「将来の退職金、どうやって準備しよう…」
「節税しながら、老後の資金も確保したい…」
「いざという時に、低利で事業資金を調達できる方法はないだろうか…」
個人事業主や中小企業の経営者にとって、老後の生活資金や事業の万が一に備えることは、常に頭を悩ませる重要な課題です。会社員のような手厚い退職金制度や福利厚生が期待できない場合、自身で計画的に準備を進めていく必要があります。
そんな経営者の強い味方となるのが、国が運営する**「小規模企業共済」**という制度です。この制度は、掛金が全額所得控除になるという大きな節税メリットがありながら、将来の退職金代わりの資金を積み立てられ、さらに積み立てた掛金の範囲内で事業資金の貸付けも受けられるという、一石三鳥とも言える非常に魅力的な内容となっています。
この記事では、小規模企業共済の基本的な仕組みから、具体的な節税効果、意外と知られていない貸付制度の活用法、そして加入のメリット・デメリットや注意点まで、経営者が知っておくべき情報を網羅的かつ分かりやすく徹底解説していきます。すでに加入している方も、これから検討する方も、この制度を最大限に活用するためのヒントが満載です。
小規模企業共済とは?制度の概要と基本的な仕組み
まず、小規模企業共済がどのような制度なのか、その概要と基本的な仕組みを理解しておきましょう。
小規模企業共済の目的と位置づけ
小規模企業共済制度は、**小規模企業の経営者や役員、個人事業主などが、事業をやめたり役員を退職したりした場合に、それまでの掛金に応じて共済金(退職金や年金に相当)を受け取れるようにするための、国がつくった「経営者のための退職金制度」**です。独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)が運営しています。
加入資格
主に以下のような方が加入できます。
- 常時使用する従業員数が20人以下(商業・サービス業の場合は5人以下)の個人事業主または会社の役員
- 事業に従事する組合員が20人以下の企業組合の役員
- 常時使用する従業員数が20人以下の協業組合の役員
- 一定の規模以下の個人事業主の共同経営者(配偶者や親族など、一定の要件あり)
掛金について
- 月額掛金: 1,000円から7万円までの範囲内(500円単位)で自由に設定できます。
- 増額・減額: 加入後も、経済状況に合わせて掛金額を変更することが可能です。
- 掛金の前納: 将来の掛金をまとめて前払いすることもでき、一定の割引(前納減額金)も受けられます。
- 掛金の納付方法: 原則として預金口座からの振替となります。
共済金の受け取り
積み立てた掛金は、将来、以下のいずれかの事由が発生した場合に「共済金」として受け取ることができます。
- 共済金A(事業の廃業、役員の死亡・退職など): 最も有利な条件で共済金が支払われます。
- 共済金B(老齢給付など): 65歳以上で180ヶ月(15年)以上掛金を払い込んだ場合など。
- 準共済金(任意解約、法人解散など): 掛金の納付月数が240ヶ月(20年)未満で任意解約した場合などは、受け取れる共済金が掛金総額を下回る(元本割れする)可能性があります。
- 解約手当金(12ヶ月未満の任意解約など): 掛金納付月数が12ヶ月未満で任意解約した場合は、共済金は受け取れず、解約手当金も支給されません(掛け捨てとなります)。
共済金の受け取り方法は、一括受け取り、分割受け取り(年金形式)、または両者の併用を選択できます。
小規模企業共済の最大の魅力!「全額所得控除」による節税効果
小規模企業共済の最も大きなメリットの一つが、支払った掛金の全額が「小規模企業共済等掛金控除」として、その年の課税対象となる所得から控除されることです。これにより、所得税・住民税の負担を大幅に軽減することができます。
所得控除とは?
