「自分が生涯をかけて築き上げた会社と資産を、どうすれば円満に、そして賢く次世代へ引き継げるだろうか…」
会社の経営に日々心血を注いでいる社長の皆様にとって、「事業承継」と「相続」は、避けては通れない、そして極めて重要な経営課題の一つです。
しかし、この相続という一大イベントにおいて、 「相続税」 が、いかに多くの家庭でトラブルの火種となり、そして税務署から厳しい目を向けられているかをご存知でしょうか。
国税庁の発表によれば、相続税の税務調査が行われた場合、実に8割以上のケースで何らかの申告漏れが指摘されています。これは、他の税目と比べても突出して高い割合です。
「うちはそんなに資産家じゃないから大丈夫」
「ちゃんと税理士に任せれば問題ないだろう」
もし、そのようにお考えでしたら、少しだけ立ち止まってください。相続税の申告漏れは、富裕層だけの問題ではありません。知識不足や、ほんの少しの勘違いが、数千万円単位の追徴課税や、家族間の争いを引き起こす引き金となり得るのです。
この記事では、経営者とそのご家族が将来直面するであろう「相続税」と「贈与税」について、絶対に知っておくべき知識を徹底的に解説します。税務調査で最も狙われる 「名義預金」の恐ろしさから、賢い資産移転の鍵となる「生前贈与」 の正しい活用法、そして、あなたの会社と家族を守るための専門家の選び方まで、網羅的にお伝えしていきます。
第1章:なぜ相続税は狙われるのか?税務調査の実態と恐怖
まず、なぜ相続税の申告は、これほどまでに税務署から厳しいチェックを受けるのでしょうか。その理由は、大きく分けて2つあります。
理由1:納税者の知識不足と複雑な財産評価
相続は、ほとんどの人にとって一生に一度か二度しか経験しない出来事です。そのため、多くの人が相続税に関する正しい知識を持っていません。
さらに、相続財産は預貯金だけでなく、自社株式、不動産、生命保険、有価証券など多岐にわたります。特に、非上場である自社株式や不動産の評価は極めて専門的で複雑です。これらの知識不足や評価の誤りが、意図せずして申告漏れを生み出す温床となっているのです。
理由2:税務署はすべてお見通し「KSKシステム」の存在
「税務署が、亡くなった人の財産をどうしてそんなに詳しく知っているんだ?」と疑問に思うかもしれません。
その答えは、国税庁が誇る最強のデータベース 「KSK(国税総合管理)システム」 にあります。
このシステムには、個人の過去の確定申告データ、給与や報酬の支払調書、不動産の登記情報、保険金の支払情報など、あらゆるお金の流れが蓄積されています。
税務署は、人が亡くなると、このKSKシステムを使って、故人の生前の所得や資産状況を徹底的に分析します。そして、提出された相続税申告書の内容と、システム上のデータに乖離がないかを、詳細に突合するのです。
「申告されている預金額が、生前の所得に比べて不自然に少ないな…」
「多額の不動産を売却したはずなのに、そのお金はどこに消えたんだ?」
このように、税務署は申告書を見る前から、財産の全体像をほぼ把握しています。その上で、「これは怪しい」と判断した案件に、税務調査のメスを入れるのです。ですから、相続税の申告は、 「最初から税務調査が来るかもしれない」 という前提で、一点の曇りもなく、完璧な準備をして臨む必要があります。
第2章:税務調査で最も狙われる「名義預金」という時限爆弾
相続税の税務調査で、最も多く指摘され、そして最もトラブルになりやすいのが 「名義預金」 の問題です。
名義預金とは、口座の名義人(例:子供や孫)と、その預金の真の所有者(例:親)が異なる預金のことを指します。
例えば、このようなケースは多くのご家庭で見られます。
- 「子供が生まれた時から、将来のために子供名義の口座を作って、親である自分がお金を積み立ててきた」
- 「生活費の管理のために、専業主婦の妻の口座に、夫の給料から毎月お金を移していた」
- 「相続税対策のつもりで、子供に内緒で子供名義の口座を作り、そこに自分のお金を移していた」
これらの預金は、たとえ口座の名義が子供や妻であっても、その原資が親(被相続人)であり、管理・運用も親が行っていた場合、税法上は 「親(被相続人)の財産」 と見なされます。
もし、この名義預金を相続財産として申告しなかった場合、税務調査でほぼ100%指摘されます。
「これは、私が子供にあげたお金です」
