「役員賞与(事前確定届出給与)ってどうやって金額を決めればいいの?」この質問は、多くの経営者から寄せられる悩みの一つです。
事前確定届出給与は、役員への賞与を経費として認めさせるための重要な制度ですが、その金額設定を誤ると節税効果が薄れたり、逆にリスクを招いたりする可能性もあります。
本記事では、会社の業績状況に応じた事前確定届出給与の適切な金額設定の考え方と、節税効果を最大限に引き出すための思考法を解説します。
事前確定届出給与とは?~役員賞与を経費にするための必須手続き~
まず、事前確定届出給与の基本的なルールをおさらいしましょう。役員への賞与は、原則として会社の経費(損金)として認められません。しかし、事前に税務署へ「いつ、誰に、いくら支払うか」を届け出て、その通りに支給した場合に限り、経費として認められるという特例があります。これが「事前確定届出給与」です。
この届出は、事業年度開始から原則3ヶ月以内(会社によって若干のズレあり)に税務署へ提出する必要があります。
なぜ事前確定届出給与を活用すべきなのか?
活用目的は主に2つあります。
- 社会保険料の削減効果:
毎月の役員報酬を低く抑え、その分を事前確定届出給与としてまとめて支給することで、社会保険料の負担を軽減できる場合があります。これは、賞与に対する社会保険料には上限が設けられているためです。(詳細は過去動画や専門記事をご参照ください) - 決算対策としての利益圧縮:
期末に予想以上の利益が出そうな場合に、事前確定届出給与を支給することで、会社の利益を圧縮し、法人税の負担を軽減することができます。
本記事では、主に後者の「決算対策」としての活用方法と、その際の金額設定の考え方について詳しく解説します。
事前確定届出給与の金額設定:3つのケース別思考法
事前確定届出給与の金額をいくらに設定するかは、その期の業績見通しによって大きく変わってきます。ここでは、具体的な数値例を交えながら、3つのケースに分けて金額設定の思考法を解説します。
(前提:3月決算の会社、社長の毎月の役員報酬は100万円、前年の会社利益は800万円とします。一般的に、中小企業の法人税率は利益800万円を境に変わるため、800万円を一つの目安とします。)
ケース1:今期も前年並みの利益(800万円)が見込まれる場合
- 基本的な考え方:前年と同様の役員報酬(月100万円)で、利益も800万円程度に着地する見込み。
- 課題:もし、予想以上に業績が好調で、利益が800万円を大きく超えてしまった場合、節税効果が薄れてしまう。
この場合の事前確定届出給与の活用法:
「もし業績が上振れして、利益が1,300万円になりそうだったら…」というシナリオを想定します。この場合、期末(例:3月25日)に500万円の事前確定届出給与を支払うという届出を、期初3ヶ月以内に行っておきます。
- 業績が予想通り800万円に着地した場合:
資金繰り等を考慮し、事前確定届出給与の支給を取り下げます(株主総会決議が必要)。結果、利益は800万円のままです。 - 業績が上振れし1,300万円の利益が出た場合:
届け出通りに500万円の賞与を支給します。これにより、会社の利益は800万円(1,300万円 – 500万円)に圧縮され、節税効果が期待できます。
ポイント:
多くの税理士は、「業績が上振れするなら、最初から毎月の役員報酬を増額すれば良い」とアドバイスするかもしれません(例:月100万円→150万円)。しかし、期初の段階で業績を正確に予測するのは困難です。特に、後から業績が伸びる「後伸び」型のビジネスの場合、最初から役員報酬を高く設定するのはリスクが伴います。事前確定届出給与は、このような不確実性に対応するための柔軟な選択肢となり得ます。
ケース2:今期は業績アップが見込まれ、役員報酬を増額する場合
- 基本的な考え方:今期は業績が好調で、毎月の役員報酬を150万円に増額しても、利益800万円を確保できる見込み。
- 課題:予想をさらに上回る「想定外」の利益が出た場合、やはり節税効果が薄れる。
この場合の事前確定届出給与の活用法:
