「会社の決算月って、いつにすればいいんだろう?」
「日本の会社は3月決算が多いみたいだけど、それに合わせるべき?」
「決算月を変えるだけで、節税になったり、資金繰りが楽になったりするって本当?」
会社を設立する際、あるいは経営を続ける中で、意外と軽視されがちなのが「決算月」の決定です。多くの経営者が、「なんとなく3月」「設立した月から1年後」といった理由で決算月を設定してしまいがちですが、実はこの決算月の設定は、会社の財務戦略において極めて重要な意味を持ちます。
戦略的に決算月を決定することで、節税対策のしやすさ、資金繰りの安定性、金融機関からの評価、さらには税務調査のリスクに至るまで、様々な面で有利な状況を作り出すことが可能なのです。
この記事では、なぜ決算月の決定が重要なのか、多くの企業が採用する3月決算の背景と注意点、そして自社にとって最適な決算月を見つけるための具体的な考え方やポイント、さらには一度決めた決算月を変更する方法とそのメリットまで、分かりやすく徹底的に解説していきます。
なぜ日本の会社は3月決算が多いのか?その理由と、安易に追随するリスク
日本の全法人のうち、約2割、実に5社に1社が3月決算を採用していると言われています。なぜこれほどまでに3月決算が多いのでしょうか。
- 国の会計年度との連動: 日本の国や地方公共団体の会計年度が4月始まりの3月終わりであるため、これらと取引の多い大企業や、その子会社・関連会社が年度を合わせる傾向にあります。
- 学校年度との連動: 4月入学・3月卒業という学校制度に合わせて、新卒採用や人事評価のサイクルを組みやすいため。
- 慣習・横並び意識: 「周りの会社がそうだから」「特に理由はないけれど、一般的だから」といった、慣習や横並び意識で3月決算を選択しているケースも少なくありません。
しかし、これらの理由が自社に当てはまらないのであれば、安易に3月決算を選択することは、かえって経営上の不利益を招く可能性があります。なぜなら、自社の事業サイクルや特性を無視した決算月は、後述する様々なデメリットを生み出すからです。
最適な決算月は会社によって違う!戦略的決定のための3つの視点
では、自社にとって最適な決算月は、どのように考えれば良いのでしょうか。主に以下の3つの視点から、総合的に判断することが重要です。
視点1:節税対策のしやすさ(利益予測の精度)
決算期が近づくと、多くの経営者がその期の利益予測を立て、必要に応じて節税対策を検討します。この「期末の利益予測のしやすさ」が、決算月決定の重要なポイントとなります。
- 原則:会社の「閑散期」を決算月にする
- 多くの事業には、売上や利益が伸びる「繁忙期」と、比較的落ち着いている「閑散期」が存在します。
- もし、繁忙期を決算月にしてしまうと、期末にかけて売上や利益が大きく変動するため、最終的な利益額の予測が非常に難しくなります。 例えば、「利益が3,000万円になりそうだから、2,000万円分の節税対策をしよう」と計画しても、予想以上に業績が伸びて利益が5,000万円になってしまえば、対策が不十分となり、多額の納税に慌てることになります。
- 逆に、売上や利益が比較的安定している閑散期を決算月に設定すれば、期末の利益予測の精度が高まり、計画的に、かつ効果的な節税対策を打つことが可能になります。
- 繁忙期は「期首」に持ってくる
- 売上が大きく伸びる繁忙期は、できるだけ事業年度の早い段階(期首)に持ってくるのが理想的です。
- 期首に大きな利益を確保できれば、その後の決算までの期間(例えば10ヶ月以上)を使って、じっくりと納税計画や節税対策、あるいは再投資計画を練ることができます。
視点2:資金繰りの安定性(納税・賞与などの支払い時期)
決算後には、法人税や消費税といった多額の税金の支払いが発生します。この納税時期と、他の大きな支出が重ならないように決算月を設定することも、資金繰りを安定させる上で非常に重要です。
- 納税のタイミング: 法人税や消費税の申告・納税期限は、原則として決算日から2ヶ月後です。
- 考慮すべき大きな支出:
- 賞与(ボーナス): 多くの企業では、夏(6月~7月)と冬(12月)に賞与を支給します。
- 源泉所得税の納期特例: 従業員から預かった源泉所得税を、半年分まとめて納付する特例を受けている場合、7月と1月に大きな納税が発生します。
- 労働保険料の年度更新: 毎年7月に、前年度の労働保険料の確定と、当年度の概算保険料の納付があります。
- 季節的な仕入れ代金の支払い: 業種によっては、特定の時期に仕入れが集中し、大きな支払いが発生することがあります。
- 戦略的な設定例:
- 例えば、12月に多額の冬の賞与を支払う会社が、9月決算を選択したとします。この場合、納税期限は11月末となり、賞与の支払い時期と近接するため、資金繰りが非常にタイトになる可能性があります。
- この場合、決算月を7月などに設定すれば、納税期限は9月末となり、冬の賞与支払い時期とずらすことができます。
- 逆に、売掛金の入金が集中する時期に納税期限が来るように決算月を設定するというのも、有効な戦略です。
視点3:金融機関からの評価(試算表の見栄え)
事業運営において、金融機関からの融資は重要な選択肢の一つです。年度の途中で融資を申し込む際には、多くの場合、直近までの業績を示す「試算表(月次決算書)」の提出を求められます。この試算表の見栄えも、決算月の設定によって変わってきます。
- 原則:繁忙期を「期首」に持ってくる(視点1と共通)
- 視点1で述べたように、売上が大きく伸びる繁忙期を事業年度の早い段階に設定しておくと、年度の途中で試算表を作成した際に、売上や利益が順調に推移しているように見え、金融機関に良い印象を与えることができます。