そう反論しても、税務署は納得しません。贈与が成立するためには、「あげます」「もらいます」という双方の合意が必要です。子供がその口座の存在すら知らなかったり、自由に使えなかったりした場合は、贈与とは認められず、単なる「親のお金を子供の名義で預かっていただけ」と判断されてしまうのです。
結果として、申告漏れと見なされ、本来の相続税に加えて、重加算税(最大40%)や延滞税といった重いペナルティが課せられることになります。良かれと思って子供のために作った口座が、将来、その子供に多額の追徴課税という形で降りかかってくる。これほど皮肉なことはありません。
【対策】
今すぐに、ご家族全員の預金通帳を確認し、名義と実質的な所有者が異なる「名義預金」がないかをチェックしましょう。もし存在するならば、それは誰のお金で、いつ、どのような目的で入金されたものかを明確にしておく必要があります。そして、相続が発生した際には、必ず専門家である税理士にその存在を伝え、適切に処理することが不可欠です。
第3章:賢い資産移転の鍵「贈与税」の正しい知識と活用法
相続税対策として、多くの経営者が考えるのが 「生前贈与」 です。生きているうちに財産を次世代へ移転させることで、将来の相続財産を減らし、相続税の負担を軽減しようという戦略です。
しかし、この贈与にも 「贈与税」 という税金がかかります。このルールを正しく理解せずに贈与を行うと、かえって高い税金を支払う羽目になりかねません。
贈与税の基本ルール「暦年課税」
贈与税の最も基本的な仕組みが「暦年課税」です。
- 1月1日から12月31日までの1年間に、一人の人がもらった財産の合計額が110万円を超えた場合に、その超えた部分に対して贈与税がかかります。
- この110万円という基礎控除額は、 もらう側(受贈者) 一人あたりの金額です。例えば、父親から110万円、母親から110万円を同じ年にもらった場合、合計220万円となり、110万円を超えた110万円分が課税対象となります。
- 贈与の対象は、現金だけでなく、不動産、株式、車など、金銭的価値のあるすべての財産が含まれます。「現金じゃなければ大丈夫」という考えは通用しません。
この年間110万円の非課税枠を長期間にわたって活用し、毎年コツコツと財産を移転させていくのが、生前贈与の王道です。
贈与税を巡る有名な事例と教訓
過去には、元総理大臣が母親から数億円という巨額の資金提供を受けていたものの、それが贈与にあたるという認識がなく、長年申告していなかったという事例が大きな話題となりました。
最終的には多額の修正申告と納税を行いましたが、この事例は「贈与税の知識不足が、いかに大きなトラブルを招くか」を如実に示しています。経営者たるもの、「知らなかった」では済まされないのです。
贈与税の時効を狙う危険な賭け
贈与税には、原則として6年(悪質な場合は7年)の時効があります。しかし、「時効が成立するまで隠し通せば納税義務がなくなる」と考えて贈与の事実を隠すのは、極めて危険な賭けです。
前述の通り、税務署は相続税の調査の際に、被相続人だけでなく、その家族全員の過去10年分ほどの預金口座の動きを徹底的に調査します。その過程で、不自然な多額の資金移動があれば、それが過去の贈与であったことは容易に発覚します。
時効を狙った隠蔽工作は、悪質な「脱税」行為と見なされ、最も重い重加算税の対象となるリスクが非常に高いのです。贈与は、隠すものではなく、ルールに則って正しく行い、その証拠をしっかりと残すことが鉄則です。
第4章:相続税と贈与税は一体!税務調査で問われる「過去」
経営者の皆様に絶対に覚えておいていただきたいのは、 「相続税と贈与税は、税務調査において一体のものとして扱われる」 ということです。
税務署は、相続税の調査を行う際、必ずと言っていいほど、過去の贈与の状況をセットで確認します。なぜなら、相続税を不当に免れるための手口として、過去の贈与を隠したり、贈与ではないものを贈与だと偽ったりするケースが非常に多いからです。
特に、以下の2つのルールは、相続税申告における申告漏れの主要な原因となっています。
1. 相続開始前「3年(7年)以内」の贈与は相続財産に加算
生前贈与によって相続税を回避しようとする行為を防ぐため、相続開始前3年以内(2024年1月1日以降の贈与については、段階的に最大7年に延長)に行われた贈与は、なかったものと見なされ、相続財産に持ち戻して相続税を計算するというルールがあります。
たとえ110万円の非課税枠内で行った贈与であっても、この期間内のものであれば、すべて相続財産に加算されてしまいます。