毎月の役員報酬を150万円に設定した上で、さらに「想定外の利益が出た場合」に備えて、事前確定届出給与の届出も行っておきます。 例えば、「もし利益が1,800万円になりそうだったら…」という状況に備え、500万円の事前確定届出給与を届け出ておきます。
- 業績が計画通り、役員報酬150万円で利益800万円に着地した場合:
事前確定届出給与の支給を取り下げます。 - 業績が「想定外」に上振れし、1,800万円の利益が出た場合:
届け出通りに500万円の賞与を支給します。これにより、毎月の役員報酬(150万円×12ヶ月=1,800万円)と賞与500万円を引いた後の利益を調整できます。
ポイント:
役員報酬は期中に原則変更できませんが、「著しく業績が悪化した場合」には減額することが認められています。 したがって、「頑張れば達成できるライン」で役員報酬をやや高めに設定しておき、もし業績が振るわなければ途中で役員報酬を減額するという選択肢も考えられます。そして、その「頑張ったライン」すらも超える「想定外の利益」に対応するために、事前確定届出給与を併用するのです。
ケース3:事前確定届出給与の金額が少額(数十万円)の場合
時折、事前確定届出給与の金額を50万円程度で設定しているケースを見かけますが、これは決算対策としてはあまり意味がありません。
決算対策で節税を考えるのは、「うわ、こんなに利益が出たなら、もっと節税を考えておけばよかった!」と感じるような、それなりの利益額が出た場合です。数十万円程度の賞与では、利益調整の効果は限定的です。
決算対策として活用するのであれば、最低でも数百万円単位で設定することを検討しましょう。
金額設定の最終的な考え方と注意点
結局のところ、事前確定届出給与の金額はどうやって決めれば良いのでしょうか?
- 事業計画の策定:
まず、今期の事業計画をしっかりと策定し、目標とする利益額(例:800万円)を明確にします。 - 役員報酬の決定:
目標利益を達成するための経費予測から逆算し、適切な毎月の役員報酬額を決定します。この際、「通常ライン」と「頑張ったライン」の2つのシナリオを想定し、「頑張ったライン」で役員報酬を設定することを検討します(業績悪化時は減額可能という前提)。 - 事前確定届出給与の設定:
「頑張ったライン」の役員報酬を支払っても、なお「想定外の利益」が出てしまう場合に備えて、その差額分を事前確定届出給与として届け出ます。金額は、会社の規模にもよりますが、決算対策として意味のある数百万円単位が目安です。あまりに高額すぎると、実際に支給できなくなるリスクもあるため、現実的な範囲で設定します。
重要な注意点:
- 支給の前提:事前確定届出給与は、あくまで「支給すること」を前提に届け出ます。資金繰りが悪化し、どうしても支払えない状況になった場合に限り、株主総会の決議を経て取り下げや減額の手続きを行います。
- 税理士との連携:事前確定届出給与の活用は、税務上の判断が伴います。税理士によっては、「取り下げや減額は否認リスクが高い」と慎重な意見を持つ方もいます。しかし、著しい業績悪化や資金繰りの悪化は正当な理由となり得ると考えられます。自社の状況を正確に伝え、税理士と十分に協議しながら進めることが重要です。
- 否認事例の確認:もし税理士から否認リスクを指摘された場合は、具体的な否認事例を教えてもらい、自社のケースと比較検討することが有効です。
まとめ:事前確定届出給与を戦略的に活用し、節税効果を最大化しよう!
事前確定届出給与は、単に役員賞与を経費にするための手続きというだけでなく、将来の不確実な業績変動に対応し、節税効果を最大化するための戦略的なツールとなり得ます。
「通常ライン」「頑張ったライン」「想定外のライン」といった複数のシナリオを想定し、毎月の役員報酬と事前確定届出給与を組み合わせることで、より柔軟かつ効果的な決算対策が可能になります。
ただし、その運用には専門的な知識と慎重な判断が求められます。必ず信頼できる税理士と緊密に連携し、自社にとって最適な金額設定と活用方法を見つけ出してください。事前確定届出給与を賢く活用することで、会社の利益を適切にコントロールし、持続的な成長を目指しましょう。