「うちの会社に限って、税務調査なんて来ないだろう…」
「毎年、真面目に申告しているから大丈夫なはずだ」
日々、誠実に経営に取り組んでいる社長の皆様ほど、そのように信じたい気持ちが強いかもしれません。しかし、税務調査は決して他人事でも、運が悪かったから来るものでもありません。
税務署は、限られた人員と時間の中で、最も効率的に追徴課税を見込める先を、明確な基準に基づいて選定しています。つまり、税務調査には 「狙われやすい申告書」 というものが、確かに存在するのです。
もし、あなたの会社の決算書や、あなた個人の確定申告書が、その「危険な特徴」に当てはまっていたとしたら…? ある日突然、税務署から一本の電話がかかってくる可能性は、決してゼロではありません。
この記事では、税務調査官がどのような視点で申告書をチェックし、どこに「不正の匂い」を嗅ぎつけるのか、その具体的な特徴を7つに絞って徹底的に解説します。この記事を読み終える頃には、あなたの会社の申告書が抱えるリスクを自己診断し、今すぐ打つべき対策が見えてくるはずです。
なぜ税務調査が行われるのか?調査官の視点
本題に入る前に、調査官がどのような考えで調査対象を選んでいるのか、その根本的な視点を理解しておくことが重要です。
彼らのミッションは、 「公平な課税を実現し、国の財源を確保すること」 です。そのために、膨大な申告データの中から、「申告内容と実態が乖離している可能性が高い」「誤りや不正を指摘すれば、大きな追徴税額が見込める」といった申告書を、効率的に探し出そうとします。
彼らは、単に数字の辻褄が合っているかを見るだけではありません。その数字の裏側にある 「事業の実態」や「経営者の生活感」 までを想像し、「この数字は不自然ではないか?」という疑いの目を持って、申告書を分析しているのです。
それでは、調査官が「不自然だ」と感じる、具体的な7つの特徴を見ていきましょう。
特徴①:所得が極端に少ない申告
意外に思われるかもしれませんが、所得が極端に少ない申告書は、税務調査の格好のターゲットとなり得ます。調査官は、申告された所得額を見て、まずこう考えます。
「この所得だけで、本当に生活できているのだろうか?」
例えば、社長個人の確定申告で、事業所得が年間100万円にも満たないのに、都心の一等地に住み、高級車に乗っているとしたら、どうでしょうか。その生活を支えるお金が、どこか別のところから出ているのではないか、と疑うのは当然です。
調査官が疑うポイント
- 生活レベルとの乖離:
SNSの投稿や、過去の申告データなどから推測される生活レベルと、申告所得が著しく見合っていない場合、隠された収入源(申告していない売上や、プライベートな副業収入など)の存在を疑います。 - 役員報酬と役員貸付金の関係:
法人の場合、社長への役員報酬を意図的に低く設定し、会社の利益をプールしているケースがあります。しかし、社長の生活費が足りない分を会社から引き出していると、それは 「役員貸借金」 となります。この役員貸付金が多額にのぼっている場合、「実質的な給与(賞与)ではないか?」と見なされ、源泉徴収漏れを指摘される大きな要因となります。 - 家族構成との不一致:
扶養家族が多いにもかかわらず、所得が極端に少ない場合も、生活実態との矛盾を疑われます。
所得が少ないことは、一見すると税務署にとって「旨味」がないように見えます。しかし、「本来あるべき所得を隠している」という疑念を抱かせるには、十分すぎるほどの危険なサインなのです。
特徴②:売上が「1,000万円の壁」に限りなく近い
売上が900万円台後半、特に980万円や990万円といった、1,000万円のラインギリギリで申告されている場合、調査官のレーダーは敏感に反応します。
なぜなら、課税売上高が1,000万円を超えるかどうかが、消費税の納税義務が発生する大きな分かれ目だからです。
調査官は、このような申告書を見ると、こう推測します。
「消費税の納税を免れるために、意図的に売上を一部除外したり、来期に繰り延べたりしているのではないか?」
2023年10月から始まったインボイス制度により、免税事業者であっても、取引先の要請でインボイス登録(課税事業者になること)を選択するケースが増えました。しかし、それでもなお、売上を1,000万円未満に抑えることで、消費税の納税を回避したいという動機は存在します。
