「損益分岐点?なんとなくは知っているけど、正確には…」「収支分岐点?それって損益分岐点とどう違うの?」もしあなたが経営者で、これらの問いに明確に答えられないとしたら、それは非常事態かもしれません。
これらの指標は、会社経営における羅針盤とも言える重要なものであり、その理解なしに安定した経営、ましてや成長を目指すことは極めて困難です。
本記事では、なぜ損益分岐点と収支分岐点の理解が不可欠なのか、そしてこれらを経営にどう活かしていくのかを徹底的に解説します。
損益分岐点とは?~赤字と黒字の境界線~
損益分岐点とは、その名の通り、損益がゼロになる売上高のことです。つまり、この売上高を達成すれば利益も損失も出ないトントンの状態となり、これを超えれば黒字、下回れば赤字になるという、経営における非常に重要なラインを示します。
なぜ損益分岐点の把握が不可欠なのか?
- 売上目標の根拠となる:単に「前年比プラス〇%」といった曖昧な目標ではなく、「最低でもこの売上高を達成しなければ赤字になる」という明確な基準を持つことができます。
- 経営計画の土台となる:損益分岐点が分からなければ、利益計画や投資計画など、具体的な経営計画を立てる際の根拠が曖昧になります。
- 安易な値引き販売の危険性を理解できる:「売上目標達成のために多少値引きしても…」という判断が、実は利益を大きく損ない、赤字に転落する危険性をはらんでいることを、損益分岐点の構造を理解することで認識できます。売上高だけを追って値引きを繰り返すと、目標を達成しても赤字という事態に陥りかねません。
損益分岐点の構造と計算方法
損益分岐点を理解するためには、まず費用を「固定費」と「変動費」に分ける必要があります。
- 固定費:売上の増減に関わらず、毎月一定にかかる費用(例:家賃、正社員人件費、減価償却費、リース料など)
- 変動費:売上の増減に比例して変動する費用(例:商品の仕入れ原価、売上に応じて支払う販売手数料、外注費など)
グラフで示すと、横軸に売上高、縦軸に費用・利益を取った場合、固定費は売上高に関わらず一定の線で示されます。変動費は売上高ゼロの時はゼロで、売上が増えるにつれて増加していく右肩上がりの線となります。総費用(固定費+変動費)も右肩上がりの線です。一方、売上高も原点から右肩上がりに伸びていきます。
この総費用線と売上高線が交差する点が、損益分岐点売上高です。この点より売上が少なければ損失(赤字)、多ければ利益(黒字)が発生します。
損益分岐点売上高は、以下の計算式で求めることができます。
損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率
ここで、「限界利益」とは、売上高から変動費を差し引いたもので、固定費をカバーし、利益を生み出す源泉となります。「限界利益率」は、売上高に対する限界利益の割合(限界利益 ÷ 売上高)です。
つまり、固定費総額を、1単位売上が増えるごとに得られる限界利益の割合で割ることで、「固定費をちょうど回収できる売上高」すなわち損益分岐点売上高が算出されるのです。
収支分岐点とは?~キャッシュフローの安全ライン~
損益分岐点を理解するだけでも経営の質は向上しますが、さらに重要なのが「収支分岐点」です。これは、会計上の利益(損益)ではなく、実際の現金の収支(キャッシュフロー)がトントンになる売上高を指します。
なぜ収支分岐点の把握が不可欠なのか?
「黒字倒産」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは、損益計算書(PL)上は利益が出ているにもかかわらず、手元の現金が不足し、支払いができなくなって倒産してしまう状況を指します。実際、倒産する企業の半数以上が黒字倒産であるというデータも存在します。
このような事態を避けるためには、会計上の利益だけでなく、現金の動きを正確に捉える必要があります。本当に達成しなければならないのは、この収支分岐点売上高と言っても過言ではありません。これを下回る状況が続けば、たとえPL上が黒字であっても、会社の現金はどんどん減少し、いずれ資金ショートを起こしてしまいます。
損益分岐点と収支分岐点の違い
会計上の費用と、実際の現金の支出は必ずしも一致しません。このズレを調整するのが収支分岐点の考え方です。
- 現金の支出を伴わない費用(ノンキャッシュ費用):代表的なものに「減価償却費」があります。これは、過去に購入した固定資産(建物、機械など)の費用を、耐用年数にわたって分割して計上するものですが、実際に費用計上するタイミングで現金が出ていくわけではありません。そのため、収支分岐点を計算する上では、この減価償却費分は費用から差し引いて考えます。
- 費用として計上されないが現金の支出を伴うもの:代表的なものに「借入金の元本返済」があります。借入金の利息はPL上で費用計上されますが、元本返済部分は費用にはなりません。しかし、実際には現金が出ていきます。そのため、収支分岐点を計算する上では、この元本返済額を支出として加える必要があります。
これをグラフで考えると、損益分岐点の計算で用いた固定費から、まず減価償却費分を差し引きます。これにより、費用全体のラインが下がります。しかし、次に借入金の元本返済額を固定的な支出として加えると、費用全体のラインが再び上がることになります。
