「長年かけて築き上げてきたこの会社を、誰に、どのように引き継げば良いのだろうか…」
「事業承継は、まだまだ先の話だ」
多くの経営者が、日々の経営に追われる中で、事業承継という重要なテーマを後回しにしがちです。しかし、事業承継は、準備を怠ると、会社の存続を揺るがす深刻なトラブルに発展する可能性を秘めています。
会社の利益が増え、株価が上昇することは喜ばしいことですが、それは同時に、相続税の増大や、後継者問題、親族・社員間の対立といった、新たな火種を生むことにもなりかねません。
この記事では、中小企業の事業承継において起こりがちな典型的なトラブル事例を挙げ、その根本的な原因と、それらを未然に防ぐための具体的な対策について、分かりやすく徹底的に解説していきます。また、近年注目を集めている「M&A」という選択肢の重要性にも触れ、全ての経営者が知っておくべき、円滑な事業承継への道筋を示します。
事業承継トラブルの根源:なぜ会社が成長すると問題が起こるのか?
事業承継の問題は、会社が順調に成長し、利益を上げている時にこそ、より深刻化する傾向があります。その背景には、主に以下の3つの要因が複雑に絡み合っています。
1. 「株価の上昇」という、嬉しい悲鳴
- 利益と株価の連動: 会社の利益が増加すると、それに伴い会社の財産価値、すなわち「株価(非上場株式の評価額)」も上昇します。
- 高額な相続税・贈与税の発生: 経営者が亡くなった場合、この高額になった株式が相続財産となり、後継者や相続人には多額の相続税が課される可能性があります。また、生前に株式を贈与しようとしても、高額な贈与税が障壁となります。
- 納税資金の問題: 後継者に、この高額な税金を支払うだけの自己資金がなければ、株式を相続することすらできず、事業承継が頓挫してしまうケースも少なくありません。
2. 「株式の分散」という、見えざる時限爆弾
- 過去の設立経緯: かつての会社法では、株式会社の設立に7名以上の発起人が必要だった時代がありました。その名残で、会社の経営には関与していない親戚や知人が、わずかながらも株式を保有している「名義株」の状態になっている中小企業は少なくありません。
- 相続によるさらなる分散: これらの名義株主が亡くなると、その株式はさらにその子供たちへと相続され、面識のない、関係性の薄い人々が株主として登場することになります。
- 経営権への干渉リスク: 株主は、会社の所有者として、経営に対して発言する権利を持っています。会社の業績が良くなり株価が上昇すると、これらの少数株主が「自分の持っている株を高く買い取ってほしい」と要求してきたり、経営方針に反対したりするなど、経営の安定を脅かす存在となる可能性があります。株式を買い取るにも、高騰した株価では多額の資金が必要となり、経営を圧迫します。
3. 「後継者の選定」という、人間関係の難題
- 親族内承継の課題: 経営者の子供を後継者とする「親族内承Git」は、かつては一般的でしたが、現代では子供が家業を継ぐ意思がないケースも増えています。また、能力や意欲に疑問符が付く子供を無理に後継者に据えると、従業員の士気が低下し、会社の競争力が失われる可能性があります。
- 従業員承継の課題: 優秀な役員や従業員を後継者とする「従業員承継」も有効な選択肢ですが、複数の候補者がいる場合には、社内に派閥が生まれたり、選ばれなかった候補者が不満を抱いて独立・退職し、会社のノウハウや顧客を奪っていくといった、内部分裂のリスクを伴います。
- 親子間の対立: 親である先代経営者と、子である後継者の間で、経営方針を巡る対立が生じることも少なくありません。先代はこれまでの成功体験に固執し、後継者は新しいやり方を取り入れようとする。この世代間のギャップが、円滑な事業承継を妨げる大きな要因となることがあります。
これらの問題は、いずれも時間が経てば経つほど根深くなり、解決が困難になります。事業承継は、経営者が元気で、判断能力がはっきりしているうちに、できるだけ早く着手すべき最重要課題なのです。
トラブルを未然に防ぐ!事業承継を成功に導くための具体的な対策
