「マイクロ法人を設立すれば、社会保険料が安くなるって本当?」
「節税にも繋がるって聞いたけど、デメリットはないの?」
個人事業主やフリーランスとして活動する中で、このような「マイクロ法人」という言葉を耳にする機会が増えているのではないでしょうか。マイクロ法人とは、一般的に、個人事業主が事業の一部を法人化し、自身がその法人の役員となることで、主に社会保険料の負担軽減や節税効果を狙う手法を指します。
このマイクロ法人スキームは、正しく理解し活用すれば大きなメリットを享受できる可能性がある一方で、いくつかのデメリットや注意点も存在します。安易に設立すると、かえってコスト増や手間が増えることにもなりかねません。
この記事では、マイクロ法人設立の基本的な考え方から、具体的なメリットとデメリット、設立・運営時の注意点、そして税務・社会保険上の論点まで、経営者や個人事業主が知っておくべき情報を網羅的かつ分かりやすく徹底解説していきます。
なぜマイクロ法人を設立するのか?その主な目的と仕組み
マイクロ法人を設立する最大の目的は、多くの場合、「社会保険料の負担軽減」です。
個人事業主の社会保険料負担
個人事業主は、原則として「国民健康保険」と「国民年金」に加入します。
- 国民健康保険料: 前年の所得に応じて保険料が決定され、所得が高いほど保険料も高額になります。また、自治体によって保険料率や上限額が異なります。
- 国民年金保険料: 所得にかかわらず一律の金額です(令和6年度は月額16,980円)。
特に、所得が増加すると国民健康保険料の負担が重くなるため、これが個人事業主にとって大きな悩みの一つとなっています。
マイクロ法人設立による社会保険料削減の仕組み
マイクロ法人を設立し、自身がその法人の役員となり、法人から役員報酬を「低額」で受け取るように設定します。
- 法人での社会保険加入: 法人は、たとえ役員一人であっても、社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入が義務付けられています。
- 低い役員報酬による社会保険料の低減: 社会保険料は、役員報酬の額(標準報酬月額)に基づいて決定されます。そのため、役員報酬を低く設定すれば、法人で支払う社会保険料(自己負担分と会社負担分)も低く抑えることができます。
- 個人事業主としての所得は社会保険料に影響しない(原則): マイクロ法人から低い役員報酬を受け取り社会保険に加入していれば、別途行っている個人事業でどれだけ大きな所得を得ても、原則としてその個人事業の所得はマイクロ法人の社会保険料には影響しません。
つまり、高額になりがちな国民健康保険料の負担を避け、法人経由で低額の社会保険料に切り替えるというのが、マイクロ法人スキームの基本的な考え方です。
この結果、トータルでの社会保険料負担が大幅に軽減され、手元に残るお金が増えるというメリットが期待できます。これが、「マイクロ法人はメリットばかり」と言われる所以の一つです。
マイクロ法人のデメリット:本当に「ない」のか?
社会保険料削減という大きなメリットがあるマイクロ法人ですが、デメリットや注意点が全くないわけではありません。
1. 法人設立・維持コストの発生
- 設立費用:
- 株式会社の場合:定款認証手数料や登録免許税などで、最低でも20万円程度の費用がかかります。
- 合同会社の場合:定款認証は不要ですが、登録免許税などで最低6万円程度の費用がかかります。
- これらの費用は、司法書士などの専門家に依頼する場合はさらに上乗せされます。
- 税理士費用:
- 法人の決算・申告は、個人の確定申告よりも複雑です。多くの場合、税理士に依頼することになり、その顧問料や決算料が発生します。マイクロ法人とはいえ、年間で数十万円程度の税理士費用がかかるのが一般的です。
- 法人住民税均等割:
- 法人は、たとえ赤字であっても、最低限支払わなければならない税金として「法人住民税の均等割」があります。地域によって異なりますが、年間7万円程度は必ず発生します。
これらのコストは、個人事業主のままでは発生しなかったものです。社会保険料の削減効果と、これらのコスト増を比較検討する必要があります。
2. 管理の手間が増加する
