街の商店街で、昔から変わらず営業を続けているお肉屋さん。そこで売られている「1個80円の揚げたてコロッケ」は、いつも人気です。しかし、ふと疑問に思いませんか?「この安いコロッケだけで、一体どうやって利益を出し、経営を成り立たせているのだろう?」と。
実は、このような一見すると儲かっているように見えないBtoC(Business to Consumer:対一般消費者)ビジネスの多くが、その裏側で、安定した収益の柱となるBtoB(Business to Business:対事業者)ビジネスを展開しているケースは少なくありません。
この記事では、なぜBtoBビジネスを組み込むことが、事業の安定と成長にとって極めて重要なのか、その理由を様々な業種の具体例を交えながら解説します。さらに、BtoCビジネスしか行っていない事業者が、どのようにしてBtoBの収益源を確保していけば良いのか、その戦略的な考え方についても深掘りしていきます。
BtoCビジネスが抱える本質的な課題
BtoCビジネスは、一般消費者を直接相手にするため、ヒット商品が生まれれば大きな成功を収める可能性がある一方で、本質的にいくつかの課題を抱えています。
- 顧客の移り気とリピート獲得の難しさ:
消費者の興味や流行は常に変化します。一度購入してくれた顧客が、次も自社の商品を選んでくれるとは限りません。リピート顧客を確保し、安定した売上を維持するためには、継続的なマーケティング努力と、魅力的な商品・サービスを提供し続ける必要があります。 - 客単価の低さと、集客コストの増大:
一般消費者が一度に支払う金額は、法人取引と比較して小さい傾向にあります。そのため、多くの顧客を集めなければ、大きな売上には繋がりません。しかし、新規顧客を獲得するための広告宣伝費などの集客コストは、年々高騰する傾向にあります。 - 価格競争の激化:
特に日用品やコモディティ化した商品では、競合他社との価格競争に巻き込まれやすく、利益率が圧迫されがちです。 - 景気変動の影響の受けやすさ:
景気が悪化し、消費者の財布の紐が固くなると、売上は直接的な打撃を受けます。
これらの課題により、BtoCビジネスだけで長期的に安定した経営を続けることは、非常に難しいのが実情です。実際に、資金繰りに苦しんでいる企業の多くは、このBtoCビジネスが中心であるという傾向が見られます。
安定経営の鍵「BtoBビジネス」:なぜ儲かり続けるのか?
一方で、BtoBビジネスには、BtoCとは異なる、事業を安定させるための強力な特性があります。
- 取引額の大きさ:
法人相手の取引は、一度の契約で動く金額が個人相手の場合とは比較にならないほど大きくなります。一つの契約が、会社の売上を大きく左右することもあります。 - 継続的な取引への発展性:
BtoBでは、一度信頼関係を築くと、長期にわたる継続的な取引に発展しやすい傾向があります。これにより、毎月の売上予測が立てやすくなり、経営が安定します。 - 予算に基づいた計画的な取引:
法人は、年間の予算に基づいて計画的に購買活動を行います。そのため、個人のような衝動買いや気まぐれな購買行動は少なく、安定的かつ計画的な発注が期待できます。 - 資金調達力の違い:
法人顧客は、銀行融資などを活用して大規模な投資や仕入れを行うことができます。そのため、個人顧客よりも大きな予算を持っていることが多く、高単価な商品やサービスの提案もしやすくなります。
このように、BtoBビジネスは、取引額が大きく、継続性が高く、計画的であるため、会社の収益基盤を安定させる上で、非常に重要な役割を果たすのです。
あの店は、なぜ潰れない?BtoCの裏側にあるBtoB戦略事例
では、冒頭の「80円のコロッケ屋さん」をはじめ、街でよく見かける様々なBtoCビジネスが、どのようにしてBtoBビジネスを組み込み、収益を安定させているのか、具体的な事例を見ていきましょう。
1. 街のお肉屋さん・惣菜屋さん
- BtoC: 店頭で、一般客にコロッケやメンチカツ、精肉を販売。
- BtoB(裏の顔):
- 地域の飲食店や仕出し弁当屋、スーパーの惣菜コーナーなどに、業務用の精肉や、調理済み・半調理済みの揚げ物などを卸している。
- このBtoBの卸売事業が、安定した大口の収益源となり、店頭での安いコロッケ販売を支えているのです。コロッケは、利益を出すためというより、お店の活気や知名度を上げるための 「フロントエンド商品(客寄せ商品)」 としての役割を担っていると言えます。
2. 昔ながらの古書店・本屋さん
- BtoC: 店頭で、一般客に古本や新刊を販売。
- BtoB(裏の顔):
- 地域の学校や公共図書館に、教科書や指定図書、その他の書籍をまとめて納入している。
- 毎年、安定した大口の注文が見込めるため、これが経営の大きな柱となります。
3. 街のスポーツ用品店
- BtoC: 店頭で、一般客にスポーツウェアや用具を販売。
- BtoB(裏の顔):
- 地域の小中学校や高校の体育連盟などと提携し、指定の体操服やジャージ、部活動のユニフォームなどを独占的に販売している。
- 新入生の入学時期には、まとまった売上が確実に見込めます。
4. 人気の鰻(うなぎ)屋さん
- BtoC: 店舗で、来店客にうな重などを提供。
- BtoB(裏の顔):
- 自店で捌き、タレにつけて焼いた高品質な鰻を、他の飲食店や旅館、ホテルのレストランなどに、業務用として卸している。
- 自店のブランド力を活かし、セントラルキッチンのような役割を果たすことで、収益源を多角化しています。
5. 地域のクリーニング店
- BtoC: 近隣住民から、衣類のクリーニングを受け付ける。
- BtoB(裏の顔):
- ホテルや旅館のリネン類(シーツ、タオルなど)、飲食店の制服やテーブルクロス、企業の作業着などを、法人契約でまとめてクリーニングしている。
