「利益は出ているはずなのに、なぜか手元にお金が残らない…」
「決算書上は黒字なのに、資金繰りがいつも苦しい…」
このような悩みを抱えている経営者や事業主の方は、決して少なくありません。実は、倒産する企業の約3社に1社は、決算書上では黒字だったという衝撃的なデータがあります。これが、いわゆる「黒字倒産」です。
なぜ、利益が出ているという良好な状態にもかかわらず、会社は倒産という最悪の事態に陥ってしまうのでしょうか?
その答えは、多くの人が混同しがちな「利益」と「現金(キャッシュ)」の違いに隠されています。この記事では、黒字倒産のメカニズムを、決算書の具体的な数字を交えながら分かりやすく解き明かし、あなたの会社を倒産の危機から守るための具体的な対策を、徹底的に解説していきます。
黒字倒産とは?多くの企業が陥る「利益と現金のズレ」の正体
まず、黒字倒産の根本的な原因を理解するために、「利益」と「お金(現金)」が全くの別物であるという大原則を理解する必要があります。
「利益」と「現金(キャッシュ)」は全くの別物
会計の世界では、売上が確定した時点(商品やサービスを提供した時点)で収益を計上する「発生主義」という考え方が基本です。たとえ代金の入金が翌月や翌々月であっても、売上が立った瞬間に帳簿上の「利益」は生まれます。
一方で、「現金」は実際に手元にあるお金そのものです。売上の入金がなければ現金は増えませんし、仕入れ代金や経費、税金、借入金の返済などを支払えば現金は減っていきます。
つまり、帳簿上で利益が出ていても、現金の出入りがうまくいっていなければ、手元の現金は枯渇してしまうのです。会社が倒産するのは、赤字が続いたからではありません。支払うべきお金が払えなくなったとき、つまり「資金ショート」したときに倒産するのです。
この「利益」と「現金」の動きのタイムラグこそが、黒字倒産を引き起こす最大の要因といえるでしょう。
日本の企業の6〜7割は赤字という現実
そもそも、日本国内の企業のうち、黒字経営ができているのは全体のわずか3〜4割程度といわれています。残りの6〜7割は赤字経営という厳しい現実があります。
その中で「黒字である」ということは、それ自体が非常に価値のある、優れた経営状態であるといえます。しかし、その「優れたはずの会社」でさえ、資金繰りという視点を欠いてしまうと、いとも簡単に倒産の危機に瀕してしまうのです。
【事例で分析】黒字なのに倒産寸前?危険な決算書の特徴
それでは、具体的にどのような決算書が「黒字倒産の危険信号」を発しているのでしょうか。ここに、一見すると優良企業に見える、ある会社の決算書(簡略版)があります。この決算書から、黒字倒産のメカニズムを紐解いていきましょう。
一見優良企業に見える決算書(PLとBS)
会社の健康状態を見るためには、主に2つの書類を確認します。それが「損益計算書(PL)」と「貸借対照表(BS)」です。
■損益計算書(PL: Profit and Loss Statement)
これは、一定期間(通常は1年間)の経営成績、つまりどれだけ儲かったかを示す書類です。
勘定科目 | 金額 |
売上高 | 5,000万円 |
売上原価 | 3,500万円 |
売上総利益(粗利) | 1,500万円 |
販売費及び一般管理費 | 1,350万円 |
営業利益 | 150万円 |
税引前当期純利益 | 150万円 |
法人税等 | 50万円 |
当期純利益 | 100万円 |
この損益計算書を見ると、最終的に100万円の黒字(当期純利益)を確保できています。先述の通り、多くの企業が赤字の中で黒字を達成しているのですから、この時点では「良い会社」に見えます。
■貸借対照表(BS: Balance Sheet)
これは、決算日時点での会社の財産状況、つまり「資産」「負債」「純資産」のバランスを示す書類です。
資産の部 | 前期 | 当期 | 負債・純資産の部 | 前期 | 当期 |
現金預金 | 600 | 200 | 買掛金 | 400 | 400 |
売掛金 | 300 | 300 | 未払金 | 100 | 100 |
商品(在庫) | 400 | 1,000 | 長期借入金 | 800 | 900 |
貸付金 | 0 | 100 | 負債合計 | 1,300 | 1,400 |
建物 | 500 | 400 | 資本金 | 500 | 500 |
土地 | 500 | 500 | 利益剰余金 | 400 | 500 |
純資産合計 | 900 | 1,000 | |||
資産合計 | 2,300 | 2,500 | 負債・純資産合計 | 2,300 | 2,500 |
(単位:万円) |
この貸借対照表を見て、どのように感じますか?
