「役員報酬は、一度決めたら1年間変更できない…」
「業績が良い時に、もっと報酬を受け取りたいが、ルール上難しい…」
「逆に、業績が悪化した時のために、報酬を調整できる余地を残しておきたい…」
多くの経営者が、この役員報酬の「硬直性」に悩みを抱えています。会社の業績は、経済情勢や市場の変化によって常に変動する可能性があるにもかかわらず、役員報酬は原則として期中に自由に変更できません。このルールは、会社の資金繰りを圧迫したり、経営者のモチベーションを左右したりする大きな要因となっています。
しかし、この硬直的なルールには、実は「役員賞与(ボーナス)」を活用することで、報酬の支払いを柔軟にコントロールできる「裏ワザ」的な制度が存在します。それが、「事前確定届出給与」という制度です。
この記事では、役員報酬の基本的なルールから、多くの経営者や、場合によっては税理士でさえ十分に活用しきれていない「事前確定届出給与」の仕組み、そしてそれを活用して、会社の資金繰りを守りながら、役員の手取りを最大化し、かつ法人税の節税も実現するための具体的な戦略について、分かりやすく徹底的に解説していきます。
役員報酬の基本ルール:なぜ自由に変更できないのか?
まず、なぜ役員報酬が自由に変更できないのか、その基本的なルールと背景を理解しておきましょう。
1. 役員報酬の決定時期と固定化(定期同額給与)
- 役員報酬の月額は、原則として事業年度開始の日から3ヶ月以内に決定しなければなりません。
- そして、一度決定した報酬額は、その事業年度が終了するまで毎月同額を支払い続ける必要があります。これを「定期同額給与」と呼びます。
- このルールに従って支払われた役員報酬のみが、法人の経費(損金)として認められます。
2. 変更が認められない理由:利益操作の防止
このルールが厳格に定められている理由は、会社が利益操作を行うことを防ぐためです。もし、経営者が決算間際に利益の状況を見て、自由に役員報酬の額を変更できてしまうと、利益を意図的に圧縮して法人税の支払いを不当に免れることが可能になってしまいます。
国税庁は、そのような利益操作を防ぐために、「期首から3ヶ月以内に決めた額を、1年間変えずに支払いなさい」というルールを設けているのです。
3. 例外:期中での変更が認められるケース
この硬直的なルールにも、いくつかの例外があります。
- 事業年度開始から3ヶ月以内の改定: 上記の通り、事業年度開始から3ヶ月以内であれば、その期の役員報酬額を変更することが可能です。
- 役員の職制上の地位の変更など: 代表取締役が退任し平取締役になるなど、役員の役職や職務内容に重大な変更があった場合には、期中での改定が認められます。
- 経営状況の「著しい悪化」に伴う減額: 倒産の危機に瀕するなど、会社の経営状況が著しく悪化し、役員報酬の支払いが困難になった場合には、期中に報酬を減額することが認められています。ただし、一度減額したら、その期中は減額後の金額で支払い続ける必要があります。
- 重要なのは、減額は認められても、業績が回復したからといって期中に「増額」することは原則として認められないという点です。
このように、役員報酬は非常に柔軟性が低い制度であり、期初の見通しだけで1年間の報酬を決めることには、大きなリスクが伴います。
役員報酬の柔軟性を高める「事前確定届出給与」という切り札
この役員報酬の硬直性を打破し、業績に応じた柔軟な報酬支払いを可能にするのが「事前確定届出給与」という制度です。これは、簡単に言えば、「事前に計画を届け出ることで、役員への賞与(ボーナス)を経費として認めてもらう」ための特別なルールです。
事前確定届出給与の仕組みと手続き
- 「いつ、誰に、いくら」支払うかを事前に決定:
株主総会などで、- 支給日(特定の日付)
- 支給対象役員
- 支給金額
の3点を、具体的に決定します。
- 税務署への届出:
決定した内容を記載した「事前確定届出給与に関する届出書」を、以下のいずれか早い日までに税務署に提出します。- 株主総会等の決議によりその定めをした日から1ヶ月を経過する日
- その事業年度開始の日から4ヶ月を経過する日
(実務上は、事業年度開始から3ヶ月以内に内容を決定し、4ヶ月目の直前までに提出すると覚えておくと良いでしょう。)
- 届出内容と「完全一致」での支給:
これが最も重要なポイントです。届け出た支給日に、届け出た金額を、1円のズレもなく、1日の遅れもなく支給しなければなりません。- もし、支給日が1日でもずれたり、支給額が1円でも異なったりした場合は、支給した賞与の全額が損金として認められなくなります。(一部だけ認めてもらえる、ということはありません。)
- もちろん、支給した賞与から源泉所得税や社会保険料を天引きすることは問題ありません。
なぜ多くの税理士がこの制度を提案しないのか?
