「今年の利益、どうしようか…」
決算が近づくと、多くの社長がこの究極の問いに頭を悩ませます。
利益をできるだけ役員報酬として個人に移し、法人税を極限まで節税するべきか。それとも、個人の手取りは抑え、利益を会社に 「内部留保」 として蓄え、万が一に備えるべきか。
この「役員報酬 vs 内部留保」問題は、まさに社長の経営哲学そのものを映し出す鏡であり、会社の未来を左右する極めて重要な意思決定です。
「会社に利益を残しても、それを将来役員報酬で取ったら、法人税と所得税で二重課税になるのでは?」
「それなら、最初から役員報酬を多く取って、会社は赤字にしてでも法人税を払わない方が得じゃないか?」
結論から申し上げると、二重課税のリスクを理解した上で、それでもなお、私は中小企業こそ「内部留保」を重視すべきだと考えています。
この記事では、
- なぜ「内部留保」が重要なのか?その本当の理由
- 「役員報酬で取る vs 会社に残す」6つのパターン徹底シミュレーション
- 二重課税は本当に起こるのか?その検証と対策
- あなたの会社に最適な「役員報酬」と「内部留保」の黄金比率の見つけ方
を、具体的な数字を使いながら、誰にでも分かるように徹底解説します。この記事を最後までお読みいただければ、あなたの会社の財務を強くし、10年後も生き残るための「お金の哲学」がきっと見つかるはずです。
前提知識:法人と個人の税金の仕組みをおさらい
本題のシミュレーションに入る前に、法人と個人の税金がどのように計算されるのか、その基本構造を簡単におさらいしておきましょう。この違いを理解することが、今回のテーマの出発点となります。
法人の税金:比較的シンプルな構造
法人の利益(所得)にかかる税金は、主に「法人税」「法人住民税」「法人事業税」の3つです。これらをひっくるめた実効税率は、会社の規模や所得によりますが、中小企業の場合はおおよそ25%〜35%の範囲に収まることが多く、比較的安定しています。
法人税の税率自体は、所得が年800万円以下の部分は15%、800万円を超える部分は23.2%という2段階構造になっています。
そして、社長に支払う 「役員報酬」 は、一定のルール(定期同額給与など)を守れば、全額を会社の経費にすることができます。役員報酬を多く支払えば、会社の利益はその分減少し、法人税の負担も軽くなる、というわけです。
社長個人の税金:稼ぐほど負担が増える「超過累進税率」
一方、社長が役員報酬として受け取ったお金には、個人の税金がかかります。これが非常に厄介です。
- 社会保険料: 健康保険と厚生年金で、報酬額のおよそ 15% が個人負担として天引きされます。(会社も同額を負担)
- 所得税・住民税: 報酬額から給与所得控除や各種所得控除を差し引いた「課税所得」に対して課税されます。
ここで最も重要なのが、所得税に適用される 「超過累進税率」 です。これは、所得が高くなればなるほど、階段状により高い税率が課される仕組みです。
課税される所得金額 | 税率(所得税+住民税) |
195万円以下 | 15% |
195万円超 330万円以下 | 20% |
330万円超 695万円以下 | 30% |
695万円超 900万円以下 | 33% |
900万円超 1,800万円以下 | 43% |
1,800万円超 4,000万円以下 | 50% |
4,000万円超 | 55% |
ご覧の通り、高額所得者になると、収入の半分以上が税金と社会保険料で消えていくという現実があります。
法人税の節税のために役員報酬を増やしても、今度は個人側でこの重い税負担が待ち受けている。この 法人と個人の税率の「歪み」 をどうマネジメントするかが、社長の腕の見せ所なのです。
【徹底検証】本当に二重課税は起こるのか?6つのシミュレーション
それでは、いよいよ本題です。「会社に利益を残し、それを後から役員報酬で取ると二重課税になるのでは?」という疑問を、具体的な数字を使って検証していきましょう。
【シミュレーションの前提条件】
- ある会社が3年間事業を行ったと仮定します。
- 各年の利益(役員報酬を支払う前)は、1期目:400万円、2期目:800万円、3期目:800万円とします。(3年間の合計利益は2,000万円)
- 税金の計算は、独身・40歳以上の社長をモデルに簡略化しています。
ケース①:全額内部留保(役員報酬ゼロ)
まず、極端な例として、3年間役員報酬を一切取らず、利益をすべて会社に残した場合を見てみましょう。
- 法人税の負担: 各年の利益に法人税がかかります。
- 1期目: 400万 × 25% = 100万
- 2期目: 800万 × 25% = 200万
- 3期目: 800万 × 25% = 200万
- 3年間の法人税合計:500万円
- 個人(社長)の税負担: 役員報酬ゼロなので、当然0円です。
【結果】法人・個人トータルの税負担:500万円
これは、会社を強くするという観点では最強のパターンです。しかし、社長の生活が成り立たないため、現実的ではありません。あくまで、他のケースと比較するための「基準値」として捉えてください。
