「うちの会社、現預金はいくらあれば安心なの?」「倒産しないためには、どれくらいの現預金を持っておけばいいの?」多くの経営者が抱えるこの疑問。実は、現預金残高を見るだけで、あなたの会社の倒産リスクがある程度わかってしまうのです。
しかし、その正しい見方を知らない経営者が意外と多いのも事実。本記事では、なぜ現預金が重要なのかという基本から、倒産リスクを正しく把握するための計算方法、そして現預金を増やしていくための具体的なアクションまで、徹底的に解説します。
なぜ現預金(キャッシュ)が会社経営において最重要なのか?
会社を経営していく上で、利益を出すこと(内部留保の積み増し、自己資本比率の向上)はもちろん重要です。しかし、それ以上に「現預金(キャッシュ)」を確保することの方が、会社の存続にとってはるかに重要と言えます。
なぜなら、会社が倒産するのは、赤字だからではなく、支払いに必要なお金がなくなるからです。極端な話、毎年赤字で債務超過の会社であっても、金融機関が融資を続けてくれて手元にお金があり続ける限り、会社は倒産しません。実際に、日本の中小企業の中には、自己資本比率が極めて低い状態でも長年事業を継続しているケースが少なくありません。これは、金融機関からの借入によってキャッシュを維持できているからです。
もちろん、このような状態が永遠に続くわけではありません。いつかは金融機関も融資を打ち切る時が来るでしょう。しかし、逆に言えば、どれだけ利益が出ていて自己資本比率が高くても、例えば不適切な投資や過剰な在庫によって手元のキャッシュが枯渇してしまえば、会社はあっけなく倒産してしまうのです。
「Cash is King(現金こそが王様)」という言葉があるように、会社を守り、事業を継続していくためには、何よりもまず手元の現預金を潤沢に保つことが最優先課題となります。
会社の倒産リスク、あなたはどう見ていますか?多くの経営者が陥る「月商」基準の罠
では、自社の現預金残高が十分なのか、それとも危険な水準なのかを、どのように判断すればよいのでしょうか。多くの経営者が、「月商の〇ヶ月分」といった基準で考えているのではないでしょうか。「月商の3ヶ月分くらいの現預金があれば安心だ」といった話を耳にすることも多いでしょう。
しかし、この「月商」を基準とした考え方は、必ずしも正確な倒産リスクを反映しているとは言えません。 なぜなら、会社の安全性を測る上で本当に重要なのは、「入ってくるお金(売上)」ではなく、「出ていくお金(経費、特に固定費)」だからです。
売上が急にゼロになったとしても、すぐには止められない支出があります。家賃、人件費、リース料といった「固定費」は、売上の有無にかかわらず毎月発生し続けます。したがって、「固定費の何か月分の現預金を持っているか」という視点で見ることが、より実態に即した倒産リスクの把握につながるのです。
固定費基準で見る!倒産リスクの正しい計算方法【具体例で解説】
月商基準と固定費基準、どちらで見るかによって、会社の安全性評価は大きく変わってきます。具体的な数字を使ってシミュレーションしてみましょう。
【前提】
A社、B社ともに、年商6億円(月商5,000万円)、現在の現預金残高は6,000万円とします。
月商基準で見れば、両社とも現預金は月商の1.2ヶ月分(6,000万円 ÷ 5,000万円)であり、目標とされる3ヶ月分には達しておらず、やや危険な水準と判断されるかもしれません。
A社:卸売業
- 月商:5,000万円
- 変動費(仕入など):4,000万円(売上の80%)
- 限界利益(粗利):1,000万円
- 固定費(家賃、人件費など):1,000万円
- 経常利益:0円(トントン)
B社:サービス業
- 月商:5,000万円
- 変動費(外注費など):1,000万円(売上の20%)
- 限界利益(粗利):4,000万円
- 固定費(人件費、広告費など):4,000万円
- 経常利益:0円(トントン)
【シミュレーション】もし、両社の売上が急にゼロになったら…?
