「会社の利益を、どういう形で受け取るのが一番手残りが多くなるんだろう?」
「毎月の役員報酬に加えて、賞与で受け取るのと、株主として配当で受け取るのでは、何が違うのか?」
会社の経営者にとって、自身への報酬をどのように設計するかは、会社の財務状況だけでなく、個人の税・社会保険料負担、ひいては手取り額にまで大きな影響を及ぼす、極めて重要なテーマです。特に、毎月の固定的な役員報酬とは別に、まとまった利益をどのように受け取るかという点で、「役員賞与」と「配当」は、しばしば比較検討の対象となります。
この記事では、「役員賞与で受け取るケース」と「配当で受け取るケース」を、具体的なシミュレーションを交えながら、法人側・個人側双方の視点から徹底的に比較・解説します。税金と社会保険料の複雑な仕組みを解き明かし、あなたの会社とあなた自身にとって最も有利な選択をするための知識と戦略をお伝えします。
前提知識:役員報酬・役員賞与・配当の基本的な違い
比較に入る前に、まずは3つの所得の受け取り方の基本的な特徴と、税務上の位置づけを理解しておきましょう。
- 役員報酬:
- 位置づけ: 役員が、その職務執行の対価として、会社から定期的に(毎月同額で)受け取る給与。
- 法人側の処理: 原則として、全額が会社の経費(損金)となります。
- 個人側の処理: 「給与所得」として扱われ、所得税・住民税が課税されます。社会保険料の算定基礎となります。
- 役員賞与:
- 位置づけ: 役員に対して、定期的な報酬とは別に支払われる賞与(ボーナス)。
- 法人側の処理: 原則として損金にはなりませんが、「事前確定届出給与」という制度を利用し、事前に税務署に届出を行うことで、損金として計上することが可能になります。
- 個人側の処理: 「給与所得」として扱われ、所得税・住民税が課税されます。賞与そのものに対しても社会保険料がかかります。
- 配当:
- 位置づけ: 会社が株主(会社の所有者)に対して、事業で得た利益の一部を分配するもの。
- 法人側の処理: 会社の経費(損金)にはなりません。 税金を支払った後の利益(税引後利益)から支払われます。
- 個人側の処理: 「配当所得」として扱われ、所得税・住民税が課税されます。原則として社会保険料の算定基礎には含まれません。
この「法人側で経費(損金)になるかならないか」という点が、役員賞与と配当の最も大きな違いであり、会社の税負担に決定的な影響を与えます。
【徹底比較】役員賞与 vs 配当:どちらがお得かシミュレーション
では、具体的に同じ金額を「役員賞与」で受け取る場合と「配当」で受け取る場合で、会社と個人の手元に残るお金がどのように変わるのか、簡単なモデルケースでシミュレーションしてみましょう。
【シミュレーションの前提条件】
- 法人形態:資本金100万円の合同会社(一人社長・一人株主)
- 役員報酬(月額):8万円(年間96万円)
- 年間の売上高:1億円
- 役員報酬以外の経費:7,204万円
- 役員賞与または配当として受け取る金額:1,200万円
- 法人税等の実効税率は、簡略化のため課税所得の約1/3と仮定。
【ケースA:役員賞与で1,200万円を受け取る場合】
このケースでは、役員賞与は「事前確定届出給与」の手続きを踏み、法人の損金として計上されることを前提とします。
- 法人側の損益計算:
- 売上高:1億円
- 経費合計:7,204万円(その他経費) + 96万円(役員報酬) + 1,200万円(役員賞与) = 8,500万円
- 税引前利益:1億円 – 8,500万円 = 1,500万円
- 法人税等(約1/3):1,500万円 × 1/3 ≒ 500万円
- 税引後利益(会社に残るお金):1,500万円 – 500万円 = 1,000万円
【ケースB:配当で1,200万円を受け取る場合】
このケースでは、配当は法人の損金にはならず、税引後の利益から支払われます。
- 法人側の損益計算:
- 売上高:1億円
- 経費合計:7,204万円(その他経費) + 96万円(役員報酬) = 7,300万円(※役員賞与がない)
- 税引前利益:1億円 – 7,300万円 = 2,700万円
