「どの業界が儲かっていますか?」
これは、会社の経営者が税理士などの専門家に、最も頻繁に投げかける質問の一つです。事業を成長させ、成功を収めたいと願う経営者にとって、儲かる市場を見極めたいと考えるのは、ごく自然なことでしょう。
しかし、数多くの中小企業を見てきた専門家の多くは、この質問に対して、こう答えるはずです。
「儲かるかどうかは、業界ではなく『社長次第』です」
成長産業と言われる業界に身を置いていても、経営者のマネジメント能力が低ければ、会社は立ち行かなくなります。逆に、斜陽産業と呼ばれる厳しい市場であっても、優れた経営手腕を持つ社長のもとでは、会社は力強く成長し、利益を上げ続けています。
つまり、事業の成功を左右するのは、外部環境以上に、経営者自身が「利益を追求する」ことの本当の意味を理解し、それを実現する力を持っているかどうかにかかっているのです。
では、なぜ会社は利益を追求し、儲けなければならないのでしょうか?
「社長が儲けたいからでしょう?」
「利益は全部社長の懐に入るんじゃないの?」
このように考える方もいらっしゃるかもしれませんが、それは大きな誤解です。会社が生み出した利益は、社長個人のものではありません。それは、会社の未来を創り、関わるすべての人々を守るための、極めて重要な「原資」なのです。
この記事では、会社が利益を追求しなければならない「5つの真の理由」について、深く掘り下げて解説していきます。この5つの理由を理解することで、あなたの経営に対する視座は一段と高まり、日々の事業活動に、より強い目的意識と意義を見出すことができるはずです。
理由1:会社の「未来」を創るため – 研究開発・設備投資の原資
会社が利益を追求する第一の理由は、未来への投資資金を確保するためです。
現代のビジネス環境は、凄まじいスピードで変化しています。特に、IT業界や製造業などでは、技術革新の波が絶え間なく押し寄せ、昨日までの常識が今日には通用しなくなることも珍しくありません。
このような環境で会社が生き残り、成長し続けるためには、常に新しいことにチャレンジし、未来への投資を怠らないことが不可欠です。
- 研究開発(R&D): 新しい製品やサービスを生み出すための研究。
- 設備投資: 生産性を向上させるための最新機械の導入や、業務を効率化するITシステムの構築。
- マーケティング投資: 新しい顧客を獲得するための広告宣伝活動。
これらの投資活動には、当然ながら多額の資金が必要となります。もし、会社に利益の蓄積(内部留保)がなければ、どうなるでしょうか。未来への投資を行いたくても、その都度、金融機関から多額の借入をしなければならなくなります。これでは、財務状況は悪化の一途をたどり、経営の自由度は著しく制限されてしまいます。
自社で生み出した利益を、未来の成長の種をまくための投資に再配分する。この健全なサイクルを回すことこそが、持続的な成長を実現するための絶対条件なのです。利益とは、会社の未来を切り拓くための、最も確実な「原資」に他なりません。
理由2:会社の「人財」を育てるため – 社員教育・昇給の財源
会社にとって最も重要な資産は「人」である、とよく言われます。社員一人ひとりの成長なくして、会社の成長はあり得ません。会社が利益を追求する第二の理由は、この最も重要な資産である「人」への投資資金を確保するためです。
利益が出ていない赤字の会社では、社員に対する十分な投資を行うことができません。
- 社員教育の機会損失:
スキルアップのための社外研修に参加させたり、資格取得を支援したり、専門家を招いて社内セミナーを開催したり…。社員の能力開発には、相応のコストがかかります。利益がなければ、これらの機会を提供することができず、結果として組織全体の成長が停滞してしまいます。 - 昇給・賞与の原資不足:
社員のモチベーションを維持し、会社への貢献意欲を高める上で、昇給や賞与は非常に重要な役割を果たします。しかし、利益がなければ、その原資も生まれません。例えば、従業員10名の会社が、年間で10万円の利益しか出せなかったとします。この10万円をすべて昇給の原資に充てたとしても、社員一人あたりに換算すれば、年間でたったの1万円、月々で言えば1,000円にも満たない金額です。これでは、社員の頑張りに報いることは到底できません。優秀な人材ほど、正当な評価と報酬を求めて、より待遇の良い会社へと流出してしまうでしょう。
利益をしっかりと確保し、それを社員教育や待遇改善という形で還元する。このサイクルを通じて「人財」を育成し、組織力を強化すること。それが、会社を永続させるための、賢明な経営判断なのです。
理由3:会社の「信用」を守るため – 借入金の返済原資
多くの会社は、事業を運営する上で、金融機関からの借入を利用しています。この借入金の返済は、どこから行われるのでしょうか。それは、 税金を支払った後の、最終的に残った利益(税引後利益) から行われます。
この財務構造を理解することは、経営において極めて重要です。
【会社の利益と返済の関係】
- 売上 が発生する
