事業を長年続けてこられた方、あるいは一度は法人化したものの、様々な事情で会社を閉めることを検討されている方もいらっしゃるかもしれません。特にこの数年は、社会情勢の変化により、業績悪化に苦しむ企業も少なくありません。
会社設立時には未来への期待に胸を膨らませたことでしょう。しかし、残念ながら会社を閉める決断をする時も、実は設立時と同様に「計画性」が非常に重要になってきます。
「もう疲れたから、今すぐ会社を閉めたい…」
そのお気持ちは痛いほどよく分かります。しかし、焦って会社を閉じてしまうと、思わぬ税負担に苦しむことになる可能性があるのです。
今回は、会社を閉める際に発生する 「みなし配当課税」 という落とし穴とその対策を中心に、損しないための正しい会社の畳み方について解説していきます。これは決して後ろ向きな話ではありません。会社を清算し、新たな一歩を踏み出すための有益な情報として、ぜひ最後までお読みください。
まず結論:自己資本が厚い会社は「ゆっくり」「計画的」に閉めるべし!
いきなり結論からお伝えします。
自己資本(純資産)が厚い会社は、すぐに解散するのではなく、ゆっくりと時間をかけて、計画的に会社を閉めていくことをお勧めします。
「うちは万年赤字で、自己資本なんて全然ないよ…」という会社の方、ご安心ください。そのようなケースでは、今回解説する税金の問題はほとんど発生しません。
しかし、もしあなたの会社がこれまで利益を積み重ね、自己資本が潤沢になっているのであれば、注意が必要です。会社を設立した時と同じように、会社を閉める時もぜひ専門家を交え、計画的に手続きを進めていきましょう。
会社を閉めた時に税金がかかる正体「みなし配当」とは?
会社を閉める際に発生する、思わぬ税負担の正体。それが 「みなし配当」 です。これは一体どういうことなのでしょうか?
まず、会社の決算書には大きく分けて2種類あります。
- PL(損益計算書): 売上や費用、残った利益を示すものです。
- BS(貸借対照表): 会社の財産状況を示すものです。
みなし配当の問題は、このうち BS(貸借対照表) と密接に関わってきます。
貸借対照表の構造と自己資本
貸借対照表は、会社の財産(資産)と、その財産の調達源泉(負債と自己資本)を示しています。
- 資産: 現金、預金、売掛金、建物、機械など、会社が所有する財産。
- 負債: 借入金、買掛金など、返済義務のあるもの。
- 自己資本(純資産): 資産から負債を差し引いた、返済義務のない「会社の純粋な財産」です。
この自己資本は、さらに「資本金」と「剰余金(利益剰余金など)」に分けられます。
- 資本金: 会社を設立する際に、株主(多くの場合、一人社長自身)が会社に出資したお金です。
- 利益剰余金: 会社が事業活動を通じてこれまで稼いできた利益から、法人税などの税金を差し引いた残りの累積額です。会社が利益を上げ、配当などをせずに内部に留保していくと、この利益剰余金が積み上がっていきます。
つまり、会社の自己資本が厚いということは、「資本金」や「利益剰余金」が多額に積み上がっている状態を指します。
PLとBSの関係:利益は自己資本に蓄積される
会社の事業活動は、貸借対照表にある資産や技術などを活用して、売上や利益を生み出していきます。損益計算書で算出された税引後の利益は、最終的に貸借対照表の 自己資本(特に利益剰余金) に加算されていきます。これを「内部留保」と呼びます。
この利益剰余金は、本来であれば株主への配当金の財源となります。
「みなし配当」が発生する仕組み
「みなし配当」とは、 「本来は配当金ではないけれども、法人税法上、配当金とみなして課税されるもの」 を指します。
会社を解散し、清算する手続きの中で、最終的に会社に残った財産(「残余財産」と呼びます)を株主に分配することになります。この時、株主が会社に出資した資本金を超える金額の残余財産を受け取った場合に、その超える部分が「みなし配当」として課税されるのです。
なぜこのような課税が行われるかというと、会社が稼いだ利益には、一度「法人税」がかかっています。その税引後の利益が株主の手に渡る際、もし何の課税もなければ、その利益に対して個人が税金を払わないことになり、不公平が生じるためです。
ただし、 会社が債務超過(資産よりも負債が多い状態)であれば、株主に出資したお金すら戻ってこないため、みなし配当の問題は発生しません。 みなし配当は、会社が健全な状態で利益を積み上げてきた場合にのみ発生する問題なのです。
みなし配当にかかる税金は重い!その実態と控除制度
では、この「みなし配当」に対して、具体的にどれくらいの税金がかかるのでしょうか?
