【個人事業主必見】法人化は本当に得か?税金シミュレーションで解き明かす、個人事業と法人の損得分岐点と最適な役員報酬設定

法人設立

「所得が1,000万円を超えたら法人化した方が得」
「法人税の方が安いから、早く会社にすべきだ」

個人事業主やフリーランスとして事業が軌道に乗ってくると、このような「法人化による節税」の話を耳にする機会が増えるのではないでしょうか。確かに、所得税と法人税の税率構造の違いから、ある一定の所得ラインを超えると法人の方が税負担上有利になるのは事実です。

しかし、その「損得分岐点」が一体いくらなのか、そして法人化した場合に、どのように利益を分配(役員報酬と会社利益)すれば最も税効果が高まるのか、具体的に理解している方は少ないかもしれません。

この記事では、個人事業主が法人化した場合の税負担がどのように変化するのか、具体的な数値を用いたシミュレーションを通じて徹底比較します。巷で言われる「所得1,000万円」という基準の妥当性や、節税効果を最大化するための役員報酬設定の考え方など、法人化を検討する上で不可欠な知識を分かりやすく解説していきます。

なぜ法人化が節税に繋がるのか?個人事業と法人の税金の違い

まず、なぜ法人化が節税に繋がる可能性があるのか、その背景にある個人事業主と法人の税金の仕組みの違いを理解しておきましょう。

1. 個人事業主にかかる税金(所得税・住民税)

  • 課税対象: 事業で得た所得(売上-経費)全体が、事業主個人の「事業所得」となります。
  • 税率: 所得税は、所得が多くなるほど税率が高くなる 「超過累進課税制度」 を採用しています。税率は5%から45%まで段階的に上昇し、これに一律約10%の住民税が加わるため、高額所得者の場合、合計の税率は最大で55%にも達します。

2. 法人にかかる税金(法人税等)と役員報酬にかかる税金

  • 所得の分配: 法人化すると、事業で得た利益は、まず「法人(会社)」のものとなります。その利益の中から、経営者個人は「役員報酬(給与)」として所得を受け取ります。そして、役員報酬を支払った後に会社に残った利益が「法人の利益」となります。
  • 法人への課税: 会社の利益に対しては、「法人税、法人住民税、法人事業税」(まとめて法人税等と呼びます)が課されます。法人税等の実効税率は、会社の規模や所得額によって異なりますが、概ね20%台前半から30%台半ばで、個人の最高税率よりは低い水準にあります。
  • 個人への課税: 役員報酬として受け取った分は、個人の「給与所得」となり、これに対して 「所得税・住民税」 が課されます。

このように、法人化することで、一つの所得を「個人の給与所得」と「法人の利益」に分散させ、それぞれに異なる税率が適用されることになります。この所得分散と、法人税・所得税の税率構造の違いを活用することが、法人化による節税の基本戦略となります。

【徹底比較】所得1,000万円のケースで見る、個人事業 vs 法人の税負担

では、実際に所得が1,000万円の場合、個人事業主のままでいるのと、法人化するのとでは、税負担はどのように変わるのでしょうか。具体的なシミュレーションで見ていきましょう。

【シミュレーションの前提条件】

  • 売上:3,000万円
  • 経費:2,000万円
  • 事業所得(または法人化後の利益分配の原資):1,000万円
  • 個人事業主は青色申告(65万円控除)を適用。
  • 個人の各種所得控除(社会保険料控除、扶養控除、基礎控除など)の合計額を135万円と仮定。
  • 法人の税率は、計算を簡略化するため、一律30%と仮定。

ケース1:個人事業主のままの場合

  1. 所得金額: 1,000万円
  2. 各種控除額の合計:
    • 青色申告特別控除:65万円
    • 各種所得控除:135万円
    • 合計:200万円
  3. 課税所得金額:
    • 1,000万円(所得)- 200万円(控除)= 800万円
  4. 所得税・住民税の合計額(概算):
    • 課税所得800万円の場合、所得税と住民税を合わせると、約200万円となります。
    (詳細計算:所得税は速算表より 800万円 × 23% – 63.6万円 = 120.4万円。住民税は約10%なので約80万円。合計約200.4万円。)

つまり、所得1,000万円の個人事業主の場合、税金の負担は約200万円、実質的な税負担率は約20%ということになります。「所得1,000万円」と聞くと非常に高い税率をイメージしがちですが、各種控除が適用されるため、実際にはこの程度の負担に収まります。

ケース2:法人化した場合(利益分配パターンA:会社利益重視)

次に、所得1,000万円を、法人と個人に分配した場合の税負担を見ていきましょう。まずは、会社に多くの利益を残すパターンです。

  • 利益分配:
    • 社長への役員報酬:400万円
    • 会社の利益:600万円

【個人の税負担】

  • 役員報酬400万円に対して、給与所得控除や各種所得控除が適用されます。
  • 所得税・住民税の合計額(概算):約17万円

【法人の税負担】

  • 会社の利益600万円に対して、法人税等が課されます。
  • 法人税等の合計額(税率30%と仮定):600万円 × 30% = 180万円

【法人・個人の合計税負担】

  • 17万円(個人)+ 180万円(法人)= 197万円

【結果の考察】
このパターンでは、個人事業主の場合(約200万円)と比較して、合計税負担は197万円と、ほとんど変わりません。法人設立には費用(株式会社で約20万円~)もかかることを考えると、この利益分配では、あえて法人化する税務上のメリットはほとんどないと言えます。

ケース3:法人化した場合(利益分配パターンB:役員報酬重視)