所得控除は、納税者の個人的な事情を考慮して、所得金額から一定額を差し引くことができる制度です。控除額が大きければ大きいほど、課税所得金額が減少し、結果として税額も少なくなります。
具体的な節税効果シミュレーション
年間最大の掛金である84万円(月額7万円 × 12ヶ月)を支払った場合、所得税・住民税の税率によってどれくらいの節税効果があるのかを見てみましょう。
課税される所得金額(目安) | 所得税・住民税の合計税率(概算) | 年間掛金84万円の場合の節税額(概算) |
300万円程度 | 約20% | 84万円 × 20% = 16万8千円 |
600万円程度 | 約30% | 84万円 × 30% = 25万2千円 |
1,000万円程度 | 約43% | 84万円 × 43% = 36万1千2百円 |
5,000万円程度 | 約55% | 84万円 × 55% = 46万2千円 |
(※上記税率はあくまで目安であり、個人の所得控除の状況や家族構成などにより変動します。)
このように、所得が高い人ほど税率も高くなるため、掛金が全額所得控除となる小規模企業共済の節税効果はより大きくなります。 例えば、課税所得5,000万円の人が年間84万円を積み立てた場合、約46万円もの税金が軽減される計算になります。
この節税効果は、単に銀行に預金しているだけでは得られない大きなメリットです。老後の資金を準備しながら、同時に当面の税負担も軽減できるという、非常に効率の良い制度と言えるでしょう。
法人経営者の場合の活用法(間接的な法人節税)
小規模企業共済の掛金は、個人の所得控除であり、法人の経費(損金)になるわけではありません。しかし、法人経営者の場合、以下のような形で間接的に法人の節税に繋げることも可能です。
例えば、役員報酬を増額し、その増額分を小規模企業共済の掛金に充てるとします。
- 役員個人にとっては、増えた報酬分は小規模企業共済掛金控除で相殺されるため、所得税・住民税の負担は実質的に増えません。
- 法人にとっては、増額した役員報酬は法人の損金となるため、その分だけ法人税等の負担が軽減されます。
このように、役員報酬の設計と組み合わせることで、実質的に法人の節税にも貢献する形で小規模企業共済を活用できるのです。
意外と知られていない?「貸付制度」というもう一つのメリット
小規模企業共済には、節税や退職金準備というメリットに加えて、**積み立てた掛金の範囲内で事業資金の貸付けを受けられる「貸付制度」**があることも、あまり知られていない重要なポイントです。
貸付制度の概要
- 貸付限度額: 納付した掛金総額の範囲内で、一定の貸付限度額(一般的には掛金総額の7~9割程度)が設定されます。
- 貸付利率: 比較的低利(年1.5%程度が目安、貸付種類により異なる)で借り入れが可能です。
- 貸付種類: 一般貸付け(運転資金・設備資金)、緊急経営安定貸付け、傷病災害時貸付け、福祉対応貸付け、創業転換時・新規事業展開等貸付け、事業承継貸付けなど、様々な種類の貸付けが用意されています。
- 担保・保証人: 原則として不要です。
貸付制度の戦略的活用法:実質的な手出しを抑えつつ節税効果を享受
この貸付制度をうまく活用すると、実質的なキャッシュアウトを抑えながら、小規模企業共済の節税メリットを享受するという、非常に有利な状況を作り出すことができます。
例えば、年間84万円の掛金を支払い、そのうちの8割にあたる約67万円の貸付けを受けたとします。
- 掛金支払額: 84万円
- 貸付による入金額: 約67万円
- 実質的なキャッシュアウト: 84万円 - 67万円 = 約17万円
この場合、実質的な手出しは約17万円であるにもかかわらず、節税効果は掛金全額の84万円に対して計算されます。
先のシミュレーションで、課税所得300万円(税率20%)の人の場合、節税額は約16万8千円でした。実質的なキャッシュアウト17万円に対して、ほぼ同額の節税効果が得られることになり、手元の現金はほとんど減らさずに、84万円分の積立(将来の退職金)と節税メリットを同時に享受できる計算になります。
所得税率が高い人ほど、この効果はさらに大きくなります。
- 税率30%の場合:実質キャッシュアウト17万円に対し、節税額25万2千円 → 手元現金が約8万2千円増える
- 税率55%の場合:実質キャッシュアウト17万円に対し、節税額46万2千円 → 手元現金が約29万2千円増える
もちろん、貸付けは借金であるため、将来的に返済する必要があり、利息も発生します。しかし、この低利の借入金を、例えばつみたてNISAやiDeCoといった非課税の投資制度に回して運用し、貸付利率を上回るリターンを得ることができれば、さらに有利な状況を作り出すことも可能です。
