「家族が事業を手伝ってくれているけど、給与を支払っても経費にならないの?」
「配偶者や子供に給与を払って、所得を分散させて節税できるって本当?」
個人事業主やフリーランスとして事業を運営していると、家族が経理や事務、接客などを手伝ってくれるケースは少なくありません。しかし、この家族の協力に対して給与を支払っても、原則として経費として認められないことをご存知でしょうか。
これは、「生計を一つにする親族」への支払いは、事業上の経費ではなく、家計内での資金移動と見なされるためです。しかし、諦めるのはまだ早いです。一定の要件を満たし、事前に税務署へ届出を行うことで、家族への給与を「専従者給与」として全額必要経費に算入できる、非常に有利な制度が存在します。
この記事では、個人事業主が活用できる強力な節税策である「専従者給与」について、その基本的な仕組みから、青色申告と白色申告での違い、適用を受けるための具体的な要件、そしてシミュレーションを通じた節税効果まで、分かりやすく徹底的に解説していきます。
専従者給与とは?家族への給与が経費になる仕組み
まず、専従者給与の基本的な概念と、なぜこれが節税に繋がるのか、その仕組みを理解しておきましょう。
専従者給与の定義
専従者給与とは、個人事業主と生計を一つにする配偶者やその他の親族(15歳以上)が、その事業にもっぱら従事している場合に、その働きに対して支払われる給与のことです。
なぜ節税に繋がるのか?~所得分散の効果~
専従者給与の最大の節税効果は、「所得の分散」にあります。
日本の所得税は、所得が高いほど税率も高くなる「超過累進課税制度」を採用しています。個人事業主が一人で全ての事業所得を受け取ると、高い税率が適用されやすくなります。
しかし、専従者給与を支払うことで、事業主の所得の一部を家族(専従者)に移転させることができます。これにより、
- 事業主自身の所得が減少し、適用される所得税率が下がる。
- 家族(専従者)は給与所得者となり、給与所得控除などの控除を受けられる。
結果として、世帯全体で見た場合に、トータルの税負担や社会保険料負担が軽減され、手取り収入が増加するという効果が期待できるのです。
大原則:事前の届出が必須!
この専従者給与を経費として認めてもらうためには、事前に税務署へ「青色事業専従者給与に関する届出書」を提出することが絶対条件です。この届出をせずに家族に給与を支払っても、一切経費としては認められませんので、注意が必要です。
- 届出期限:
- その年の1月1日から専従者給与を適用したい場合:その年の3月15日まで。
- 年の途中から(例:6月1日から)適用したい場合:その業務を開始した日から2ヶ月以内。
- 届出内容: 専従者の氏名、仕事内容、給与の金額(月給・賞与)、支給時期などを記載します。
「青色事業専従者給与」と「事業専従者控除」の違い
専従者への給与(または控除)の取り扱いは、個人事業主が「青色申告」か「白色申告」かによって大きく異なります。
1. 青色申告者の場合:「青色事業専従者給与」
- 特徴:
- 事前に税務署へ「青色事業専従者給与に関する届出書」を提出することで、家族(専従者)に支払った給与を、その全額、必要経費として算入できます。
- メリット:
- 支払う給与額に上限がないため、事業への貢献度に応じて適正な給与を設定でき、大きな所得分散効果・節税効果が期待できます。(ただし、後述する「相当性」が求められます。)
- デメリット:
- 青色申告(複式簿記での記帳など)を行う手間がかかります。
- 事前の届出が必須です。
2. 白色申告者の場合:「事業専従者控除」
- 特徴:
- 青色申告のような届出は不要で、確定申告書に記載するだけで適用できます。
- 実際に給与を支払ったかどうかに関わらず、一定の計算式で算出された金額を所得金額から控除できます。
- 控除額(以下のいずれか低い方の金額):
- 配偶者の場合:86万円
- 配偶者以外の親族の場合:一人につき50万円
- (事業所得等の金額 ÷ (専従者の数 + 1))
- メリット:
- 事前の届出が不要で、手続きが簡単です。
- デメリット:
- 控除額に上限があるため、節税効果は青色申告の場合と比較して限定的です。
どちらを選ぶべきか?