一見すると、資産が前期の2,300万円から当期の2,500万円に増えており、問題ないように思えるかもしれません。
さらに、企業の財務健全性を示す重要な指標である「自己資本比率」を計算してみましょう。
自己資本比率とは、総資本(負債+純資産)のうち、返済不要の自己資本(純資産)がどれくらいの割合を占めるかを示す指標です。
計算式:自己資本比率(%) = 純資産 ÷ 総資本 × 100
この会社の当期の自己資本比率は、
1,000万円 ÷ 2,500万円 × 100 = 40%
となります。
一般的に、自己資本比率は20%以上で優良、40%を超えると「超優良企業」と評価されます。銀行なども、この水準の会社を「まず潰れないだろう」と高く評価します。
つまりこの会社は、
- 損益計算書(PL)ではしっかりと黒字を出している。
- 貸借対照表(BS)では自己資本比率40%の超優良企業である。
これだけの情報を見ると、誰もが「素晴らしい会社だ」と判断するでしょう。しかし、この会社はすでに資金ショート寸前の、極めて危険な状態にあるのです。
貸借対照表に隠された「倒産の危機」
なぜ、この超優良企業が倒産寸前なのでしょうか。その答えは、BSの「資産の部」の中身と、現金の動きにあります。
この会社の決算日は3月31日だと仮定します。
決算日をまたいで、翌月に支払いや入金の予定があるとしましょう。
- 翌月の支払い予定:買掛金(仕入れ代金の未払い分)400万円
- 翌月の入金予定:売掛金(販売代金の未回収分)300万円
ここで、現在の現金預金の額を確認してください。200万円しかありません。
この状況で、翌月に400万円の支払いが先にやってきたらどうなるでしょうか?
手元の現金は200万円しかないので、差額の200万円が支払えません。この時点で「資金ショート」となり、会社は倒産してしまいます。
たとえその後に300万円の入金が控えていたとしても、支払日に現金がなければ意味がないのです。これが、黒字倒産の典型的なパターンです。利益が出ていても、自己資本比率が高くても、支払日に払うべき現金がなければ、会社は終わりなのです。
黒字倒産を招く5つの致命的な原因
では、なぜこの会社はこのような危険な状態に陥ってしまったのでしょうか。貸借対照表(BS)を詳しく分析すると、黒字倒産につながる致命的な原因が5つ見えてきます。
原因1:過剰な在庫(売れない資産の増加)
BSを見ると、「商品(在庫)」が前期の400万円から当期の1,000万円へと、実に600万円も増加しています。これは、600万円分の現金が、倉庫に眠る「商品」というモノに姿を変えてしまったことを意味します。
もし、この在庫増加がなければ、現金預金は200万円+600万円=800万円あったはずです。それだけあれば、翌月の400万円の支払いも問題なくクリアできたでしょう。
「ロットで仕入れると単価が安くなるから」といった理由で過剰に在庫を抱えることは、一見するとコスト削減のように見えますが、実際には会社の現金を食いつぶし、資金繰りを悪化させる大きな原因となります。売れなければ、それはただの不良資産です。
原因2:売掛金の回収遅延と買掛金の支払い先行
前述の通り、この会社は「支払い(400万円)が先」で「入金(300万円)が後」というキャッシュフローになっています。これを「支払いサイトが短く、入金サイトが長い」状態といいます。
これは資金繰りにおいて最も危険なパターンのひとつです。常に現金の不足に悩まされることになり、売上が伸びれば伸びるほど、必要な運転資金も増えていき、資金繰りはさらに苦しくなります。
原因3:不要な固定資産(土地・建物)の購入
BSには「建物 400万円」「土地 500万円」が計上されています。これらもまた、現金を別の形の資産に変えてしまった結果です。
特に「土地」は注意が必要です。土地は会計上、価値が減らない(減価償却しない)資産とされているため、何年持っていても経費として計上することができません。つまり、税金を減らす効果が全くないのです。
