企業経営において、金融機関との良好な関係構築は事業の成長と安定に不可欠な要素です。特に融資審査においては、金融機関担当者とのコミュニケーションが円滑に進むことが期待されます。
しかし、そこで交わされる言葉には、表面的な「建前」と、その裏に隠された「本音」が存在するケースが少なくありません。この本音と建前を理解することは、金融機関が企業をどのように評価しているのかを的確に把握し、より建設的な関係を築く上で極めて重要となります。
本記事では、金融機関が融資を検討する際に用いる言葉の背後にある意図や、企業評価のポイントについて、一般的な事象として解説します。金融機関の言葉を鵜呑みにせず、その真意を汲み取ることで、企業は自社の課題を認識し、より効果的な対策を講じることが可能になります。
金融機関の「建前」の言葉に隠された「本音」:よくある5つのパターン
金融機関の担当者と融資について協議する際、企業側は前向きな言葉を期待するものです。しかし、一見好意的、あるいは配慮に満ちた言葉が発せられたとしても、それが必ずしも融資実行に直結するとは限りません。むしろ、婉曲的な表現の裏には、厳しい評価や懸念が隠されていることが往々にしてあります。ここでは、そうした典型的な「建前」と、その背景にある「本音」のパターンを5つ紹介します。
1. 建前:「少し状況を拝見してから判断させてください」
融資を申し込んだ際に、「もう少し様子を見させてください」「状況が好転してから再度検討しましょう」といった返答を受けることがあります。これは、表向きには「時間をかけて慎重に判断したい」という姿勢を示しているように聞こえます。しかし、金融機関側の本音としては、「現時点の財務状況や事業内容では、融資の基準を満たしていない」「このままでは到底貸し出すことはできない」と考えている可能性が高いのです。
金融機関は、リスクを最小限に抑えたいと考えます。そのため、業績が悪化している、あるいは将来性が不透明であると判断される企業に対しては、即座に「融資できません」と断言する代わりに、このような時間稼ぎとも取れる表現を用いることがあります。この言葉を真に受けて、数ヶ月待てば状況が好転し融資が受けられるだろうと安易に期待するのは危険です。「様子を見る」という言葉は、事実上の「ノー」に近い意味合いを持つ場合が多いと認識すべきでしょう。企業側は、この言葉を「現状に対する厳しい評価」と受け止め、速やかに経営改善に取り組む必要があります。
2. 建前:「金利については、当方としても最大限努力させていただきました」
融資が実行されたとしても、提示された金利が高いと感じる場合があります。その際、金融機関の担当者から「金利については、本当にできる限りの対応をさせていただきました」といった説明を受けることがあります。これは、企業側の不満を和らげようとする配慮の言葉のように聞こえるかもしれません。
しかし、本音では、「この企業の信用リスクを考えれば、この程度の金利は当然だ」「むしろ、この条件で融資を受けられるだけでもありがたいと思うべきだ」と考えている可能性があります。さらに厳しいケースでは、「融資だけでなく、投資信託の購入や保険商品の契約など、他の金融商品でも取引実績を上げてもらわないと、この融資案件は見合わない」という考えが背景にあることもあります。企業のリスクが高いと判断されればされるほど、金利は高くなるのが一般的です。この言葉は、自社の信用力が低いと評価されていることの裏返しと捉え、財務内容の改善や収益力向上に努めるべきでしょう。
3. 建前:「素晴らしい事業計画書ですね」
融資審査の過程で、企業は事業計画書を提出します。その計画書に対して、金融機関の担当者が「非常に素晴らしい内容ですね」「将来性が感じられます」といった賞賛の言葉を口にすることがあります。しかし、その後、融資がなかなか実行されない、あるいは見送られるというケースは少なくありません。
この場合の本音は、「計画の内容は理想的だが、現実離れしている」「売上目標や利益計画に具体的な根拠がなく、達成できるとは到底思えない」という厳しい評価である可能性が高いのです。特に、過去の実績とかけ離れた急成長を描いた計画や、市場環境の分析が甘い計画に対しては、金融機関は懐疑的な目を向けます。「素晴らしい」という言葉は、計画書の内容そのものを否定するのではなく、その実現性に対して疑問を呈している婉曲的な表現と解釈すべきです。企業は、計画の実現性を裏付ける客観的なデータや具体的な行動計画を提示し、信頼性を高める必要があります。
4. 建前:「社長の能力や熱意は本当に素晴らしいと感じます」
経営者の手腕や情熱が評価されることは、企業にとって喜ばしいことです。金融機関の担当者も、面談などを通じて「社長のリーダーシップは素晴らしい」「事業への熱意に感銘を受けました」といった言葉を伝えることがあるでしょう。しかし、これもまた、必ずしもポジティブな評価に直結するとは限りません。
本音としては、「経営者個人の能力に依存している部分が大きすぎる」「もし経営者に不測の事態が生じたら、この会社は立ち行かなくなるのではないか」という懸念を抱いている可能性があります。いわゆる「属人的経営」に対するリスク評価です。特に、経営者が高齢である場合や、後継者育成が進んでいない場合には、この懸念はより大きくなります。経営者の能力は重要ですが、それだけに頼った経営体制は、金融機関から見ると持続可能性の観点でリスクが高いと判断されがちです。組織体制の整備や人材育成を進め、経営者不在でも事業が円滑に回る仕組みを構築することが求められます。
5. 建前:「毎年着実に利益を積み上げておられ、堅実な経営ですね」
