「いやいや社長、これは経費で落とせますよ」
税理士との打ち合わせで、こんな風に言われた経験はありませんか?
経営者にとって「経費で落とせる」という言葉は、何とも言えない魅力と安心感を与えてくれます。利益を圧縮し、納税額を抑える「節税」は、会社のキャッシュを最大化し、事業の成長を加速させるための重要な経営戦略です。
しかし、その一方で、
「節税のために、必要のない高級車を買ってしまった…」
「決算前に慌てて消耗品を買い込んだが、資金繰りが苦しくなった…」
というように、節税を意識するあまり、かえって会社のお金を減らしてしまう 「やってはいけない節税」 に陥っているケースも少なくありません。
この記事は、個人事業主やフリーランス向けに語られることが多い「節税テクニック」を、法人経営者、特にマイクロ法人や中小企業の社長様の視点から再解釈し、 「会社と個人の両方にお金を残すための本質的な考え方」 を学ぶための完全ガイドです。
この記事を最後までお読みいただければ、巷に溢れる節税情報に振り回されることなく、あなたの会社にとって本当に有益な「やるべき節税」と、避けるべき「やってはいけない節税」を明確に見極められるようになります。
結論からお伝えします。社長が「やるべき節税」4つの原則
本題のランキングに入る前に、まず最も重要な結論からお伝えします。数多ある節税策の中で、経営者が積極的に検討すべき「良い節税」には、必ず以下の4つの原則のいずれかが当てはまります。
- 原則①:お金の支出を伴わない節税
何かを買ったり支払ったりすることなく、手続きや工夫だけで税金を減らせる方法です。これは、キャッシュフローを一切損なわない、まさに理想の節税と言えます。 - 原則②:お金が出ていっても、将来「貯まる」節税
支払ったお金が消費されて消えるのではなく、将来の自分や会社のために「資産」として積み立てられる方法です。これは、節税と貯蓄・資産形成を同時に実現する、極めて賢いお金の使い方です。 - 原則③:どうせ支払う「生活費の一部」を活用する節税
社長個人の生活のために、いずれにせよ支払わなければならない支出の一部を、合理的な根拠に基づいて会社の経費として計上する方法です。公私混同とは一線を画す、ルールの範囲内での最適化です。 - 原則④:事業成長に不可欠な「必要な投資」としての節税
無駄遣いではなく、将来の売上や利益につながる「必要な投資」を、税制上の優遇措置を活用して行う方法です。節税が、事業成長のアクセルになります。
これからご紹介する節税策が、この4つの原則のどれに当てはまるのかを意識しながら読み進めてみてください。そうすることで、単なるテクニックの羅列ではなく、節税の本質が見えてくるはずです。
節税を語る前に – 所得税の計算構造を理解する
なぜ節税策が有効なのかを深く理解するために、個人の所得税がどのように計算されるのか、その基本構造を簡単におさらいしておきましょう。この構造を知ることで、各節税策が「どこに効くのか」が明確になります。
所得税の計算は、大きく3つのステップで進みます。
- STEP1:所得金額の計算
収入(売上) – 必要経費 = 所得金額
個人事業の場合、これが事業の「儲け」にあたる部分です。経費を漏れなく計上することが、この段階での節税の基本となります。 - STEP2:課税所得の計算
所得金額 – 所得控除 = 課税所得金額
STEP1で計算した「儲け」から、さらに個人の生活事情などを考慮した「所得控除」を差し引きます。扶養家族の有無や生命保険の加入状況などで金額が変わります。 - STEP3:税額の計算
課税所得金額 × 税率 = 所得税額
最終的に、STEP2で算出された課税所得に税率をかけて、納めるべき税額が決定します。
ここで重要なのが、個人の所得税に適用される 「超過累進税率」 という仕組みです。これは、所得が高くなればなるほど、より高い税率が課されるという階段状の税率構造です。
課税される所得金額 | 税率(所得税) |
195万円以下 | 5% |
195万円超 330万円以下 | 10% |
330万円超 695万円以下 | 20% |
695万円超 900万円以下 | 23% |
900万円超 1,800万円以下 | 33% |
1,800万円超 4,000万円以下 | 40% |
4,000万円超 | 45% |