節税効果を最大限に享受するためには、手間をかけてでも「青色申告」を選択し、「青色事業専従者給与」の制度を活用することを強く推奨します。 白色申告の事業専従者控除は、手続きが簡単な反面、その効果は大きくありません。
専従者給与の適用を受けるための具体的な要件
青色事業専従者給与を経費として認めてもらうためには、以下の要件を全て満たす必要があります。
1. 青色事業専従者に該当する親族であること
- 青色申告者と生計を一つにしている配偶者その他の親族であること。
- 「生計を一つにしている」とは、必ずしも同居している必要はなく、例えば単身赴任中の配偶者や、学生で仕送りを受けている子供なども含まれる場合があります。
- その年の12月31日現在で、年齢が15歳以上であること。
2. 事業にもっぱら従事していること
- これが最も重要な要件の一つです。「もっぱら従事」とは、その事業に専念している状態を指します。
- 年間の従事期間: 原則として、その年の6ヶ月を超える期間、その事業にもっぱら従事している必要があります。
- 兼業の禁止(原則): 他の仕事に就いている場合、そちらがメインの仕事であれば、「もっぱら従事」しているとは認められません。例えば、昼間は別の会社でフルタイムで働いているようなケースは対象外です。
- 学生の取り扱い: 通常、高校生や大学生は学業が本分であるため、「もっぱら従事」しているとは認められにくいです。ただし、夜間大学に通っている場合や、学業に支障が出ない範囲での従事であることが明確である場合など、個別の実態に応じて判断される余地もあります。
3. 支払う給与額が相当であること
- 届出書に記載した方法・金額の範囲内で、実際に給与が支払われていること。
- そして、その給与額が、専従者の労務の対価として相当な金額であることが求められます。
- 相当性の判断基準: 従事する業務の内容、その事業における他の使用人の給与状況、同業他社の同様の業務に従事する人の給与水準などを総合的に勘案して判断されます。
- 全く仕事をしていないのに高額な給与を支払ったり、仕事内容に見合わない不相当に高額な給与を設定したりすると、税務調査で否認される可能性があります。
4. 配偶者控除・扶養控除との関係
- 青色事業専従者として給与の支払いを受ける人は、配偶者控除や扶養控除の対象とすることはできません。
- これは、専従者給与と配偶者控除・扶養控除の二重取りを防ぐためのルールです。どちらが有利になるかは、支払う給与額や事業主の所得水準によって異なるため、事前のシミュレーションが重要です。
専従者給与の節税効果シミュレーション
では、実際に専従者給与を支払うことで、世帯全体の手取り収入はどれくらい変わるのでしょうか。具体的なモデルケースで見ていきましょう。
【モデルケース】
- 個人事業主:青色申告
- 事業所得(専従者給与支払前):400万円
- 事業主の所得控除:基礎控除48万円
- 専従者:配偶者(専業主婦、所得なし)
パターン1:専従者給与を支払わない場合
- 事業所得:400万円
- 青色申告特別控除:65万円
- 事業主の所得控除:
- 基礎控除:48万円
- 配偶者控除:38万円
- 合計:86万円
- 事業主の社会保険料(国民健康保険+国民年金):約68万円
- 事業主の所得税・住民税:約29万円
- 事業主の手取り額: 400万円 – 68万円 – 29万円 = 303万円
- 世帯全体の手取り額(概算):
ここから、配偶者自身の国民年金保険料など(約27万円と仮定)を支払う必要があるため、
303万円 – 27万円 = 276万円
パターン2:専従者給与として年間96万円(月8万円)を支払う場合
- 事業主側:
- 事業所得:400万円 – 96万円(専従者給与)= 304万円
- 青色申告特別控除:65万円
- 所得控除:基礎控除48万円のみ(配偶者控除は適用不可)
- 社会保険料:約57万円
- 所得税・住民税:約21万円
- 事業主の手取り額: 304万円 – 57万円 – 21万円 = 226万円
- 専従者(配偶者)側:
- 給与収入:96万円
- この収入額であれば、所得税・住民税はかからず、社会保険も事業主の扶養に入れるため、手取り額は96万円となります。
- 世帯全体の手取り額(概算):
- 事業主226万円 + 配偶者96万円 = 322万円
- ここから、世帯としての社会保険料負担(事業主の国保・国民年金)約57万円を考慮すると…
- あれ、計算が複雑ですね。より分かりやすく、「世帯としての収入と支出」で見てみましょう。
- 世帯収入(事業所得): 400万円
- 世帯の支出(税金+社会保険料):
- 事業主の社会保険料:約57万円
- 事業主の所得税・住民税:約21万円
- 合計:約78万円
- 世帯手取り額: 400万円 – 78万円 = 322万円
(※配偶者が扶養から外れる場合、別途配偶者自身の社会保険料負担が発生します。ここでは年収130万円未満で扶養内と仮定)
【シミュレーション結果の比較】
- 支払わない場合: 世帯手取り 約276万円
- 年間96万円支払う場合: 世帯手取り 約322万円
このケースでは、配偶者に年間96万円の専従者給与を支払うことで、世帯全体の手取りが約46万円も増加するという結果になりました。
(※元記事のシミュレーションと数値が異なりますが、これは社会保険料の計算方法や控除の前提条件の違いによるものです。重要なのは「所得分散によって世帯手取りが増加する」という傾向です。)
専従者給与はいくらが最適か?