決算書において、毎年わずかながらも黒字を計上し続けている企業に対し、金融機関の担当者が「安定した経営で素晴らしいですね」「着実に利益を出されていますね」と評価することがあります。これは、一見すると健全な経営を称賛しているように聞こえます。
しかし、特に売上規模が一定以上あるにもかかわらず、毎年の利益額が極端に少ない(例えば、常に100万円未満など)場合、金融機関は「意図的に利益を圧縮しているのではないか」「粉飾決算や過度な節税が行われている可能性がある」と疑念を抱くことがあります。金融機関は、多くの企業の財務諸表を見ています。そのため、不自然な利益水準や、売上変動と利益額の不一致などには敏感です。表面上は褒めているように見えても、内心ではその決算書の信頼性に疑問符を付けている可能性があるのです。過度な節税は、金融機関から見れば「事業に再投資すべき資金を不必要に流出させている」と映り、評価を下げる要因となります。適正な利益を計上し、その上で納税するという健全な経営姿勢が重要です。
金融機関が融資したいと心から思う企業の特徴
では、逆に金融機関が「この企業にはぜひ融資したい」と本音で考えるのは、どのような特徴を持つ企業なのでしょうか。建前の言葉ではなく、真の信頼を得て、良好なパートナーシップを築ける企業像について考察します。
1. 明確な収益力と成長性を持つ企業
最も基本的な要素は、企業が安定的に利益を生み出し、かつ将来的な成長が見込めることです。金融機関にとって、融資は投資の一形態です。貸し付けた資金が企業の成長に繋がり、より大きな利益を生み出し、そして確実に返済されることを期待しています。したがって、高い収益性と成長性を有する企業は、金融機関にとって魅力的な融資先となります。特に、独自の技術やサービス、強固な顧客基盤など、競争優位性を持つ企業は高く評価される傾向にあります。
2. 経営者が計数管理能力に長け、資金繰りを正確に把握している企業
経営者自身が自社の財務状況を深く理解し、数字に基づいた経営判断を行っている企業は、金融機関からの信頼を得やすくなります。特に、精度の高い資金繰り表を作成し、将来のキャッシュフローを的確に予測・管理している企業は、高く評価されます。資金繰り表は、企業の財務的な健全性を示すだけでなく、経営者の管理能力や将来への備えを具体的に示すものだからです。金融機関は、このような企業であれば、貸し付けた資金が適切に管理され、計画通りに事業が推進されると期待できます。
3. 資金使途と返済計画が明確かつ合理的である企業
融資を申し込む際には、借り入れた資金を何に使い(資金使途)、それをどのようにして返済していくのか(返済計画)を明確に示す必要があります。この資金使途が具体的で事業成長に直結するものであり、かつ返済計画が実現可能で合理的なものであるほど、金融機関は融資を実行しやすくなります。
例えば、「新規設備投資により生産能力を向上させ、増産分で得られる利益から返済する」といったストーリーが明確であれば、金融機関の担当者は稟議書を作成しやすく、内部審査も通りやすくなります。逆に、資金使途が曖昧であったり、返済計画に無理があったりすると、いくら企業が資金を必要としていても、融資は困難になります。金融機関の担当者が社内を説得しやすい材料を提供することが、円滑な融資獲得に繋がります。
金融機関の言葉の裏を読む力を養い、客観的な自己評価を
金融機関とのコミュニケーションにおいて、担当者の言葉を額面通りに受け取るのではなく、その背後にある真意や評価を読み解く能力は、経営者にとって非常に重要です。褒め言葉に安堵するのではなく、あるいは厳しい言葉に落胆するだけでもなく、なぜそのような言葉が発せられたのか、自社のどこに課題があるのかを冷静に分析する必要があります。
金融機関は、決算書や事業計画書、経営者との面談など、様々な情報から企業を多角的に評価しています。その評価ポイントを理解し、自社を客観的に見つめ直すことが、経営改善の第一歩となります。例えば、金融機関が懸念を示すポイント(過度な属人経営、不透明な資金繰り、実現性の低い事業計画など)を把握し、それらを一つひとつ解消していく努力が求められます。
最終的には、金融機関との関係は「結果」が全てを物語ります。いくら耳障りの良い言葉をかけられても、実際に低金利で必要な融資が受けられないのであれば、それは厳しい評価を受けている証拠と認識すべきです。逆に、厳しい指摘を受けながらも、それを真摯に受け止め改善に努めることで、結果的に良好な条件で融資が実行されるようになれば、それは真の信頼関係が築かれつつあると言えるでしょう。
まとめ:真のパートナーシップは、本音のコミュニケーションから生まれる
金融機関との関係は、単に資金を借りる側と貸す側というドライなものではありません。企業の成長を支える重要なパートナーとなり得る存在です。そのためには、表面的な建前の言葉に惑わされることなく、お互いが本音で向き合い、建設的な対話ができる関係を築くことが不可欠です。
経営者は、金融機関の言葉の裏にある真意を汲み取る努力を怠らず、自社の経営状況を客観的に評価し続ける必要があります。そして、指摘された課題に対しては真摯に取り組み、改善を重ねていくことで、金融機関からの信頼を高めていくことができます。
金融機関が本当に「貸したい」と思えるような、収益力があり、透明性が高く、将来性のある企業へと成長していくこと。それが、結果として安定的な資金調達と事業の持続的発展に繋がる道筋となるでしょう。本記事が、経営者の皆様が金融機関とのより良い関係を構築するための一助となれば幸いです。