- 法人税等(約1/3):2,700万円 × 1/3 ≒ 900万円
- 税引後利益:2,700万円 – 900万円 = 1,800万円
- 配当金の支払い:1,200万円
- 最終的に会社に残るお金:1,800万円 – 1,200万円 = 600万円
【シミュレーション結果:法人側の比較】
項目 | ケースA(役員賞与) | ケースB(配当) | 差額 |
経費計上額(賞与/配当分) | 1,200万円 | 0円 | ▲1,200万円 |
税引前利益 | 1,500万円 | 2,700万円 | ▲1,200万円 |
法人税等 | 500万円 | 900万円 | +400万円 |
会社に残るお金 | 1,000万円 | 600万円 | ▲400万円 |
この結果から明らかなように、法人側だけで見れば、ケースA(役員賞与)の方が、ケースB(配当)よりも法人税が400万円も少なく、結果的に会社に残るお金も400万円多くなります。
これは、役員賞与が法人の損金(経費)として認められ、課税対象となる利益を圧縮できるのに対し、配当は経費にならず、税金を支払った後の利益から分配されるという、根本的な違いによるものです。
個人側の比較:税金と社会保険料の複雑な関係
法人側では役員賞与が有利に見えましたが、個人側の手取り額はどうなるのでしょうか。ここには、税金だけでなく、社会保険料という要素が複雑に絡んできます。
1. 社会保険料への影響
- 役員賞与の場合:
- 役員賞与(給与所得)には、社会保険料がかかります。
- ただし、賞与にかかる社会保険料には上限(アッパー)が設けられています。
- 健康保険: 年度内の累計で573万円まで
- 厚生年金: 1回あたり150万円まで
- 上記の例で1,200万円の賞与を受け取った場合、この上限額に基づいて計算される社会保険料(個人負担分)は、約47万円となります。(会社も同額を負担)
- 配当の場合:
- 配当(配当所得)には、原則として社会保険料はかかりません。
この点だけを見ると、社会保険料の負担がない配当の方が、個人の手取りは多くなるように思えます。
2. 税金の計算(所得控除の影響)
- 給与所得控除:
- 役員賞与は給与所得なので、他の給与(月々の役員報酬)と合算され、年収に応じた「給与所得控除」が適用されます。年収1,296万円(報酬96万+賞与1200万)の場合、給与所得控除額は上限の195万円です。
- 配当は給与所得ではないため、給与所得控除は月々の役員報酬96万円に対してしか適用されません(この場合の控除額は55万円)。
- つまり、ケースA(役員賞与)の方が、ケースB(配当)よりも給与所得控除額が140万円も多くなり、課税所得を圧縮する上で有利になります。
- 社会保険料控除:
- 支払った社会保険料は、全額が「社会保険料控除」として所得から差し引かれます。
- ケースA(役員賞与)では、賞与にかかる社会保険料約47万円も控除の対象となるため、社会保険料控除額が大きくなります。
- 配当所得の税率:
- 上場株式の配当であれば、税率約20%の申告分離課税を選択できますが、自社のような非上場会社からの配
当(同族会社のオーナー経営者が受け取る配当)は、原則として他の所得と合算して課税される「総合課税」の対象となります。 - 総合課税では、所得税の累進税率(最高45%)+住民税10%が適用されるため、所得が高い人ほど税負担は重くなります。
- 上場株式の配当であれば、税率約20%の申告分離課税を選択できますが、自社のような非上場会社からの配
【個人側の損得の結論】
- 社会保険料の負担がない点では、配当が有利。
- 給与所得控除や社会保険料控除が大きく適用される点では、役員賞与が有利。
- 配当は総合課税で累進税率が適用される。
これらを総合すると、個人の所得水準(適用される税率)によって損得は変動しますが、多くの場合、控除額の大きさを考慮すると、役員賞与の方が最終的な税負担は軽くなるか、あるいは配当と大差ない結果になることが多いです。仮に個人側で配当が若干有利になったとしても、法人側で生じる400万円の税負担増を覆すほどのメリットは、まずありません。
