【経営者・個人事業主の税務Q&A】その常識、間違ってるかも?プロが解き明かす税金のリアルと落とし穴

確定申告をしないとどうなる?追徴課税や大きなデメリット 節税・経費

「高い車は、経費にしない方がいい」
「事前確定届出給与は、税務署に狙われやすい」

これらは、経営の現場でまことしやかに囁かれる「税務の常識」の一部です。しかし、これらの”常識”は、本当に正しいのでしょうか。実は、その多くが、根拠のない思い込みや、一部の保守的な専門家の個人的な見解に過ぎないケースが少なくありません。

税金の世界は、法律の条文だけでなく、その解釈や運用といった、非常に曖-昧で人間的な要素によって動いています。その「リアル」を知らなければ、あなたは本来受けられるはずのメリットを逃し、不要な税金を払い続けてしまうかもしれません。

この記事では、日々、経営者や個人事業主から寄せられる、リアルで具体的な税務の疑問に、Q&A形式で徹底的に回答していきます。

  • 高額な社用車は、本当に経費として認められないのか?
  • 「刺されやすい」と言われる節税策の真偽とは?
  • 退職金を会社に貸し付けた場合の、知られざるメリット・デメリット
  • 個人事業主から法人化する、本当の「ベストタイミング」とは?

これらの疑問に対する正しい知識は、あなたを誤った”常識”から解放し、より戦略的で、効果的な経営判断を下すための、強力な羅針盤となるはずです。

第1章:その節税策、本当に「危険」ですか?税務の”常識”を疑え

節税策を検討する際、多くの経営者が「税務署に目をつけられないか」という不安を抱えます。ここでは、特に誤解の多い2つのテーマについて、その真偽を明らかにします。

Q1. 800万円の車を購入しましたが、税理士から「高い車だから経費にしない方がいい」と言われました。本当でしょうか?

【結論】
そのアドバイスは、全くの誤りである可能性が非常に高いです。車の価格が高いか安いかということと、経費にできるかどうかは、全く別の問題です。

【解説】
経費として認められるための唯一の基準は、その支出が 「事業の遂行上、必要であるか」 という点です。

近年、車の価格は全体的に高騰しており、人気車種であれば800万円を超えることも珍しくありません。それを一括りに「高いからダメ」と判断するのは、あまりにも短絡的で、時代錯誤な考え方と言わざるを得ません。

重要なのは、その800万円の車を、本当に事業のためだけに使っているという事実を、客観的に証明できるかどうかです。

  • 明確な事業目的があるか?(例:顧客への送迎、重要な商談、長距離移動の安全性確保など)
  • プライベートでの使用がないか?(例:他にプライベート用の車を所有している、運転日報で事業利用を記録しているなど)

これらの点を明確に説明できるのであれば、たとえそれが高級車であったとしても、堂々と経費として計上すべきです。

「高いからやめておけ」というアドバイスは、その税理士が税務署との交渉を面倒に感じているか、あるいは最新の税務判断の知識が不足している可能性を示唆しています。そのような保守的なアドバイスに縛られていては、会社の成長は望めません。

Q2. 会社の利益が出そうなので、役員に「事前確定届出給与(役員賞与)」を出したいのですが、税理士から「後から税務署に刺されやすいから、お勧めしない」と言われます。制度を利用すること自体がリスクになるのでしょうか?

【結論】
全くのデタラメです。制度を正しく利用している限り、それが原因で税務署に「刺される」ことなど、あり得ません。

【解説】
「事前確定届出給与」は、国税庁が自ら定めている、完全に合法的な節税制度です。国が認めている制度を活用して、一体なぜ税務署に狙われなければならないのでしょうか。

この制度で問題となるのは、ルールを逸脱した場合のみです。

  • 届け出た支給日に1日でも遅れて支払った
  • 届け出た金額と1円でも違う金額を支払った
  • そもそも届出書を提出していなかった

このような手続き上のミスがあれば、支給した賞与の全額が経費として否認されますが、それは制度の利用自体が問題なのではなく、単にルール違反があったというだけのことです。

「刺されやすい」といった根拠のない脅し文句で、正当な節税の機会を奪おうとするアドバイスは、その専門家が制度をよく理解していないか、あるいは新しいことに挑戦するのを億劫に感じているだけの可能性が高いです。やったことがない専門家ほど、このような否定的な物言いをしがちです。

第2章:あなたの会社は大丈夫?法人化と社会保険のベストな選択

事業が成長してくると、多くの個人事業主が「法人化」という選択肢を考え始めます。しかし、そのタイミングを誤ると、かえって損をしてしまうこともあります。

Q3. 夫婦で美容室を経営し、順調に利益が出ています。税理士からは「利益が2,000万~3,000万円になったら法人化を考えては」と言われていますが、妥当なアドバイスでしょうか?

【結論】
利益が2,000万円に達するのを待つのは、タイミングとして遅すぎる可能性が高いです。所得が1,000万円前後になった時点で、法人化を検討するのが一般的です。

【解説】
法人化を検討する最大の動機は、個人事業主に課される所得税と、法人に課される法人税・社会保険料のトータル負担額を比較し、有利な方を選択することにあります。

  • 所得税: 稼げば稼ぐほど税率が上がる「累進課税」(最大55% ※住民税含む)
  • 法人税: 利益に対してかかる税率は、ほぼ一定(約25%~35%)
  • 社会保険料: 法人化すると、役員報酬に対して社会保険への加入が義務付けられる。

税金(所得税 vs 法人税)だけの分岐点は、所得が600~700万円あたりと言われています。しかし、ここに社会保険料の負担が加わるため、一般的には、 安定して1,000万円以上の所得(利益) が見込めるようになった段階が、法人化を検討する一つの目安とされています。

利益が2,000万~3,000万円にもなると、個人事業主のままでは、非常に高い所得税率が課せられ、国民健康保険料も上限額に達している可能性が高いです。その状態で法人化を先延ばしにするのは、多額の税金と社会保険料を払い続けることになり、金銭的なメリットはほとんどありません。

ご夫婦で事業をされているのであれば、それぞれが1,000万円前後の所得を得られるようになった時点が、法人化の絶好のタイミングと言えるでしょう。

Q4. 3月~5月の給与を抑えれば、社会保険料が安くなると聞きました。6月以降に残業を増やして給与が上がった場合でも、安い社会保険料のままなのでしょうか?