ただ会社の現金を拘束するだけの「お荷物」になってしまう可能性があります。もし、この土地500万円を購入していなければ、その分だけ手元の現金は潤沢だったはずです。
原因4:安易な貸付金
見過ごされがちですが、BSの資産の部に「貸付金 100万円」という項目が新たに出現しています。これは、会社のお金を誰か(例えば役員や関連会社など)に貸している状態です。
銀行から見れば、これは最悪の行為です。銀行は「あなたの会社の事業を成長させるため」にお金を貸しているのであって、それを又貸しされることを想定していません。このような貸付金がBSにあると、「この会社は貸したお金を別のところに流している」と判断され、今後の融資が非常に厳しくなります。
この100万円も、本来であれば会社の現金預金として手元にあるべきお金です。
原因5:借入金の性急な返済
「借金は悪だ」「早く返済して無借金経営を目指すべきだ」と考えている経営者は多いかもしれません。しかし、これもまた資金繰りを悪化させる大きな勘違いです。
この会社のBSを見てみましょう。「長期借入金」は前期の800万円から当期の900万円へと、100万円増えています。これは、資金繰りを考えれば正しい判断です。
もし仮に、「借金は減らすべきだ」と考えて、この1年間で借入金を逆に100万円返済していたらどうなっていたでしょうか?現金預金は、現在の200万円からさらに100万円減少し、100万円になっていたはずです。そうなれば、倒産の危機はより深刻になっていたでしょう。
事業を継続し、成長させていく限りにおいて、銀行からの借入金は返済するものではなく、むしろ増やしていくべきものです。借入金という「他人資本」をうまく活用することで、手元の現金を温存し、事業成長のスピードを加速させることができるのです。
黒字倒産を回避する!今すぐ始めるべき資金繰り改善策
では、このような黒字倒産の危機を回避し、健全で力強い経営を続けるためには、具体的に何をすれば良いのでしょうか。ここからは、今すぐ実践できる5つの鉄則をご紹介します。
鉄則1:現金預金を最優先で確保する(固定費の3~6ヶ月分が目安)
何よりも重要なのは、利益よりも現金を重視することです。常に会社の現金預金の残高を意識し、それを最大化することに全力を注ぐべきです。
一つの目安として、販管費などの月々かかる固定費の最低でも3ヶ月分、理想をいえば6ヶ月分の現金預金を常に確保しておくことを目指しましょう。
例えば、この事例の会社では販管費が1,350万円(年間)なので、月々の固定費は約112万円です。その6ヶ月分となると、約670万円。それくらいの現金があれば、多少の売上変動や急な支払いが発生しても、慌てることなく対応できます。お金の余裕は、心の余裕、そして経営判断の余裕につながります。
鉄則2:支払いサイトと入金サイトを交渉で見直す
資金繰りを劇的に改善する強力な方法が、取引先との支払い・入金サイクルの見直しです。目指すべきは「入金はできるだけ早く、支払いはできるだけ遅く」です。
「そんな交渉、取引先に失礼ではないか」「業界の慣習だから変えられない」と思うかもしれません。しかし、意外にも交渉してみると、あっさり受け入れてもらえるケースは多々あります。
- 入金サイトの短縮交渉:「誠に恐縮ですが、弊社の資金繰りの都合上、来月から前金でのご入金をお願いできないでしょうか」とお願いしてみる。あるいは、月末締め翌月末払いを、月末締め翌月15日払いに短縮してもらう。
- 支払いサイトの延長交渉:仕入先に対して、「支払日を15日から月末に変更していただくことは可能でしょうか」と相談してみる。
言うだけならタダです。ダメ元で交渉してみる価値は十分にあります。たった数日、数週間サイクルが変わるだけで、会社の資金繰りは大きく好転するのです。
鉄則3:「持たない経営」で不要な資産を減らす
黒字倒産の原因で挙げた「在庫」「土地」「貸付金」といった、現金以外の資産は、できるだけ持たないように心がけることが重要です。これらはすべて、会社の現金を拘束し、いざという時に役に立たない「お荷物」になる可能性があります。
- 在庫:過剰在庫は持たない。必要な分だけを仕入れるジャストインタイム方式を目指す。
