「役員への給与は、毎月の役員報酬で払うのと、役員賞与(事前確定届出給与)を組み合わせて払うの、どっちがお得なの?」この疑問は、多くの経営者が抱える永遠のテーマかもしれません。
結論から申し上げると、多くの場合、役員賞与を組み合わせた方が、社会保険料の負担を軽減できるためお得になる可能性が高いです。
しかし、税金の観点からは注意点も。本記事では、役員報酬のみの場合と、役員賞与を組み合わせた場合を比較しながら、それぞれのメリット・デメリット、そして具体的な注意点について詳しく解説します。
役員報酬と役員賞与:基本的なルール
まず、それぞれの基本的なルールをおさらいしましょう。
- 役員報酬:
- 原則として、事業年度開始から3ヶ月以内に金額を決定し、その後1年間は同額を支払い続ける必要があります。自由に変更することはできません。
- 役員賞与(事前確定届出給与):
- 役員への賞与を経費(損金)として認めてもらうためには、事前に税務署へ「いつ、誰に、いくら支払うか」を届け出る必要があります。これを「事前確定届出給与」といいます。
- この届出は、原則として事業年度開始から3ヶ月以内に行う必要があります。
- 届け出た日付・金額通りに支給しないと、経費として認められません。
ケーススタディ:年間所得1200万円の場合の比較
では、具体的に年間1200万円の所得を得る場合、役員報酬のみで受け取るケースと、役員報酬と役員賞与を組み合わせて受け取るケースで、社会保険料と税金がどのように変わるのか比較してみましょう。(※社会保険料の計算は簡略化しており、実際の金額とは異なる場合があります。あくまで比較のための概算としてご理解ください。)
ケース1:役員報酬のみで月100万円を受け取る場合
- 役員報酬:月額100万円 × 12ヶ月 = 年間1200万円
- 社会保険料(本人負担分・概算):月額 約11万7千円 × 12ヶ月 = 年間 約140万8千円
- ※会社負担分も同額程度発生します。社長にとっては実質倍額の負担感となります。
ケース2:役員報酬(月10万円)と役員賞与(1080万円)を組み合わせる場合
- 役員報酬:月額10万円 × 12ヶ月 = 年間120万円
- 役員賞与(事前確定届出給与):年1回 1080万円(例:決算直前に支給)
- 役員報酬にかかる社会保険料(本人負担分・概算):月額 約1万4千円 × 12ヶ月 = 年間 約17万7千円
- 役員賞与にかかる社会保険料(本人負担分・概算):1回あたり 約47万5千円
- 理由:賞与に対する社会保険料には上限(アッパー)が設けられています。
- 健康保険料:1回あたり標準賞与額573万円まで
- 厚生年金保険料:1回あたり標準賞与額150万円まで
この上限を超える部分には社会保険料がかからないため、高額な賞与を1回で支給する場合、社会保険料の負担が相対的に軽くなります。
- 理由:賞与に対する社会保険料には上限(アッパー)が設けられています。
- 社会保険料合計(本人負担分・概算):年間 約17万7千円 + 約47万5千円 = 年間 約65万2千円
比較結果:社会保険料は役員賞与の活用が圧倒的に有利!
- ケース1(役員報酬のみ)の社会保険料:年間 約140万8千円
- ケース2(役員賞与活用)の社会保険料:年間 約65万2千円
- 差額:約75万5千円
このケースでは、役員賞与を活用することで、年間の社会保険料(本人負担分)が約75万円も削減できる計算になります。これは非常に大きなメリットと言えるでしょう。
税金の観点からの比較:一筋縄ではいかない影響
社会保険料では役員賞与の活用が有利でしたが、税金(所得税・住民税)の観点からはどうでしょうか?
税金は、年間の総所得から各種控除(社会保険料控除など)を差し引いた課税所得に対してかかります。
上記のケースで比較すると、
- ケース1(役員報酬のみ):
- 年間所得1200万円 – 社会保険料控除 約140万8千円 = 課税所得 約1059万2千円(他の控除は考慮せず)
- ケース2(役員賞与活用):
- 年間所得1200万円 – 社会保険料控除 約65万2千円 = 課税所得 約1134万8千円(他の控除は考慮せず)
このように、役員賞与を活用した方が、社会保険料の支払額が少ない分、社会保険料控除額も少なくなり、結果として課税所得が大きくなる傾向があります。つまり、税金だけを見ると、役員賞与を活用した方が高くなる可能性があるのです。
総合的な判断:それでも役員賞与に軍配か?
社会保険料の削減額と、税金の増加額をトータルで比較すると、多くの場合、社会保険料の削減メリットの方が大きくなり、結果的に役員賞与を活用した方が手取り額が増えるケースが多いと言われています。ただし、個々の所得水準や家族構成、その他控除の状況によって結果は異なるため、一概には言えません。
役員賞与(事前確定届出給与)活用の注意点
役員賞与を活用する際には、以下の点に注意が必要です。
- 事前確定届出給与の提出期限:
前述の通り、事業年度開始から原則3ヶ月以内に税務署へ届け出る必要があります。これを忘れると、賞与を経費として認められません。 - 支給日・支給額の厳守:
届け出た支給日と支給額を1日でも1円でも違えてしまうと、全額が経費として認められなくなる可能性があります。非常に厳格なルールなので注意が必要です。 - 所得の年度ズレによる影響:
所得税・住民税は暦年(1月1日~12月31日)で計算されます。役員賞与の支給時期によっては、特定の年の所得が極端に多くなったり少なくなったりすることがあります。- ふるさと納税への影響:ふるさと納税の控除上限額は、その年の所得によって決まります。賞与の支給タイミングによって、納税できる上限額が大きく変動する可能性があるため注意が必要です。
- 対策:毎年、決算直前など一定の時期に賞与を支給するサイクルを作ることで、年度ごとの所得のブレをある程度抑えることができます。
- 毎月の生活費の確保:
役員報酬を低く抑え、賞与でまとめて受け取る場合、毎月の生活費が不足する可能性があります。- 対策:会社から一時的に生活費を「前借り(役員貸付金)」し、賞与支給時に精算するという方法があります。ただし、決算時に役員貸付金が残っていると銀行評価が悪化する可能性があるため、必ず賞与で全額精算するようにしましょう。
まとめ:戦略的な給与設計で賢く節税を!
役員報酬と役員賞与のどちらで支給するのがお得かという問題は、社会保険料と税金のバランスを考慮する必要があり、一概に「こちらが良い」とは言えません。しかし、多くの場合、役員賞与(事前確定届出給与)をうまく活用することで、社会保険料の負担を大幅に軽減できる可能性が高く、結果として手取り額を増やすことにつながります。
重要なのは、自社の状況や経営者のライフプランに合わせて、最適な給与設計を行うことです。
- 社会保険料の削減メリットを最大限に享受したいか。
- 毎月の安定した収入を重視するか。
- ふるさと納税などの税制優遇をどのように活用したいか。
これらの要素を総合的に検討し、税理士などの専門家と相談しながら、最適な役員給与の支給方法を見つけ出してください。正しい知識と戦略的な判断が、賢い節税と資金繰りの安定につながります。