結論:会社と個人のトータルで考えれば、答えは「役員賞与」
法人側の税負担と、個人側の税・社会保険料負担を総合的に考慮すると、「事前確定届出給与」の手続きを適切に行った上で「役員賞与」として受け取る方が、「配当」として受け取るよりも、会社と個人の手元にトータルで残るお金は多くなる、というのが結論です。
なぜなら、最大の理由は「配当は法人の経費にならない」からです。
法人税を支払った後の利益から分配される配当は、税金の二重払い(法人税+個人の所得税)に近い構造になっており、資金効率が著しく悪いのです。
なぜ「配脱」という選択肢が議論されるのか?その背景
では、なぜ「配当で受け取る」という選択肢が議論されることがあるのでしょうか。
- 社会保険料負担の回避: 配当には社会保険料がかからないため、単純に社会保険料負担だけを避けたいと考えた場合に、選択肢として浮上することがあります。
- 上場株式配当との混同: 一般的な株式投資で得られる上場株式の配当(税率約20%)と、自社からのオーナー配当の税率(総合課税で最高55%)を混同し、「配当は税率が低い」と誤解しているケース。
- 手続きの簡便さ(誤解): 事前確定届出給与のような事前の届出が不要なため、手続きが簡単だと考えられることがありますが、配当にも株主総会での決議や支払通知などの手続きは必要です。
しかし、これらの理由は、法人税の損金不算入という大きなデメリットを見過ごしています。
役員賞与を有効活用するための注意点と実践ポイント
役員賞与を戦略的に活用するためには、以下の点を必ず押さえておく必要があります。
- 「事前確定届出給与」の手続きを厳守する:
- これが最も重要です。届出の期限(事業年度開始から4ヶ月以内等)を守り、届出内容(支給日、支給額、対象者)と寸分違わぬ支給を徹底してください。1円でも、1日でもずれれば、全額が損金として認められません。
- 資金繰りの管理:
- 賞与は多額の現金支出を伴います。支給時期の資金繰りを十分に考慮し、計画的に準備しておきましょう。
- もし、期末の業績が悪化し、届け出た賞与の支払いが困難になった場合は、支払わない(不支給とする)という選択も可能です。これにより、無理な支出による資金繰り悪化を回避できます。この柔軟性も、事前確定届出給与の大きなメリットです。
- 個人のライフプランとの連携:
- 賞与の支給時期によって、どの暦年の所得になるかが変わります。住宅ローン審査やふるさと納税の上限額計算などを考慮し、最適な支給時期を検討しましょう。
- 税理士との連携:
- 事前確定届出給与の手続きや、役員報酬と役員賞与の最適なバランス設計には、専門的な知識が不可欠です。必ず顧問税理士と相談し、自社にとって最適なプランを構築しましょう。
まとめ:役員報酬設計は経営戦略そのもの。損得を正しく理解し、最適な選択を!
会社が生み出した利益を、経営者がどのように受け取るか。これは、会社と個人の資産形成を左右する、極めて重要な経営戦略です。
「役員賞与」と「配当」を比較した場合、
- 役員賞与(事前確定届出給与):
- メリット: 法人の損金となり、大きな節税効果がある。給与所得控除などの控除も大きい。
- デメリット: 社会保険料がかかる(ただし上限あり)。事前の届出と厳格な運用が必要。
- 配当:
- メリット: 社会保険料がかからない。
- デメリット: 法人の損金にならず、法人税負担が重くなる。総合課税で高額の所得税がかかる。結果として、トータルでの資金効率が悪い。
結論として、会社と個人のトータルでの手残りを最大化するという観点からは、適切な手続きを踏んだ「役員賞여」の方が、圧倒的に有利であると言えます。
ただし、これはあくまで一般的なモデルケースでの比較です。実際の損得は、会社の利益水準、役員の所得状況、家族構成など、様々な要因によって変動します。
最も重要なのは、それぞれの制度のメリット・デメリットを正しく理解し、安易な情報に惑わされることなく、信頼できる税理士と相談しながら、自社とあなた自身にとって最適な報酬戦略を構築していくことです。
この記事が、あなたの会社の財務体質を強化し、経営者としての資産形成を成功させるための一助となれば幸いです。