(これに加えて、住民税が原則10%、復興特別所得税がかかります) |
この超過累進税率の存在が、「所得を一人に集中させず、分散させる」という節税策(例:家族への給与支払い、法人化)がなぜ有効なのか、という理由に繋がっていきます。
それでは、この基本構造を踏まえた上で、いよいよ節税策ランキングTOP9を見ていきましょう。
【完全保存版】これは経費で落とせる!節税テクニックランキングTOP9
ここでは、個人事業主が活用できる節税策の中から、特に効果が大きく、法人経営者も知っておくべき9つのテクニックをランキング形式でご紹介します。
【第9位】法人成り
個人事業主にとっての「最終兵器」とも言えるのが、会社を設立して法人化する 「法人成り」 です。ある程度の利益(所得)が出ている個人事業主にとっては、これが最もインパクトの大きい節税策となり得ます。
【なぜ法人成りが節税になるのか?】
- 税率構造の違い: 個人の所得税が最大45%(+住民税10%)の超過累進税率であるのに対し、法人税率は所得800万円を境にした2段階ではあるものの、ほぼ一定です。所得が高くなるほど、個人よりも法人の方がトータルの税負担が軽くなる「分岐点」が存在します。
- 社長への給与(役員報酬): 法人化すると、社長自身に「役員報酬」という形で給与を支払うことができます。この役員報酬は会社の経費になり、さらに社長個人は「給与所得控除」という、サラリーマンと同じ概算経費が認められるため、二重に節税効果が生まれます。
- 経費にできる範囲の拡大: 生命保険料や社宅など、個人事業では経費にしにくいものが、法人では経費として認められる範囲が広がります。
【注意点】
よく「売上1,000万円を超えたら法人成り」と言われますが、これは消費税の納税義務が発生する基準であり、節税の観点からは必ずしも正しくありません。判断すべきは売上ではなく 「利益(所得)」 です。
おおよその目安として、課税所得が400万円〜500万円あたりを超えてくると、法人化による税務メリットが、社会保険料の負担増などのデメリットを上回ってくる可能性が高まります。
【第8位】少額減価償却資産の特例
これは、 原則①「必要な投資」 に該当する節税策です。
通常、パソコンや机、応接セットなど、10万円以上する備品は「資産」として計上し、数年にわたって少しずつ経費化(減価償却)しなければなりません。
しかし、青色申告をしている個人事業主や中小企業には特例があり、取得価額が30万円未満の資産であれば、購入したその年に全額を経費として計上することができます。(年間の合計限度額は300万円)
【活用ポイント】
「節税のために」と決算前に慌てて不要なものを買うのは本末転倒です。しかし、「ちょうどパソコンを買い替えたかった」「新しいソフトウェアが必要だった」というような、事業成長に必要な投資であれば、この特例を活用しない手はありません。
30万円未満という基準を意識して備品を選ぶことで、キャッシュフローの改善と納税額の抑制を両立できます。
【注意点】
在庫として抱える商品や材料の仕入れは、この特例の対象外です。あくまで事業で「使用する」備品が対象となります。
【第7位】経営セーフティ共済(倒産防止共済)
これは、 原則②「貯まる節税」 の一種です。
経営セーフティ共済は、取引先が倒産して売掛金などが回収できなくなった場合に、無担保・無保証人で融資を受けられる制度です。本来は連鎖倒産を防ぐためのセーフティネットですが、税務上の大きなメリットがあります。
【節税メリット】
支払った掛金(月額5千円〜20万円、最大800万円まで)を、その全額、事業の必要経費にすることができます。
【最大の注意点:出口戦略】
この共済の最大のポイントであり、注意点が 「解約時の出口」 です。40ヶ月以上掛金を支払っていれば、解約時に掛金の100%が戻ってきます。しかし、この解約返戻金は、個人の場合、その年の事業所得(雑収入)として全額が課税対象になります。
つまり、何も対策をしなければ、これまで経費にしてきた分が一気に所得として上乗せされ、高額な税金が発生する「税金爆弾」になりかねません。
法人の場合は、この解約金を役員の退職金に充てることで、税負担の少ない「退職所得」として受け取ることができますが、個人事業主にはこの出口がありません。事業を廃業するタイミングで大きな赤字と相殺するなど、計画的な解約が必須となる、上級者向けの節税策と言えます。