- そこから、仕入代金や人件費、家賃などの 経費 を差し引く
- 残ったものが 税引前利益 となる
- この利益に対して 法人税等 が課される
- 税金を支払った残りが 税引後利益 となる
- この税引後利益から、借入金の元本を返済していく
この流れを見れば明らかなように、もし会社に利益が出ていなければ、借入金を返済するための原資が存在しない、ということになります。
では、利益がない会社はどうやって借金を返済するのでしょうか。答えは、非常に不健全なものです。 「借金を返すために、また新たに借金をする」 という、いわゆる「自転車操業」の状態に陥ってしまうのです。
これでは、借金の総額は減るどころか、利息分だけ膨らんでいきます。やがて金融機関からの信用も失い、新たな融資を受けられなくなった瞬間に、会社は資金繰に行き詰まり、倒産の危機に瀕します。
利益を出すということは、単に儲けるということではありません。それは、金融機関との約束を守り、会社の「信用」を維持し、健全な財務体質を構築するための、経営者の責務なのです。
理由4:会社の「危機」に備えるため – 不測の事態に対する内部留保
会社経営は、順風満帆な時ばかりではありません。いつ、どのような形で不測の事態に見舞われるか、誰にも予測することはできません。
- 自然災害: 地震や台風、水害などによる、社屋や設備の損壊。
- 取引先の倒産: 売掛金が回収できなくなる「貸し倒れ」の発生。
- 経済環境の激変: リーマンショックやコロナ禍のような、世界的な経済危機。
- 法規制の変更や、競合の出現による急激な売上減少。
このような予期せぬ危機に直面した時、会社の命運を分けるのが 「内部留保」、つまり手元資金(キャッシュ)の厚み です。利益を継続的に出し、それを内部留保として蓄積しておくことは、会社の存続を揺るがす危機に対する、最強の「保険」となります。
経営における一つの理想的な指標として、 「固定費の半年分のキャッシュを常に手元に置いておく」 という考え方があります。固定費とは、売上の増減に関わらず毎月一定にかかる費用(人件費、家賃、リース料など)のことです。仮に売上がゼロになったとしても、半年間は会社を維持できるだけの体力があれば、その間に事業の立て直しや新たな戦略を講じる時間的猶予が生まれます。
かつて、BSE問題により牛肉の輸入が停止し、大手牛丼チェーンが看板商品である牛丼の販売を休止せざるを得なくなったことがありました。主力商品を失い、売上は激減しましたが、その会社は危機を乗り越えることができました。その最大の理由は、平時から「固定費の1年分のキャッシュ」を内部留保として蓄えていたからだと言われています。
利益の蓄積は、平時には見えにくいかもしれませんが、いざという時に会社と従業員を守るための、最後の砦となるのです。
理由5:会社の「価値」を証明するため – 経営者の評価のモノサシ
そして最後に、利益を追求する5つ目の理由は、非常にシンプルかつ本質的なものです。それは、利益こそが、経営者の手腕を客観的に示す最も分かりやすい「評価のモノサシ」であるということです。
社長がどれだけ素晴らしいビジョンを語り、どれだけ社員想いであったとしても、結果として会社が利益を生み出せていなければ、それは経営者として成功しているとは言えません。
もちろん、利益が出たからといって、それがすべて社長個人の成果ではありません。そこには、社員一人ひとりの努力や、顧客、取引先といった多くの人々の支えがあります。
しかし、それらの力を結集させ、最終的に「利益」という形で社会的な価値を創出し、会社を成長へと導く責任を負っているのは、紛れもなく経営者自身です。
決算書に並んだ黒字の数字は、一年間の苦労と努力が実を結んだ証です。それは、経営者にとって何よりの喜びであり、次なる挑戦へのエネルギーとなるはずです。
まとめ:利益を出すことは、会社の「未来の選択肢」を増やすこと
ここまで、会社が利益を追求すべき5つの理由について解説してきました。
- 未来への投資(研究開発・設備投資)
- 人への投資(社員教育・昇給)
- 信用の維持(借入金の返済)
- 危機への備え(内部留保の蓄積)
- 経営者の評価(成果の証明)
これら5つの理由は、すべて一つの言葉に集約することができます。それは、 「経営上の選択肢を増やすため」 です。
利益がなければ、新しい事業に投資することも、社員に報いることも、借金を返すことも、危機に備えることもできません。できることは限られ、常に資金繰りに追われ、経営は守り一方になってしまいます。
一方で、潤沢な利益があれば、会社はあらゆる可能性に挑戦できます。魅力的な人材を採用し、大胆な設備投資を行い、M&Aによって事業を拡大することも可能になるでしょう。経営の自由度は格段に高まり、会社の未来には無限の選択肢が広がります。
「現状維持は、衰退の始まり」です。
利益を追求し、儲け続けること。それは、単なる金儲けのためではありません。会社の未来を創り、関わるすべての人々を幸せにするための、経営者に課せられた最も重要で、尊い使命なのです。
この記事があなたの経営の一助となれば幸いです。