【社長のための役員昇格・完全マニュアル】その抜擢、本当に大丈夫?社員を役員にするメリット・デメリットと、失敗しないための究極のテクニック

法人設立

「この社員は、将来の会社を担う逸材だ。そろそろ役員に引き上げたい」
「事業拡大のため、右腕となる役員を、社内から抜擢したい」

会社の成長と共に、優秀な社員を経営陣に迎え入れ、 「役員」 へと昇格させることは、多くの経営者が直面する、重要かつ喜ばしい経営判断の一つです。

社員を役員に昇格させることは、その社員のモチベーションを最大限に引き出し、経営者としての視点を育み、会社に新たな活気と成長をもたらす、極めて強力な起爆剤となり得ます。

しかし、その一方で、この「役員昇格」という決断には、メリットの裏側に、会社の屋台骨を揺るがしかねない、重大なデメリットとリスクが潜んでいることを、あなたはご存知でしょうか。

  • 報酬の固定化が、会社の資金繰りを圧迫する。
  • 人選ミスが、組織文化を崩壊させる。
  • 契約形態の変更が、社員の生活を脅かす。

安易な抜擢は、良かれと思って行ったことが、かえって会社と社員の双方を、不幸な結果へと導いてしまう可能性があるのです。

この記事では、会社の未来を左右する「役員昇格」という重大な決断を、絶対に失敗させないために、経営者が知っておくべき全ての知識と戦略を、徹底的に解説していきます。

  • 役員昇格がもたらす「光と影」~メリット・デメリットの全貌~
  • 絶対に間違えてはいけない「法的な手続き」と「契約の変更」
  • 報酬の固定化リスクを回避する「使用人兼務役員」という選択肢
  • 税金を最適化する、決算賞与を「退職金」に変える裏ワザ
  • リスクを最小化し、成長を最大化する「執行役員」からのステップアップ術

この知識は、あなたの会社にとって、最高の経営チームを築き上げ、持続的な成長を実現するための、不可欠な羅針盤となるはずです。

第1章:役員昇格がもたらす「光」~会社と個人を成長させる2大メリット~

まず、なぜ社員を役員に昇格させることが、これほどまでに重要なのか。その輝かしいメリットから見ていきましょう。

メリット①:経営者視点の覚醒と「責任感」の爆発的向上

これが、役員昇格がもたらす、最も大きな、そして最も価値のある効果です。
「社員」から「役員」へと立場が変わることで、その人物の視点は、劇的に変化します。

  • 当事者意識の醸成:
    これまで、「上司から与えられた業務を、いかに効率的にこなすか」という視点だったのが、「会社全体の利益を、いかにして最大化するか」という、 経営者と同じ視点(当事者意識) に変わります。
  • 責任感の向上:
    会社の経営に直接関与し、その意思決定に責任を負う立場になることで、自らの仕事に対する責任感とコミットメントが、飛躍的に向上します。
  • パフォーマンスの最大化:
    この「経営者視点」と「責任感」が、昇格した役員のパフォーマンスを最大限に引き出し、その高いエネルギーが、組織全体へと波及し、会社に新たな成長のダイナミズムをもたらすのです。

メリット②:報酬設計による「経済的メリット」と「節税効果」

役員昇格は、報酬体系を大きく変えるチャンスでもあります。これを戦略的に活用することで、会社と個人の双方に、大きな経済的メリットが生まれます。

  • モチベーションの向上:
    役員報酬や役員賞与といった、その貢献にふさわしい経済的な報酬を設定することで、役員のモチベーションをさらに高め、会社の成長への、より強いコミットメントを引き出すことができます。
  • 社会保険料の削減:
    役員報酬の仕組みを正しく理解し、 「事前確定届出給与(役員賞与)」 をうまく活用すれば、社会保険料の負担を、合法的に、そして大幅に削減することが可能です。これは、会社のキャッシュフローを改善する上で、極めて有効な手段となります。(詳細は、前回の記事をご参照ください)
  • 退職金の活用:
    役員には、従業員とは比較にならないほど、税制上有利な 「役員退職金」 を準備することができます。これもまた、会社の利益を圧縮し、かつ、役員の功労に報いるための、強力なツールとなります。

第2章:役員昇格がもたらす「影」~会社を危機に陥れる2大リスク~

しかし、この輝かしいメリットの裏側には、会社を深刻な危機に陥れる可能性のある、重大なデメリットとリスクが存在します。

デメリット①:報酬の「固定化」という呪縛

これが、経営者が最も警戒すべきリスクです。
従業員の給与は、業績に応じて、比較的柔軟に増減させることが可能です。
しかし、役員の報酬(定期同額給与)は、税法上のルールにより、一度決定すると、その事業年度中は、原則として変更することができません。