例えば、自己資本が1,000万円積み上がっている会社で、当初の資本金が100万円だったとします。この会社を清算して残余財産を分配する際、株主は出資額100万円を差し引いた900万円を受け取ることになります。この900万円が「みなし配当」として扱われます。
総合課税の落とし穴
「配当金だから、税率は2割くらいでしょ?」と軽く考えてはいけません。非上場会社の配当金は、 「総合課税」 の対象となります。
総合課税とは、給与所得や事業所得など、他の所得と合算して税率が計算される方式です。所得金額が大きくなればなるほど、適用される税率が高くなる 「超過累進税率」 が適用されます。
所得税の超過累進税率は以下の通りです(令和5年4月現在)。
| 課税される所得金額 | 所得税率 | 控除額 |
| 195万円以下 | 5% | 0円 |
| 195万円超 330万円以下 | 10% | 97,500円 |
| 330万円超 695万円以下 | 20% | 427,500円 |
| 695万円超 900万円以下 | 23% | 636,000円 |
| 900万円超 1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
| 1,800万円超 4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
| 4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
これに加えて、一律10%の住民税もかかります。
もし、みなし配当が900万円で、他に所得がないと仮定した場合、所得税は約146万円、住民税は約90万円となり、合計で約236万円もの税金がかかることになります。もし他に多額の役員報酬などを受け取っていれば、さらに税負担は増加します。
二重課税を排除する「配当控除」
しかし、ここで少し安心してください。このままでは、会社が法人税を支払い、さらに株主個人も税金を支払うという 「二重課税」 の状態になってしまいます。
この二重課税を排除するための制度として 「配当控除」 というものがあります。配当控除を適用することで、みなし配当にかかる税負担を軽減することができます。
配当控除を最大限活用できる場合、先ほどの900万円のみなし配当にかかる税金は、所得税約56万円、住民税約65万円となり、合計約121万円程度まで下がります。
それでも、会社を閉めるという大変な時に120万円もの税金がかかるのは、決して軽くない負担です。しかし、ご安心ください。このみなし配当課税を避けて、税負担を抑えながら会社を閉める方法があります。
みなし配当課税を避けて、税負担を抑えながら会社を閉める方法
最後に、みなし配当課税を回避し、賢く会社を畳むための具体的な対策を見ていきましょう。
1. M&Aなどによる外部への事業売却
もしあなたの会社に、長年培ってきた顧客基盤、優れた技術、優秀な社員などがいるのであれば、会社を清算するのではなく、M&A(合併・買収)によって外部に売却するという選択肢を検討してみてください。
事業を存続させることで、顧客や社員の雇用を守れるだけでなく、会社を売却する側の税負担を抑えられる可能性があります。
通常、オーナー社長が保有する会社の株式を売却する場合、その売却益には 「分離課税」 が適用されます。分離課税の場合、株の売却益にかかる税率は約20%(所得税・復興特別所得税15.315%、住民税5%)で一定です。会社の株価にもよりますが、みなし配当として総合課税されるよりも、税負担が低く抑えられる可能性があります。
事業の売却は専門的な知識が必要ですが、信頼できる専門家(税理士、M&A仲介業者など)に相談することで、最適な売却方法を見つけることができます。
2. 休眠などを活用し、残余財産の確定を急がない
会社をすぐに解散・清算するのではなく、一時的に「休眠」させるという方法もあります。
会社を休眠させながら、役員報酬として会社の自己資本を取り崩していくイメージです。ただし、完全に休眠してしまうと事業活動がないため、役員報酬を支払うことに無理が生じます。そのため、「半休眠」のような形で事業を徐々に縮小し、時間をかけて自己資本を減らしていくのが理想的です。