調査官がチェックする具体的なポイント
- 期末間際の売上の動き:
決算月の売上が、他の月に比べて不自然に少なかったり、逆に翌期の期首の売上が突出して多かったりしないか。 - 現金商売の売上管理:
飲食店や小売店など、現金でのやり取りが多い業種では、レジの記録や日報と、申告されている売上に乖離がないかを細かくチェックします。 - 取引先への反面調査:
疑いが強い場合は、取引先に連絡を取り、「〇〇社への支払いは、年間で本当にこの金額でしたか?」と確認する「反面調査」が行われることもあります。
1,000万円の壁ギリギリの申告は、「私は消費税を払いたくありません」と、自ら税務署にアピールしているようなもの。特に注意が必要です。
特徴③:所得が逆に高い申告
所得が低い場合とは逆に、所得が非常に高い申告も、当然ながら税務調査の主要なターゲットとなります。理由はシンプルで、 「追徴できる税額が大きい」 からです。
高所得者の申告内容に少しでも誤りや不正があれば、多額の追徴課税に繋がるため、税務署としては調査の費用対効果が高いのです。
調査官が抱く疑念
- 「もっと節税できるはずなのに、していないのはなぜか?」:
高所得の個人事業主が、税率的に有利なはずの法人化をしていない場合、「法人化できない何かやましい理由があるのでは?」と勘繰られることがあります。 - 「これだけ儲かっているなら、経費の使い方にも綻びがあるのではないか?」:
利益が大きくなると、経費の管理が甘くなりがちです。プライベートな支出を経費に紛れ込ませていないか、より厳しくチェックされます。 - 「所得が急に減少したのはなぜか?」:
これまで順調に高い所得を維持してきたにもかかわらず、特定の年に所得が急減した場合、その理由を合理的に説明できなければ、「売上を隠蔽したのではないか」と疑いの目を向けられます。
高所得者であるということは、それだけで「税務署から注目されている」という意識を持ち、より一層、正確でクリーンな申告を心がける必要があります。
特徴④:減価償却費の計上が不自然
機械設備や車両、高額なソフトウェアなど、事業用の資産は、一度に経費にするのではなく、 「減価償却」 という手続きで、数年にわたって分割して経費計上します。
この減価償却の計算は、専門知識がないと間違いやすく、税務調査でも指摘されやすいポイントの一つです。
よくある間違いと調査官の視点
- 耐用年数の誤り:
資産の種類ごとに法律で定められている「法定耐用年数」を間違えて、本来よりも短い年数で償却し、単年度の経費を過大に計上してしまうケース。 - 中古資産の耐用年数の計算ミス:
中古資産を購入した場合、耐用年数は特別な計算方法で算出しますが、この計算を誤りやすいです。 - 少額減価償却資産の特例の誤用:
青色申告の中小企業者等は、30万円未満の資産を一括で経費にできる特例がありますが、その適用要件を正しく理解せずに、対象外の資産に適用してしまうケース。
調査官は、高額な資産の減価償却が計上されている場合、その資産が本当に事業に使われているのか(事業供用)、取得価額は正しいか、そして耐用年数の設定は適切か、という点を必ず確認します。計算ミスは、意図的でなくとも、結果として過少申告に繋がるため、厳しく指摘されます。
特徴⑤:特定の経費科目が突出して高い、または急増している
申告書全体のバランスも、調査官は注意深く見ています。売上高や過去の実績と比較して、特定の経費が不自然に大きい、あるいは急に増えている場合、そこには不正が隠されている可能性が高いと判断します。
特に狙われやすい経費科目
- 外注費:
実態は雇用している従業員なのに、社会保険料の負担を逃れるために「外注費」として処理していないか。また、実態のない架空の外注先に支払ったことにしていないか。請求書や契約書の内容、作業の実態まで細かく調べられます。 - 交際費:
家族や友人との私的な飲食代が、事業のための接待であるかのように偽装されていないか。「誰と、いつ、どこで、何のために」支出したのかを明確に説明できない交際費は、真っ先に否認されます。 - 雑費:
