「起業したいが、自己資金だけでは足りない…」
「新規事業を立ち上げるための融資を受けたいが、どうすればいい?」
新たな事業を始めるにあたり、多くの起業家が直面するのが「資金調達」の壁です。特に、日本政策金融公庫や地域の金融機関(信用金庫、地方銀行など)からの「創業融資」は、事業のスタートダッシュを決める上で非常に重要な役割を果たします。
そして、その融資審査の成否を大きく左右するのが、「事業計画書」です。事業計画書は、あなたのビジネスの未来を描く設計図であり、金融機関に対して「この事業には将来性があり、貸したお金は必ず利益となって返ってくる」ということを、客観的かつ論理的に示すための最も重要なプレゼンテーション資料となります。
この記事では、特に融資審査で重要視される事業計画書の「数字」の部分に焦点を当て、金融機関の担当者が納得する計画書の作成手順、各項目の考え方、そして計画の信頼性を高めるためのポイントについて、分かりやすく徹底的に解説していきます。
なぜ事業計画書の「数字」が重要なのか?金融機関の視点
事業計画書には、創業の動機や事業の経験、商品・サービスの強みといった「想い」や「定性的な情報」ももちろん重要です。しかし、金融機関が最終的に判断するのは、「この事業は、本当に利益を生み出し、貸したお金を返済できるのか?」という一点に尽きます。
そして、その返済能力を客観的に示すのが「数字」です。
- どれくらいの資金が必要で、それを何に使うのか?
- どれくらいの売上が見込めて、その根拠は何か?
- どれくらいの経費がかかり、利益はいくら残るのか?
- そして、その利益で、借入金を計画通りに返済していけるのか?
これらの問いに対して、具体的で、かつ根拠のある数字で答えられなければ、いくら熱意を語っても、融資担当者を納得させることはできません。数字に基づかない事業計画は、「希望的観測」や「夢物語」と見なされてしまうのです。
事業計画書(数字編)作成の4ステップ:融資を引き出すための設計図
では、具体的にどのように数字を組み立てていけば良いのでしょうか。ここでは、日本政策金融公庫の「創業計画書」のフォーマットなどを参考に、融資審査で求められる数字の作成手順を4つのステップに分けて解説します。
ステップ1:必要な資金(資金計画)の算出
まず、事業を始めるために、「全部でいくらのお金が必要なのか」を正確に洗い出すことから始めます。この必要な資金は、大きく「設備資金」と「運転資金」の2つに分けられます。
1. 設備資金:事業を始めるための初期投資
- 内容: 事業を開始するために、最初に必要となる設備や備品などへの投資です。
- 具体例(飲食店の場合):
- 店舗の保証金、礼金、仲介手数料
- 内外装工事費
- 厨房機器(コンロ、冷蔵庫、食洗機など)
- 客席の什器(テーブル、椅子など)
- レジ、パソコンなどの事務機器
- 食器、調理器具など
- ポイント:
- 各項目について、必ず複数の業者から見積もりを取得し、その金額の妥当性を示せるようにしておきましょう。
- 「〇〇一式 〇〇円」といった大雑把な書き方ではなく、できるだけ品目ごとに具体的にリストアップします。
2. 運転資金:事業を回していくための日々の経費
- 内容: 事業が軌道に乗り、売上金が安定的に入金されるまでの間、日々の事業活動を支えるために必要となる資金です。
- 算出の目安: 一般的に、月々にかかる経費(仕入れや人件費、家賃など)の3ヶ月~6ヶ月分を運転資金として確保しておくのが望ましいとされています。
- なぜ必要か? 売上が発生しても、その代金がすぐに入金されるとは限りません(売掛金)。その間の経費支払いのために、手元に現金を確保しておく必要があるのです。
- 計算方法:
- まず、後述するステップ3で、事業が軌道に乗った際の「1ヶ月あたりの経費」を算出します。
- その経費額 × 3~6ヶ月分 = 必要な運転資金
- 創業当初は、3ヶ月分程度の運転資金を計画に盛り込むのが一般的ですが、資金繰りに余裕を持たせるためには、6ヶ月分を目標にできると、金融機関からの評価も高まります。
これらの設備資金と運転資金を合計したものが、「必要な資金の総額」となります。
ステップ2:資金の調達方法(自己資金と借入)の計画
必要な資金の総額が算出できたら、次に「その資金をどうやって用意するのか」を計画します。これは、主に「自己資金」と「借入」の2つから構成されます。
- 自己資金:
- 事業を始めるにあたり、自分自身で準備した資金です。これまでの貯蓄などが該当します。
- 非常に重要なポイント: 金融機関は、この自己資金の額を「事業に対する本気度」の指標として非常に重視します。
- 一般的に、必要な資金総額の最低でも1/10、理想的には1/3程度の自己資金を用意していることが、融資審査を通過するための重要な目安となります。
- 自己資金が極端に少ないと、「計画性がない」「事業への覚悟が足りない」と見なされ、融資が非常に難しくなります。
- 親、兄弟、知人などからの借入:
- もし身内から資金援助を受ける場合は、その金額を記載します。贈与なのか借入なのかを明確にしておく必要があります。
- 日本政策金融公庫、民間金融機関からの借入:
- 必要な資金総額から、自己資金や身内からの借入を差し引いた、不足分の金額が、今回融資を希望する金額となります。
資金計画のバランス
- 「必要な資金」の合計額と、「調達方法」の合計額は、必ず一致させる必要があります。
- 自己資金の割合が高いほど、金融機関からの評価は高まり、融資を受けやすくなります。創業融資では、自己資金の2倍程度の金額が、一つの融資額の目安となることもあります。