次に、同じ所得1,000万円を、社長個人に多くの役員報酬として分配するパターンを見ていきましょう。

  • 利益分配:
    • 社長への役員報酬:800万円
    • 会社の利益:200万円

【個人の税負担】

  • 役員報酬800万円に対して、各種控除が適用されます。
  • 所得税・住民税の合計額(概算):約74万円

【法人の税負担】

  • 会社の利益200万円に対して、法人税等が課されます。
  • 法人税等の合計額(税率30%と仮定):200万円 × 30% = 60万円

【法人・個人の合計税負担】

  • 74万円(個人)+ 60万円(法人)= 134万円

【結果の考察】
このパターンでは、合計税負担は134万円となり、個人事業主の場合(約200万円)と比較して、年間約66万円もの節税が実現できています。

シミュレーションから分かる法人化の真実と、最適な役員報酬設定

このシミュレーション結果から、法人化における非常に重要な2つの真実が見えてきます。

真実1:法人化の損得は「所得の分配方法」で大きく変わる

「所得1,000万円なら法人化すべき」といった画一的な基準は、あまり意味がありません。重要なのは、法人化した場合に、その所得を「役員報酬」と「会社の利益」に、どのようなバランスで分配するかです。

今回のシミュレーションでは、所得1,000万円の段階では、法人に利益を残すよりも、できるだけ多くを役員報酬として個人に移した方が、トータルの税負担が軽くなるという結果になりました。これは、一定の所得水準までは、法人税率よりも、給与所得控除などを適用した後の個人の所得税・住民税の実効税率の方が低くなるためです。

真実2:「法人税が安いから法人化」は必ずしも正しくない

巷で言われる「法人税の方が安い」という話は、あくまで個人の所得が非常に高額になり、所得税の最高税率が適用されるようなケースを想定したものです。

所得が1,000万円程度の段階では、シミュレーションで見た通り、むしろ法人税率の方が高く感じられることさえあります。したがって、「法人税の安さ」だけを理由に法人化を考えるのは早計であり、個人の役員報酬にかかる税金と、法人にかかる税金のトータルバランスを考える必要があります。

最適な役員報酬設定の考え方

では、最適な役員報酬はどのように設定すれば良いのでしょうか。

  1. シミュレーションが不可欠:
    最適なバランスは、個人の所得控除の状況や、会社の利益水準、適用される法人税率などによって変動します。したがって、必ず税理士に相談し、複数のパターンで具体的な税額シミュレーションを行ってもらうことが不可欠です。
  2. 経営者の生活費を基準に考える:
    まずは、経営者自身が年間に必要とする生活費を算出し、それを賄えるだけの役員報酬を確保することを基本とします。
  3. 会社の資金繰りと銀行評価も考慮する:
    役員報酬を高く設定しすぎると、会社の利益が少なくなり、内部留保が貯まらず、資金繰りが悪化したり、銀行からの評価が下がったりする可能性があります。赤字にならない範囲で、会社にも適度な利益を残しつつ、最適なバランス点を見つけることが重要です。(ただし、役員報酬を多く取っていることが理由で利益が少なくなっている場合は、銀行もその点を考慮してくれます。)

法人化のメリットは税金だけではない!総合的な視点での判断を

今回のシミュレーションは、あくまで税負担という一点に絞った比較ですが、法人化のメリットはそれだけではありません。

  • 社会的信用力の向上: 法人格を持つことで、取引先や金融機関からの信用が高まり、ビジネスチャンスが広がる可能性があります。
  • 資金調達の円滑化: 個人事業主よりも法人の方が、銀行融資を受けやすくなる傾向があります。
  • 事業承継・相続対策: 法人であれば、株式の承継という形でスムーズな事業承継が可能になります。
  • 経費として認められる範囲の拡大: 社宅制度や出張手当、生命保険の活用など、法人ならではの経費計上が可能になります。

これらの税金以外のメリットも総合的に考慮し、自社の事業ステージや将来の展望と照らし合わせて、法人化の是非とタイミングを判断することが重要です。

例えば、まだ所得は500万円程度でも、将来的に大きな資金調達をして事業を拡大していきたい、あるいは大企業との取引を目指している、といった明確なビジョンがあるのであれば、早期に法人化することも有効な戦略となり得ます。

結論:法人化の損得は「戦略」次第。シミュレーションで最適解を見つけよう!

「個人事業主と法人、どっちがお得か?」という問いに対する答えは、一つではありません。それは、事業の所得水準だけでなく、法人化した後の「所得の分配戦略」によって大きく変わるからです。

法人化を成功させるためのポイント

  1. 画一的な所得基準を鵜呑みにしない: 「所得1,000万円」といった基準はあくまで目安。自社の状況に合わせた検討が必要です。
  2. 最適な役員報酬と会社利益のバランスを探る: 節税効果を最大化するためには、個人と法人の税負担をトータルで考える視点が不可欠です。
  3. 必ず専門家(税理士)にシミュレーションを依頼する: 自身の状況に合わせた複数のパターンを比較検討し、最も有利な選択肢を見つけましょう。
  4. 税金以外のメリットも総合的に考慮する: 社会的信用力や資金調達など、自社の将来にとって法人格が必要かどうかを判断します。

法人化は、事業を次のステージへと進めるための強力な手段となり得ます。しかし、その効果を最大限に引き出すためには、正しい知識に基づいた戦略的な意思決定が欠かせません。

もし、あなたが法人化を検討しているのであれば、ぜひ一度、信頼できる税理士に相談し、「うちの会社の場合、どのような利益分配が最も有利になりますか?」と、具体的なシミュレーションを依頼してみてください。そのシミュレーション結果は、あなたの会社の未来を左右する、非常に価値のある情報となるはずです。この記事が、その第一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。