では、これらの深刻なトラブルを未然に防ぎ、円滑な事業承継を実現するためには、どのような対策を講じれば良いのでしょうか。
対策1:株価のコントロールと計画的な利益調整
中小企業にとって、「利益を上げすぎない」「株価を上げすぎない」という視点は、事業承継を円滑に進める上で非常に重要です。もちろん、事業を成長させ、利益を出すことは経営の基本ですが、無計画に利益を積み上げて株価を高騰させてしまうと、将来の税負担や株式買取コストで、後継者や会社自身が苦しむことになります。
- 役員退職金の活用: 経営者の退職時に、適正な範囲内で役員退職金を支給することで、会社の利益を圧縮し、株価の上昇を抑制することができます。退職金は、法人にとっては大きな損金となり、受け取る個人にとっても税制上優遇されているため、非常に有効な手段です。
- 生命保険の活用: 役員を被保険者とする生命保険に加入し、保険料の一部または全部を損金として計上することで、利益を計画的に圧縮します。将来、経営者の退職金や、死亡退職金の原資として活用することも可能です。
- 先行投資: 将来の成長に必要な設備投資や研究開発、人材採用などを計画的に行うことで、当期の利益を抑えつつ、企業価値の向上を図ります。
重要なのは、無計画に利益を出すのではなく、長期的な視点で、納税、内部留保、役員報酬、そして将来の事業承継コストのバランスを取りながら、計画的に利益水準をコントロールしていくことです。
対策2:株式の集約と名義株の整理
事業承継をスムーズに進めるための大前提は、経営者が会社の株式の3分の2以上、理想的には100%を保有し、経営権を安定させることです。もし、株式が親戚や元従業員などに分散してしまっている場合は、早急に整理・集約に着手する必要があります。
- 名義株の存在確認: まずは、株主名簿を確認し、現在の株主構成を正確に把握します。
- 株式の買い取り交渉: 名義株主に対して、株式の買い取りを交渉します。この際、株価がまだそれほど高くない早い段階で着手することが重要です。株価が高騰した後では、買い取り資金の確保が困難になります。
- 相続時への備え: 自分が亡くなった際に、保有する株式が複数の相続人に分散しないよう、遺言書を作成し、後継者に全ての株式を相続させるなどの対策を講じておくことが不可欠です。
- 専門家への相談: 株式の評価や買い取り交渉、法的な手続きには専門的な知識が必要です。税理士や弁護士、司法書士などの専門家と相談しながら、慎重に進めましょう。
対策3:早期からの後継者育成と、円滑な権限移譲
後継者の選定と育成には、少なくとも5年~10年という長い時間が必要です。経営者が元気なうちから、計画的に取り組みましょう。
- 後継者候補の早期選定: 親族、社内の役員・従業員の中から、経営者としての資質や意欲を持つ候補者を早期に見出します。
- 帝王学としての教育: 候補者には、経理、財務、営業、人事といった経営に必要な知識やスキルを、様々な部署での経験を通じて計画的に学ばせます。
- 段階的な権限移譲: 経営者が全ての権限を握りしめるのではなく、徐々に後継者に権限を移譲し、責任ある立場で経験を積ませることで、経営者としての自覚と能力を育てます。
- 社内外への周知: 後継者が誰であるかを、早い段階から社内外の関係者(従業員、取引先、金融機関など)に周知し、後継者自身の求心力や信頼関係の構築をサポートします。
- ダメ息子問題への対処法?: 親族内承継において、必ずしも子供が経営者として優秀であるとは限りません。しかし、能力のある従業員を後継者に指名することで生じる社内の軋轢や分裂リスクを考慮すると、ある意味では「ダメ息子」を社長に据え、「彼を支えるのは自分たちしかいない」と従業員が一致団結する、という逆説的な状況が生まれることもあるかもしれません。これは極端な例ですが、後継者選びが、いかに人間関係の力学に左右されるかを示唆しています。
対策4:親子間のコミュニケーションと、世代交代への理解
親子間で事業承継を行う場合、最も重要なのは率直なコミュニケーションです。