- 個人客の利用が減る時期でも、法人契約が安定した収益を支えます。
6. 個人の理髪店・美容室
- BtoC: 店舗で、来店客にヘアカットなどのサービスを提供。
- BtoB(裏の顔):
- 店舗の定休日などを利用して、老人ホームや介護施設、病院などに出張し、外出が困難な方々への訪問理美容サービスを提供している。
- 施設と契約することで、定期的な収益が見込めます。
7. 街のハンコ屋さん
- BtoC: 個人客の実印や認印などを作成。
- BtoB(裏の顔):
- 司法書士や行政書士といった、会社の設立手続きを代行する専門家と提携している。
- 会社設立時には、必ず法人の実印や銀行印が必要になります。提携先の専門家から、設立を依頼した起業家を紹介してもらい、法人の印鑑セットを販売することで、安定した需要を確保しています。
- さらに、名刺や封筒の印刷といった、関連サービスも合わせて提供することで、顧客単価を上げています。
BtoB市場の巨大さ
これらの事例からも分かるように、私たちが普段目にしているBtoCビジネスの裏側には、はるかに大きなBtoBの市場が広がっています。一説には、Eコマースの市場規模だけでも、BtoBはBtoCの数十倍にものぼると言われています。
この巨大で安定した市場にアプローチできるかどうかは、事業の持続可能性を大きく左右するのです。
BtoBビジネスを組み込むための戦略的思考
では、現在BtoCビジネスしか行っていない事業者が、新たにBtoBの収益源を確保するためには、どのような視点が必要なのでしょうか。
1. 自社の「強み」と「リソース」を棚卸しする
- まず、自社が持っている技術、ノウハウ、商品、設備、人材といった「強み」や「リソース」を客観的に洗い出します。
- 「この技術は、他の事業者の課題解決に役立てられないか?」
- 「この商品は、業務用として卸すことはできないか?」
- 「この設備や人材の空き時間を、法人向けのサービスに活用できないか?」
といった視点で、自社の可能性を再発見することが第一歩です。
2. ターゲットとなる「B(法人・事業者)」を特定する
- 自社の強みを活かせる可能性のある、法人顧客を具体的にリストアップします。
- 「どんな業種の、どんな規模の、どんな課題を抱えている事業者か?」を明確にすることで、アプローチ方法や提案内容が見えてきます。
- 最初は、既存のBtoC顧客の中から、経営者や事業者を見つけ出し、アプローチしてみるのも良いでしょう。
3. BtoB向けの「商品・サービス」を開発・再設計する
- BtoC向けの商品・サービスを、そのままBtoBに転用できるとは限りません。
- 価格設定: 大口取引を前提とした、卸売価格やボリュームディスカウントの設定。
- 仕様変更: 業務用としての耐久性や、効率性を高めるための仕様変更。
- パッケージング: 大容量パッケージや、簡易包装など、業務用に適した形への変更。
- サービス内容: 法人向けのサポート体制や、継続的な契約を前提としたサービスメニューの開発。
4. BtoB向けの「営業・マーケティング」チャネルを構築する
- BtoBの顧客にアプローチする方法は、BtoCとは異なります。
- ウェブサイトの充実: 法人顧客が求める情報を掲載した、専門的なウェブサイトを構築します。
- 業界展示会への出展: 関連業界の事業者が集まる展示会に出展し、直接商談の機会を作ります。
- 業界団体への加入: 業界団体や地域の商工会議所などに加入し、人脈を広げます。
- 提携・アライアンス: 司法書士と提携するハンコ屋さんのように、他の事業者と提携し、お互いの顧客を紹介し合う関係を築きます。
なぜ、あの店は「本当に」潰れないのか?BtoB以外の理由
BtoBビジネス以外にも、一見不思議なビジネスが成り立っている理由があります。
- 強固な固定客(ファン)の存在:
- 長年の営業を通じて、経営者の人柄や、他にはない商品の魅力に惹かれた、強固な固定客(ファン)に支えられているケース。これは、究極のBtoCモデルと言えるかもしれません。
- 不動産収入という「裏の顔」:
- 例えば、街のタバコ屋さんは、販売許可を得るために一定以上の広さの土地を所有している必要があった時代の名残で、実は「地主」であることが多いです。タバコの売上そのものよりも、所有する不動産からの賃貸収入が、経営の大きな柱となっているケースがあります。
まとめ:ビジネスを安定させる鍵は「BtoB」にあり。あなたの事業の「裏の顔」を創造しよう
コロッケ1個80円のお肉屋さんの話から見えてきたのは、持続的に成長し、安定した経営を続けている企業の多くが、BtoCとBtoBという2つの顔を巧みに使い分けているという事実です。
一般消費者向けのBtoCビジネスは、ブランドの認知度を高め、市場の最前線で顧客の生の声を掴むための重要な役割を果たします。しかし、それだけでは経営は不安定になりがちです。
その裏側で、安定的かつ大規模な収益基盤となるBtoBビジネスを構築すること。これこそが、景気の波に左右されず、会社を長期的に存続させるための、極めて有効な企業戦略なのです。
もし、あなたが現在BtoCビジネスのみで苦戦しているのであれば、ぜひ一度、立ち止まって考えてみてください。
- 自社のリソースを、他の事業者のために活用できないだろうか?
- 今のビジネスモデルに、BtoBの要素を組み込むことはできないだろうか?
- あなたの事業の、新たな「裏の顔」を創造できないだろうか?
その視点の転換が、あなたのビジネスを新たなステージへと導き、盤石な収益基盤を築くための、大きなブレークスルーとなるかもしれません。この記事が、そのきっかけとなれば幸いです。