【結論】
給与が上がった 「理由」 によります。基本給などの固定的な賃金が上がった場合は、社会保険料も上がりますが、残業代などの変動的な手当が増えただけであれば、原則として社会保険料は変わりません。

【解説】
社会保険料は、毎年4月・5月・6月の給与の平均額を基に、その年9月からの1年間の金額が決定されます(定時決定)。

ご質問のケースで、もし6月以降に 「基本給」や「役職手当」といった、毎月固定的に支払われる賃金が昇給した場合、たとえそれが僅かな金額であっても、その後の3ヶ月間の給与平均額が、現在の社会保険料の等級と比べて「2等級以上」の差 が生じれば、「随時改定」という手続きが行われ、その時点から社会保険料が見直されます(上がります)。

一方で、基本給などは変わらず、残業代やインセンティブといった、月によって変動する非固定的賃金が増えたことによって給与総額が上がった場合は、この随時改定の対象にはなりません。その場合は、次の年の定時決定(4月~6月の給与で判断)まで、安い社会保険料のままとなります。

第3章:退職金と会社への貸付 – 節税と資金繰りのリアル

退職金は、経営者にとって重要な資産形成の一環です。その扱い方一つで、税務や資金繰りに大きな影響を与えます。

Q5. 受け取った退職金を、資金繰りが苦しい会社に貸し付けた場合、会社から利息を受け取ることはできますか?また、それは有利な仕組みですか?

【結論】
会社から利息を受け取ることは可能ですが、それが金銭的に有利な仕組みとは言えません。

【解説】
元経営者が会社にお金を貸し付け、その対価として利息を受け取ることは、法的には全く問題ありません。受け取った利息は、個人の「利子所得」として確定申告が必要です。

しかし、この行為の背景を考えてみてください。そもそも、なぜ退職金を会社に貸し付けるのか。それは、会社が一括で退職金を支払うと、キャッシュが枯渇し、資金繰りが悪化してしまうからです。

会社を助けるために行った貸付であるにもかかわらず、その会社から高額な利息を取り立ててしまっては、本末転倒です。会社の資金繰りを、さらに苦しめることになってしまいます。

会社がその利息を支払う余裕があるのなら、そもそも銀行から借り入れた方が、金利も低く、合理的であるケースがほとんどでしょう。したがって、この方法は、あくまで緊急避難的な資金繰り対策であり、有利な資産運用スキームとして考えるべきものではありません。

Q6. 退職金の計算で「はぐくみ基金」の積立額は、報酬月額から差し引かれますか?

【結論】
はい。役員退職金の算定基準となる「最終報酬月額」は、はぐくみ基金の掛金を差し引いた後の、課税対象となる給与の額面がベースになるのが一般的です。

【解説】
これは、非常に専門的で、素晴らしい質問です。はぐくみ基金は、掛金が給与から控除され、非課税となる仕組みです。

  • (例) 役員報酬60万円の人が、はぐくみ基金に10万円を拠出
    • 給与明細上の課税対象となる役員報酬(額面)は50万円になる。

役員退職金の一般的な算定式は「最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率」ですが、この「最終報酬月額」には、給与明細上の課税対象額である50万円が用いられるのが基本となります。

ただし、この算定式自体が、あくまで税務上、妥当と認められやすい「一つの目安」に過ぎません。会社の業績や、役員の貢献度によっては、この計算式を上回る退職金を支給し、それが妥当と認められるケースも存在します。したがって、50万円を基準にするか、60万円を基準にするかは、最終的には総合的な判断となりますが、基本的には掛金控除後の金額がベースになると考えておくのが良いでしょう。

第4章:その他 – 日常の疑問を解決

最後に、日常業務でよくある、その他の疑問にお答えします。

Q7. クレジットカードの利用明細は、領収書の代わりになりますか?

【結論】
クレジットカードの利用明細は、 領収書の代わりにはなりません。 インボイス制度下では、原則として、インボイスの要件を満たした領収書や請求書の保存が必要です。

【解説】
カードの利用明細は、あくまで「いつ、どこで、いくら使ったか」という一覧情報であり、取引内容の詳細や、インボイスとして必要な登録番号などが記載されていません。

ネットショッピングなどで購入した場合は、商品に同梱されている納品書や、別途ダウンロードできる領収書・請求書を必ず保存してください。

ただし、ETCの利用料金に関しては、特例として、クレジットカードの利用明細書の保存で仕入税額控除が認められています。

まとめ:常識を疑い、正しい知識で武装する

ここまで、多岐にわたる税務の疑問について解説してきました。多くの「常識」や「思い込み」が、実は正しくない、あるいは状況によって判断が異なる、ということがお分かりいただけたのではないでしょうか。

税務の世界では、「なぜ、そうなるのか」という根拠を、法律や通達に基づいて正しく理解することが、何よりも重要です。根拠のないアドバイスに振り回されることなく、自社の状況に合わせた最適な判断を下していく。そのために、信頼できる専門家をパートナーに持つことも、経営者にとっての重要なスキルの一つと言えるでしょう。

この記事があなたの経営の一助となれば幸いです。