- 先代経営者の役割: 過去の成功体験に固執せず、時代の変化を受け入れ、後継者の新しい考え方や挑戦を尊重する姿勢が求められます。自分のやり方を押し付けるのではなく、良き相談相手として後継者を支える役割に徹することが重要です。
- 後継者の役割: 先代が築き上げてきた事業や、長年会社を支えてくれた従業員への敬意を忘れず、その歴史や文化を尊重する姿勢が不可欠です。一方で、自身の経営理念やビジョンを明確に持ち、先代や従業員を粘り強く説得していく力も求められます。
- 「経験」の重要性: 後継者が先代の苦労や経営判断の重みを真に理解するためには、自身がゼロから何かを立ち上げたり、独立して経営の厳しさを経験したりすることも、時には有効かもしれません。
第3の選択肢:「M&A(会社売却)」という出口戦略
後継者が見つからない、あるいは親族や従業員に事業を継がせることに不安がある、といった場合には、第三者に会社を売却する「M&A(合併・買収)」が、非常に有力な選択肢となります。
かつては「会社を売る=身売り」といったネガティブなイメージがありましたが、現在では、中小企業の後継者問題解決のためのポジティブな戦略として、広く認知されるようになっています。
M&Aの主なメリット
- 事業の存続と従業員の雇用の維持:
自分の代で会社を廃業(清算)してしまうと、従業員は職を失うことになります。信頼できる企業に会社を売却することで、事業そのものを存続させ、従業員の雇用を守ることができます。 - 経営者のハッピーリタイアメント:
経営者は、株式の売却によって多額の創業者利益(キャピタルゲイン)を得ることができます。これにより、悠々自適なリタイアメント生活を送ることが可能になります。株式の売却益に対する税率は、高額な役員報酬にかかる所得税率よりも大幅に低いため、税務上のメリットも非常に大きいです。 - 会社のさらなる成長:
資金力や技術力、販売網などを持つ大手企業などの傘下に入ることで、自社だけでは成し得なかった、より大きな成長を実現できる可能性があります。 - 承継トラブルの回避:
親族間や社内での後継者争いや、株式を巡るトラブルといった、事業承継にありがちな人間関係の悩みを根本的に回避することができます。
自分の代で事業を終わらせることを考えている経営者も、廃業という選択肢の前に、まずはM&Aの可能性を探ってみるべきです。それは、従業員、取引先、そして経営者自身にとっても、より良い未来に繋がる可能性があります。
まとめ:事業承継は、会社の未来を描く最後の経営戦略。早期着手でトラブルを回避しよう!
事業承継は、単なる代替わりの手続きではありません。それは、経営者が、会社の未来、従業員の未来、そして自身の未来をどのようにデザインするかという、最後の、そして最大の経営戦略です。
事業承承継を成功に導くための鉄則
- 株価を意識した計画的な利益コントロールを心がける。
- 株式が分散しないよう、早期に株式の集約・整理を行う。
- 後継者の選定と育成には、少なくとも5年以上の時間をかけて計画的に取り組む。
- 先代と後継者は、互いを尊重し、率直なコミュニケーションを重ねる。
- 後継者不在の場合は、廃業の前に、必ず「M&A」という選択肢を検討する。
- そして何よりも、経営者が元気なうちに、できるだけ早く対策に着手する。
これらの問題は、放置すればするほど、解決が困難になり、トラブルのリスクが高まります。特に、株式の問題は、相続が発生してしまうと、当事者の数が一気に増え、話し合いがまとまらなくなるケースが後を絶ちません。
もし、あなたが事業承継について少しでも不安や課題を感じているのであれば、ぜひ一度、事業承継に詳しい税理士やM&Aの専門家にご相談ください。専門家は、あなたの会社の状況を客観的に分析し、最適な承継プランの策
定をサポートしてくれるはずです。
会社の未来、そしてあなた自身の未来のために、今日から事業承継というテーマに真剣に向き合ってみてはいかがでしょうか。この記事が、その第一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。