- 逆に、閑散期が期首に来るような決算月設定だと、年度途中の試算表の数字が悪く見え、「今期は業績が不振なのではないか」と懸念され、融資審査に不利に働く可能性があります。
このように、節税、資金繰り、銀行評価という3つの重要な視点から、自社の事業サイクル(繁忙期・閑散期)や、大きな入出金のタイミングを考慮し、総合的に最適な決算月を決定することが求められます。
決算月は変更できる!その手続きと戦略的活用法
「うちの会社は、何も考えずに3月決算にしてしまった…」
「今の決算月だと、繁忙期と重なって大変だ…」
ご安心ください。一度決めた決算月は、後から変更することが可能です。手続きも比較的簡単で、大きなメリットを享受できる場合があります。
決算月変更の手続き
- 株主総会での定款変更決議:
- 決算月は、会社の基本ルールである「定款」に定められています。そのため、決算月を変更するには、まず株主総会を開催し、定款変更の特別決議(原則として議決権の2/3以上の賛成)を得る必要があります。
- 中小企業の場合は、社長が100%株主であることも多いため、実質的には社長の意思決定で変更が可能です。
- 税務署等への届出:
- 定款変更後、「異動届出書」という書類を、管轄の税務署、都道府県税事務所、市町村役場にそれぞれ提出します。
- この届出には、特に費用はかかりません。
- 注意点: 変更後の決算期に対応する法人税等の申告期限までに、この届出書を提出すれば問題ありません。変更を決議してから、すぐに届け出る必要はありません。
決算月変更の戦略的活用法
決算月の変更は、単に業務の平準化だけでなく、より積極的な節税対策や経営改善のツールとしても活用できます。
- 活用例1:予想外の利益が出た場合の緊急節税策
- 決算間際に、予想外の大きな利益が出てしまい、節税対策が間に合わないという状況を想定します。
- 例えば、9月決算の会社で、8月や9月に大きな利益が出ることが確定した場合、決算月を7月に前倒しで変更します。
- これにより、8月と9月の利益は、当期ではなく翌期の利益として扱われることになり、今期の納税額を大幅に圧縮できます。そして、翌期は1年間かけて、この大きな利益に対する節税対策をじっくりと検討することができます。
- 活用例2:役員報酬の増額タイミングの創出
- 役員報酬は、原則として期首から3ヶ月以内でなければ変更できません。
- 上記の例で決算月を7月に前倒しした場合、新たな事業年度は8月からスタートします。これにより、8月~10月の間に、役員報酬を増額改定する新たな機会が生まれます。
- 翌期に大きな利益が見込まれる場合、このタイミングで役員報酬を増額し、利益を個人に還元することで、法人税の負担を軽減するという戦略が取れます。
このように、決算月の変更は、非常に強力な経営コントロール手法となり得るのです。
税務調査が入りにくい決算月は存在するのか?
巷では、「特定の月を決算月にすると、税務調査の対象になりにくい」といった噂が聞かれることがあります。これは、税務署の人事異動や業務サイクルと関係があると言われています。
- 税務署の繁忙期:
- 税務署の職員は、個人の確定申告時期である2月~3月や、3月決算の法人が多いことから申告期限である5月、そして人事異動のある7月前後は、非常に多忙となります。
- 調査が入りにくいとされる月(あくまで通説):
- この税務署の繁忙期と重なる時期に申告期限が来るような決算月(例:12月決算~5月決算あたり)は、調査官が他の業務に追われ、調査対象として選定されにくいのではないか、という考え方です。
- 注意点:
- これはあくまで確率論であり、都市伝説に近い側面もあります。どの月を決算月にしたからといって、税務調査が絶対に来ないという保証はどこにもありません。
- 実際に、これらの月に決算期を設定している企業にも、税務調査は行われています。
- 税務調査を過度に恐れて決算月を決めるのではなく、あくまでも自社の経営合理性(節税、資金繰り、銀行評価)を最優先に考えるべきです。
まとめ:決算月は経営戦略の要!自社に最適なタイミングを見極めよう
会社の決算月は、「なんとなく」で決めて良いものではありません。それは、会社の財務状況、節税の可能性、そして将来の成長戦略にまで影響を及ぼす、極めて重要な経営判断です。
最適な決算月を決定するためのチェックポイント
- 節税対策のしやすさ: 会社の「閑散期」を決算月に設定し、利益予測の精度を高める。
- 資金繰りの安定性: 賞与の支払いや、税金の納付といった、大きな支出が集中する時期を避ける。あるいは、売掛金の入金が集中する時期に納税期限を合わせる。
- 金融機関からの評価: 事業年度の前半(期首)に、売上が伸びる「繁忙期」が来るように設定し、年度途中の試算表の見栄えを良くする。
- 自社の業務サイクル: 決算作業や棚卸作業が、本業の繁忙期と重ならないようにする。
これらの要素を総合的に考慮し、自社にとって最もメリットの大きい月を決算月として戦略的に選択しましょう。
そして、もし現在の決算月に不都合を感じているのであれば、決算月の変更は比較的簡単に行えるということを覚えておいてください。決算月の変更は、時に強力な節税策や経営改善策となり得ます。
最終的な判断に迷う場合は、必ず顧問税理士などの専門家にご相談ください。専門家は、あなたの会社の事業内容や財務状況を分析し、最適な決算月の設定について、具体的なアドバイスを提供してくれるはずです。
決算月という「時間軸」を自らコントロールすることで、より有利で、より安定した会社経営を実現していきましょう。この記事が、その一助となれば幸いです。