【2026年4月改正】在職老齢年金「50万円の壁」が「62万円」に!社長の年金カットがなくなる新ルールを徹底解説

確定申告・税務調査

「60歳を超えても、まだまだ現役で会社を経営したい」
「年金を受け取りながら、役員報酬もしっかり確保したい」
「しかし、せっかくもらえるはずの年金が、働き続けることでカットされるのは納得がいかない…」

生涯現役を目指す多くの経営者の方々にとって、この「働きながら受け取る年金」の問題は、非常に悩ましいテーマではないでしょうか。

ご存知の通り、現在の制度では、60歳以降に厚生年金を受け取りながら会社から役員報酬などを受け取ると、その合計額が一定の基準を超えた場合に、年金の一部または全額が支給停止されてしまいます。これが、いわゆる 「在職老齢年金制度」 です。

これまで多くの経営者を悩ませてきたこの制度に、今、大きな転換点が訪れようとしています。

2026年4月から、年金がカットされる基準額が、現行の「月額50万円」から「月額62万円」へと、大幅に引き上げられることがほぼ確実となりました。

これは、働き続けるシニア層、特に会社経営者にとって、まさに「朗報」と言えるでしょう。

この記事では、この新しい在職老齢年金のルールが、経営者の皆様のライフプランや会社の財務戦略にどのような影響を与えるのかを、制度の基本から改正のポイント、そして経営者ならではの「抜け道」とも言える対策まで、徹底的に、そして分かりやすく解説していきます。

第1章:そもそも「在職老齢年金制度」とは?なぜ年金はカットされるのか

今回の改正内容を理解する前に、まずは「在職老齢年金制度」そのものの仕組みを正確に押さえておく必要があります。

在職老齢年金制度とは、一言で言えば、 「元気でたくさん稼げる高齢者の方には、少し年金を我慢してもらって、年金制度全体を支える側に回ってもらおう」 という考え方に基づいた制度です。

対象となるのは、厚生年金の適用事業所(株式会社などの法人)で働き、役員報酬や給与を得ている60歳以上の厚生年金受給者です。

そして、年金がカットされるかどうかの判定は、非常にシンプルな計算式で行われます。

判定基準 = ① 基本月額 + ② 総報酬月額相当額

言葉が少し難しいので、分解して見ていきましょう。

  • ① 基本月額:
    あなたの「老齢厚生年金」の年金額を12で割った、1ヶ月あたりの金額です。
    (※老齢基礎年金(国民年金部分)は、この計算には含まれません。いくら働いても全額受け取れます。)
  • ② 総報酬月額相当額:
    その月に会社から受け取った役員報酬(給与)と、過去1年間の賞与を12で割った額を足したものです。ざっくり 「月収+ボーナスの月割額」 と考えてください。

この2つの合計額が、現在の基準である 「50万円」 を超えた場合、年金の支給が調整(カット)されます。

具体的なカット額の計算方法

カットされる金額は、以下の計算式で求められます。

カットされる年金額(月額) = (① 基本月額 + ② 総報酬月額相当額 - 50万円) × 1/2

つまり、基準額である50万円を超えた金額の半分が、あなたの老齢厚生年金から無慈悲にカットされるのです。

【具体例でシミュレーション】

  • 役員報酬(月額):30万円
  • 年金(厚生年金部分の月額):30万円

この社長の場合、合計額は30万円+30万円=60万円となり、基準額の50万円を10万円オーバーしています。
その結果、

カット額 = (60万円 - 50万円) × 1/2 = 5万円

本来であれば30万円もらえるはずだった年金が、25万円に減額されてしまうのです。月額5万円のカットは、年間で60万円もの減収に繋がります。これは、経営者にとって決して無視できない金額です。

さらに、70歳未満であれば、高い役員報酬に対して厚生年金保険料を支払い続けながら、受け取る年金はカットされるという、まさに「踏んだり蹴ったり」とも言える状況に置かれてしまうのです。

第2章:【本題】2026年4月改正!「62万円の壁」で何が変わるのか?

