「会社の利益は出ているのに、なぜか個人の手残りが増えない…」
「配偶者の役員報酬、いくらに設定するのが一番得なのだろうか?」
会社の経営に日々奮闘されている社長の皆様にとって、法人税や消費税だけでなく、ご自身の所得税や住民税、そして社会保険料といった「個人にかかるコスト」をいかに最適化するかは、非常に重要な経営課題の一つではないでしょうか。
特に、経営者の配偶者が事業を手伝っている場合、その給与(役員報酬)の払い方一つで、世帯全体の手取り額が年間で数十万円単位で変わってくる可能性があります。
その鍵を握るのが、 「配偶者控除」と「配偶者特別控除」 という制度です。
「名前は聞いたことがあるけれど、内容はよく知らない」
「うちの会社でも使えるのだろうか?」
この記事では、そんな経営者の皆様のために、配偶者控除・配偶者特別控除の基本的な仕組みから、経営者ならではの具体的な活用戦略、そして知っておかなければ損をする「所得の壁」や注意点まで、網羅的かつ徹底的に解説していきます。
この知識一つで、会社の財務だけでなく、ご家庭の家計も大きく改善できるかもしれません。
第1章:すべての基本「配偶者控除」「配偶者特別控除」とは?
まず、この2つの制度がどのようなものなのか、基本をしっかりと押さえることから始めましょう。これらは、納税者(この場合は社長であるあなた)の所得税や住民税の負担を軽減してくれる、国の税制優遇措置です。
1-1. 配偶者控除とは?
配偶者控除とは、簡単に言えば、 「所得が一定以下の配偶者がいる場合に、あなたの税金の計算元となる所得から一定額を差し引ける制度」 です。
所得税は、収入そのものではなく、「課税所得」に対してかかります。課税所得とは、年間の総所得から様々な控除(基礎控除、社会保険料控除など)を差し引いた後の金額です。
課税所得 = 総所得金額 - 各種所得控除
配偶者控除は、この「各種所得控除」の一つです。控除額が大きければ大きいほど課税所得は小さくなり、結果として支払う税金が安くなる、という仕組みです。
この配偶者控除を受けるためには、大きく分けて2つの条件を満たす必要があります。
- 納税者本人(社長)の条件:合計所得金額が1,000万円以下(給与収入のみなら年収1,195万円以下)であること。
- 配偶者の条件:年間の合計所得金額が48万円以下であること。
ここで一つ、重要なポイントがあります。それは「所得」と「収入」の違いです。配偶者がパートやアルバEルのような給与で収入を得ている場合、 「給与所得控除」 という、いわばサラリーマン向けの経費が自動的に適用されます。この給与所得控除は最低でも55万円あります。
つまり、配偶者の収入が給与のみの場合、「年間の給与収入が103万円」であれば、
103万円(給与収入) - 55万円(給与所得控除) = 48万円(給与所得)
となり、「所得48万円以下」の条件をクリアできるのです。これが、世間でよく言われる 「103万円の壁」 の正体です。
配偶者控除の控除額は、納税者本人の所得によって以下のように変動します。
納税者本人の合計所得金額 | 控除額(所得税) |
900万円以下 | 38万円 |
900万円超 950万円以下 | 26万円 |
950万円超 1,000万円以下 | 13万円 |
1,000万円超 | 0円(適用不可) |
※住民税の控除額は所得に関わらず最大33万円です。
1-2. 配偶者特別控除とは?
では、配偶者の所得が48万円(給与収入103万円)を少しでも超えてしまったら、控除は一切受けられなくなるのでしょうか?