内容が曖昧な支出を何でもかんでも「雑費」として計上していると、「中身をごまかしているのではないか」と疑われます。雑費は、全体の経費の中で数%程度に収めるのが理想です。
過去の申告データとの比較も重要です。例えば、売上が横ばいなのに、交際費だけが前年の3倍に増えていたりすると、「その増加には、合理的な理由があるのか?」と、必ず説明を求められることになります。
特徴⑥:家族への給与支払いが不自然
家族を役員や従業員にして給与を支払うことは、所得を分散し、世帯全体の手取りを増やすための有効な節税策の一つです。しかし、それは 「勤務実態に見合った、適正な金額」 である場合に限られます。
この家族への給与は、税務調査において最も厳しくチェックされる項目の一つです。
調査官が確認するポイント
- 勤務の実態はあるか?:
名前を貸しているだけで、実際には全く出勤も業務もしていない「名ばかり役員・従業員」ではないか。タイムカードや業務日報、メールのやり取りなど、働いていた客観的な証拠を求められます。子供に給与を支払っている場合は、学校の授業時間と勤務時間が重なっていないか、といった点まで確認されることがあります。 - 給与の金額は適正か?:
他の従業員や、同業他社の同等の業務内容と比較して、支払っている給与が不当に高額ではないか。例えば、簡単な事務作業しかしていない配偶者に、月50万円もの給与を支払っていれば、その適正性が厳しく問われます。
家族への給与は、客観的な証拠に基づき、誰が見ても納得できる説明ができなければ、経費として認められず、社長個人への賞与と見なされてしまうリスクがあります。
特徴⑦:現金商売なのにキャッシュレス決済の導入が遅れている
これは近年の傾向ですが、飲食店や美容室、小売店などの現金商売の業種で、クレジットカードやQRコード決済といったキャッシュレス決済の導入が全く進んでいない場合、調査官は「現金売上を意図的に除外(抜いて)いるのではないか」という疑いを持ちやすくなります。
キャッシュレス決済は、すべての取引記録がデータとして残るため、売上のごまかしが困難です。逆に言えば、現金のみの取引は、売上操作の温床となりやすいと見なされるのです。
もちろん、キャッシュレスを導入しないことに合理的な理由があれば問題ありませんが、世の中の流れに逆行するような経営形態は、調査官の好奇心を刺激する一因となり得ます。
まとめ:最強の税務調査対策は「来ても問題ない」準備をすること
ここまで、税務調査に狙われやすい申告書の特徴を7つ解説してきました。
- 所得が極端に少ない
- 売上が1,000万円の壁ギリギリ
- 所得が逆に高い
- 減価償却費の計上が不自然
- 特定の経費科目が突出・急増している
- 家族への給与支払いが不自然
- 現金商売なのにキャッシュレス導入が遅れている
これらの特徴に共通して言えるのは、 「申告された数字と、客観的な事実や社会通念との間に『不自然なズレ』がある」 ということです。
では、税務調査のリスクを最小限に抑えるためには、どうすればよいのでしょうか。
その答えは、 「いつ調査が来ても、何も問題がない状態を日常的に作っておく」 ことです。
- 証拠書類(エビデンス)の徹底的な保管:
すべての取引について、請求書、領収書、契約書、議事録などの客観的な証拠を整理・保管する。 - 公私混同を徹底的に排除する:
会社の経費と個人の支出は、明確に区別する。少しでも迷ったら、経費に入れない勇気を持つ。 - 専門家(税理士)をパートナーにする:
自己流の判断は、意図しない誤りを生みます。信頼できる税理士に日頃から相談し、プロの目でチェックしてもらうことが最大の防御策です。特に、税理士が申告内容の正しさを保証する 「書面添付制度」 を活用すれば、税務調査に発展するリスクを大幅に低減できます。
税務調査は、「来ないように祈る」ものではありません。「来ても大丈夫」と胸を張って言えるだけの、誠実でクリーンな経理体制と申告を、日頃から心がけること。それこそが、経営者が取るべき、最強の税務調査対策なのです。
最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。