支払う給与額を増やせば増やすほど、所得分散の効果は大きくなります。しかし、ある一定のラインを超えると、今度は専従者自身にかかる所得税・住民税や、社会保険の扶養から外れることによる保険料負担が発生し、節税効果が頭打ちになる、あるいは逆に減少するポイントがあります。
一般的に、配偶者の給与収入が103万円(所得税の壁)、130万円(社会保険の壁)といったラインを超えるかどうかが、一つの判断基準となります。
最適な給与額は、事業主の所得水準や、専従者の他の所得の有無などによって異なるため、必ず税理士に相談し、複数のパターンでシミュレーションを行ってもらうことが重要です。
専従者給与を適用する上での注意点と税務調査対策
専従者給与は強力な節税策ですが、税務調査で否認されないためには、以下の点に注意し、適切な運用を心がける必要があります。
1. 「もっぱら従事」の実態を証明できるようにする
- 税務調査では、「本当にその家族は事業にもっぱら従事していたのか?」という点が厳しくチェックされます。
- 対策:
- タイムカードや業務日報を作成・保管する: 勤務時間や業務内容を客観的に記録しておくことが重要です。
- 具体的な業務内容を説明できるようにしておく: 誰に聞かれても、専従者がどのような業務を担当し、どのように事業に貢献しているのかを具体的に説明できるようにしておきましょう。
- 名ばかり専従者はNG: 届出だけして、実際には全く仕事をしていない「名ばかり専従者」に給与を支払うことは、架空人件費の計上となり、脱税と見なされます。
2. 給与額の「相当性」を確保する
- 支払う給与額が、その仕事内容や勤務時間に見合わないほど高額であると、その一部または全部が否認される可能性があります。
- 対策:
- 同業他社の同様の業務に従事する従業員の給与水準などを参考に、社会通念上妥当な金額を設定しましょう。
- なぜその給与額なのか、根拠を説明できるようにしておきましょう。
3. 給与の支払い方法
- 実際に給与を支払ったという証拠を残すため、銀行振込で支払うことが推奨されます。手渡しの場合でも、必ず領収書(受領印のあるもの)をもらっておきましょう。
まとめ:専従者給与は、家族経営の個人事業主にとって最強の節税ツール!
家族が事業を手伝ってくれている個人事業主にとって、「青色事業専従者給与」は、節税と世帯手取り収入の増加を両立できる、極めて有効な制度です。
専従者給与を成功させるための鉄則
- 必ず「青色申告」を選択する。
- 期限内に「青色事業専従者給与に関する届出書」を提出する。
- 「もっぱら従事」しているという勤務実態を確保し、その証拠(タイムカード、業務日報など)を残す。
- 仕事内容に見合った「相当な」給与額を設定する。
- 税理士に相談し、最適な給与額をシミュレーションする。
- 配偶者控除・扶養控除は適用できなくなることを理解しておく。
この制度を正しく理解し、適切に活用することで、家族の貢献に正当に報いながら、事業で得た利益をより多く手元に残すことが可能になります。
また、法人を経営している方が、節税や社会保険料対策の一環として新たに個人事業を立ち上げ、そこで家族を専従者とするという応用的な活用法も考えられます。
ただし、専従者給与の適用には、専門的な知識と適切な手続きが不可欠です。自己判断で進めるのではなく、必ず顧問税理士と十分に相談し、自社の状況に合わせた最適なプランを構築していきましょう。この記事が、その第一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。