「社長、YouTubeで見たんですけど、出張日当で1日何万円も取って経費にできるらしいじゃないですか!」
「社員を全員、業務委託に切り替えれば、社会保険料も消費税も大幅に削減できるって本当ですか?」
最近、SNSや動画サイトで、このような目を引く「節税テクニック」が数多く拡散されています。情報感度の高い経営者の皆様であれば、一度は目にしたことがあるかもしれません。
しかし、もしあなたがこれらの情報を鵜呑みにして、軽い気持ちで手を出そうとしているのであれば、今すぐ立ち止まってください。
その行為は、節税のつもりが、会社の信用を失い、かえって多額の追徴課税を招く「脱税」と紙一重の、極めて危険な賭けになる可能性があります。
この記事では、 絶対に真似してはいけない「危険すぎる節税スキーム」 を3つ取り上げ、そのリスクと正しい考え方を徹底的に解説します。
- 過大な「出張旅費日当」はなぜアウトなのか?
- 社員の「業務委託化」が招く、税務と労務のダブルリスク
- 関連会社を使った「利益飛ばし」が、なぜ最悪の結果を招くのか?
これらのスキームがなぜ危険なのか、その本質を理解することで、あなたは巷に溢れる怪しい情報に惑わされることなく、健全で力強い会社経営への道を歩むことができるはずです。
危険スキーム①:実態とかけ離れた「過大な出張旅費日当」
まず、最もよく相談を受けるのが「出張旅費日当」に関するものです。
「出張旅費日当」の制度自体は、素晴らしい節税策
誤解しないでいただきたいのは、「出張旅費日当」という制度そのものは、決して悪いものではないということです。むしろ、正しく運用すれば、非常に有効な節税策となります。
出張旅費日当とは、出張の際に発生する交通費や宿泊費といった「実費」とは別に、食事代や細かな諸雑費を補う目的で、会社が役員や従業員に支給する手当のことです。
この制度の素晴らしい点は、
- 会社側:支給した日当を全額経費(旅費交通費)にできる。
- 個人側:受け取った日当は所得にならず、税金も社会保険料もかからない(非課税)。
という、まさに一石二鳥の効果があることです。法人の経費を増やしつつ、社長個人の手取りを非課税で増やすことができる、非常に優れた制度なのです。
では、何が「危険」なのか?
問題は、この制度を悪用し、社会通念を逸脱した「過大な金額」を支給するケースです。
「電車で数駅先のクライアントを訪問しただけで、出張として日当3万円を支給する」
「毎日のように出張と称して、実質的な給与の上乗せとして日当を支給する」
このような運用は、100%アウトです。
税務調査で問われるのは、 「その日当の金額は、世間相場に照らして妥当か?」という一点に尽きます。
所得税法の通達では、日当が非課税となるための要件として、「同業種、同規模の他の会社などが一般的に支給している金額に照らして、相当と認められるものであること」 と明確に規定されています。
「妥当な金額」のリアルな相場観
では、「妥当な金額」とは、具体的にいくらくらいなのでしょうか。法律に明確な金額が書かれているわけではありませんが、実務上の肌感覚や過去の判例から、以下のような金額が一つの安全な目安と言えます。
- 社長の国内出張(宿泊伴う、例:大阪-東京間): 5,000円 〜 10,000円/日
- 一般社員の国内出張(宿泊伴う): 2,000円 〜 3,000円/日
「1日あたり5,000円」と聞くと、SNSで謳われる「数万円」という金額に比べて、非常に地味に感じるかもしれません。しかし、これこそがリアルな相場観です。海外出張であれば、物価の違いを考慮して2〜3万円程度が認められるケースもありますが、国内で数万円の日当というのは、常識的に考えてあり得ません。
もし「不相当」と判断されたら…?
