「寄付金や交際費は、もちろん会社の経費ですよね?」
多くの経営者が、このように考えているかもしれません。そして、その考え自体は、決して間違いではありません。損益計算書(PL)上では、これらは確かに「経費」として計上され、会計上の「利益」を算出するために売上から差し引かれます。
しかし、もしあなたが、損益計算書の利益額だけを見て、納めるべき法人税の額を予測しているとしたら、それは非常に危険な勘違いです。
なぜなら、税金の世界には、会計上の「経費」とは別に、 「損金(そんきん)」 という、もう一つの重要な概念が存在するからです。そして、会計上は経費として認められても、税務上は損金として認められず、結果的に税金計算の対象から除外されてしまう費用が、いくつも存在するのです。
この「経費」と「損金」の違いを正しく理解していないと、
- 「利益が減ったから、税金も安くなるはず」と思っていたのに、予想外の高額な納税に直面する。
- 知らず知らずのうちに、税務調査で狙われやすい会計処理を行ってしまう。
といった、深刻な事態を招きかねません。
この記事では、
- 会計上の「経費」と、税務上の「損金」の決定的な違いとは?
- なぜ「寄付金」は、節税につながらないのか?
- 税務調査で特に厳しくチェックされる「交際費」「福利厚生費」「役員賞与」の正しい扱い方
- 損益計算書の利益と、税金計算の対象となる所得がズレる、そのカラクリ
といった、法人税申告の根幹をなす、極めて重要なルールについて、誰にでも分かるように徹底的に解説していきます。
1.会計と税務の「ズレ」を生む、「経費」と「損金」の決定的違い
まず、すべての基本となる「経費」と「損金」の違いから押さえましょう。
- 経費とは?
「会計上」の費用のことです。会社の損益計算書(PL)を作成する際に、収益(売上)から差し引かれる、事業活動のために支出したコスト全般を指します。 - 損金とは?
「税務上(法人税の計算上)」の費用のことです。税金を計算する元となる「課税所得」を算出する際に、益金(会計上の収益に相当)から差し引くことが認められている費用を指します。
この二つは、多くの場合、一致します。人件費や地代家賃など、ほとんどの経費は、そのまま損金として認められます。
しかし、問題となるのが、会計上は「経費」として扱われるにもかかわらず、税務上は「損金」として認められない(=損金不算入)項目が存在することです。
【損金不算入となる代表的な費用】
- 寄付金(の一部または全部)
- 交際費(の一部)
- 役員賞与(の一部)
- 法人税・住民税などの税金
これらの費用は、損益計算書上では経費として利益を圧縮しますが、法人税の申告書を作成する段階で、会計上の利益に「足し戻されて」、税金の計算が行われるのです。
- 【計算のカラクリ】
- 会計上の利益: 売上 – 経費(損金不算入項目も含む)
- 税務上の所得: 会計上の利益 + 損金不算入の金額
- 法人税額: 税務上の所得 × 税率
この「足し戻し」のプロセスがあるために、損益計算書の利益と、実際に税金がかかる所得の金額に「ズレ」が生じるのです。このズレを理解していないと、納税予測を大きく見誤ることになります。
2.「寄付金」が原則として節税にならない理由と、3つの分類
それでは、具体的な損金不算入項目を見ていきましょう。まずは、ご質問にもあった「寄付金」です。
「社会貢献のために、地域の子供たちの部活動に寄付をした。これは会社の経費になるはずだ」
この考えは、会計上は正しく、損益計算書上では「寄付金」として経費計上されます。しかし、税務上は、原則として損金にはなりません。
なぜなら、寄付は事業の売上を直接生み出すための支出ではないため、無制限に損金として認めてしまうと、利益操作(租税回避)に使われる可能性があるからです。
ただし、寄付はその「寄付先」によって、税務上の扱いが以下の3つに分類されます。
① 全額が損金になる「指定寄付金」
国や地方公共団体への寄付、日本赤十字社など、極めて公共性の高い特定の団体への寄付です。これらは、社会貢献度が非常に高いと認められているため、支払った全額が損金として認められます。
② 一部が損金になる「特定公益増進法人」などへの寄付
私立学校や社会福祉法人、認定NPO法人など、公益性の高い法人として国が指定した団体への寄付です。これらは、一定の計算式に基づいて算出された「限度額」の範囲内であれば、損金として認められます。
③ 原則として損金にならない「その他の寄付金」
上記の①、②以外への寄付は、すべて「その他の寄付金」に分類されます。