これは、何を意味するでしょうか。
もし、期中に、予期せぬ事態(取引先の倒産、市場の急変など)で、会社の業績が急激に悪化しても、役員に支払う報酬を、簡単に引き下げることはできないのです。

この「固定化された高額な報酬」が、ただでさえ厳しい会社の資金繰りを、さらに圧迫し、経営を崖っぷちへと追い込んでしまう。
また、役員自身の生活水準も、その報酬額を前提に成り立っているため、減額を切り出すことは、経営者にとって、大きな心理的負担となります。
役員報酬の決定は、 「1年間の、会社の固定費を確定させる」 という、極めて重い決断であることを、肝に銘じる必要があります。

デメリット②:致命的な「人選ミス」のリスク

「プレイヤーとしては超一流だったが、マネージャーとしては三流だった」
このような話は、よく耳にするところです。役員昇格における人選ミスは、これよりも、さらに深刻な事態を招きます。

  • 組織文化の崩壊:
    役員は、その言動が、会社全体の「文化」や「空気」を創り出します。もし、経営理念に反する言動を取る人物や、部下からの信頼が薄い人物を役員に据えてしまえば、社員の士気は一気に低下し、これまで築き上げてきた組織文化は、音を立てて崩れ去るでしょう。
  • 経営判断の誤り:
    役員は、会社の重要な意思決定に関与します。経営者としての資質や、大局的な視点が欠けている人物が役員会に加わることで、会社全体の経営判断が、誤った方向へと導かれてしまうリスクがあります。

役員の人選ミスは、取り返しがつきません。その一人の存在が、会社全体を、ゆっくりと、しかし確実に、衰退へと向かわせる可能性があるのです。

第3章:絶対に間違えてはいけない!役員昇格の「法的手続き」

社員から役員への昇格は、単なる「肩書きの変更」ではありません。それは、法的に、そして契約上、全く異なる立場への「移行」を意味します。この手続きを、正しく、そして丁寧に行うことが、将来のトラブルを防ぐための、絶対条件です。

手続き①:臨時株主総会の開催と「議事録」の作成

役員の選任は、会社の最高意思決定機関である 「株主総会」の専権事項です。
たとえ、社長が100%株主の一人会社であっても、形式的に
臨時株主総会を開催し、役員選任の決議を行う 必要があります。

そして、その決議内容(誰を役員に選任したか、役員報酬の総額はいくらか、など)を、 「株主総会議事録」 という、法的な証拠書類として、正確に記録し、保存しておかなければなりません。
この議事録がなければ、その役員選任の正当性を、対外的(税務署や金融機関など)に証明することができません。

手続き②:雇用契約から「委任契約」への切り替え

これが、昇格する社員本人にとって、最も大きな変化です.
「社員」と会社との関係は、労働基準法に守られた 「雇用契約」です。
一方、「役員」と会社との関係は、民法に基づく
「委任契約」 となります。

この契約形態の変更により、これまで当たり前のように受けていた、様々な保護や権利が、失われることになるのです。

【委任契約への変更による、主なデメリット】

  • 労働基準法の適用外となる:
    労働時間や、休日、有給休暇といった、労働者を守るための規定が、適用されなくなります。
  • 雇用保険の被保険者資格を喪失する:
    原則として、雇用保険には加入できません。したがって、万が一、会社が倒産したり、役員を退任したりしても、失業手当(基本手当)を受け取ることはできません。
  • 各種給付金の対象外となる:
    育児休業給付金や、介護休業給付金、高年齢雇用継続給付金といった、雇用保険から支給される、様々な給付金の対象からも、外れることになります。

これらの不利益について、事前に、本人に対して十分な説明を行い、その上で、双方合意のもとで契約を切り替えることが、後のトラブルを防ぐために、極めて重要です。

第4章:【昇格テクニック】リスクを回避し、メリットを最大化する「応用戦略」

では、これらのデメリットやリスクを、最小限に抑えながら、役員昇格のメリットを最大限に享受するための、具体的なテクニックはあるのでしょうか。
答えは 「YES」 です。いくつかの制度を、戦略的に組み合わせることで、より柔軟で、より有利な昇格プロセスを実現できます。

テクニック①:「決算賞与」を「退職金」に変える、魔法の杖

これは、役員退職時ではなく、従業員から役員へ昇格するタイミングで使える、上級テクニックです。
通常、役員に昇格する際には、従業員として退職する形を取り、会社から「退職金」が支払われます。

もし、その昇格のタイミングが、決算期末であり、会社に大きな利益が出ていたとします。
通常であれば、その利益の一部を「決算賞与」として、従業員に支給することを考えるでしょう。

