「マイクロ法人を設立すれば、社会保険料が劇的に安くなる」
「個人事業とマイクロ法人の二刀流で、節税効果を最大化したい」
近年、個人事業主やフリーランスの間で、社会保険料の負担軽減や節税の切り札として、事業の一部を法人化する「マイクロ法人スキーム」が大きな注目を集めています。
しかし、このスキームを検討する上で、多くの事業者が直面するのが、 「個人事業と同じ業種で、マイクロ法人を設立しても良いのか?」 という大きな疑問です。巷では、「同じ業種では税務署に否認されるからダメだ」という声も多く聞かれます。
果たして、それは本当なのでしょうか?結論から言えば、たとえ同じ業種であっても、適切な事業設計と管理体制を構築すれば、個人事業と法人を両立させることは十分に可能です。
この記事では、なぜ同業種での安易な法人化が税務上のリスクを伴うのか、その背景にある「行為計算の否認」という税務署の考え方を解説します。その上で、税務調査で否認されることなく、安全にマイクロ法人スキームを活用するための、事業区分の具体的な考え方や、組織・管理体制の構築方法について、分かりやすく徹底的に解説していきます。
なぜ「同業種での法人化」は危険と言われるのか?
まず、なぜ多くの専門家が「同業種での法人化は危険だ」と警鐘を鳴らすのか、その理由を理解しておく必要があります。
税務署が問題視するポイント:「不自然な利益操作」
税務署が最も警戒するのは、事業に実態がないにもかかわらず、単に税金や社会保険料の負担を軽減するためだけに、不自然な法人格が利用されることです。
- 典型的なNGスキーム(コンサルティング会社の例):
- 個人事業主A(例:動画制作者)が、自身のコンサルティング法人Bを設立します。
- 個人事業主Aは、法人Bに対して、高額なコンサルティング費用(例:500万円)を支払います。
- 法人Bの売上は、この個人事業主Aからのコンサルティング費用のみです。
- 法人Bは、その売上から、社長であるA自身に役員報酬(例:400万円)を支払います。
このスキームによって、個人事業主Aの所得は500万円圧縮され、さらに法人Bから支払われる役員報酬には給与所得控除が適用されるため、トータルでの税負担は軽減されます。また、社会保険料も、低い役員報酬を基準に計算されるため、大幅に削減できます。
税務署からの指摘:「行為計算の否認」という伝家の宝刀
しかし、このスキームは、税務署から見ると非常に不自然です。
- 「なぜ、自分自身に対してコンサルティングを行う必要があるのか?」
- 「法人Bには、個人事業主A以外の顧客がいない。これは独立した事業と言えるのか?」
- 「この取引は、実質的に、単に個人の所得を法人に移転させ、不当に税負担を軽減するためだけに行われた、経済的合理性のない行為ではないか?」
このように判断された場合、税務署は 「同族会社等の行為又は計算の否認」(通称:行為計算の否認)という、税法上の非常に強力な規定を適用してくる可能性があります。これは、税務署が「その取引は、税負担を不当に減少させる結果となるもの」と認めた場合に、税務署長の権限で、その行為や計算をなかったこととし、あるべき姿に引き直して課税できるという、いわば「伝家の宝刀」 です。
否認された場合の最悪のシナリオ
行為計算の否認が適用された場合、
- 個人事業から法人へのコンサルティング費用500万円は、経費として認められず、個人の所得は元の金額に戻されてしまいます。
- その結果、多額の追徴課税(所得税・住民税)が発生します。
- さらに、この行為が意図的な租税回避(脱税)と見なされた場合、最も重いペナルティである 「重加算税(追加本税の35%~40%)」 が課されるリスクもあります。
このように、実態の伴わない、単なる節税目的だけの法人設立は、極めて高いリスクを伴うのです。
【ここが重要】同業種でも法人化が認められるための「事業区分の鉄則」
では、同業種であっても、税務署に否認されることなく、個人事業と法人を両立させるためには、どうすれば良いのでしょうか。その鍵は、 「それぞれの事業が、客観的に見て、独立した事業単位として明確に区分され、合理的に運営されていること」 を証明することにあります。
「できない理由」を探すのではなく、「どうすればできるか」を考える。そのための具体的な方法を見ていきましょう。
1. 「取引の入口(顧客・販路)」を明確に分ける
- 最もシンプルで強力な区分方法です。たとえ扱っている商品やサービスが類似していても、その顧客層や販売チャネルが異なれば、別の事業単位として認められやすくなります。
- 具体例:
- YouTubeコンサルタントの場合:
- 個人事業:特定のプラットフォーム(例:A社)経由で受注したコンサルティング業務
- 法人:自社のウェブサイトやSNSから、直接受注したコンサルティング業務
- 飲食店の場合:
- 個人事業:店舗での飲食サービス(イートイン)
- 法人:テイクアウト、デリバリー、ECサイトでの冷凍食品販売
- 小売店の場合:
- 個人事業:実店舗での販売
- 法人:オンラインストアでの販売
- YouTubeコンサルタントの場合:
このように、誰が見ても「これは別のチャネルからの売上だ」と分かるように、売上の発生源を明確に区分することが重要です。
2. 「事業内容・提供価値」を明確に分ける
- 同じ業種の中でも、提供するサービスの内容やレベル、ターゲットとする顧客層を明確に分けることも有効です。
- 具体例:
- デザイナーの場合:
