「この領収書、経費になりますか?」
これは、会社の経営者や個人事業主の方が、税理士に最も頻繁に投げかける質問の一つです。事業を運営していく上で、「経費」を正しく理解し、計上することは、節税の基本であり、手元に残るキャッシュを最大化するための重要な戦略です。
しかし、この「経費にできるかどうか」の判断は、時に非常に難しく、グレーな領域も存在します。安易に経費として計上した結果、後々の税務調査で思わぬ指摘を受け、追徴課税という痛いしっぺ返しを食らってしまうケースも少なくありません。
そこでこの記事では、2025年に決算を迎えるすべての事業者の方に向けて、
- 経費として認められるための「絶対的な原則」
- 具体的な経費項目と、その注意点
- 税務調査で狙われやすい「グレーゾーン経費」の正しい扱い方
- 2024年度税制改正で変わった「交際費」の新ルール
といった、経費に関するあらゆる疑問を、誰にでも分かるように徹底的に解説していきます。
この記事を最後まで読めば、あなたは自信を持って経費の判断ができるようになり、税務調査を恐れることなく、正しく、そして賢く会社の財務をコントロールするための確かな知識を身につけることができるはずです。
1.経費判断の「黄金律」- それは売上に貢献していますか?
「この支出は経費になるか?」その答えを導き出すための、たった一つの、そして最も重要な原則があります。それは、 「その支出が、あなたの会社の売上に貢献しているかどうか」 です。
例えば、あなたが一人で近所の美味しいラーメン屋さんに行き、領収書をもらってきたとします。これは経費になるでしょうか?
答えは「No」です。なぜなら、そのラーメンを食べた行為と、会社の売上が上がるという結果の間に、客観的な因果関係を説明することができないからです。「美味しいラーメンを食べて活力が湧き、仕事が捗って売上が上がった」という主張は、残念ながら税務署には通用しません。それは、人間が生きていく上で必要な「生活費」と見なされます。
では、同じラーメン屋さんでも、どのような状況なら経費になるのでしょうか。
- 取引先の担当者と商談をしながら食事をした。その結果、新たな契約が取れて売上が上がった。
この場合、その食事代は「売上獲得」という明確な目的のための支出であり、 「交際費」や「会議費」 として、正当な経費として認められます。
このように、すべての経費は「売上への貢献度」というフィルターを通して判断されます。税務調査で問われるのも、まさにこの点です。「なぜ、この支出が必要だったのですか?」「それによって、どのように売上が上がったのですか?」この質問に、論理的に、そして客観的な証拠をもって答えられるかどうか。それが、経費計上の可否を分けるすべてなのです。
2.これは経費にできる!主要な経費項目と注意点
では、具体的にどのようなものが経費として認められるのか、主要な項目とその注意点を見ていきましょう。
① 人件費関連(給与、賞与、福利厚生費など)
- 給与・賞与: 従業員に支払う給与や賞与は、当然経費になります。個人事業主が家族に給与を支払う場合は、事前に「青色事業専従者給与に関する届出書」を提出することで経費計上が可能です。
- 社会保険料: 会社が負担する従業員の社会保険料(法人負担分)は、「法定福利費」として経費になります。
- 福利厚生費: 従業員の慰安や労働環境改善のために支出する費用です。重要なのは、 「全従業員に公平に提供される」 という原則です。
- OKな例: 全員が参加対象の社員旅行、忘年会、新年会。
- NGな例: 役員だけで行った食事会や旅行。(これは「役員賞与」と見なされ、経費にならない可能性があります)
② 消耗品費・減価償却費
- 消耗品費: 文房具や事務用品など、業務で使う消耗品は経費になります。10万円未満の備品(パソコンなど)を購入した場合も、この科目で一括経費計上が可能です。
- 減価償却費: 10万円以上の高額な資産(パソコン、車両、機械など)は、購入時に全額を経費にするのではなく、「固定資産」として計上し、法律で定められた耐用年数にわたって少しずつ経費にしていきます。この毎年の経費化の手続きが「減価償却」です。
③ 交際費・会議費
- 交際費: 取引先との関係を円滑にするための接待、贈答などの費用です。後述しますが、2024年の税制改正で重要な変更がありました。
- 会議費: 社内会議や取引先との打ち合わせでかかった費用(会議室代、お茶代、資料代など)です。
④ 広告宣伝費・通信費
- 広告宣伝費: 会社の製品やサービスを広く知らせるための費用(チラシ、Web広告、パンフレット制作費など)です。売上獲得に直結するため、当然経費になります。
- 通信費: 電話代、インターネット料金、切手代などです。法人名義で契約しているものは全額経費にできます。個人事業主がプライベートと兼用している場合は、後述する「家事按分」が必要です。
⑤ 旅費交通費・車両関連費
- 旅費交通費: 業務上の移動にかかる新幹線代、飛行機代、タクシー代などです。出張時の宿泊費もここに含まれます。
- 車両関連費: 法人名義の車両にかかるガソリン代、駐車場代、自動車税、保険料などです。
3.経費にできる?税務調査で狙われやすい「グレーゾーン経費」の判断基準
ここからは、多くの経営者が判断に迷う「グレーゾーン」の経費について、認められるためのポイントを解説します。重要なのは、いかに「事業専用である」ことを客観的に証明できるかです。
