【事業承継の切り札】相続税・贈与税がゼロに?「事業承継税制」の仕組みとリスクを徹底解説

節税・経費

「会社の利益は順調に増えているけど、将来、後継者に引き継ぐときの税金が心配だ…」
「自社株の評価額が上がりすぎて、息子に継がせたら莫大な相続税がかかると言われた…」
「事業承継にかかる税金をゼロにできる特例があると聞いたけど、本当だろうか?」

会社の経営者であれば、いつかは必ず訪れる「事業承継」という大きなテーマ。大切に育ててきた会社を、次の世代へスムーズに引き継ぎたいと願うのは当然のことです。しかし、その行く手には 「自社株にかかる多額の税金」 という、非常に大きな壁が立ちはだかります。

会社の業績が良く、利益を積み上げてきた優良企業ほど、その「自社株」の評価額は高騰します。そして、その価値ある株式を後継者に贈与(生前贈与)したり、相続させたりする際に、最大で55%もの贈与税や相続税が課されることがあるのです。

例えば、会社の株価が2億円と評価された場合、後継者はなんと約1億円もの税金を、しかも現金で支払わなければならない可能性があります。後継者がそんな大金を個人で用意するのは、ほとんど不可能に近いでしょう。この税金問題が原因で、事業承継を断念せざるを得ない中小企業が後を絶たないのが、日本の大きな社会問題となっています。

この問題を解決するために国が用意した、いわば “最終手段”ともいえる制度が「事業承継税制(正式名称:非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予及び免除の特例)」 です。

この制度をうまく活用すれば、事業承継にかかる贈与税や相続税の納税が 「猶予」され、将来的には「免除」、つまり実質ゼロ になる可能性を秘めています。

この記事では、この強力な「事業承継税制」について、その仕組みからメリット、そして安易に飛びついてはいけない重大なリスクまで、専門家の視点から徹底的に解説します。

この記事を最後までお読みいただくことで、あなたは以下の知識を得ることができます。

  • なぜ事業承継で多額の税金がかかるのか、その根本的な仕組みがわかります。
  • 「事業承継税制」が、どのようにして税金の支払いを猶予・免除するのか、その流れを理解できます。
  • 特例を受けるためにクリアしなければならない、具体的な「要件」がわかります。
  • 納税猶予が取り消され、多額の税金を一括で支払うことになる「重大なリスク」を知ることができます。
  • この制度が「最終手段」と呼ばれる本当の理由と、本来目指すべき事業承受け対策が何であるかを学べます。

事業承継は、何年もかけて計画的に準備すべきものです。この特例は、その準備を怠ってしまった経営者にとっての最後の切り札となり得ますが、その刃は諸刃の剣でもあります。正しい知識を身につけ、ご自身の会社にとって本当に最適な選択肢は何かを見極めていきましょう。

なぜ事業承継で税金がかかる?「自社株の価値」という時限爆弾

まず、なぜ事業承継で多額の税金が発生するのか、その根本的な原因から理解しましょう。問題の核心は、会社の 「純資産」 にあります。

会社の貸借対照表(B/S)を思い浮かべてください。資産から負債を差し引いた残りが「純資産」です。この純資産は、会社が創業してから今日までに積み上げてきた利益の蓄積そのものです。

例えば、毎年1,000万円の利益を出し続けている会社が20年間経営を続ければ、単純計算で純資産は2億円に膨れ上がります。

そして、中小企業の多くは、社長がその会社の株式の100%を所有しています。この社長が持つ「自社株」の価値は、非常にざっくり言うと、この純資産の額とほぼ連動します。つまり、純資産が2億円の会社の株価は、約2億円と評価されるのです。

この2億円の株式は、社長個人の立派な財産です。この財産を、後継者である息子や従業員に引き継ぐ(贈与または相続する)際、財産を受け取った後継者に対して、莫大な贈与税や相続税が課せられる、というわけです。

「会社の価値が上がれば上がるほど、将来の事業承継が困難になる」

これが、多くの中小企業が抱えるジレンマであり、事業承継問題の根源なのです。

税金がゼロになる?「事業承継税制」の仕組みを3ステップで解説

この問題を解決するために作られたのが「事業承継税制」です。この制度は、一言でいうと 「事業承継にかかる贈与税・相続税の支払いを、一定の要件を満たす限り、先延ばし(猶予)し、最終的には免除してあげますよ」 というものです。