- 神社の祭礼などへの寄付
- 政治団体への寄付
- 個人的なつながりのある団体や個人への寄付(例:子供の部活動など)
これらは、ごく僅かな損金算入限度額はありますが、ほとんどの場合、全額が損金不算入となります。つまり、会計上は経費になっていても、税金計算上は、その寄付をしなかった(利益が減らなかった)ものとして、税金が計算されるのです。
したがって、ご質問にあった「個人で寄付するより会社で寄付した方が得か?」という問いに対しては、「その寄付が『その他の寄付金』に該当する場合、法人税の節税効果はほとんどないため、どちらが得とは一概に言えない」というのが答えになります。
3.税務調査で狙われる!「交際費」「福利厚生費」「役員賞与」の落とし穴
損金不算入項目の中でも、特に税務調査で厳しくチェックされ、経営者が意図せずルール違反を犯してしまいがちなのが、これから解説する3つの費用です。
① 交際費:800万円の壁と「会議費」へのすり替え
中小法人の場合、交際費は年間800万円までという損金算入の上限が設けられています。この800万円を超えた分は、全額が損金不算入となります。
そのため、税務調査官は、 「他の費用科目に、本来は交際費とすべきものが紛れ込んでいないか」 という視点で、帳簿を厳しくチェックしてきます。
その最大のターゲットとなるのが 「会議費」 です。
- ルール: 1人あたり1万円以下の飲食費は、「交際費」ではなく「会議費」として処理できる。
税務調査官は、このルールを逆手に取り、会議費として計上されている飲食費の領収書をチェックし、「この5万円の領収書、参加者は誰ですか?本当に5人以上で行きましたか?」と、その実態を徹底的に追及してきます。もし、参加人数を偽っていたことが発覚すれば、その支出は会議費から交際費へと振り替えられます。そして、もし交際費の総額が800万円を超えていれば、その分が損金不算入となり、追徴課税が発生するのです。
② 福利厚生費:「2次会費用」は交際費!?
全従業員を対象とした忘年会や新年会は、福利厚生費として全額損金になります。しかし、ここに意外な落とし穴があります。
それは、 「忘年会の2次会費用」 です。
税務上のルールでは、自由参加となった2次会の費用は、全従業員に公平に提供される福利厚生とは見なされず、「交際費」として扱われるのが原則です。1次会から2次会までが、全員参加が前提の「一連の会食」として企画されていれば問題ありませんが、参加者が限定される場合は注意が必要です。
この2次会費用が交際費に振り替えられ、800万円の枠を超えてしまえば、これもまた損金不算入となります。
③ 役員賞与:「私物の購入」が招く最悪のダブルパンチ
交際費の中身を調査する中で、税務調査官が最も目を光らせているのが、 「社長の私的な支出が紛れ込んでいないか」 という点です。
例えば、交際費として計上されている高額なブランド品の購入費用について、「これは誰への贈答品ですか?」と問われた際に、その実態が社長自身の私物であったことが発覚したとします。
この場合、その支出は交際費ではなく 「役員賞与」 として認定されます。
役員賞与は、「事前確定届出給与」の手続きを踏んでいない限り、全額が損金不算入となります。しかし、問題はそれだけでは終わりません。
- 法人側: 損金不算入となり、法人税が追徴される。
- 個人側: 社長個人が賞与を受け取ったものと見なされ、所得税・住民税が追徴される。
このように、 法人と個人の両方で課税される、最悪の「ダブルパンチ」 に見舞われることになるのです。交際費に私的な支出を紛れ込ませる行為は、最もリスクの高い、典型的な不正経理であることを肝に銘じておきましょう。
まとめ:「会計上の利益」と「税務上の所得」は別物である
ここまで見てきたように、会社の損益計算書に記載されている「利益」と、実際に法人税が課税される「所得」は、必ずしも一致しません。
- 損益計算書の利益は、あくまで「会計」の世界の数字。
- 税金は、「税法」という別のルールに基づいて計算される。
この 「会計」と「税務」のズレ を正しく理解すること。そして、そのズレを生み出す「損金不算入」の項目、特に寄付金、交際費、福利厚生費、役員賞与といった、税務調査で狙われやすい費用のルールを正確に把握すること。
それこそが、予期せぬ追徴課税のリスクから会社を守り、健全な財務基盤を築くための、経営者に必須の知識なのです。ご自身の会社の決算書を見ながら、これらの項目がどのように処理されているか、一度確認してみてはいかがでしょうか。
この記事があなたの経営の一助となれば幸いです。