- 個人事業と法人の2つの事業体を運営することになるため、それぞれの経理処理、帳簿作成、確定申告・決算申告など、管理の手間が単純に倍増します。
- 資金管理も、個人事業用口座と法人口座を明確に分け、適切に行う必要があります。
- これらの事務作業を自身で行うのは非常に煩雑であり、多くの場合は税理士などの専門家のサポートが不可欠となります。
3. 将来の年金受給額の減少
- マイクロ法人からの役員報酬を低く設定するということは、厚生年金保険料の納付額も低くなることを意味します。
- その結果、将来受け取れる老齢厚生年金の額が、個人事業主として国民年金を満額納めていた場合や、高い役員報酬で厚生年金に加入していた場合と比較して、少なくなる可能性があります。
- これについては、個人の価値観や将来設計によるところが大きいです。「将来の年金よりも、目先の可処分所得を増やしたい」と考えるか、「多少負担が増えても、将来の年金を厚くしたい」と考えるかで、評価は分かれるでしょう。
- 対策としては、削減できた社会保険料の一部を、iDeCo(個人型確定拠出年金)やNISA(少額投資非課税制度)などを活用した私的年金や資産運用に回し、自身で老後資金を準備するという考え方もあります。
4. 法人としての責任と義務
- 法人を設立すると、個人事業主とは異なる法人としての法律上の責任や義務が生じます。
- 会計帳簿の作成・保存義務、役員の任期管理(株式会社の場合)、株主総会・取締役会の開催(株式会社の場合)など、会社法等に基づいた適切な運営が求められます。
マイクロ法人設立・運営時の注意点:リスクを回避するために
デメリットとは言えないまでも、マイクロ法人を設立・運営する上で注意しておくべき点がいくつかあります。
1. 法人への売上移転額のコントロール
- マイクロ法人は、社会保険料削減を主目的とし、大きな利益を出すことを想定していません。そのため、個人事業から法人へ移す売上の規模は慎重にコントロールする必要があります。
- 法人に移す売上が大きすぎると、法人側で予想以上の利益が出てしまい、法人税の負担が増える可能性があります。
- マイクロ法人の役員報酬は低く設定するため、法人で大きな利益が出ても、役員報酬を増やして利益を圧縮するという手法は使いにくいです(マイクロ法人スキームの趣旨から外れるため)。
- 対策: 事前にマイクロ法人で発生するであろう年間経費(役員報酬、社会保険料、税理士費用、法人住民税均等割など)をシミュレーションし、法人の利益がトントンか、わずかな赤字(均等割分程度の赤字)になるように、個人事業から移管する売上高や業務内容を調整することが重要です。
2. 税務調査のリスク(若干の増加と論点)
- 一般的に、法人の方が個人事業主よりも税務調査の対象となる確率は高いと言われています。マイクロ法人を設立することで、形式上は法人格を持つため、税務調査のリスクが全くないとは言えません。
- ただし、マイクロ法人は売上規模も小さく、利益もほとんど出ないように設計されるため、税務署から見て「調査しても取るものがない」と判断され、実際に調査対象となる可能性は低いと考えられます。
- しかし、個人事業とマイクロ法人との間の取引実態や、事業の区分が不明確である場合などは、税務署から「一体性の否認(実質的には一つの事業ではないか)」や「所得分散のための不自然な操作」といった指摘を受けるリスクが全くないわけではありません。
3. 将来的な制度変更のリスク
- 社会保険制度や税制は、国の政策によって変更される可能性があります。現在有効なマイクロ法人スキームも、将来的に何らかの規制が入ったり、メリットが薄れたりする可能性もゼロではありません。
- 例えば、近年の年金改革の議論では、働き方に関わらず全ての人が社会保険に加入する方向性が示唆されており、将来的には個人事業主と法人役員の所得を合算して社会保険料を算定するようなルールに変更される可能性も否定できません。
- このような制度変更リスクを念頭に置き、もしスキームが成り立たなくなった場合には、マイクロ法人を通常の事業を行う法人へと転換したり、清算したりといった出口戦略も考慮しておく必要があります。
4. 事業内容の適切な区分(同業種でも可能か?)