ケース②:最後にまとめて役員報酬2,000万円
次に、1期目、2期目は役員報酬をゼロにして内部留保し、3期目に溜まった利益2,000万円を一括で役員報酬として受け取った場合です。
- 法人税の負担:
- 1期目、2期目はケース①と同じく、合計300万円の法人税が発生。
- 3期目は、利益800万円から役員報酬2,000万円を支払うため、1,200万円の大赤字。法人税は均等割(約7万円)のみ発生。
- 3年間の法人税合計:約307万円
- 個人(社長)の税負担:
- 3期目に年収2,000万円を受け取るため、社会保険料・所得税・住民税の合計は、約691万円という凄まじい金額になります。
【結果】法人・個人トータルの税負担:約998万円
ケース①のほぼ2倍です。これは、まさにご指摘通りの「二重課税」が発生している状態です。
1期目、2期目に法人税を支払った後の利益(1,200万円)を原資に役員報酬を支払っているため、その部分に法人税と個人の高額な所得税が二重にかかっています。
さらに、超過累進税率の罠にはまり、一つの年に所得を集中させたことで、極めて高い税率が適用されてしまいました。これは、絶対にやってはいけない最悪のパターンです。
ケース③:全額役員報酬(内部留保ゼロ)
では、毎年出た利益をすべて役員報酬として受け取り、会社の利益を常にゼロ(内部留保ゼロ)にした場合はどうでしょうか。
- 法人税の負担:
- 毎年、利益と同額の役員報酬を支払うため、会社の利益はゼロ。法人税は均等割(年7万円)のみ。
- 3年間の法人税合計:21万円
- 個人(社長)の税負担:
- 1期目(年収400万): 約88万円
- 2期目(年収800万): 約209万円
- 3期目(年収800万): 約209万円
- 3年間の個人税負担合計:約506万円
【結果】法人・個人トータルの税負担:約527万円
ケース①の500万円よりは若干高くなりますが、ケース②の約1,000万円と比べると劇的に負担が軽くなりました。所得を3年間に平準化したことで、超過累進税率の影響を最小限に抑えられたことが大きな要因です。
短期的な税負担だけを見れば、このパターンは非常に優秀に見えます。
《中間考察》
ここまでの3つのシミュレーションで、
「利益を溜め込んで一気に取ると、二重課税と累進課税で大損する」
「毎年きっちり利益を報酬で取った方が、税金面では有利に見える」
ということが分かりました。
では、なぜ私はそれでも「内部留保」を勧めるのでしょうか。
それは、会社経営は3年で終わるわけではないからです。ケース①の内部留保した会社には、税金を引いても1,500万円(2000万 – 500万)という分厚いキャッシュが残っています。このお金をどう活用するかで、未来は大きく変わるのです。
ケース④:内部留保後に会社を清算した場合
ケース①で内部留保した会社が、3期目の終わりに事業をやめて会社を清算したとします。残った財産(1,500万円)は、株主である社長に分配されます。これを「みなし配当」といい、総合課税の対象となります。
- 法人税の負担: ケース①と同じ500万円。
- 個人(社長)の税負担: 1,500万円のみなし配当に対し、配当控除などを考慮しても、約580万円の税金がかかります。
【結果】法人・個人トータルの税負担:約1,080万円
ケース②よりもさらに悪い結果となりました。これは、役員報酬と違って「給与所得控除」という強力な控除が使えないためです。利益を溜め込んだ会社を、何の計画もなしに急に清算すると、深刻な税負担が待っているのです。
ケース⑤:内部留保後に役員退職金で受け取る場合(短期在任)
では、会社を辞める際に、溜め込んだ利益を 「役員退職金」 として受け取ったらどうでしょうか。
退職金は、給与や配当に比べて税制上非常に優遇されています。しかし、この優遇措置(退職所得控除)は、役員としての勤続年数が長いほど有利になります。
ここでは、勤続年数が3年と短いため、優遇措置が十分に活かせないケースを見てみます。
- 法人税の負担: ケース②と同じく約307万円。
- 個人(社長)の税負担: 2,000万円の退職金を受け取りますが、勤続年数が短いため優遇措置が限定的。社会保険料はかかりませんが、所得税・住民税は約642万円かかります。
【結果】法人・個人トータルの税負担:約949万円
ケース②よりは少しマシになりましたが、依然として高負担です。退職金プランも、短期決戦では効果が薄いことが分かります。
ケース⑥:内部留-保後に役員退職金で受け取る場合(長期在任・理想形)
最後に、最も現実的で、私が目指すべきだと考えるパターンです。
長年(例えば20年)会社を経営し、コツコツと内部留保を積み重ね、引退時に2,000万円を退職金として受け取ったと仮定します。
- 法人税の負担: ケース⑤と同じく約307万円。
- 個人(社長)の税負担: 長期勤続による退職所得控除がフルに活用できるため、2,000万円の退職金にかかる所得税・住民税は、わずか約235万円にまで激減します。
【結果】法人・個人トータルの税負担:約542万円
【シミュレーション結果のまとめ】