- A社(卸売業)の場合:
- 売上がゼロになると、仕入もなくなるため、変動費4,000万円の支出も止まります。
- しかし、固定費1,000万円は毎月発生し続けます。
- 現在の現預金残高6,000万円で、固定費1,000万円を支払い続けると、6ヶ月間(6,000万円 ÷ 1,000万円)は持ちこたえられる計算になります。
- もし、固定費の半年分(1,000万円 × 6ヶ月 = 6,000万円)を安全ラインと考えるなら、A社はギリギリそのラインをクリアしていると言えます。
- B社(サービス業)の場合:
- 売上がゼロになっても、固定費4,000万円は毎月発生し続けます。
- 現在の現預金残高6,000万円で、固定費4,000万円を支払い続けると、わずか1.5ヶ月間(6,000万円 ÷ 4,000万円)しか持ちこたえられない計算になります。
- もし、固定費の半年分(4,000万円 × 6ヶ月 = 2億4,000万円)を安全ラインと考えるなら、B社の現預金は全く足りていないことになります。
このように、同じ月商、同じ現預金残高であっても、業種や利益構造(固定費の大きさ)によって、倒産リスクは全く異なるのです。
月商基準では見誤りがちなこのリスクを正しく把握するためには、「固定費の何か月分の現預金を持っているか」という視点が不可欠です。
理想を言えば、固定費の2年分の現預金があれば、不測の事態が起きても2年間は事業を継続でき、その間に立て直しを図る時間的余裕が生まれます。最低でも、固定費の半年分は確保しておきたいところです。
現預金を増やすための3つの鉄則:BS・PLの観点から
では、会社の倒産リスクを下げ、現預金を増やしていくためには、具体的に何をすればよいのでしょうか。ここでは、貸借対照表(BS)と損益計算書(PL)の観点から、3つの鉄則をご紹介します。
鉄則1:資産を減らす(現預金以外の)
貸借対照表の左側に記載される「資産」。このうち、現預金以外の資産(売掛金、在庫、固定資産など)は、少なければ少ないほど良いと考えるべきです。
なぜなら、これらの資産が増えるということは、それだけお金がそれらの形に変わってしまっている(キャッシュアウトしている)ことを意味するからです。
- 売掛金:回収が遅れれば、それだけ資金繰りを圧迫します。回収サイトの短縮に努めましょう。
- 在庫:過剰な在庫は、資金を寝かせているのと同じです。適正在庫を維持し、不良在庫は早期に処分しましょう。
- 固定資産(土地、建物、機械など):本当に必要なものか、過剰な投資になっていないかを厳しく見極めましょう。固定資産は、維持管理費や固定資産税といった追加コストも発生させます。
同じ事業規模で同じだけの利益を上げられるのであれば、現預金以外の資産は少ない方が、経営効率が高いと言えます。
鉄則2:負債を増やす(賢く活用する)
貸借対照表の右側に記載される「負債」。一般的に「借金は少ない方が良い」と考えがちですが、こと資金繰りに関しては、賢く負債を活用することで、手元の現預金を増やすことができます。
金融機関から融資を受ければ、その分だけ現預金が増えます。重要なのは、借りたお金をどのように運用し、利益を生み出していくかです。
「お金ができたから繰り上げ返済したい」という相談もよくありますが、手元資金が潤沢でない状況での繰り上げ返済は、かえって資金繰りを悪化させる可能性があります。負債を恐れるのではなく、事業成長のためのレバレッジとして捉え、計画的に活用することが重要です。
鉄則3:利益を出す(そしてキャッシュとして残す)
結局のところ、持続的に現預金を増やしていくためには、事業でしっかりと利益を出し、それをキャッシュとして会社に残していくことが最も重要です。
売上を増やすことはもちろん大切ですが、それ以上に「利益」に焦点を当てる必要があります。売上が増えても、経費も同様に増えて利益が残らなければ意味がありません。
そして、出た利益をむやみに再投資に回したり、過度な節税対策でキャッシュアウトさせたりするのではなく、まずは手元の現預金として蓄積していくことを優先しましょう。
まとめ:正しい指標で自社の安全性を把握し、キャッシュリッチな企業へ
会社の倒産リスクを正しく把握するためには、「月商」ではなく「固定費」を基準に現預金残高を見ることが重要です。そして、現預金を増やしていくためには、「資産を減らし、負債を賢く増やし、確実に利益を出す」という3つの鉄則を意識した経営が求められます。
現在、企業の倒産件数は増加傾向にあります。特にコロナ融資で一時的に資金繰りが改善したものの、その後の業績回復が遅れ、返済の目処が立たずに苦しんでいる企業も少なくありません。
そのような厳しい状況に陥らないためにも、日頃から自社のキャッシュフローを正確に把握し、適切な現預金水準を維持する努力を怠らないようにしましょう。
資金繰り表を作成し、毎月のお金の流れを可視化することも、キャッシュリッチな企業への第一歩です。
この記事が貴社の事業の一助になれば幸いです。