その仕組みを、3つのステップに分けて見ていきましょう。

ステップ1:贈与税・相続税の「納税猶予」

まず、先代経営者から後継者へ自社株が贈与または相続された際に、本来支払うべき多額の税金の納税が 「猶予」 されます。

例えば、先ほどの株価2億円のケースで、約1億円の贈与税が発生したとしても、この制度を使えば、後継者はその場で1億円を支払う必要がなくなります。

これが第一段階です。あくまで「猶予」であり、「免除」ではないことに注意してください。国に借りをしているような状態、支払いを待ってもらっている状態だとイメージしてください。

ステップ2:5年間の「事業継続」義務

納税の猶予を受けるためには、後継者はいくつかの重要な要件を満たし続けなければなりません。その中でも特に重要なのが、株式を受け継いでから5年間の事業継続義務です。

具体的には、後継者は以下の状態を5年間キープする必要があります。

  • 会社の代表者であり続けること。
  • 会社の筆頭株主(最も多くの株を持つ株主)であり続けること。
  • 受け継いだ株式を売却したり、譲渡したりしないこと。

もし、この5年間のうちに、後継者が「やっぱり社長は向いていない」と代表を辞めてしまったり、株式の一部を売却してしまったりすると、その時点で納税猶予は打ち切られ、猶予されていた税金(例の1億円)を、利子税(年0.7%程度)と合わせて一括で支払わなければならなくなります。

この5年間は、後継者にとって非常に重い責任を背負う期間となります。

ステップ3:納税の「免除」へ

無事に5年間の事業継続義務を果たした後、納税猶予はどうなるのでしょうか。このまま一生、猶予され続けるのでしょうか。

実は、この猶予されていた税金が 「免除」 、つまり完全に支払わなくてよくなるタイミングが訪れます。その条件は、主に以下の2つです。

  1. 後継者が、さらに次の後継者へ自社株を贈与(事業承継)する。
    → 2代目社長が、3代目社長へ事業承継税制を使って株式を贈与した時点で、2代目社長に猶予されていた税金は全額免除されます。(ただし、今度は3代目社長が納税猶予を引き継ぐことになります)
  2. 後継者が亡くなる。
    → 2代目社長が、次の事業承継を行う前に亡くなってしまった場合、その時点で猶予されていた税金は全額免除されます。

つまり、この制度は、後継者が事業を継続し、さらに次の世代へとバトンを渡すか、あるいは生涯をかけて会社経営を全うした場合に、初めて税金がゼロになるという、非常に息の長い仕組みなのです。

特例を受けるための具体的な「登場人物」の要件

この制度を利用するためには、先代経営者(贈与者・被相続人)と後継者(受贈者・相続人)のそれぞれに、細かい要件が定められています。

【先代経営者の要件】

  • 会社の元代表者であったこと。
  • 贈与または相続の直前に、会社の筆頭株主であったこと。

【後継者の要件】

  • 贈与の場合:贈与を受ける時点で、会社の代表者であり、かつ贈与の直前まで3年以上役員を務めている必要があります。
  • 相続の場合:相続開始の直前に役員であり(代表者である必要はない)、相続開始から5ヶ月以内に会社の代表者に就任する必要があります。
  • 贈与または相続後、会社の筆頭株主になること。

特に、生前に贈与する場合は「3年以上の役員経験」が必要となるため、計画的な準備が不可欠です。急な代替わりで、役員経験のない人物を後継者にする場合には利用できない、ということになります。

なぜ「最終手段」なのか?事業承継税制に潜む5つの重大リスク

税金がゼロになる可能性があると聞くと、非常に魅力的な制度に思えます。しかし、この制度が「最終手段」と呼ばれるのには、相応の理由があります。安易に利用を決める前に、必ず以下の重大なリスクを理解してください。

リスク①:「辞めたいときに辞められない」という呪縛

一度この制度を利用すると、後継者は「代表者であり続ける」という重い責務を負います。5年間の義務期間はもちろん、その後も納税免除の条件を満たすまでは、猶予された税金という「時限爆弾」を抱え続けることになります。

もし、後継者が経営のプレッシャーに耐えかねて「代表を降りたい」と思っても、辞めた瞬間に多額の納税義務が発生するため、簡単に辞めることができません。これは、後継者の人生を長期間にわたって縛り付ける「呪縛」になりかねないのです。

リスク②:M&A(会社売却)という選択肢を封じられる

近年、後継者不足の解決策として、M&Aによって第三者に会社を売却するケースが増えています。これは、創業者利益を得てハッピーリタイアするための有効な出口戦略の一つです。