この長年多くのシニア層を悩ませてきた「50万円の壁」が、ついに変わります。
政府の社会保障審議会・年金部会での議論を経て、2026年4月1日から、在職老齢年金の基準額を「62万円」に引き上げる方針が固まりました。

これは、現役世代並みに働く高齢者の就労意欲を削がないようにし、深刻化する人手不足を解消する狙いがあります。

この改正によって、私たちの年金受給は具体的にどう変わるのでしょうか。先ほどのシミュレーションで、その絶大な効果を見てみましょう。

【改正後のシミュレーション】

  • 役員報酬(月額):30万円
  • 年金(厚生年金部分の月額):30万円

合計額は変わらず60万円です。しかし、新しい基準額は 「62万円」 です。
60万円は62万円を下回っているため、年金は一切カットされません。

つまり、この社長は、これまで年間60万円もカットされていた年金を、全額(月額30万円)受け取れるようになるのです。

改正前:年金受給額 年間300万円(月額25万円)
改正後:年金受給額 年間360万円(月額30万円)

この差は、あまりにも大きいと言えるでしょう。
現在、年金の一部または全部が支給停止となっている方は全国で約50万人いるとされていますが、この改正によって、そのうちの約20万人が年金カットから解放されると見込まれています。

経営者にとってのメリット

この改正は、特に会社経営者にとって大きなメリットをもたらします。

  • 役員報酬設定の自由度が高まる:
    これまで年金カットを恐れて役員報酬を低めに抑えていた経営者も、より高い報酬を設定しやすくなります。会社の利益を個人に還元しやすくなることで、手取り額を増やせる可能性があります。
  • モチベーションの維持・向上:
    「働けば働くほど年金が減る」という理不尽な感覚から解放され、事業へのモチベーションを高く維持できます。
  • ライフプランの再設計:
    年金収入が安定することで、より積極的な資産運用や、趣味・旅行への投資など、セカンドライフの計画が立てやすくなります。

第3章:なぜ今、改正なのか?政府の思惑と知っておくべき「裏の顔」

この「62万円への引き上げ」という朗報。手放しで喜んで良いのでしょうか。実は、この改正の背景には、政府のしたたかな思惑も隠されています。経営者としては、その「裏の顔」も理解しておく必要があります。

表の理由:人手不足の解消と高齢者の就労促進

最大の理由は、表向きに言われている通り 「人手不足の解消」 です。
あらゆる業界で人手不足が叫ばれる中、元気で経験豊富な高齢者の労働力は、日本経済にとって不可欠です。年金カットという「働くことへのペナルティ」を緩和することで、高齢者の就労意欲を刺激し、労働市場に長く留まってもらうことが大きな狙いです。

今の時代、60歳や65歳で完全に引退する経営者はむしろ少数派でしょう。70歳を超えてもバリバリ働く社長が多い現状を、制度が後押しする形となります。

裏の理由①:年金財政の維持と税収・社会保険料収入の確保

しかし、より根深い理由として 「国の財政問題」 が挙げられます。

  • 年金制度の維持:
    高齢者に長く働いてもらい、厚生年金保険料を納める側でいてもらう期間を延ばすことで、破綻寸前と言われる年金財政を少しでも支えたい、という思惑があります。
  • 税収・社会保険料収入の増加:
    高齢者が多く稼げば、当然、所得税や住民税の納税額も増えます。今回の改正で年金カットがなくなる分、個人の所得は増え、結果として税収アップに繋がります。
  • 年金支給開始の繰下げを促す:
    「たくさん稼いでも年金がカットされないなら、もっと働こう。それなら年金の受け取り開始自体を遅らせて(繰下げ受給)、将来もらう年金額を増やした方が得だ」と考える人を増やし、当面の年金支給額を抑制したいという狙いもあります。

裏の理由②:別の形での「増税」という揺さぶり

さらに注意すべきは、今回の「アメ」の裏で、別の「ムチ」が用意されている可能性です。

現在、給与所得者には「給与所得控除」、年金受給者には「公的年金等控除」という、税金の計算上有利になる控除(経費のようなもの)が認められています。給与と年金の両方を受け取っている人は、この2つの控除を両方使えるため、税制上優遇されているという側面があります。

