般に関する良き相談相手となってくれます。
税理士に支払う顧問料は、コストではなく、 会社の未来を守り、成長を加速させるための「投資」 です。
【対策】
法人設立のタイミング、できればその前から、自社の事業に理解があり、相性の良い税理士を探し始めましょう。知人の経営者からの紹介や、ネット・SNSなどを活用し、必ず社長自身が面談して、信頼できるパートナーを選んでください。経理担当者任せにせず、社長自らが選ぶという姿勢が重要です。
まとめ:最初の1年が、会社の未来を決める
設立1年目の経営者が絶対に避けるべき、税金・社会保険に関する5つの致命的なミスをご紹介しました。
- 設立前の経費を捨ててしまう
- 税務・社会保険の届け出を忘れる(特に青色申告)
- 役員報酬を決めず、社会保険にも加入しない
- 消費税の有利な選択肢を見逃す
- 専門家(顧問税理士)の力を借りない
法人設立後の1年間は、事業の土台を築く上で最も重要な期間です。この時期に、売上を追いかけることと同時に、今回解説したような税務・労務の基盤をしっかりと固めることが、10年後、20年後の会社の安定と成長に繋がります。
ぜひ、この記事を参考に、万全の体制で経営のスタートダッシュを切ってください。
最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。