【第6位】純損失の繰越控除
これは、原則①「お金の支出を伴わない節税」の代表格です。
青色申告をしている場合、事業で赤字(純損失)が出た年に、その赤字を翌年以降3年間にわたって繰り越すことができます。
例えば、1年目に100万円の赤字が出て、2年目に150万円の黒字が出たとします。通常なら150万円の黒字に対して課税されますが、この制度を使えば、1年目の赤字100万円と相殺し、2年目の課税対象となる所得を50万円に圧縮することができるのです。
起業したての頃は赤字が出やすいもの。この制度は、過去の苦労を将来の税負担軽減に繋げてくれる、経営者にとって心強い味方です。
【番外編】ふるさと納税
「ふるさと納税」は厳密には「節税」ではありません。なぜなら、納める税金の総額が減るわけではなく、本来自分の住む自治体に納める住民税の一部を、応援したい別の自治体に「寄付」という形で前払いする制度だからです。
では、なぜこれほど人気なのでしょうか。それは、寄付をした自治体から、寄付額に応じた 「返礼品」(地域の特産品など)を受け取ることができる からです。自己負担2,000円で、お米やお肉、果物などがもらえるため、実質的に非常にお得な制度と言えます。
所得が高い経営者ほど、寄付できる上限額も大きくなるため、そのメリットを最大限に享受できます。
【第5位】確定債務(未払費用)の計上
地味ですが、着実に効果を発揮するのが、この 原則①「お金の支出を伴わない節税」 です。
経費に計上できるかどうかの判断基準は、「お金を支払った日」ではありません。「その費用を支払う義務が確定した日(債務確定日)」が基準となります。
これを「発生主義」と呼びます。
【具体例】
- クレジットカード払い: 12月中に事業用の備品をカードで購入。実際の引き落としが翌年の1月や2月でも、購入した12月分の経費として計上できます。
- 固定資産税: 年4回に分けて納付する固定資産税。12月末時点でまだ支払っていない翌年2月納期分も、納税通知書が届いた時点で支払義務は確定しているため、12月分の経費(未払金)として計上できます。
- 従業員の給与: 末締め翌月10日払いの給与。12月分の給与は、支払いが翌年1月でも、12月分の経費として計上します。
決算の際には、こうした「まだ支払っていないけれど、義務は確定している費用」を漏れなく集計し、経費に計上することで、キャッシュアウトを伴わずに所得を圧縮することができます。
【第4位】家事関連費の按分
これは、 原則③「生活費の一部を活用する節税」です。
個人事業主の場合、事業とプライベートの境界が曖昧になりがちです。そこで、一つの支出の中に事業用と私用の両方が混在している費用を「家事関連費」 と呼びます。
【対象となる費用の例】
- 自宅兼事務所の家賃、水道光熱費、通信費
- プライベートと兼用している自動車のガソリン代、保険料、減価償却費
- 仕事でも使うスマートフォンの通信料
これらの費用は、全額を経費にすることはできませんが、 「事業の遂行上必要であり、その必要である部分を、合理的な基準で明確に区分できる場合」 に限り、事業用部分を経費として計上できます。
「合理的な基準」とは、例えば家賃であれば事務所として使用している部屋の面積割合、自動車であれば走行距離の事業利用割合などです。なぜその割合になるのか、税務署に説明できる根拠をきちんと用意しておくことが重要です。
【第3位】青色事業専従者給与
これも原則③に近いですが、所得分散による強力な節税策です。
原則として、生計を共にする家族に支払った給与は経費にできません。しかし、「青色申告」をして、事前に届出を提出することで、 配偶者や親族に支払った給与を全額経費にできる「青色事業専従者給与」 という特例があります。
【活用ポイント】
この制度の最大のメリットは 「所得の分散」 です。前述の通り、日本の所得税は超過累進税率なので、所得が一人の人間に集中すると税率がどんどん上がってしまいます。
例えば、社長一人が500万円の所得を得るよりも、社長が300万円、配偶者が200万円というように所得を分けた方が、世帯全体でかかる税金と社会保険料の合計額は、多くの場合で低くなります。