- 固定資産:自社ビルや土地は持たず、オフィスは賃貸にする。設備も購入ではなくリースを検討する。
- 貸付金:会社のお金は絶対に貸さない。
- 有価証券やゴルフ会員権など:本業に関係のない投資は行わない。
これら「持たない経営」を徹底することで、現金はどんどん会社に貯まっていきます。会社のスリム化は、財務体質の強化に直結するのです。
鉄則4:借入金を恐れず、事業成長のレバレッジとして活用する
前述の通り、借入金は「悪」ではありません。むしろ、事業を成長させるための強力な「味方」です。黒字で経営が順調なときほど、銀行は喜んでお金を貸してくれます。
借りたお金を手元に置いておけば、それは強力なセーフティネットになります。そして、その資金を使って人材を採用したり、マーケティングに投資したりすることで、さらなる売上と利益を生み出すことができます。
無借金経営は一見聞こえは良いですが、それは成長の機会を逃していることにもなりかねません。適切なレバレッジ(てこの原理)を効かせることで、会社はより早く、より大きく成長できるのです。
鉄則5:決算日だけでも現金を最大化する「決算対策」
銀行は、あなたの会社の「決算書」を見て融資の判断をします。特に重視するのが、決算日時点での現金預金の残高です。
であるならば、決算日という「その1日」だけでも、現金預金をできるだけ多く見せるというテクニックも有効です。例えば、以下のような方法が考えられます。
- 決算日前に、役員などから一時的にお金を借りて会社の口座に入金しておく(短期借入金)。
- もし貸付金があるなら、決算日までに一度返済してもらう。
- 売掛金の回収を少し早めてもらうようお願いする。
このようにして決算書の見栄えを良くすることで、銀行からの評価が上がり、より有利な条件で融資を受けられる可能性が高まります。そして、その融資によってさらに資金繰りが安定するという好循環を生み出すことができるのです。
健全な経営の土台は「黒字」と「潤沢なキャッシュ」の両立
ここまで、黒字倒産を回避するための資金繰りの重要性について解説してきました。しかし、大前提として忘れてはならないのは、事業でしっかりと利益を出す(黒字にする)ことです。
いくら資金繰りがうまくても、事業がずっと赤字続きでは、いずれ必ず資金は底をつきます。
まずはお金を借りるなどして手元の現金を確保する。そして、その確保した資金を使って、事業を黒字化するための戦略(マーケティング、商品開発、人材採用など)に投資する。
この順番が非常に重要です。お金がない状態では、黒字化のための有効な一手も打てません。まずは「キャッシュ(現金)」、次に「プロフィット(利益)」。この両輪が揃って初めて、会社は持続的に成長していくことができるのです。
まとめ:あなたの会社の決算書は大丈夫ですか?
今回は、「黒字倒産」というテーマで、そのメカニズムと対策について詳しく解説しました。最後に、重要なポイントをもう一度おさらいします。
- 黒字倒産の原因:利益と現金の動きのズレ。「儲かっている」ことと「お金がある」ことは違う。
- 危険なサイン:BS(貸借対照表)における「現金預金」の減少と、「在庫」「固定資産」「貸付金」といった現金以外の資産の増加。
- 5つの回避策:
- 現金預金を最優先で確保する(固定費の3~6ヶ月分)
- 支払い・入金サイトを交渉で見直す(入金は早く、支払いは遅く)
- 「持たない経営」で不要な資産を減らす
- 借入金を恐れず、レバレッジとして活用する
- 決算日だけでも現金を最大化する
あなたの会社の決算書は、いかがでしょうか?もし、この記事で挙げたような危険な兆候が見られる場合は、決して放置せず、すぐに対策を講じてください。
利益を出すことはもちろん重要ですが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に「会社にお金を残す」という視点を持つことが、会社を10年、20年と存続させるための鍵となります。この記事が、あなたの会社の健全な未来を築く一助となれば幸いです。