ケース | 内容 | トータル税負担 |
① | 全額内部留保(役員報酬ゼロ) | 500万円(※ただし、お金は会社の中) |
② | 最後にまとめて役員報酬 | 約998万円(最悪) |
③ | 全額役員報酬(内部留保ゼロ) | 約527万円 |
④ | 内部留保後に会社清算 | 約1,080万円(最悪) |
⑤ | 退職金で受け取る(短期) | 約949万円 |
⑥ | 退職金で受け取る(長期・理想形) | 約542万円(ベストに近い) |
この結果から、 「毎年利益をすべて役員報酬で取る(ケース③)」ことと、「内部留保し、将来退職金で計画的に受け取る(ケース⑥)」 ことは、最終的な税負担において大きな差がない、という驚きの事実が見えてきます。
なぜ私は、それでも「内部留保」を強く勧めるのか
シミュレーション結果だけを見れば、「毎年全部取っても、将来退職金で取っても、税金はあまり変わらないじゃないか」と思われるかもしれません。
それでも私が内部留保を強く推奨するのには、この数字には表れない、経営の根幹に関わる4つの理由があります。
理由①:金融機関からの評価が劇的に向上し、資金調達が有利になる
これが最大の理由です。
建設業や製造業のように、仕入れ代金の支払いが売上金の入金より先に来る業種では、事業が拡大すればするほど「運転資金」が必要になります。自己資金だけでは賄えず、銀行からの融資が不可欠です。
銀行が融資審査で最も重視するのが、決算書の 「純資産の部」 です。内部留保(利益剰余金)は、この純資産の部に蓄積されます。
内部留保が厚い会社は、「儲ける力があり、財務基盤が安定している優良企業」と評価され、融資を受けやすくなります。逆に、毎年利益をゼロにしている会社は、「利益体質でない、いつ潰れてもおかしくない会社」と見なされ、融資の土俵にすら上がれない可能性があります。
内部留-保は、会社の「信用力」そのものなのです。
理由②:「潰れにくい会社」を作ることができる
経営は、常に順風満帆とは限りません。コロナショックのような予期せぬ事態、大口取引先の倒産、急なトラブル対応など、いつキャッシュが底をつくか分からないリスクと隣り合わせです。
手元にキャッシュがなければ、会社はあっという間に倒産します。社長個人が会社にお金を貸し付ける(役員借入金)という手もありますが、毎年報酬を全額使い切っていたら、その原資もありません。
内部留保は、不測の事態に耐えうる会社の「体力」 です。厚い内部留保は、嵐の海を乗り越えるための、何よりの保険となるのです。
理由③:未来への投資の原資を確保できる
会社を成長させるためには、設備投資、人材採用、研究開発、マーケティングなど、未来への投資が不可欠です。これらの投資の原資は、銀行からの借入か、自社の内部留保しかありません。
内部留-保が潤沢にあれば、チャンスが来た時に、借入に頼らずともスピーディーに、そして大胆に投資を行うことができます。
理由④:個人の高すぎる税負担を回避できる
理由の①から③は会社の体力の話でしたが、社長個人の視点でもメリットがあります。役員報酬を数千万円単位で受け取ると、その半分近くが税金と社会保険料で消えていきます。
もちろん、高い報酬を得ることは一つの成功の証ですが、手残りを考えた時に、それが本当に効率的なお金の受け取り方なのか、という視点を持つことも重要です。報酬を適切な水準に抑え、残りを会社で運用し、将来税負担の軽い退職金で受け取る、という 「時間軸を使った資産形成」 は、極めて合理的な戦略なのです。
まとめ:あなたの経営哲学はどちらですか?
この記事の核心を、最後にまとめます。
- 会社にプールした利益を、後から役員報酬で一気に取ると、二重課税と超過累進税率のダブルパンチで大損する。これは絶対に避けるべき。
- 「毎年、利益をすべて役員報酬で取る」のと、「内部留-保を続け、将来計画的に退職金で受け取る」のでは、最終的な税負担に大きな差は生まれにくい。
- しかし、会社の「信用力」「体力」「成長力」という観点では、「内部留保」が圧倒的に優れている。
もちろん、経営のスタイルに唯一の正解はありません。
「会社は自分の財布。リスクを取ってでも、個人の手取りを最大化したい」
という考え方も、一つの経営哲学です。その場合は、内部留-保をゼロにする戦略も良いでしょう。ただし、その際は、いざという時に個人から会社にお金を貸せるよう、個人資産をしっかりと貯めておく必要があります。
「会社を社会の公器として、10年、20年と継続させ、大きく成長させたい」
という考え方であれば、目先の個人の手取りよりも、内部留-保を優先すべきです。会社の財務基盤を固めることが、結果として社長自身の資産を最大化することに繋がります。
重要なのは、これらのメリット・デメリットをすべて理解した上で、社長自身が「どちらの道を選ぶのか」を明確に意思決定することです。
役員報酬と内部留保のバランスをどう取るか。それは、あなたの会社をどのような未来に導きたいのか、という問いそのものなのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。