ご安心ください。その場合に登場するのが 「配偶者特別控除」 です。
これは、配偶者控除の対象から外れてしまった場合でも、配偶者の所得が一定額(133万円以下)までであれば、段階的に控除を受けられる救済措置のような制度です。
配偶者特別控除の適用条件は以下の通りです。
- 納税者本人(社長)の条件:合計所得金額が1,000万円以下であること。(配偶者控除と同じ)
- 配偶者の条件:年間の合計所得金額が48万円超 133万円以下であること。
配偶者の収入が給与のみの場合、合計所得133万円は給与収入に換算すると201.6万円未満に相当します。これが 「201万円の壁」 と言われるものです。
配偶者特別控除の控除額は、納税者本人と配偶者、両方の所得金額に応じて非常に細かく設定されています。配偶者の所得が増えるにつれて、控除額はなだらかに減少していきます。
例えば、納税者本人の所得が900万円以下の場合、控除額は以下のようになります。
配偶者の合計所得金額 | 配偶者の給与収入(目安) | 控除額(所得税) |
48万円超 95万円以下 | 103万円超 150万円以下 | 38万円 |
95万円超 100万円以下 | 150万円超 155万円以下 | 36万円 |
100万円超 105万円以下 | 155万円超 160万円以下 | 31万円 |
(中略) | (中略) | (段階的に減少) |
130万円超 133万円以下 | 197万円超 201.6万円未満 | 3万円 |
このように、配偶者の所得が103万円を超えても、すぐさま控除がゼロになるわけではなく、収入の増加に合わせて緩やかに減っていくのが特徴です。
第2章:【経営者向け実践編】役員報酬と扶養の最適化戦略
制度の基本を理解したところで、いよいよ本題です。マイクロ法人や中小企業の経営者が、この制度をどのように活用すれば、世帯の手取りを最大化できるのでしょうか。ポイントは 「配偶者に支払う役員報酬の金額設定」 にあります。
ケース1:配偶者を「非常勤役員」とし、税制上の扶養に入れる戦略
最もシンプルかつ効果的なのが、配偶者を非常勤役員などにし、役員報酬を年収103万円以下に設定する戦略です。
<モデルケース>
- 社長(納税者):役員報酬 900万円(所得695万円)
- 配偶者:非常勤役員として、役員報酬を 月額8万円(年収96万円) に設定
この場合、配偶者の給与所得は、
96万円(収入) - 55万円(給与所得控除) = 41万円
となり、「所得48万円以下」の条件をクリアします。
【得られるメリット】
- 配偶者控除(38万円)の適用
社長の課税所得から38万円が控除されます。所得税率が20%の方なら、これだけで7.6万円(38万円×20%)の所得税が安くなります。さらに住民税も約3.3万円安くなるため、合計で約11万円の節税効果が見込めます。 - 法人税の節税
配偶者に支払った役員報酬96万円は、法人の経費(損金)として計上できます。法人税の実効税率を約30%と仮定すると、96万円 × 30% = 約28.8万円の法人税が削減されます。 - 配偶者自身の税金・社会保険料の負担が軽い
- 所得税:所得41万円は基礎控除48万円を下回るため、0円です。
- 住民税:均等割(約5,000円)のみ、または非課税枠の範囲内となり、ほとんどかかりません。
- 社会保険:後述しますが、年収130万円未満であれば、社長の社会保険の「被扶養者」になれる可能性が高く、配偶者自身が社会保険料を支払う必要はありません。
この戦略は、税金と社会保険料の両面から見て、非常にバランスの取れた最適な選択肢の一つと言えます。
ケース2:配偶者も社会保険に加入し、将来の年金を増やす戦略
「配偶者自身の将来の年金も増やしたい」
「手厚い健康保険の保障(傷病手当金など)を受けさせたい」
こうお考えの経営者の方もいらっしゃるでしょう。その場合は、あえて扶養から外し、配偶者にも社会保険に加入してもらう選択肢があります。
この場合、役員報酬をいくらに設定するかが重要になります。ポイントは 「150万円の壁」 です。
<モデルケース>
- 社長(納税者):役員報酬 900万円(所得695万円)
- 配偶者:役員として、役員報酬を 月額12.5万円(年収150万円) に設定
この場合、配偶者の給与所得は、
150万円(収入) - 55万円(給与所得控除) = 95万円
となります。
【この設定による影響】
- 配偶者特別控除(38万円)の適用
配偶者の所得は95万円なので、納税者(社長)は満額38万円の配偶者特別控除を受けることができます。節税効果はケース1と変わりません。 - 法人税の節税
役員報酬150万円が経費になるため、150万円 × 30% = 約45万円の法人税が削減されます。ケース1よりも法人税の節税効果は大きくなります。 - 配偶者自身の税金・社会保険料の負担が発生
- 社会保険料:年収130万円を超えるため、社長の扶養から外れ、自身で健康保険・厚生年金保険に加入します。年収150万円の場合、社会保険料の負担は年間で約22万円ほどになります。
- 所得税・住民税:所得95万円に対して課税されるため、年間で約7万円ほどの税負担が発生します。
ケース1と比較すると、法人税の節税額は増えますが、世帯全体で見ると社会保険料や個人の税金の負担が増えるため、手取り額は減少する可能性があります。
しかし、厚生年金に加入することで将来の年金受給額が増えるという、長期的なメリットがあります。目先の損得だけでなく、将来設計も踏まえて総合的に判断することが重要です。