ステップ3:事業の見通し(月次の売上・経費・利益)の計画
次に、事業がスタートした後の収支の見通しを立てます。これは、事業の収益性と将来性を示す、計画書の中でも最も重要な部分の一つです。「創業当初」と「軌道に乗った後(例:1年後)」の2つの時点で見通しを立てるのが一般的です。
1. 売上高の計画
- 最も重要なのは「根拠」:
「なんとなく月100万円くらい」といった曖昧な数字ではなく、なぜその売上高になるのか、具体的な計算根拠を必ず示す必要があります。 - 計算根拠の例(飲食店の場合):
- 客単価 × 席数 × 回転数 × 営業日数 = 1日の売上高
- 1日の売上高 × 1ヶ月の営業日数 = 月間売上高
- 例:「客単価1,200円 × 1日の想定客数50人 = 日商6万円。月26日営業で、月商156万円」といったように、分解して計算します。
- 客単価や客数の想定についても、「周辺の競合店の状況」や「ターゲット顧客層の消費動向」などを基にした、客観的な理由付けが必要です。
- 創業当初と軌道に乗った後の違い:
- 創業当初は、知名度も低く顧客も少ないため、控えめな売上予測を立てるのが現実的です。
- 軌道に乗った後は、リピーターの増加やマーケティング効果などを考慮し、売上がどのように増加していくのか、その根拠と共に示します。
2. 売上原価(変動費)の計画
- 売上を上げるために直接かかる費用です。
- 計算根拠:
- 飲食業であれば「原価率」、小売業であれば「仕入原価率」など、業界の平均的な数値を参考にしつつ、自社のメニュー構成や商品構成に基づいて設定します。
- 例:「売上高300万円 × 原価率30% = 売上原価90万円」
3. 経費(固定費)の計画
- 売上の増減に関わらず、毎月発生する費用です。
- 主な項目と計算根拠:
- 人件費: 経営者自身の役員報酬、従業員の給与、アルバイトの時給などを、具体的な人員計画に基づいて算出します。
- 地代家賃: 賃貸借契約書に基づいた正確な金額を記載します。
- 支払利息: 借入金の金利に基づいて概算します。
- その他の経費: 水道光熱費、通信費、広告宣伝費、消耗品費など、過去の類似事例や見積もりを参考に、できるだけ具体的に算出します。
4. 利益の算出
- 売上高 - 売上原価 - 経費合計 = 利益
- 創業当初: 損益トントン(利益ゼロ)か、多少の赤字になる計画でも問題ありません。無理に黒字計画を作るよりも、現実的な計画の方が信頼性は高まります。
- 軌道に乗った後: 明確な黒字となり、後述する借入金の返済を十分に賄えるだけの利益が確保できていることを示す必要があります。
ステップ4:返済能力の証明(利益と返済計画の整合性)
最後に、ステップ3で算出した利益で、ステップ2で計画した借入金をきちんと返済していけることを証明します。これが、金融機関が最も知りたい「返済能力」の証明となります。
- 重要な指標:「債務償還年数」
- 金融機関は、「有利子負債 ÷(税引後利益 + 減価償却費)」で計算される「債務償還年数」を重視します。これは、「借金を何年分のキャッシュフローで返済できるか」を示す指標で、一般的に10年以内であることが望ましいとされています。
- 計画書での示し方:
- 軌道に乗った後の年間利益(税引後)を算出し、その利益で今回の借入希望額を何年で返済できるかを示します。
- 例えば、軌道に乗った後の税引後利益が年間100万円であれば、920万円の借入を返済するには9.2年かかる計算になり、10年以内の基準をクリアできる、というような説明を行います。
- 計画の実現可能性のアピール:
- 単に数字を示すだけでなく、ステップ3で立てた売上・経費計画が、いかに現実的で達成可能なものであるかを、自身の経験や市場調査の結果などを交えて、説得力をもって説明することが重要です。
事業計画書全体の信頼性を高めるための追加ポイント
- 専門家(税理士など)のサポート:
事業計画書の作成、特に複雑な収支計画や資金繰り計画については、税理士などの専門家のアドバイスを受けながら作成することで、計画の精度と信頼性を大幅に高めることができます。 - 見た目の丁寧さ:
誤字脱字がなく、分かりやすく整理された計画書は、経営者の丁寧な人柄や、事業に対する真摯な姿勢を示すことにも繋がります。 - 面談での説明能力:
計画書の内容を、自身の言葉で、熱意と自信をもって説明できることが不可欠です。計画書は、あくまで面談でのプレゼンテーションを補完する資料であると心得ましょう。
まとめ:事業計画書は、未来への情熱を「数字」で語るための最強のツール
銀行融資を成功させるための事業計画書作りは、決して難しい専門知識の羅列ではありません。それは、
- 事業を始めるために「何に、いくら必要か」を正確に洗い出し(資金計画)、
- そのうち「自分でどれだけ用意し、どれだけ借りたいか」を明確にし(調達計画)、
- 事業が始まったら「どのようにして売上と利益を生み出すか」を、根拠ある数字で示し(収支計画)、
- そして、その利益で「借りたお金をきちんと返せること」を証明する(返済能力)、
という、極めて論理的で実践的なプロセスです。
「なんとなくこれくらい」というどんぶり勘定ではなく、一つひとつの数字にしっかりとした根拠を持たせ、計画全体に一貫性のあるストーリーを描くこと。そして、そのストーリーを経営者自身の熱い想いと共に語ること。これこそが、金融機関の担当者の心を動かし、あなたの事業の未来を拓く融資を獲得するための鍵となるのです。
この記事が、これから大きな夢への一歩を踏み出そうとしている起業家の皆様にとって、その設計図となる事業計画書を作成するための一助となれば幸いです。