グレーゾーン①:高級車(フェラーリ、ポルシェなど)
「高級車は趣味だから経費にならない」と一概には言えません。過去の裁判例では、社長がプライベートでも多数の高級車を所有している上で、法人所有のフェラーリを「通勤や顧客訪問にのみ使用していた」ことが証明され、経費として認められたケースがあります。 重要なのは、高級車だからダメなのではなく、その車が本当に事業のためだけに使われているかという「使用実態」 です。
グレーゾーン②:腕時計
原則として、個人の装飾品と見なされるため経費計上は困難です。しかし、「Apple Watchを顧客管理やスケジュール確認のツールとして使っている」「潜水作業で必須の特殊な防水・耐圧機能を持つ時計である」など、その時計でなければならない事業上の明確な理由があれば、経費として認められる可能性があります。
グレーゾーン③:スーツ
これもプライベートと兼用できるため、原則経費にはなりません。しかし、「社名ロゴの刺繍が入っている」「会社のユニフォームとして規定され、職場でしか着用しない」など、制服としての実態があれば経費計上が可能です。
グレーゾーン④:美術品
オフィスに飾る絵画なども、趣味の範囲と見なされがちですが、実は取得価額が100万円未満のものであれば、減価償却資産として経費にできるというルールがあります。オフィスの環境美化や来客へのブランディングといった目的があれば、十分に経費として認められる可能性があります。
グレーゾーン⑤:ペット(看板犬、看板猫)
企業のブランディングとして、ペットを「看板犬」や「看板猫」にしている場合、そのペットにかかる費用(エサ代、医療費など)を経費にできる可能性があります。生物も減価償却資産となり得ますが、 単なる自宅のペットを経費にすることはできません。 あくまで事業への貢献度が証明できる場合に限られます。
4.税務調査で否認されないための「2つの鉄則」
これらのグレーゾーン経費を正しく計上し、税務調査で否認されないためには、以下の2つの鉄則を徹底することが不可欠です。
鉄則①:契約書・規程でルールを明確化する(法人の場合)
法人格と個人は別人格です。社長個人の資産を会社が使う場合は、必ず 「賃貸借契約書」 などを締結し、第三者と取引する場合と同等の、客観的に見て妥当な金額で取引を行いましょう。「社長の車だからタダで使う」といった曖昧な運用は、税務署から「公私混同」と見なされる原因になります。
鉄則②:家事按分を合理的に行う(個人事業主の場合)
自宅兼オフィスやプライベート兼用のスマホなどについては、事業で使用した割合とプライベートで使用した割合を、 面積や時間といった客観的な基準で合理的に計算(家事按分) し、事業分のみを経費に計上しましょう。
5.【2024年税制改正】交際費の「1人1万円」新ルールとその影響
2024年4月1日から、経費の中でも特に重要な「交際費」に関するルールが改正されました。これは、2025年に決算を迎える多くの事業者に影響する、非常に重要なポイントです。
何が変わったのか?
これまで、取引先との飲食費については、 「1人あたり5,000円以下」 の支出であれば、「交際費」に含めず、「会議費」などの別の科目で処理することができました。
今回の改正で、この基準額が 「1人あたり1万円以下」 に引き上げられたのです。
この改正がもたらす「2つのメリット」
「科目を変えるだけで、何か意味があるの?」と思うかもしれませんが、これには大きなメリットがあります。
中小法人の場合、交際費として経費にできる金額(損金算入できる金額)には、年間800万円という上限があります。この上限を超えた分は、経費として認められません。
今回の改正により、1人あたり1万円以下の飲食費を「会議費」として処理できるようになったため、その分、交際費の800万円枠を、より重要な接待や贈答のために温存できるようになります。実質的に、経費にできる交際費の枠が広がったと言えるのです。
金融機関などが決算書を見る際、「交際費」の金額は注目されやすい項目の一つです。交際費があまりに多いと、「この会社は、遊興費にばかりお金を使っているのではないか?」と、マイナスの印象を与えかねません。
1人1万円以下の飲食費を「会議費」として計上することで、決算書上の交際費の額を圧縮し、「しっかりと事業に必要な会議を行っている、健全な会社である」という印象を与えることができます。これは、融資審査などにおいても、地味ながら有効な効果を発揮します。
まとめ:経費の極意は「説明責任」にあり
経費として認められるかどうかの最終的な判断基準は、 「売上への貢献を、客観的な証拠をもって説明できるか」 という一点に尽きます。
税務調査で調査官から質問されたときに、慌てることなく、堂々とその支出の正当性を主張できるかどうか。そのための準備を日頃から行っておくことが、経営者にとっての「経費の極意」です。
- 売上との関連性を常に意識する。
- グレーな支出は、事業専用であることを証明できるルールを作る。
- 交際費などは、領収書の裏に「誰と、何のために」をメモしておく。
このような地道な積み重ねが、あなたの会社の財務を健全に保ち、無用な税務リスクから会社を守る、最も確実な方法なのです。
この記事があなたの経営の一助となれば幸いです。