第3章:「所得の壁」の正しい知識と経営者の判断軸
巷で言われる「103万円の壁」「130万円の壁」「150万円の壁」「201万円の壁」。これらはそれぞれ異なる制度の境界線を示しており、混同すると判断を誤ります。経営者として、これらの壁の意味を正確に理解しておきましょう。
壁の名称 | 金額(配偶者の給与収入) | 影響を受ける制度 | 内容 |
103万円の壁 | 103万円 | 所得税 | これを超えると配偶者控除が適用できなくなる(配偶者特別控除に移行)。配偶者本人に所得税がかかり始める。 |
130万円の壁 | 130万円 | 社会保険 | これを超えると、原則として社会保険の扶養から外れ、自身で健康保険・厚生年金に加入する必要がある。(※) |
150万円の壁 | 150万円 | 所得税 | これを超えると、納税者が受けられる配偶者特別控除の額が38万円から段階的に減り始める。 |
201万円の壁 | 201.6万円 | 所得税 | これを超えると、配偶者特別控除が一切適用できなくなる。 |
(※)社会保険の扶養の壁は、正確には「130万円」ですが、従業員101人以上の企業では「106万円の壁」が適用される場合があります。マイクロ法人の場合は「130万円の壁」を基準に考えれば問題ありません。
経営者としての判断軸は、 「税金の壁(103万、150万、201万)」と「社会保険の壁(130万)」 を分けて考えることです。
特に重要なのが 「130万円の壁」 です。
年収が129万円から131万円にわずか2万円増えただけで、新たに年間20万円近い社会保険料の負担が発生し、結果的に手取りが大幅に減ってしまう「働き損」の状態が生まれます。
配偶者の役員報酬を設定する際は、
- 103万円以下に抑えて、税金・社会保険の両面で扶養に入れるか
- いっそのこと150万円や160万円以上に設定して、社会保険料の負担を上回るメリット(将来の年金、法人税の節税効果など)を享受するか
このどちらかを選択するのが賢明です。130万円~140万円といった中途半端な金額設定が、最も非効率的になりやすいことを覚えておきましょう。
第4章:個人事業主と法人の違いと、知っておくべき注意点
最後に、配偶者控除を適用する上で、経営者が陥りやすい間違いや注意点を解説します。
1. 「青色事業専従者給与」との混同に注意
個人事業主には、配偶者や親族に支払った給与を経費にできる「青色事業専従者給与」という制度があります。しかし、この専従者給与を支払っている場合、その配偶者に対して配偶者控除や配偶者特別控除を適用することはできません。
これは個人事業主特有のルールです。
法人の場合は、配偶者に役員報酬を支払っていても、所得要件さえ満たせば配偶者控除・配偶者特別控除の適用が可能です。この違いは明確に認識しておきましょう。
2. 配偶者が個人事業主の場合の所得計算
もし、社長の配偶者が法人から役員報酬をもらうのではなく、個人事業主として活動している場合はどうなるでしょうか。
この場合、所得の計算方法が給与所得者と異なります。
所得 = 総収入金額 - 必要経費
例えば、配偶者がWEBデザイナーとして年間100万円の売上(収入)があり、経費が60万円かかったとします。この場合の所得は、
100万円 - 60万円 = 40万円
となり、「所得48万円以下」の条件を満たすため、社長は配偶者控除を受けられます。
給与所得控除のような自動的な控除はないため、売上と経費をきちんと管理し、所得がいくらになるかを把握することが重要です。
3. 役員報酬としての実態が重要
配偶者を役員にする場合、名ばかりでなく、その役職に応じた業務実態があることが税務上の大前提です。定款への記載、役員会の議事録作成、担当業務の明確化など、役員として働いている客観的な証拠を残しておくことが、将来の税務調査への備えとなります。
4. 申請を忘れていた場合は「更正の請求」を
「過去に適用できたはずなのに、申請を忘れていた!」
という場合でも、諦める必要はありません。確定申告の期限から5年以内であれば、 「更正の請求」 という手続きを行うことで、払い過ぎた税金を取り戻す(還付を受ける)ことが可能です。
心当たりのある方は、過去の確定申告書を見直し、税務署や税理士に相談してみることをお勧めします。
まとめ:知識は経営の武器。賢い制度活用で手取りを最大化しよう
配偶者控除と配偶者特別控除は、単なる節税テクニックではありません。それは、社長自身の所得、法人の利益、そして配偶者の働き方や将来設計まで含めた、世帯全体のキャッシュフローを最適化するための経営戦略そのものです。
- 配偶者控除と配偶者特別控除の仕組みを正しく理解する。
- 「所得の壁」、特に「130万円の社会保険の壁」の意味を把握する。
- 自社の状況と家庭のライフプランに合わせて、配偶者の役員報酬を戦略的に設定する。
これらのポイントを押さえるだけで、これまで税金や社会保険料として支払っていた数十万円のお金を、会社の成長投資や家族の資産として活用できるようになります。
まずはご自身の会社の状況と、現在の配偶者の働き方を見直し、最適な形はどのようなものかをシミュレーションしてみてはいかがでしょうか。もちろん、最終的な判断や具体的な手続きについては、顧問税理士などの専門家と相談しながら進めるのが最も安全で確実です。
最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。