この「事前確定届出給与」は、何年も前から存在する制度です。しかし、多くの経営者がその存在を知らず、また、税理士からも積極的に提案されていないケースが少なくありません。その理由として、以下のような税理士側の考え方が挙げられます。
- 「毎月の報酬を増額すれば同じ」という考え: 「どうせ期初に支払額を決めるなら、わざわざ賞与の届出をしなくても、その分を毎月の役員報酬に上乗せすれば良いではないか」と考える税理士がいます。
- 手続きの煩雑さとリスクへの懸念: 届出の手間がかかる上に、支給日や金額を1つでも間違えると全額損金不算入という厳しいペナルティがあるため、リスクを避けて提案しないケースがあります。
- 他の専門家からの提案への抵抗感: 経営者が他の税理士やセミナーなどでこの制度を知り、相談した際に、自身のプライドから「その方法は問題がある」などと、否定的な態度を取ってしまうことも残念ながらあるようです。
しかし、これらの考え方は、この制度が持つ真の戦略的な価値を見過ごしています。
事前確定届出給与の戦略的活用法:究極の利益調整と資金繰り防衛術
「事前確定届出給与」の本当の価値は、「必ずしも届け出通りに支払わなくても良い」という点にあります。正確に言えば、「支払わない」という選択肢が残されていることです。
活用シナリオ:業績に応じた柔軟な支払い決定
例えば、3月決算の会社が、期首(6月末まで)に以下の内容で事前確定届出給与を提出したとします。
- 支給日:翌年3月25日
- 支給対象者:社長A
- 支給金額:500万円
そして、決算月である3月を迎え、年間の業績を見通します。
- ケース1:業績が絶好調だった場合
→ 予定通り、3月25日に社長Aへ500万円の賞与を支給します。この500万円は、全額が当期の損金となり、法人税の節税に繋がります。 - ケース2:業績が想定よりも悪く、資金繰りが厳しい場合
→ 賞与を支払わない(支給額ゼロ)」という判断をします。- この場合、損金は発生しませんが、会社にペナルティが課されることは一切ありません。無理に賞与を支払って資金繰りを悪化させるリスクを回避できます。
- 不支給を決定した際は、その旨を取締役会などで決議し、議事録を残しておくと、より丁寧な対応となります。
このように、事前確定届出給与を提出しておくことで、期末の業績や資金繰りの状況を見てから、賞与を「支払う」か「支払わない」かを柔軟に決定できるのです。これは、期中に変更できない役員報酬にはない、非常に大きなメリットです。
応用編:複数の役員への設定で、さらに細かくコントロール
この制度は、役員ごとに設定が可能です。
- 届出内容の例:
- 社長Aに500万円
- 配偶者役員Bに300万円
- 期末の状況に応じた選択肢:
- 業績絶好調 → 社長Aに500万円、役員Bに300万円、合計800万円を支給。
- 業績がまずまず → 社長Aにのみ500万円を支給(役員Bへの支給はゼロ)。
- 業績がやや不調 → 役員Bにのみ300万円を支給(社長Aへの支給はゼロ)。
- 業績が悪化 → 2人とも支給せずゼロ。
このように、複数の届出を組み合わせることで、期末の利益状況に応じて、損金計上額を「0円、300万円、500万円、800万円」と、複数の段階から選択できるようになり、よりきめ細かい利益調整と資金繰り管理が可能になります。
毎月の生活費が足りない問題への対処法
役員賞与の活用を前提として毎月の役員報酬を低く設定すると、「毎月の生活費が足りない」という問題が生じることがあります。
この場合、会社から役員個人への「役員貸付金」として、毎月不足分を前借りするという方法があります。そして、期末に賞与が支給された際に、その賞与額と役員貸付金の残高を相殺して精算します。
注意点: この方法を用いる場合、決算日時点では必ず役員貸付金の残高をゼロにすることが絶対条件です。決算書に役員貸付金が残っていると、金融機関からの評価を著しく悪化させ、融資が受けられなくなる大きな原因となるため、細心の注意が必要です。
デメリットはあるのか?コストと税理士との連携
これほど有用な制度ですが、デメリットは全くないのでしょうか?
- デメリット①:税理士への手数料
届出書の作成や提出を税理士に依頼する場合、そのための手数料が発生します。しかし、この制度を活用することで得られる資金繰りの安定性や節税効果を考えれば、微々たるコストと言えるでしょう。 - デメリット②:税理士が協力的でない可能性
前述の通り、税理士によっては、この制度の活用に消極的な場合があります。もし、顧問税理士に相談しても納得のいく説明なく反対されたり、対応を渋られたりするようであれば、より経営者の視点に立ち、柔軟な提案をしてくれる税理士への変更を検討するのも一つの選択肢です。
まとめ:役員賞与は経営の自由度を高める戦略的ツール!
役員報酬は、一度決めると期中に変更できない硬直的な制度ですが、「事前確定届出給与」という制度を活用し、役員賞与を組み合わせることで、その硬直性を打破し、経営の自由度と安定性を飛躍的に高めることができます。
事前確定届出給与活用のポイント
- 事業年度開始から3ヶ月以内に計画を立て、4ヶ月目までには必ず届出を行う。
- 支給日、支給対象者、支給額を明確に定める。
- 期末の業績や資金繰りの状況に応じて、届け出た賞与を「支払う」か「支払わない」かを柔軟に判断する。
- 複数の役員に、あるいは金額を分けて届出を行うことで、よりきめ細かい調整が可能になる。
- 毎月の生活費が不足する場合は、役員貸付を活用し、賞与支給時に必ず精算する。
- 信頼できる税理士と連携し、手続きを確実に行い、最適な運用方法についてアドバイスを受ける。
経済情勢が不透明で、将来の業績予測が困難な現代において、経営のリスクをヘッジし、柔軟な資金繰りを確保しておくことは、会社を存続させる上で極めて重要です。事前確定届出給与は、そのための強力な武器となり得ます。
これまで役員報酬しか受け取っていなかった経営者の方は、ぜひこの制度の活用を検討してみてください。「知っている」か「知らない」か、そして「やる」か「やらない」かで、あなたの会社の資金繰りと経営の自由度は、大きく変わってくるはずです。この記事が、その一歩を踏み出すための後押しとなれば幸いです。