この貸付制度の存在は、小規模企業共済の魅力を一層高めるものであり、資金繰りを考慮しながら節税メリットを最大限に引き出したい経営者にとっては、非常に有効な選択肢となり得ます。
小規模企業共済のデメリットと注意点
多くのメリットがある小規模企業共済ですが、いくつかのデメリットや注意点も理解しておく必要があります。
1. 早期解約時の元本割れリスク
- 掛金納付月数が240ヶ月(20年)未満で任意解約した場合は、準共済金として受け取れますが、その額は掛金総額を下回る(元本割れする)可能性があります。
- 掛金納付月数が12ヶ月未満で任意解約した場合は、共済金は一切支給されず、掛け捨てとなります。
- したがって、小規模企業共済は、長期的な視点での積立を前提とした制度であり、短期的な資金ニーズへの対応には不向きです。
2. インフレリスク
- 小規模企業共済の予定利率は、現在の経済状況を反映して比較的低めに設定されています(2023年現在、年1.0%)。
- 将来、インフレが進行した場合、積み立てた掛金の実質的な価値が目減りしてしまうリスクがあります。
3. 制度の変更リスク
- 国の制度であるため、将来的に制度内容(掛金の上限、控除の仕組み、共済金の給付条件、予定利率など)が変更される可能性もゼロではありません。
4. 資金の拘束
- 積み立てた掛金は、原則として共済事由(廃業、退職、解約など)が発生するまで引き出すことはできません(貸付制度を除く)。そのため、当面の運転資金や生活資金とは別に、余裕資金で積み立てる必要があります。
5. 運営機関の財政状態に関する懸念(一部の意見)
- ごく一部ではありますが、運営機関である中小機構の財政状態を懸念する声も聞かれます。しかし、国が運営する制度であり、多くの加入者がいることから、破綻する可能性は極めて低いと考えられます。万が一、そのような事態に陥ったとしても、国による何らかの救済措置が講じられる可能性が高いでしょう。とはいえ、100%の保証はないという点は、頭の片隅に置いておく必要があるかもしれません。
小規模企業共済への加入:手続きと検討すべきこと
小規模企業共済への加入手続きは、以下の窓口で行うことができます。
- 商工会、商工会議所
- 中小企業団体中央会
- 事業協同組合、青色申告会など
- 一部の金融機関(銀行、信用金庫、信用組合など)
加入を検討する際には、以下の点を考慮しましょう。
- 自身の加入資格: 上記の加入資格を満たしているか確認します。
- 無理のない掛金額の設定: 毎月のキャッシュフローを圧迫しない範囲で、継続可能な掛金額を設定します。
- 将来の事業計画・ライフプランとの整合性: いつ頃、どのような形で共済金を受け取りたいか、長期的な視点で検討します。
- 他の退職金準備制度との比較: iDeCoや民間の個人年金保険など、他の退職金準備手段と比較し、自身にとって最適な組み合わせを考えます。
まとめ:小規模企業共済は経営者の強い味方!賢く活用し、未来への安心を築こう
小規模企業共済は、
- 掛金全額所得控除による高い節税効果
- 将来の退職金・年金の準備
- 低利での事業資金貸付制度の利用
という、経営者にとって非常に魅力的な3つのメリットを兼ね備えた、国の有利な制度です。
特に、貸付制度をうまく活用すれば、実質的な手元資金を大きく減らすことなく、節税と積立の両方の恩恵を受けることが可能です。これは、日々の資金繰りに悩む中小企業の経営者や、将来への備えを始めたい個人事業主にとって、まさに「裏ワザ」的な活用法と言えるでしょう。
もちろん、早期解約時の元本割れリスクや、資金の拘束といったデメリットも存在するため、加入や掛金額の設定は慎重に行う必要があります。しかし、そのデメリットを理解した上で、長期的な視点で計画的に活用すれば、小規模企業共済はあなたの事業と人生にとって、かけがえのない安心とゆとりをもたらしてくれるはずです。
経営者であれば、税金は適正な範囲で賢くコントロールしつつ、本業でがっつりと稼ぎ、そして社会に貢献する(納税する)という姿勢が重要です。小規模企業共済のような有利な制度は、その「賢いコントロール」の一環として、積極的に活用を検討すべきでしょう。
まだ加入していない方は、ぜひ一度、加入資格や制度内容を詳しく確認し、顧問税理士や金融機関に相談してみてはいかがでしょうか。すでに加入している方も、貸付制度の活用など、新たなメリットを見出すことができるかもしれません。
この記事が、皆様の小規模企業共済に対する理解を深め、より豊かな事業経営と将来設計の一助となれば幸いです。