「亡くなる直前に、慌てて贈与しても手遅れ」ということです。生前贈与は、健康で元気なうちから、長期的かつ計画的に行う必要があります。
2. 贈与の証拠がなければ「名義預金」と認定される
生前に子供や孫に贈与したつもりでいても、その証拠がなければ、税務署はそれを贈与とは認めてくれません。
- 贈与契約書を作成していない。
- 贈与された側が、そのお金を自由に使える状態になっていなかった。(通帳や印鑑を親が管理していたなど)
- 贈与税の申告が必要な額(110万円超)なのに、申告をしていない。
これらの状況が重なると、せっかくの贈与が「名義預金」と認定され、相続財産として課税されてしまうのです。
【対策】
生前贈与を行う際は、必ず以下の点を実行し、客観的な証拠を残しましょう。
- 贈与契約書を作成する: 「いつ、誰が、誰に、何を、いくら贈与したか」を明記し、双方の署名・捺印をする。
- 銀行振込で行う: 現金手渡しではなく、口座間で送金し、通帳に記録を残す。
- 贈与された側が口座を管理する: 通帳、印鑑、キャッシュカードは、必ずもらった本人が管理する。
- 110万円をわずかに超える金額を贈与し、あえて贈与税の申告・納税を行う:
例えば、毎年111万円を贈与し、数百円の贈与税を納めることで、「税務署に贈与の事実を公式に認めてもらう」という、極めて有効な証拠作りになります。
第5章:あなたの会社と家族を守る「相続に強い税理士」の選び方
ここまでお読みいただき、相続税・贈与税の申告がいかに専門的で、リスクの高いものであるかをご理解いただけたかと思います。
そこで不可欠となるのが、専門家である 「税理士」 の存在です。
しかし、注意しなければならないのは、「税理士なら誰でも良い」わけではないということです。
税理士にも、法人税務が得意な税理士、所得税が得意な税理士など、それぞれ専門分野があります。相続税は、税理士業務の中でも特に特殊で、高度な知識と経験が要求される分野です。
相続の経験が少ない税理士に依頼してしまうと、
- 不動産や自社株の評価を過大に行い、本来払う必要のない税金を払ってしまう。
- 特例(小規模宅地等の特例など)の適用を見逃し、数千万円の節税チャンスを失う。
- 税務調査での対応力が弱く、税務署の言いなりになってしまう。
といったリスクが生じます。
相続は、税理士の腕次第で、納税額が数千万円、場合によっては億円単位で変わることもある世界なのです。
「相続に強い税理士」を見極めるポイント
- 相続税の申告実績が豊富か:
ホームページなどで、年間の相続税申告件数を公開しているかを確認しましょう。年間数十件以上の実績があれば、一つの目安になります。 - 不動産や自社株の評価に精通しているか:
特に経営者の場合、財産の大部分を占める自社株の評価が、納税額を大きく左右します。 - 二次相続まで見据えた提案をしてくれるか:
目先の一次相続(例:父から母・子へ)だけでなく、その次の二次相続(例:母から子へ)までをシミュレーションし、トータルで最も税負担が少なくなるような分割案を提案してくれるか。 - 税務調査への対応経験が豊富で、書面添付制度を実践しているか:
「書面添付制度」とは、申告書の内容が正しいことを税理士が保証する書面を添付する制度で、これを実践している税理士は、申告の品質に自信を持っている証拠です。
顧問税理士が相続に詳しくない場合は、無理にその先生に依頼するのではなく、セカンドオピニオンとして、相続を専門とする税理士に相談することも非常に重要です。
まとめ:相続対策は「経営」そのものである
相続税や贈与税の問題は、単なる税金の話ではありません。それは、あなたが築き上げた大切な会社と資産を、いかにして次世代へと円滑にバトンタッチするかという、 「経営そのもの」 です。
- 相続税は、税務調査が入りやすいという前提で準備する。
- 「名義預金」のリスクを理解し、家族の財産状況をクリーンにしておく。
- 生前贈与は、正しい知識と客観的な証拠をもって、計画的に実行する。
- 相続は、その分野に精通した「相続に強い税理士」に相談する。
これらの対策を、元気なうちから、そして会社の経営計画の一部として取り組んでいくこと。それが、将来起こりうる税金のトラブルや、家族間の争いを未然に防ぎ、あなたの会社と家族の未来を守るための、最も確実で賢明な道筋です。
最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。