- 個人事業:中小企業や個人向けの、比較的小規模なデザイン制作
- 法人:大企業向けの、ブランディング戦略を含んだ、総合的なデザインコンサルティング
- コンサルタントの場合:
- 個人事業:税務申告の代行など、定型的な税務業務
- 法人:資金繰り改善や事業計画策定支援など、高度な財務コンサルティング
- デザイナーの場合:
- ポイント: それぞれの事業で、異なるスキルセットやノウハウ、提供価値があることを明確に打ち出すことが重要です。
3. 「管理体制」を完全に独立させる
- これが、事業が独立していることを示す上で、極めて重要な客観的証拠となります。
- 具体的な項目:
- 銀行口座: 個人事業用の口座と、法人用の口座を完全に分け、資金の混同を避ける。
- 会計帳簿: 個人と法人で、別々の会計帳簿を正確に作成・管理する。
- 請求書・契約書: それぞれの事業体名義で、請求書や契約書を適切に発行・管理する。
- 従業員の所属: もし従業員がいる場合は、どちらの事業に主として従事しているのかを明確にし、雇用契約や給与支払いもそれぞれの事業体から行う。
- 事務所・設備: 可能であれば、事務所のスペースを物理的に区切ったり、事業専用の設備をそれぞれで所有したりするなど、物理的な区分を行うことも有効です。
これらの管理体制がごちゃ混ぜになっていると、いくら事業内容を分けていると主張しても、「実質的には一つの事業ではないか」と見なされるリスクが高まります。
4. 法人としての「事業実態」を構築する
- 最初のNGスキームの例で問題だったのは、法人の売上が個人事業からの一つしかなかった点です。
- 設立した法人も、独立した事業体として、積極的に外部の顧客を獲得する努力をすることが重要です。
- 個人事業以外の、複数の外部顧客との取引実績があれば、その法人が独立して事業を営んでいることの、何よりの証明となります。
- また、法人に社長以外の従業員がおり、その従業員が主体となって業務を行っているという事実も、事業の実態を補強する上で有効です。
これらのポイントを総合的に満たすことで、たとえ同業種であっても、個人事業と法人は、それぞれ独立した合理的な事業単位であると、税務署に対して自信を持って主張することができるのです。
マイクロ法人とは異なる「分社化」という戦略
今回の議論は、マイクロ法人の文脈だけでなく、ある程度規模が大きくなった企業が、さらなる節税や経営効率化を目指して行う 「分社化」 という戦略にも繋がります。
- 分社化とは?
- 一つの会社で行っている事業を、複数の会社に分割することです。
- メリット:
- 所得分散による法人税の節税:
法人税は、所得が年間800万円を超えると税率が一段階上がります。例えば、一つの会社で8,000万円の利益を出すよりも、800万円の利益を出す会社を10社作る方が、トータルの法人税負担は大幅に軽減されます。 - 交際費枠の拡大:
交際費の損金算入限度額(年間800万円)は、1社ごとに適用されます。10社あれば、合計で8,000万円の交際費枠を確保できます。 - 経営責任の明確化と意思決定の迅速化:
事業部ごとに会社を分けることで、それぞれの事業の採算管理がしやすくなり、経営責任も明確になります。
- 所得分散による法人税の節税:
このように、事業を適切に区分し、複数の法人格を活用することは、合法的な範囲で税負担を最適化し、経営効率を高めるための、非常に有効な経営戦略なのです。
まとめ:同業種での法人化は「設計」が全て。正しい知識で、リスクを回避し、メリットを最大化しよう!
「個人事業と同じ業種で法人を設立してはいけない」という言葉は、半分正しく、半分は誤解です。
正しくは、 「実態が伴わない、単なる租税回避目的だけの不自然な法人設立は、税務上否認されるリスクが極めて高い」 ということです。
逆に言えば、 たとえ同じ業種であっても、そこに合理的な事業区分の理由があり、かつ、それぞれの事業が独立した管理体制のもとで運営されているという「実態」 があれば、個人事業と法人を両立させることは十分に可能です。
同業種でのマイクロ法人設立を成功させるための鉄則
- 「なぜ分けるのか?」という合理的な理由を明確にする:
- 顧客層の違い、提供サービスの質の違い、販売チャネルの違いなど、第三者を納得させられるだけの明確な事業区分のロジックを構築する。
- 管理体制を完全に独立させる:
- 銀行口座、会計帳簿、契約書、従業員の所属など、個人と法人を明確に区別し、資金の混同などを絶対に避ける。
- 法人としての外部取引実績を作る:
- 個人事業からの売上だけでなく、複数の外部顧客との取引実績を作ることで、独立した事業体であることを証明する。
- 「行為計算の否認」という税務リスクを正しく理解する:
- 不自然な利益操作は、重加算税という重いペナルティに繋がる可能性があることを肝に銘じる。
- 必ず専門家(税理士)に相談し、事業設計を行う:
- 事業区分の妥当性や、税務リスクの判断には、高度な専門知識が必要です。自己判断で進めるのではなく、必ず設立前に顧問税理士と十分に協議し、最適なスキームを構築しましょう。
「できない理由」を探すのではなく、「どうすればできるか」を考える。この思考の転換こそが、マイクロ法人をはじめとする、あらゆる節税策や経営戦略を成功に導く鍵となります。
この記事が、マイクロ法人設立を検討する皆様にとって、そのリスクを正しく理解し、安全かつ効果的に制度を活用するための一助となれば幸いです。