「社員の頑張りに報いたい」
「福利厚生を充実させて、従業員満足度を高めたい」
「どうせなら、会社の節税にも繋がる形で還元できないだろうか?」
会社の利益を従業員に還元し、働きやすい環境を整える「福利厚生」は、企業経営において非常に重要な要素です。そして、多くの経営者が、この福利厚生を会社の「節税」と結びつけて考えようとします。
しかし、この「社員のための節税」という考え方には、実は多くの「罠」が潜んでいることをご存知でしょうか。良かれと思って導入した制度が、税務調査で否認され、かえって会社に多額の追徴課税をもたらしたり、最悪の場合、社員個人に税金の負担を強いる結果になったりするケースが後を絶ちません。
この記事では、経営者が陥りがちな「節税目的の福利厚生」の落とし穴について、生命保険、記念品、社員旅行、食事代、社員割引といった具体的なケースを挙げながら、その税務上のルールと注意点を徹底的に解説していきます。社員の満足度向上と、健全な節税を両立させるための、正しい知識と実践的なヒントをお伝えします。
大前提:「節税」と「福利厚生」の正しい関係
まず、大前提として理解しておくべきなのは、税法における「福利厚生費」の基本的な考え方です。
福利厚生費として会社の経費(損金)として認められるためには、その支出が以下の要件を概ね満たしている必要があります。
- 全従業員を対象としていること(機会の均等): 特定の役員や従業員だけを優遇するものではなく、全従業員に平等に機会が与えられていること。
- 社会通念上、妥当な金額であること(金額の妥当性): あまりにも高額で、豪華すぎるものは、福利厚生の範囲を超えていると見なされる可能性があります。
- 現金や換金性の高いものではないこと(現物支給の原則): 現金や商品券など、実質的に給与と変わらないものは、福利厚生費ではなく「給与」として扱われます。
これらの要件から外れた支出は、たとえ会社が「福利厚生」のつもりで行ったとしても、税務上は「給与」または「役員賞与」として認定されます。そうなると、会社側では源泉徴収義務が生じ、従業員・役員側では所得税・住民税の課税対象となるのです。
罠1:生命保険を活用した「節税」と「保障」の落とし穴
会社の財務戦略として、役員や従業員を被保険者とする生命保険に法人契約で加入するケースはよくあります。支払保険料の一部または全部が損金になるという「節税効果」と、万が一の際の「事業保障」や「退職金準備」を両立できる可能性があるためです。しかし、ここにもいくつかの罠が潜んでいます。
役員向け生命保険の出口戦略ミス
- 問題点:
会社が契約者となり、役員を被保険者とする生命保険に加入し、保険料を損金として処理していたとします。その後、役員が退職する際に、保険を解約して解約返戻金を役員退職金として支給する、あるいは契約者を役員個人に名義変更するといった「出口戦略」が一般的です。
しかし、この出口戦略を誤ると、受け取った解約返戻金相当額や、保険契約の権利そのものが「役員賞与」と認定される可能性があります。 - なぜ罠なのか?
役員賞与と認定されると、その金額は原則として会社の損金にはならず、法人税の対象となります。さらに、受け取った役員個人にも高額な所得税・住民税が課せられます。つまり、法人と個人の両方で税金がかかる「ダブルパンチ」の状態になってしまうのです。
「保険料を支払っていた時は節税になっていたはずなのに、出口でそれ以上の税金を取られてしまった」という本末転倒な事態に陥りかねません。 - 対策:
- 役員退職金の支給や、保険契約の名義変更を行う際には、その税務上の取り扱いについて、必ず事前に税理士と詳細なシミュレーションを行う必要があります。
- 役員退職慰労金規程を整備し、株主総会で承認を得るなど、支給の正当性を担保する手続きを踏むことが不可欠です。
福利厚生としての「見舞金」の金額制限
- 問題点:
従業員や役員、その家族に不幸があった際に、会社が加入している生命保険から支払われる死亡保険金を原資として、「死亡弔慰金」や「見舞金」を支払うことがあります。これは福利厚生として認められますが、その金額には社会通念上の上限があります。 - 税務上の目安:
- 業務上の死亡の場合:死亡時の普通給与の3年分相当額まで
- 業務外の死亡の場合:死亡時の普通給与の半年分相当額まで
- なぜ罠なのか?