会社を休眠させた場合、法人住民税の均等割(最低でも年間7万円程度)が発生し続けますが、都道府県や市町村に「異動届」を提出することで、この均等割の支払いもストップできる場合があります(ただし、これは事業活動を完全に停止している場合に限られます)。
しかし、単に休眠させるだけでは、自己資本が減るわけではないため、いつか会社を清算する際にはみなし配当の問題は残ります。あくまで時間を稼ぎ、次の対策を行うための期間と捉えましょう。
3. 事業を縮小しつつ、数年に分けて役員報酬を取り続ける
最も現実的な対策の一つが、事業を徐々に縮小しながら、数年にわたって役員報酬を取り続け、自己資本(特に利益剰余金)を減らしていく方法です。
役員報酬は会社の費用となるため、利益を減らし、結果として自己資本を減らすことができます。みなし配当が発生しない水準まで自己資本を減らしてから会社を清算すれば、この問題は回避できるのです。
ただし、役員報酬は「定期同額」である必要がありますし、事業規模に対して「不相当に高額」な役員報酬は否認される可能性があるため、税理士と相談しながら慎重に金額を設定することが重要です。
4. 適正な役員退職金を活用する
もしあなたがまだ役員退職金を受け取っていないのであれば、会社を清算する前に、適正な範囲内で役員退職金を受け取ることを検討しましょう。
退職金は、個人の所得税計算において「退職所得控除」という非常に大きな優遇措置が受けられます。このため、役員報酬として受け取るよりも、税負担を大幅に抑えることが可能です。
役員退職金の「適正額」とは?
役員退職金の適正額には、一般的に以下の算式が用いられます。
最終報酬月額 × 在籍年数 × 功績倍率
- 最終報酬月額: 退職直前の役員報酬の月額。
- 在籍年数: 社長として在籍していた年数。
- 功績倍率: 一般的には、代表取締役社長で3倍前後と言われています(法律で定められているわけではありません)。
例えば、最終報酬月額5万円で30年間社長を務め、功績倍率3倍の場合、退職金は約450万円となります。
【注意点】
- 役員報酬の事前調整: 会社の自己資本が厚くても、普段から役員報酬が低額すぎると、退職金もあまり多く取れません。そのため、会社を閉めることを数年前から計画し、計画的に役員報酬を上げておくなどの準備が必要になります。
- 不相当に高額な退職金は否認される: 直前に役員報酬を大幅に引き上げたり、事業規模に合わない高額な退職金を設定したりすると、税務署に否認される可能性があります。同業種・同規模の法人の役員退職金の水準と比較され、乖離が大きい場合は適正額を超える部分が否認されることがあります。
- 退職金規定の整備: 事前に退職金規定を整備し、上記のような算定方法を明記しておくことが望ましいです。
退職金増税の動向にも注意
現在、「退職金増税」に関する議論も一部で取り沙汰されています(最終確定ではありません)。もし退職金制度が改正されるようなことがあれば、その影響も考慮に入れる必要があります。iDeCo(個人型確定拠出年金)なども活用しつつ、退職金をより効率的に受け取る方法についても、専門家と相談して検討しましょう。
まとめ:会社を閉める時も「計画性」が重要
今回の内容を改めてまとめます。
- 債務超過の会社は心配不要: 自己資本がない会社は、みなし配当の問題はほとんど発生しません。
- 自己資本が厚い会社は要注意!: すぐに解散せず、ゆっくりと計画的に会社を閉めていくことが重要です。
- みなし配当課税の回避策: M&Aによる売却、休眠・縮小、数年にわたる役員報酬の取り崩し、適正な役員退職金の活用などを検討しましょう。
- 専門家との連携: 会社を設立する時と同様に、会社を閉める時も税理士、司法書士、弁護士といった専門家と連携し、綿密な計画を立てて手続きを進めることが、余計な税負担を避け、スムーズに新たな一歩を踏み出すための鍵となります。
「会社を辞めてもらうと、税理士のお客さんが減るから困るんじゃないの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、会社を辞めるという最終決断は社長ご自身が行うものです。その決断が下されたのであれば、私たちは次のスタートに向けて、社長を全力でサポートする責務があると考えています。
この記事が、会社を閉めることを検討されている皆さんにとって、有益な情報となり、明るい未来への一助となれば幸いです。