この結果、
- 減価償却費 > 借入金元本返済 の場合:収支分岐点売上高は、損益分岐点売上高よりも低くなります。つまり、会計上は赤字でも、キャッシュフローはプラスになる可能性があります。
- 減価償却費 < 借入金元本返済 の場合:収支分岐点売上高は、損益分岐点売上高よりも高くなります。つまり、会計上は黒字でも、キャッシュフローはマイナスになる(黒字倒産のリスクがある)可能性があります。
特に後者の場合、税金の支払いも考慮に入れる必要があり、収支分岐点の計算はより複雑になります。損益分岐点売上高の計算式(固定費 ÷ 限界利益率)は比較的シンプルですが、収支分岐点売上高の計算には、税引後の利益で借入金元本返済を賄えるように計算する必要があるため、単純ではありません。
(※具体的な計算方法やシミュレーションツールについては、専門家にご相談いただくか、詳細な解説資料をご参照ください。)
キャッシュを増やすための5つの改善アクション
損益分岐点と収支分岐点を理解したら、次はいかにしてこれらの分岐点を下げ(=より少ない売上で利益やキャッシュが出る体質にする)、そして最終的に多くのキャッシュを会社に残すか、という具体的な行動に移す必要があります。ここでは、今日から取り組める5つの改善アクションをご紹介します。
1. 固定費を減らす
最も直接的な効果があるのが固定費の削減です。グラフで言えば、固定費のラインが下がることで、必然的に損益分岐点・収支分岐点も下がります。
具体的には、
- 不要なオフィスペースの見直し、より家賃の安い場所への移転
- 使用していないサブスクリプションサービスの解約
- 過剰な接待交際費の削減
- ペーパーレス化による事務消耗品費の削減
などが挙げられます。売上規模が拡大したからといって安易に固定費を増やすと、いつまでたってもお金が残らない体質から抜け出せません。
2. 変動費率を改善する
売上に対する変動費の割合(変動費率)を下げることも、分岐点を下げる上で非常に効果的です。変動費率が下がれば、限界利益率が上がり、より少ない売上で固定費をカバーできるようになります。
具体的には、
- 仕入れ先との価格交渉、共同購入によるコストダウン
- 製造プロセスの見直しによる歩留まり改善、材料ロスの削減
- 外注費の単価交渉、内製化の検討
などが考えられます。特にこれまで数字管理を徹底してこなかった企業の場合、変動費率には数パーセントの改善余地が眠っていることが少なくありません。
3. 利益構造(ビジネスモデル)を改善する
個別の費用削減だけでなく、ビジネスモデル全体を見直し、利益率の高い構造を作り上げることも重要です。
具体的には、
- 主力商品の利益率が低い場合、高利益率の関連商品やサービスを開発し、セット販売やアップセル・クロスセルを強化する(例:商品販売+高利益率の保守サービス)。
- 集客用のフロントエンド商品と、利益確保用のバックエンド商品を明確に分け、バックエンド商品が売れる仕組みを構築する。
- 顧客単価を上げるための商品構成や価格設定を見直す。
これは戦略的な取り組みであり、社長がリーダーシップを発揮して進めるべき課題です。
4. 値上げする
多くの日本企業が躊躇しがちな「値上げ」ですが、これは利益率を改善し、分岐点を下げるための強力な手段です。同じものをより高い値段で売れば、その差額がほぼそのまま限界利益の増加につながります。
昨今の物価上昇や賃金上昇の圧力を考慮すれば、値上げは避けて通れない経営判断です。大切なのは、値上げに見合うだけの価値を顧客に提供し続けることです。それができないのであれば、市場からの淘汰もやむを得ないという厳しい認識を持つべきでしょう。値上げは、従業員の給与水準を維持・向上させるためにも不可欠です。
5. 売上をアップする
上記の施策で利益体質を改善した上で、最終的に会社に残るキャッシュの絶対額を増やすためには、やはり売上アップが欠かせません。経費削減や利益率改善には限界がありますが、売上は理論上どこまでも伸ばすことができます。
「売上アップのためにやれることは全てやっているか?」と自問してみてください。
- 既存顧客への深耕(購入頻度アップ、購入単価アップ)
- 新規顧客開拓のためのマーケティング活動
- 新しい販売チャネルの開拓
- プラスワン戦略:来店・問い合わせのあった顧客に対して、もう一品、もう一つのサービスを提案する。たとえ10人に1人でも追加購入してくれれば、売上は大きく変わります。BtoBでもBtoCでも応用可能です。
売上アップは魔法のように達成できるものではありません。地道な努力の積み重ねが結果につながります。
まとめ:数字に強い経営者こそが会社を成長させる
損益分岐点と収支分岐点は、単なる会計用語ではありません。これらは、会社の健康状態を示し、進むべき方向を照らす、経営者にとっての生命線とも言える指標です。これらを正確に把握し、常に意識しながら経営判断を行うことで、赤字リスクを回避し、キャッシュフローを安定させ、持続的な成長を実現するための強固な土台を築くことができます。
本記事で解説した内容を参考に、まずは自社の損益分岐点と収支分岐点を算出してみてください。そして、それらを改善するための具体的なアクションプランを立て、実行に移していくことが、あなたの会社をより強く、より儲かる企業へと導く第一歩となるはずです。