この非課税枠を超える金額を支払った場合、超過部分は「死亡退職金」または「賞与」として扱われ、相続税または所得税の課税対象となります。良かれと思って多額の見舞金を支払った結果、遺族に思わぬ税負担を強いることになりかねません。 - 対策:
弔慰金規程などを整備し、社会通念上の妥当な範囲内で支給額の基準を明確にしておくことが重要です。
罠2:記念品・永年勤続表彰の「品物選び」の落とし穴
従業員の長年の貢献に報いるための永年勤続表彰は、素晴らしい福利厚生制度です。しかし、その記念品の選び方一つで、税務上の扱いが大きく変わってしまいます。
- 福利厚生費として認められる要件:
- 勤続年数がおおむね10年以上であること。
- 2回以上表彰を受ける場合は、前回の表彰からおおむね5年以上の間隔が空いていること。
- 支給する記念品が、社会通念上妥当な金額(一般的に1万円~数万円程度)であること。
- 記念品が現金や換金性の高いものではないこと。
- なぜ罠なのか?~ギフト券・カタログギフトの危険性~
従業員に喜んでもらおうと、商品券、ギフト券、旅行券などを記念品として支給するケースがよくありますが、これは最もやってはいけない選択です。これらの換金性の高いものは、税務上、全額が「給与」として扱われます。
同様に、従業員が自由に商品を選択できるタイプのカタログギフトも、「現金を選択できる」ことと同義と見なされ、給与として課税される可能性が非常に高いです。 - 給与と認定された場合の影響:
- 会社側:源泉徴収義務が生じます。
- 従業員側:所得税・住民税の課税対象となり、手取りが目減りします。
- 対策:
- 永年勤続表彰の記念品は、会社が特定の品物(時計、万年筆、置物など)を選んで現物で支給するのが最も安全です。
- 旅行や観劇に招待する場合も、会社が旅行代理店などに直接費用を支払い、招待状の形で従業員に渡すようにします。
- どうしても従業員に選ばせたい場合は、会社が用意した複数の記念品の選択肢の中から選んでもらう形式にしましょう。
罠3:社員旅行の「家族同伴」と「不参加者」への配慮不足
社員のリフレッシュやチームワーク向上を目的とした社員旅行も、人気の高い福利厚生ですが、ここにも税務上の落とし穴があります。
- 福利厚生費として認められる要件:
- 旅行期間が4泊5日以内であること(海外旅行の場合は、現地での滞在日数)。
- 旅行に参加する従業員の数が、全従業員数の50%以上であること。
- 会社が負担する費用が、社会通念上妥当な金額(一般的に一人当たり10万円程度が目安)であること。
- なぜ罠なのか?~家族同伴費用と不参加者への現金支給~
- 家族同伴: 従業員の家族が旅行に参加し、その費用を会社が負担した場合、その家族分の費用は、原則としてその従業員に対する「給与」と見なされます。家族への福利厚生ではなく、特定の従業員への経済的利益の供与と判断されるためです。
- 不参加者への現金支給: 旅行に参加しなかった従業員に対して、「その代わりに現金を支給する」という対応を取った場合、その現金はもちろんのこと、旅行に参加した従業員の旅行費用まで、全額が「給与」と認定されてしまうリスクがあります。これは、「旅行に行くか、現金をもらうか」という選択肢を与えた時点で、その旅行費用が現金給付と同じ性質を持つと判断されるためです。
- 対策:
- 社員旅行は、原則として従業員本人のみを対象とします。もし家族同伴を認める場合は、家族分の費用は従業員の自己負担とするのが安全です。
- 不参加者に対しては、現金を支給するのではなく、代替のイベントを企画したり、お土産を渡したりする程度の対応に留めるべきです。
罠4:食事代の補助ルール違反
従業員への食事補助は、満足度向上に直結する人気の福利厚生ですが、その経費計上には厳格なルールが存在します。
- 社食や弁当代を福利厚生費とするための要件:
- 従業員が、食事代の半分以上を負担していること。
- 会社の負担額が、月額3,500円(税抜)以下であること。
- 残業時の食事代:
残業や宿直の際に、会社が食事を現物で支給する場合は、全額を福利厚生費として計上できます。 - なぜ罠なのか?