しかし、事業承継税制を利用している場合、この選択肢は事実上封じられてしまいます。なぜなら、会社を売却するということは、株式を売却するということであり、その瞬間に納税猶予が打ち切られ、多額の税金を支払わなければならないからです。

せっかく高値で会社が売れるという魅力的な話が舞い込んできても、納税のために利益の大部分が消えてしまうのでは、M&Aに応じる意味がありません。

リスク③:次の後継者が見つからないリスク

この制度で納税が免除される最大のポイントは、「次の世代への事業承継」です。しかし、後継者自身の子どもが、必ずしも会社を継ぎたいと思うとは限りません。時代の変化とともに、子どもの価値観も多様化しています。

もし、次の後継者が見つからないまま時間だけが過ぎていくと、後継者は「納税免除」というゴールにたどり着けないまま、不安な日々を過ごすことになります。

リスク④:業績悪化のリスク

納税猶予期間中に、会社の業績が悪化してしまうリスクもあります。もし、債務超過に陥るなど、一定の要件を満たせなくなった場合、納税猶予が打ち切られる可能性があります。

また、業績が悪化して株価が下がった状態で猶予が打ち切られたとしても、支払う税額は、事業承継時の高かった株価を基準に計算された金額です。会社の価値は下がっているのに、支払う税金は高いまま、という非常に厳しい状況に追い込まれることになります。

リスク⑤:「期限」が迫っているという現実

この強力な特例制度は、恒久的なものではありません。

この特例を受けるためには、まず 「特例承継計画」という事業承継の計画書を、都道府県に提出する必要があります。そして、この計画書の提出期限は、現在のところ2024年3月31日 とされています。(※記事執筆時点の情報。過去に延長された経緯があり、今後も延長される可能性はありますが、保証はありません。)

さらに、計画書を提出した上で、実際の株式の贈与・相続を2027年12月31日までに完了させる必要があります。

つまり、今からこの制度の利用を検討しても、準備期間は非常に短いのです。計画書の作成には専門家の支援が不可欠であり、相応の時間もかかります。まさに「待ったなし」の状況と言えるでしょう。

本来目指すべき道:計画的な「株価対策」こそが王道

ここまで事業承継税制の光と影を見てきましたが、賢明な経営者であればお気づきのはずです。この制度は、あくまで 「何の対策もしてこなかった会社」のための緊急避難的な措置 である、ということに。

本来、経営者が目指すべき王道は、何年もかけて計画的に会社の「株価(=純資産)」が上がりすぎないようにコントロールすることです。

具体的には、以下のような対策が考えられます。

  • 毎年の利益を一定額(例:800万円以下)に抑える。
  • 役員退職金を活用し、会社の利益を圧縮する。
  • ホールディングス化など、資本政策を工夫する。

目先の節税だけでなく、10年後、20年後の事業承継を見据えて、毎年コツコツと対策を積み重ねていく。そうすれば、そもそも事業承継税制のようなリスクの高い特例に頼る必要などなくなるのです。後継者は、多額の税金に悩まされることなく、安心して会社の経営を引き継ぐことができます。

まとめ:あなたの会社は、どの道を選びますか?

今回は、事業承継の切り札とも言われる「事業承継税制」について、その仕組みからリスクまでを深く掘り下げて解説しました。

最後に、本日の重要なポイントをまとめます。

  • 事業承継の税金問題は、会社の成長に伴う「自社株の評価額上昇」が原因です。
  • 事業承継税制は、この税金の支払いを「猶予」し、将来的に「免除」する可能性がある強力な制度です。
  • しかし、その裏には「代表者を辞められない」「M&Aができない」など、後継者の人生を縛る重大なリスクが伴います。
  • この特例は、計画書の提出期限が迫っており、利用できる期間は限られています。
  • 本当に目指すべきは、この特例に頼ることなく、計画的な株価対策によって、そもそも多額の税金がかからない会社にしておくことです。

もし、あなたの会社の貸借対照表を見て、純資産が年々大きく膨れ上がっているようであれば、それは喜ばしい成長の証であると同時に、将来の事業承継に向けた「警鐘」でもあります。

この特例を利用すべきか否かは、会社の状況、後継者の有無、経営者の年齢など、様々な要因を複合的に判断する必要があります。まずは自社の株価が現在いくらなのかを算定し、このままいくと将来どれだけの税金がかかるのかをシミュレーションすることから始めてみてはいかがでしょうか。

そして、手遅れになる前に、信頼できる税理士などの専門家と共に、あなたの会社にとって最適な事業承継プランを練り始めることを強くお勧めします。