「ROA(総資産利益率)を高めましょう」
「うちの会社のROAは〇%だから、収益性は高い(低い)」
企業の収益性を評価する指標として、経済ニュースやビジネス書などで、当たり前のように使われる「ROA(Return On Assets)」。金融機関や投資家も重視する指標であるため、「ROAを高めることこそが良い経営だ」と考えている経営者の方も少なくないかもしれません。
しかし、このROAという指標は、本当にあなたの会社の実力を正しく映し出しているのでしょうか?結論から言えば、特に多くの中小企業にとって、ROAは経営の実態を誤解させる可能性のある、非常に使い勝手の悪い指標であると言わざるを得ません。
この記事では、まずROAとは何か、その計算方法と一般的な解釈を解説します。その上で、なぜROAが中小企業の経営実態にそぐわないのか、その根本的な理由を紐解き、ROAの代わりに経営者が本当に注目すべき、会社の「真の稼ぐ力」を測るための、より実践的な指標について徹底的に解説していきます。
ROA(総資本経常利益率)とは何か?
まず、ROAがどのような指標なのか、その基本的な定義と計算方法を理解しておきましょう。
ROAの定義と計算式
ROAとは、日本語では「総資本経常利益率」または「総資産利益率」と訳され、会社が保有する全ての資産(総資産または総資本)を使って、どれだけ効率的に利益(経常利益または当期純利益)を生み出しているかを示す、代表的な財務指標の一つです。
計算式は、使用する利益によっていくつかのバリエーションがありますが、一般的には以下の式が用いられます。
ROA (%) = 経常利益 ÷ 総資本(または総資産) × 100
- 経常利益: 損益計算書(P/L)に記載される、会社の本業の儲けと財務活動などを含めた、経常的な収益力を示す利益。
- 総資本(総資産): 貸借対照表(B/S)に記載される、資産の合計額。これは、負債と純資産の合計額とも一致します。
ROAの一般的な解釈と目安
- ROAが高いほど、 少ない資産で効率的に多くの利益を生み出している「高収益な会社」と評価されます。
- ROAが低いほど、 多くの資産を保有しているにもかかわらず、利益を十分に生み出せていない「非効率な会社」と評価されます。
- 業種によって平均値は異なりますが、一般的にROAが5%以上であれば優良、10%以上であれば超優良といった目安が語られることがあります。
この考え方は、不動産投資や金融商品への投資における「利回り」の考え方と非常によく似ています。「投下した資本(資産)に対して、どれだけのリターン(利益)が得られたか」という、資産運用の効率性を測る指標として、ROAは広く認識されています。
なぜROAは中小企業の経営実態に合わないのか?3つの根本的な理由
投資家が上場企業を分析する際などには有効なROAですが、多くの中小企業の経営実態に当てはめようとすると、様々な矛盾や問題が生じます。
理由1:利益を生み出しているのは「資産」ではなく「費用(経費)」である
ROAの計算式は、「総資産が、経常利益を生み出した」という前提に立っています。しかし、本当にそうでしょうか?
貸借対照表(B/S)に計上されている「資産」の項目を見てみましょう。
- 現金預金: 現金そのものは、直接利益を生み出しません。
- 売掛金: 過去の売上の結果であり、これから利益を生むものではありません。
- 在庫: 売れなければ利益にならず、むしろ保管コストのかかる「寝ている資産」です。
- 車両運搬具、建物: これらも、それ自体が直接利益を生むわけではありません。
もちろん、機械設備のように、製品を生み出すことで利益に貢献する資産もあります。しかし、会社の利益(売上)を直接的に生み出している原動力は、むしろ 損益計算書(P/L)に計上される「費用(経費)」 です。
- 売上原価(変動費): 商品を仕入れたり、原材料を加工したりする費用。
- 人件費(固定費): 従業員が営業活動や製造活動を行うための費用。
- 広告宣伝費(固定費): 新たな顧客を獲得し、売上を上げるための費用。
このように、中小企業の事業活動においては、「費用(人件費や広告費など)」を投下することで、「売上」を獲得し、その差額として「利益」が生まれるというプロセスが実態です。利益を生み出す源泉は、B/S上の「資産」ではなく、P/L上の「費用」にある場合がほとんどなのです。
この 「利益創出プロセスの実態」と、ROAという指標の「計算上の前提」との間に、大きなギャップがある ことが、ROAが中小企業の実態を表しにくい第一の理由です。
理由2:「資産」と「費用」の境界線は曖昧である
さらに言えば、「資産」と「費用」の区別は、会計上のルールによって人為的に分けられているに過ぎず、その境界線は非常に曖見です。
- 例:パソコンの購入
- 取得価額が30万円未満であれば、中小企業の特例により、その全額を 「費用(消耗品費など)」 として一括で経費計上できます。
- 取得価額が30万円以上であれば、 「資産(工具器具備品)」 として計上し、耐用年数(4年)にわたって減価償却費として分割で費用化します。
全く同じ機能を持つパソコンであっても、その購入価格が30万円を超えるか超えないかだけで、会計上は「費用」になったり「資産」になったりするのです。
ROAは、この会計上のルールによって偶然「資産」に分類されたものだけを分母として計算するため、会社の真の効率性を正しく反映しているとは言えません。
理由3:中小企業は「役員報酬」で利益を操作できる
これが、ROAが中小企業の評価指標として決定的に不適切である、最も大きな理由です。
- 大企業の場合:
上場企業などの大企業では、役員報酬の額は、報酬委員会や株主総会での承認など、客観的なプロセスを経て決定され、経営者が自由に操作することは困難です。そのため、経常利益の額は、比較的会社の真の実力を反映していると言えます。 - 中小企業の場合:
オーナー経営者が多い中小企業では、役員報酬の額は、実質的に経営者の一存で決定できます。- 節税のため、あえて利益を低く見せる: 利益が出すぎると法人税が高くなるため、役員報酬を多く支払い、会社の経常利益を意図的に低く抑える、という戦略を取ることが一般的です。
- 銀行評価のため、利益を高く見せる: 逆に、融資審査を有利に進めるために、役員報酬を低く抑え、会社の経常利益を高く見せる、ということも可能です。
このように、中小企業の経常利益は、経営者の役員報酬のさじ加減一つで、いくらでも変動してしまう、非常に恣意性の高い数字なのです。
そのような信頼性の低い「経常利益」を分子として計算されるROAが、会社の真の収益性を正しく評価できるはずがありません。
例えば、役員報酬を低く抑え、見かけ上の経常利益を高くしてROAを高めている会社よりも、従業員や役員にしっかりと報酬を還元し、結果として経常利益やROAが低くなっている会社の方が、実質的にははるかに収益性が高い、というケースは往々にして存在するのです。
ROAの代わりに!中小企業が本当に見るべき経営指標
では、ROAの代わりに、経営者はどのような指標に注目すれば、自社の「真の稼ぐ力」を正しく把握し、経営改善に繋げることができるのでしょうか。
1. 安全性の指標:「現金預金残高」と「固定費」の比較
- ROAのような収益性指標を見る前に、まずは会社の 「安全性」を確認することが不可欠です。その最重要指標が「現金預金残高」 です。
- 目標とすべき水準:
- 「固定費の6ヶ月分」 の現金預金を常に手元に確保することを目指しましょう。
- 固定費とは、売上の増減にかかわらず毎月発生する費用(人件費、家賃など)であり、損益計算書の「販売費及び一般管理費」が主な該当項目です。
- この水準の現預金があれば、万が一、売上がゼロになるような事態が発生しても、半年間は事業を継続でき、立て直しのための時間を稼ぐことができます。
2. 生産性の指標:「一人当たり売上総利益(粗利)」
- 会社の 「生産性」 、つまり従業員一人ひとりがどれだけの付加価値を生み出しているかを測る上で、非常に有効な指標です。
- 目標とすべき水準:
- 業種にもよりますが、 「従業員(役員含む)一人当たり、年間1,000万円の粗利」 を目指すことが、高い生産性を実現するための一つの目安となります。
- 活用方法:
自社の「粗利総額 ÷ 従業員数」を計算し、この1,000万円という基準と比較することで、自社の生産性のレベルを客観的に評価できます。
3. 収益性の指標:「売上総利益(粗利)経常利益率」
- ROAの分子である「経常利益」は、役員報酬の操作によって信頼性が低いと述べました。しかし、会社の総合的な収益力を測る上で、経常利益は依然として重要な指標です。
- そこで、より実態に近い収益性を評価するために、「売上高」ではなく「売上総利益(粗利)」を分母として、経常利益率を見ることをお勧めします。
- 計算式:
粗利経常利益率 (%) = 経常利益 ÷ 売上総利益(粗利) × 100 - 目標とすべき水準:
- 業種にかかわらず、 「粗利の10%以上」 を経常利益として確保することを目指しましょう。
- 活用方法:
- この指標を見れば、商品・サービスそのものの儲け(粗利)から、販管費などの固定費を支払った後に、最終的にどれだけの利益が残るのか、という会社の利益体質が分かります。
- もし、この比率が低い場合は、固定費が過大である可能性を示唆しており、コスト削減の必要性を検討するきっかけとなります。
これらの 「現金預金残高」「一人当たり粗利」「粗利経常利益率」 という3つの指標を、ROAの代わりに定点観測していくことで、会社の「安全性」「生産性」「収益性」を、より実態に即した形で、かつ多角的に把握することが可能になります。
まとめ:経営指標は「目的」ではなく「手段」。実態に即した指標で、正しい経営判断を!
ROA(総資産利益率)は、学術的な分析や、上場企業の投資判断においては、一定の有効性を持つ指標です。しかし、その計算式の前提は、多くの中小企業の経営実態とはかけ離れています。
ROAが中小企業の経営指標として不適切な理由
- 利益を生み出す源泉は「資産」ではなく「費用」である。
- 「資産」と「費用」の区別は、会計ルール上の人為的なものであり、曖昧である。
- 分子である「経常利益」は、役員報酬のさじ加減一つで、いくらでも操作できてしまう。
これらの理由から、中小企業の経営者がROAの数値を過度に気にしたり、その向上を目指したりすることは、経営判断を誤らせる危険性すらあります。
本当に重要なのは、世間一般で使われている指標に振り回されることではなく、自社の経営実態を正しく反映し、かつ、具体的な経営改善のアクションに繋がるような、生きた指標を持つことです。
中小企業が本当に重視すべき3つの指標
- 安全性:現金預金残高(目標:固定費の6ヶ月分)
- 生産性:一人当たり粗利(目標:年間1,000万円)
- 収益性:粗利経常利益率(目標:10%以上)
これらの、より実態に即した指標を羅針盤とし、日々の経営を行うこと。そして、その指標を改善するために、売上を上げ、適切なコスト管理を行い、生み出した利益を将来の成長のために再投資していくこと。これこそが、会社を倒産の危機から遠ざけ、持続的な成長を実現するための王道と言えるでしょう。
経営指標は、それ自体が目的ではありません。あくまで、自社の現在地を知り、目指すべき未来へと進むための「手段」であり、「道具」です。ぜひ、この記事を参考に、自社に合った正しい道具を選び、使いこなし、力強い経営を実現してください。