- これらの要件を満たさずに食事代を補助した場合、会社が負担した金額の全額が「給与」として課税されます。
- 特に、現金を支給して「これでランチを食べてきて」という形式は、全額が給与となります。会社が現物(弁当など)を提供するか、あるいは社員食堂の食券を渡すといった形が必要です。
- 残業時の食事代も、社員に現金を渡して「好きなものを買ってきて」という形では福利厚生費として認められず、給与扱いとなるため注意が必要です。
- 対策:
食事補助制度を導入する際は、これらの要件を厳密に守り、給与から本人負担分を天引きするなどの適切な運用体制を整えることが重要です。
罠5:社員への「大盤振る舞い」な割引販売
自社製品やサービスを従業員に割引価格で提供する「社員割引」も、福利厚生の一環としてよく行われます。しかし、その割引率には注意が必要です。
- 給与課税されないための基準:
以下の2つの条件を両方とも満たす必要があります。- 割引価格が、会社の取得原価以上であること(会社が赤字にならないこと)。
- 割引率が、社会通念上妥当な範囲であること。
- なぜ罠なのか?
- 税務上、「通常の販売価格の30%引き程度まで」であれば、社会通念上妥当な範囲と見なされることが多いようです。しかし、50%引きや、それ以上の大幅な割引を行った場合、通常の販売価格と割引価格との差額が「給与」と認定され、課税される可能性があります。
- 対策:
社員割引制度を設ける際は、割引率を常識の範囲内(一つの目安として3割引程度)に設定し、社内規程などでルールを明確にしておくことが重要です。社員への還元のつもりが、かえって税負担を増やす結果にならないよう、注意が必要です。
まとめ:社員のための節税は「知識」と「バランス」が鍵
社員の満足度を高め、会社への貢献に報いるための福利厚生は、経営において非常に重要です。そして、それを可能な限り会社の経費として計上し、節税に繋げたいと考えるのも当然のことです。
しかし、ここまで見てきたように、「社員のため」と「節税のため」を両立させようとする際には、数多くの「罠」が存在します。
福利厚生で失敗しないための鉄則
- 「給与」と「福利厚生費」の境界線を正しく理解する: 全員が対象か?金額は妥当か?換金性はないか?という3つの視点を常に持つ。
- 生命保険は「出口戦略」まで見据えて設計する: 節税効果だけでなく、将来の税負担までを考慮する。
- 記念品は「モノ」で渡す: 商品券や自由に選べるカタログギフトは避ける。
- 社員旅行に「現金」の選択肢を持ち込まない: 家族同伴や不参加者への対応は慎重に。
- 食事補助は「現物支給」と「ルール厳守」で: 現金支給は給与と心得る。
- 社員割引は「常識の範囲内」で: 大盤振る舞いは、かえって社員の負担を増やす。
- 迷ったら、必ず専門家(税理士など)に相談する: 自己判断で進める前に、税務上のリスクを確認する。
社員を大切に思う気持ちと、会社を健全に経営したいという思い。その両方を実現するためには、税務に関する正しい知識を身につけ、節税と福利厚生の最適なバランスを見極める冷静な判断力が求められます。
良かれと思って行った施策が、税務調査での指摘や、社員との信頼関係の悪化といった最悪の結果を招くことのないよう、ぜひこの記事で解説したポイントを、あなたの会社経営にお役立てください。