個人事業とマイクロ法人で事業を行う場合、それぞれの事業内容を明確に区分することが重要です。
- 全く異なる業種であれば問題なし: 例えば、個人事業でコンサルティングを行い、マイクロ法人で不動産賃貸業を行うといった場合は、事業内容が明確に異なるため、問題が生じる可能性は低いです。
- 同業種の場合の注意点:
- 原則として、全く同じ事業内容を個人と法人に不自然に分割することは、税務上否認されるリスクがあります。 これは、単なる租税回避行為と見なされる可能性があるためです。
- しかし、同じ業種であっても、提供するサービス内容、ターゲット顧客層、販売チャネル、管理体制などが明確に区分されていれば、それぞれを独立した事業として認められる可能性は十分にあります。
- 例:ラーメン店を経営している個人事業主が、新たにテイクアウト専門の部門をマイクロ法人として設立し、店舗運営とテイクアウト事業の経理や在庫管理を完全に分けて行う。
- 例:税理士が、税務申告業務は個人事務所で行い、経営コンサルティング業務はマイクロ法人で行う。
- 重要なのは、それぞれの事業に実態があり、合理的な理由に基づいて事業が分割されていることを客観的に説明できることです。この点の判断は専門的知識を要するため、必ず税理士に相談し、適切な事業設計を行う必要があります。
マイクロ法人は本当にメリットばかりなのか?冷静な判断を
マイクロ法人は、社会保険料の負担軽減という点で大きなメリットがある一方、設立・維持コストの発生、管理の手間、将来の年金受給額への影響といったデメリットや注意点も存在します。
「無知はコスト」という言葉があるように、制度をよく理解せずに安易にマイクロ法人を設立すると、期待した効果が得られないばかりか、かえって損をしてしまう可能性もあります。
マイクロ法人設立を検討する際のチェックポイント
- 現在の国民健康保険料・国民年金保険料の負担額はどれくらいか?
- マイクロ法人設立・維持にかかるコスト(設立費用、税理士費用、法人住民税均等割など)はどれくらいか?
- 社会保険料の削減効果は、上記のコストを上回るか?
- 個人事業と法人事業の内容を明確に区分できるか?その合理的な理由は説明できるか?
- 2つの事業体を管理する手間や時間を許容できるか?
- 将来の年金受給額が減少する可能性について、どのように考えるか?(私的年金などでカバーするかどうか)
- 税務調査のリスクや、将来的な制度変更のリスクをどう評価するか?
これらの点を総合的に比較検討し、メリットがデメリットを上回ると判断できる場合に、マイクロ法人の設立を具体的に進めるべきでしょう。
まとめ:マイクロ法人は万能ではない!専門家と連携し、最適な節税・社会保険戦略を
マイクロ法人は、正しく活用すれば、個人事業主やフリーランスにとって強力な節税・社会保険料削減のツールとなり得ます。特に、所得が高く、国民健康保険料の負担が大きい方にとっては、検討する価値のある選択肢と言えるでしょう。
しかし、そのメリットを享受するためには、デメリットや注意点を十分に理解し、適切な事業設計と運営管理を行うことが不可欠です。安易な情報に飛びつくのではなく、自身の事業内容、収益状況、将来設計などを踏まえ、個別の状況に合わせた最適な判断をすることが求められます。
マイクロ法人設立・運営の成功の鍵
- 制度の正確な理解: メリットだけでなく、デメリットやリスクも十分に把握する。
- 適切な事業区分の設計: 個人事業と法人事業の内容を、税務上問題のない形で明確に区分する。
- コストと効果の比較検討: 社会保険料削減効果と、法人設立・維持コストを天秤にかける。
- 将来の展望とリスク管理: 年金受給額への影響や、制度変更リスクも考慮に入れる。
- 専門家(税理士など)との緊密な連携: 設立から運営、税務申告に至るまで、専門家のアドバイスを受けながら進める。
特に、事業内容の区分や、個人と法人の間の取引(利益移転など)については、税務上の論点が多く含まれるため、自己判断せずに必ず税理士に相談してください。
「無知はコスト」という言葉を胸に、正しい知識を身につけ、専門家と効果的に連携することで、マイクロ法人という選択肢を、あなたの事業と人生を豊かにするための有効な戦略として活用していきましょう。この記事が、その一助となれば幸いです。