政府は、この状況を問題視しており、これら2つの控除額に合計の上限(例えば280万円など)を設けることで、高所得の高齢者層に対する実質的な増税を検討しています。

つまり、
「在職老齢年金制度を緩和して、たくさん稼いでもらう(年金カットはしない)」

「その代わり、増えた所得に対しては、控除を制限して、所得税・住民税をしっかり徴収する」

という、巧妙なシナリオが描かれている可能性があるのです。「62万円への引き上げ」という一見喜ばしいニュースに浮かれて、その裏で進む税制改正の議論を見逃してはいけません。

第4章:【経営者必見】制度の「抜け道」?働き方で変わる対象の範囲

さて、この在職老齢年金制度ですが、実は 「ある働き方」をしている人は、いくら稼いでも全く対象にならない という、大きな「穴」が存在します。

この制度の対象となるのは、あくまで 「厚生年金の適用事業所から、役員報酬や給与という形で報酬を得ている人」 に限られます。

つまり、以下の所得については、いくら稼いだとしても、在職老齢年金の計算には一切含まれないのです。

  • 事業所得: 個人事業主やフリーランスとして得た所得
  • 不動産所得: アパートや駐車場の賃貸経営で得た所得
  • 雑所得: 業務委託契約に基づく副業収入など

このルールは、経営者にとって非常に重要な戦略的示唆を与えてくれます。

抜け道戦略:法人からの役員報酬と「個人事業」の組み合わせ

例えば、60歳を機に、会社の代表取締役を後継者に譲り、ご自身は会長職などになって役員報酬を抑えます。そして、これまで会社で行っていた業務の一部(コンサルティング業務など)を、新たに立ち上げた個人事業として、会社から業務委託を受ける形に切り替えるのです。

【モデルケース】

  • 法人からの役員報酬:月額20万円
  • 個人事業の事業所得:月額50万円
  • 年金(厚生年金部分の月額):30万円

この場合、在職老齢年金の計算対象となるのは、法人からの役員報酬20万円と年金30万円の合計、50万円だけです。個人事業でどれだけ稼ごうと、この計算には影響しません。

合計50万円は、新しい基準額「62万円」を大きく下回るため、年金は1円もカットされずに全額受給できます。

このように、報酬の受け取り方を「給与所得」から「事業所得」へとシフトさせることで、高い収入を維持しながら、年金カットを合法的に回避することが可能になるのです。

もちろん、この方法を実行するには、税務上「実態のある個人事業」として認められる必要があり、単なる名目だけの切り替えは否認されるリスクがあります。顧問税理士と十分に相談の上、慎重に進める必要がありますが、経営者にとっては検討する価値のある強力な選択肢と言えるでしょう。

まとめ:新しい時代を生き抜く、賢い働き方の選択

2026年4月から始まる在職老齢年金の「62万円」への基準額引き上げは、働き続ける経営者にとって、間違いなく大きな追い風となります。

これまで年金カットを気にしてセーブしていた働き方から解放され、より自由に、より意欲的に事業に取り組める環境が整います。

しかし、その一方で、政府の財政的な思惑や、別の形での増税の可能性といった「裏の顔」も存在することを忘れてはなりません。

経営者として、この新しい時代を賢く生き抜くためには、以下の3つの視点が不可欠です。

  1. 制度を正しく理解する: 「62万円」という数字だけでなく、その背景や今後の税制改正の動向にも常にアンテナを張っておくこと。
  2. 収入ポートフォリオを考える: 役員報酬だけでなく、個人事業や不動産所得など、収入の受け取り方を多様化させることで、リスクを分散し、手取りを最大化する戦略を検討すること。
  3. 専門家と相談する: 自身のライフプランや会社の状況に合わせて最適な選択をするために、顧問税理士などの専門家と密に連携すること。

年金制度は、今後も私たちの働き方や社会の変化に合わせて、変わり続けていくでしょう。変化を正しく捉え、それを自社の戦略に活かすこと。それこそが、これからの時代を生き抜く経営者に求められる、真の力なのかもしれません。

最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。