しかし、その決算賞与を、昇格する社員に対して、 「従業員退職金」 という名目で支給するのです。

  • 決算賞与の場合:
    受け取った社員にとっては「賞与所得」となり、高い税率と、社会保険料の負担が発生します。
  • 従業員退職金の場合:
    受け取った社員にとっては 「退職所得」 となり、極めて優遇された税制(退職所得控除、1/2課税)が適用され、社会保険料もかかりません。手取り額が、劇的に増えるのです。

会社にとっては、どちらも同じ「経費」ですが、受け取る本人にとっては、天と地ほどの差が生まれます。これは、長年の功労に報いる、最高のプレゼントとなり得るでしょう。

テクニック②:「使用人兼務役員」という、ハイブリッドな選択肢

「役員としての責任は持たせたいが、報酬の固定化リスクは避けたい」
「現場のプレイングマネージャーとして、従業員としての立場も残してあげたい」

そんな、デリケートなニーズに応えるのが、 「使用人兼務役員」 という制度です。
これは、取締役などの役員でありながら、同時に、部長や工場長といった、従業員としての身分も併せ持つ、ハイブリッドな役職です。

【使用人兼務役員のメリット】

  • 報酬の柔軟性:
    報酬を、「役員報酬部分」と、「使用人給与部分」に分けることができます。「役員報酬」は固定ですが、「使用人給与」の部分は、業績に応じて、比較的柔軟に増減させたり、賞与を支払ったりすることが可能です。これにより、報酬の完全な固定化リスクを、回避できます。
  • 雇用保険の継続加入:
    ハローワークで一定の手続きを行えば、従業員としての身分で、雇用保険に継続して加入することができます。

ただし、誰でも使用人兼務役員になれるわけではなく、代表取締役や、特定の役職は対象外となるなど、細かいルールがあります。導入の際は、必ず専門家に相談してください。

第5章:【究極の育成術】「執行役員」から始める、失敗しない昇格ステップ

いきなり、社員を取締役という、重い責任を伴うポジションに引き上げるのは、本人にとっても、会社にとっても、リスクが大きい場合があります。
そこで、リスクを最小化し、候補者をじっくりと見極め、育てていくための、段階的な昇格プロセスとして、 「執行役員」 というポジションを活用することをお勧めします。

「執行役員」とは?~役員と名がつくが、役員ではない~

まず、重要なのは、執行役員は、会社法上の「役員(取締役)」ではない、ということです。
執行役員は、あくまでも、 従業員の最高位に位置づけられる、社内的な「役職名」 です。

  • 立場: 法律上は、従業員(労働者)
  • 契約雇用契約
  • 登記: 不要
  • 役割: 取締役会などで決定された経営方針に基づき、特定の事業部門の「業務執行」に、責任を持つ

失敗しない「3段階・昇格ステップ」

この執行役員制度を活用し、以下のような、3段階のステップで、将来の経営幹部を育成していくのが、最も安全で、確実な方法です。

【STEP 1:執行役員への昇格】

  • まずは、特定の事業部長などを「執行役員」に任命します。
  • これにより、従業員の身分のまま、より大きな責任と権限を与え、経営に近い視点で、業務執行の経験を積ませます。
  • 会社側は、この期間に、その人物の経営者としての資質や、リーダーシップを、じっくりと見極めることができます。

【STEP 2:使用人兼務役員への昇格】

  • 執行役員として、十分な実績と、経営者としてのポテンシャルが確認できたら、次のステップとして、「使用人兼務役員(例:取締役 兼 〇〇事業部長)」に昇格させます。
  • これにより、法的な経営責任を負う「役員」になると同時に、従業員としての柔軟性も、一部残すことができます。

【STEP 3:専任の取締役への昇格】

  • 最終的に、経営の中枢を担う存在として、誰もが認めるようになった段階で、使用人としての身分を離れ、完全に「取締役」として、経営に専念してもらいます。

この段階的なプロセスを経ることで、人選ミスのリスクを極限まで減らし、かつ、本人も、無理なく、そして着実に、経営者としての階段を上っていくことができるのです。

まとめ:役員昇格は、会社の「未来をデザインする」ことである

社員を役員に昇格させるという決断は、単なる人事異動ではありません。
それは、

  • 会社の未来のリーダーシップを、誰に託すのか?
  • 会社の成長を、どのような組織体制で、実現していくのか?
  • そして、会社の成功を、誰と、どのように分かち合うのか?

といった、会社の「未来そのもの」を、デザインしていく、極めて創造的で、そして重い責任を伴う、経営者の仕事なのです。

メリットの光だけでなく、デメリットの影も、深く理解する。
法的な手続きを、正確に、そして丁寧に行う。
そして、様々な制度やテクニックを、戦略的に活用し、リスクを最小化し、リターンを最大化する。

その、緻密で、愛情のこもったプロセスこそが、あなたの会社を、より強く、よりしなやかな、盤石の経営チームへと、導いてくれるはずです。

最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。