税務調査で、支給した日当が「不相当に高額である」と判断された場合、その高額な部分(あるいは全額)は 「役員賞与(ボーナス)」 として認定されます。
そうなると、恐ろしい 「ダブル課税」 が発生します。
- 会社側: 役員賞与は原則として経費にできないため、否認された金額分の法人税が追徴されます。
- 個人側: 否認された金額が給与として扱われるため、所得税・住民税が追徴されます。
会社と個人の両方で税金を課され、さらに延滞税や過少申告加算税といったペナルティも上乗せされます。節税のつもりが、結果的に何倍ものコストを支払うことになる、最悪のシナリオです。
出張旅費日当は、あくまでも「実費弁償」の性質を持つものです。その趣旨を理解し、常識的な範囲内で、出張の実態に基づいて正しく運用すること。これが、この制度を味方につけるための唯一の方法です。
危険スキーム②:実態なき「社員の業務委託化」
次に、これも近年SNSなどでよく見かけるようになった、非常にリスクの高いスキームです。
「今いる社員との雇用契約を解消し、全員と『業務委託契約』を結び直せば、社会保険料の負担がゼロになり、消費税も節税できる」
一見すると、経営者にとって夢のような話に聞こえるかもしれません。しかし、これも実態を伴わない安易な切り替えは、税務上も、そして労働法務上も、極めて深刻な問題を引き起こす可能性があります。
雇用契約 vs 業務委託契約 – 根本的な違い
まず、会社が人に仕事を依頼する形態には、大きく分けて2つの契約形態があります。
- 雇用契約:
「時間」を対価として働く、いわゆる正社員やアルバイトです。会社は従業員に対して指揮命令権を持ち、労働基準法などの保護下に置かれます。会社は、社会保険料の負担や、残業代の支払い、年末調整などの義務を負います。 - 業務委託契約:
「成果物」を対価として仕事をする、個人事業主やフリーランスとの契約です。両者は対等な事業者間の取引であり、会社に指揮命令権はなく、時間の拘束も原則としてありません。
「業務委託化」がもたらす、見せかけのメリット
このスキームがなぜ魅力的に見えるのか。それは、形式上「雇用」から「業務委託」に切り替えることで、会社側が以下のようなメリットを享受できるからです。
- 社会保険料の負担がゼロに: 業務委託の相手は個人事業主なので、会社は社会保険料を負担する必要がなくなります。
- 消費税の節税(仕入税額控除): 給与は消費税の課税対象外ですが、外注費は課税仕入れとなります。インボイス制度の下では、相手が適格請求書発行事業者であれば、支払った外注費に含まれる消費税分を、自社が納める消費税から控除できます。
- 労働基準法の適用除外: 残業代や有給休暇、解雇規制などの縛りがなくなります。
数字だけ見れば、会社のコストを劇的に削減できるように見えます。
税務署が見ているのは「形式」ではなく「実態」
しかし、税務署や労働基準監督署が見ているのは、契約書のタイトルではありません。 「その働き方の実態が、本当に業務委託と言えるのか?」 という、本質的な部分です。
たとえ「業務委託契約書」を交わしていても、
- 毎日決まった時間に、会社のオフィスに出勤させている
- 会社の指示に従って、細かい業務の進め方を命令している
- 他の会社の仕事をすることを禁止している(専属性が高い)
- 時給や月給のように、時間で報酬を計算している
このような実態があれば、それは 「偽装請負」と判断され、税務上は「給与」 として扱われます。
「給与」と認定された場合の悲劇
税務調査で「これは給与である」と認定された場合、その影響は甚大です。
- 消費税の追徴: 仕入税額控除が否認され、過去に遡って多額の消費税を追徴されます。
- 源泉所得税の追徴: 給与として源泉徴収すべきだった所得税の納付漏れを指摘され、追徴されます。
- 社会保険料の追徴: 年金事務所の調査が入り、過去2年分に遡って、会社負担分・個人負担分双方の社会保険料を請求される可能性があります。
- 労働基準法違反: 最悪の場合、労働基準監督署から是正勧告を受け、未払いの残業代などを請求されるリスクもあります。
特に、今いる従業員を無理やり業務委託に切り替えるような行為は、不当解雇として訴訟に発展する可能性も否定できません。
一つの節税のつもりが、会社の存続を揺るがすほどのダメージになりかねないのです。
もちろん、動画編集者やデザイナー、コンサルタントなど、明確に成果物で対価を支払うフリーランスの方に、適切な業務委託契約で仕事を発注することは、何ら問題ありません。危険なのは、実態が「雇用」であるにもかかわらず、形式だけを「業務委託」と偽ることなのです。
危険スキーム③:実態なき関連会社を使った「利益の付け替え」
最後に、古くから存在する古典的でありながら、最も悪質な手法の一つをご紹介します。
「儲かっている会社とは別に、赤字の会社や休眠会社を作り、そこにコンサル料などの名目で経費を支払うことで、利益を付け替えて節税する」
これは、節税というより、もはや 「租税回避」あるいは「脱税」 の領域です。
スキームの仕組み
例えば、あなたの会社(A社)で1,000万円の利益が出たとします。このままでは約250万〜300万円の法人税がかかります。
そこで、実態のないペーパーカンパニー(B社)や、過去に大きな赤字を抱えている友人・知人の会社(B社)に、「経営コンサルティング料」として800万円を支払ったことにします。
- A社: 利益が200万円に圧縮され、法人税は約50万円に激減。
- B社: 800万円の売上が立つが、過去の赤字と相殺されて利益はゼロ。法人税もかからない。
こうして、グループ全体で納税額を不当に圧縮しようというのが、このスキームの狙いです。
なぜ、これが絶対にバレるのか?