「事業に専ら従事していること」「支払う給与が仕事内容に見合った妥当な金額であること」などの要件はありますが、家族で事業を営んでいる場合には絶大な効果を発揮します。
【第2位】青色申告特別控除
栄えある第2位は、 原則①「お金の支出を伴わない節税」の王様、「青色申告特別控除」 です。
正規の簿記の原則(複式簿記)に従って帳簿を作成し、電子申告(e-Tax)を行うことで、所得金額から最大で65万円を無条件に控除することができます。
【その効果は絶大】
課税所得が65万円減るインパクトは非常に大きいです。例えば、適用される所得税・住民税の合計税率が30%の方であれば、65万円 × 30% = 19.5万円もの税金が、帳簿をきちんとつけるだけで減るのです。
会計ソフトを使えば、複式簿記での記帳も決して難しくありません。青色申告をしないという選択は、毎年約20万円を道に捨てているようなもの、と言っても過言ではないでしょう。
【第1位】小規模企業共済
そして、堂々の第1位に輝いたのは、 原則②「貯まる節税」の最高峰、「小規模企業共済」 です。
これは、国が作った「個人事業主や小規模企業の経営者のための退職金制度」です。
【最強と言われる理由】
- 掛金が全額「所得控除」になる: 毎月の掛金(1千円〜7万円)の全額が、経費ではなく「所得控除」の対象になります。課税所得を直接減らすため、節税効果が非常に高いです。
- 将来のためにお金が貯まる: 支払った掛金は、将来自分が事業を辞めたり、退職したりする際に、退職金として受け取ることができます。節税しながら、自分の老後資金を積み立てられるのです。
- 受け取るときも税制優遇: 受け取る際には、税負担が非常に軽い「退職所得控除」や「公的年金等控除」が適用されるため、出口での税金も心配いりません。
- 高い安全性と貸付制度: 国が運営しているため安全性が高く、予定利率も1%で運用されます。また、いざという時には、積み立てた掛金の範囲内でお金を借りることもできます。
「貯蓄性」「節税効果」「安全性」の三拍子が揃った、経営者であれば真っ先に加入を検討すべき、まさに王道の節税策です。
節税の落とし穴 – 「節税貧乏」になっていませんか?
ここまで、効果的な節税策をご紹介してきましたが、最後に最も重要な注意点をお伝えします。それは、 「節税と資金繰りのバランス」 です。
ある社長が、利益1,000万円に対して税金が350万円かかる見込みだったとします。「この税金をなんとかしたい」と考え、500万円分の設備投資や備品購入を行いました。
その結果、利益は500万円に減り、税金は175万円に半減しました。節税は大成功です。
しかし、手元のキャッシュはどうなったでしょうか。
- 節税前: 1,000万円 – 350万円 = 手残り 650万円
- 節税後: 1,000万円 – 500万円(支出) – 175万円(税金) = 手残り 325万円
税金は175万円減りましたが、手元に残ったお金は325万円も減ってしまいました。これが 「節税貧乏」 の正体です。
節税は、会社のキャッシュを増やすために行うべきです。目先の納税額を減らすことだけを目的とした、キャッシュを過度に流出させる節税は、会社の体力を奪い、資金繰りを悪化させる危険な行為です。
まとめ:節税は目的ではない。会社を強くするための「手段」である。
今回は、個人事業主向けの節税策を基に、すべての経営者に通じる「お金を残すための知恵」を9つのランキング形式で解説しました。
最後に、改めて「やるべき節税」の4原則を振り返りましょう。
- お金の支出がない節税(青色申告特別控除など)
- 将来に貯まる節税(小規模企業共済など)
- 生活費の一部を活用する節税(家事関連費の按分など)
- 必要な投資としての節税(少額減価償却資産の特例など)
あなたの会社で検討している節税策が、この4つのどれかに当てはまるか、そしてキャッシュフローを悪化させないか。この2つの視点を持つだけで、経営判断の質は格段に向上します。
節税は、それ自体が目的ではありません。節税によって生み出されたキャッシュを、事業の成長や、社員への還元、そして社長自身の豊かな人生のためにどう活用していくか。そこまで考えて初めて、節税は真に価値のある経営戦略となるのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。