税務署は、このような不自然な取引を絶対に見逃しません。特に、 「関連会社間取引」や「同族会社間取引」 は、利益操作が行われやすいため、税務調査において最も厳しくチェックされるポイントの一つです。
調査官は、こう考えます。
「なぜ、A社はB社に800万円もの高額なコンサル料を支払う必要があったのか?」
「その対価として、B社は具体的にどのような役務を提供したのか?その証拠(議事録、報告書、成果物など)はあるのか?」
「その800万円という金額は、第三者間の取引であったとしても支払う、客観的に妥当な金額なのか?」
実態のない取引であれば、これらの問いに答えることはできません。結果として、この800万円の経費は 「架空経費」または「寄附金」 として認定されます。
最も重いペナルティ「重加算税」
実態のない取引による利益の付け替えは、単なる申告ミスとは全く異なり、 「意図的に税金を免れようとした」 と見なされる、極めて悪質な行為です。
そのため、追徴される本税に加えて、 最も重いペナルティである「重加算税」(最大で本税の40%) が課される可能性が非常に高くなります。場合によっては、刑事罰の対象にすらなり得ます。
もちろん、複数の会社を経営すること自体が悪いわけではありません。業種を分けたり、ブランディングを分けたり、将来の事業売却を見据えたりと、経営上の全うな理由があって会社を分けるのは、有効な戦略です。
危険なのは、ただ 「節税のためだけ」 に実態のない会社を作り、そこに不当な利益を流すことなのです。
まとめ:王道に勝る近道なし。健全な経営こそが最大の節税
今回は、SNSなどで見かけることの多い、危険な節税スキーム3選について、そのリスクを詳しく解説しました。
- 過大な出張旅費日当: 世間相場から逸脱した金額は「役員賞与」と認定され、ダブル課税のリスク。
- 実態なき業務委託化: 「偽装請負」と判断されれば、消費税、源泉所得税、社会保険料のトリプル追徴リスク。
- 関連会社への利益付け替え: 「脱税」と見なされ、重加算税という最も重いペナルティが課されるリスク。
これらのスキームに共通しているのは、「実態」を無視し、形式だけを取り繕って税金を免れようとする点です。しかし、税務の世界では、常に 「実質課税の原則」 が貫かれています。どんなに巧妙な契約書や名目を用意しても、その取引の実態が伴っていなければ、すべて無に帰すのです。
本当の節税とは、怪しい裏ワザに頼ることではありません。
日々の経費を漏れなく計上し、出張旅費日当のような認められた制度を常識の範囲内で活用し、青色申告の特典を最大限に享受し、国が用意した共済制度で将来に備える。
このような、一見地味で、当たり前のことをコツコツと積み重ねていくこと。そして、節税で浮いたキャッシュを、無駄遣いするのではなく、会社の成長のために再投資していくこと。
健全で力強い事業を育てることこそが、結果として最大の節税に繋がるのです。
どうか、目先の利益や甘い言葉に惑わされることなく、王道を歩む経営を続けていただきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。