法人化の目的とあなたが考えるべきこと
「法人化すれば税金も下がるし、取引先からの信用もアップするはず…!」
そう期待してマイクロ法人を設立する社長は多いものです。特に従業員ゼロで代表者一人だけのマイクロ法人では、「社会保険の節約」や「経費の自由度」「肩書きによる印象アップ」を目指しますよね。しかし、法人化にはメリットだけでなく、コスト・手続き・リスクがたくさんあります。最悪の場合、「法人をつぶして個人事業に戻す」ケースもあるのです。
今回は、「マイクロ法人設立を考える人」に向け、法人化のメリット・デメリットから、解散・個人に戻すための実務・数字までを解説します。
1. マイクロ法人の主なメリットと狙い
1‑1. 社会保険料の節約
法人にすると社保料の徴収義務が発生しますが、「法人の健康保険+厚生年金」は、所得を調整すれば節税手段に。たとえば、役員報酬を月8万円に抑えるケースなら、所得に連動して社会保険料を安く済ませる手もあります。
1‑2. 所得税率の最適化
所得が900万円を超えるようになれば、税率が一気に高くなることをご存知ですか?
個人の場合、課税所得900万円超は45%の累進課税。法人化すれば、法人税は約23%、さらに役員報酬を分散させることでトータル税率を40%程度にコントロールできます。
1‑3. 貿易先・金融系との取引に有利
「法人格がないと契約できない」「法人名義じゃないと融資が通りにくい」といった声は多く、「信用の象徴」として法人化が有利に働くケースは確かに存在します。
2. 法人化の手間とコスト
2‑1. 設立にかかる費用:30万円前後が相場
司法書士・税理士に設立を依頼すると、登録免許税や専門家報酬などで30万円程度は見ておく必要があります。その費用で「社長」という肩書きを得て、社会保険に入り、節税するための基盤が整うわけです。
2‑2. 毎年の固定費が増加
- 社会保険会社負担:報酬額の約15%
- 法人住民税の均等割:赤字でも7万円前後は必ずかかります。
- 法人税・法人事業税・消費税:利益が出れば課税対象に加え、消費税の申告義務も発生。
- 税理士への申告報酬:個人より高額になるケースが多く、年間20万円〜の追加出費も。
2‑3. 業務やガバナンスの負担
経費精算、役員報酬の調整、株主総会や社員総会の開催、商業登記の維持…法人としての運営は自由度が下がる上、管理負担が地味に重くなります。
3. 「法人化 → 個人事業主への戻し方」解説
個人に戻すためには以下の手続きを経る必要があります。
3‑1. 解散決議 → 法人の清算
法人解散の登記を行った後、清算人を選任し、清算業務を開始。資産・負債の整理、利害関係人への通知、税務申告などを行います。
3‑2. 完全清算が絶対条件
法人に借金や未払い債務があると清算できません。赤字であっても義務を果たす必要があり、返済が不可能なら金融機関に債務免除の交渉を行い、個人が返済を引き継ぐ契約を結ぶ必要があります。
3‑3. 株主への清算金の返還
資産から負債を差し引いた残額を株主(実質的にはあなた)に分配します。例えば資産2,000万円、負債1,200万円なら、差額800万円が清算金。そのうち資本金10万円として出資した場合、790万円が「みなし配当」としてあなたに支払われ、所得税の対象になります(税率は20%程度)。
3‑4. 専門家(税理・司法書士)への報酬
法人設立以上に、解散・清算手続きには専門家報酬と実務負担もかかります(数十万円単位)。
4. 「戻りたいと思ったら、もう時すでに遅し」厳しい現実
「法人にしてから戻りたい」と思うような段階では、既に資金繰りが厳しくなっているケースが多いようです。
- 社会保険の負担(報酬×15%)
- 均等割:赤字でも約7万円
- 税理士報酬:毎年10万〜30万円
節税や信用ために始めた法人が、支出ばかり膨らむ羽目に。「マイクロ法人設立の段階で失敗してしまった…」という例も少なくありません。
個人への後戻りを考え始めた時には、
- 債務返済負担
- 清算コスト
- みなし配当にかかる一時的な課税
…などが重なり、結局「実質的に法人を続ける」ことになるケースも多いのです。
5. だからこそ「法人化前にやるべきこと」まとめ
5‑1. 所得の安定性を見極める
「年間所得900万円〜1,000万円」というラインは目安です。目安以下でも税率だけ見て法人化すると、固定費負担に見合わず、節税効果が薄くなります。安定して所得を高い水準でキープできる見込みがあるなら検討余地あり。
5‑2. シミュレーションを実行:シンプルでOK
- ①前提条件:所得1,200万円/売上2,000万円/経費500万円
- ②法人化後(法人税、社会保険、税理士報酬等を加味)と比較
それにより、節税額>固定費・手続きコストであるかどうかを判断しましょう。
5‑3. 借入や融資がある場合は慎重に
マイクロ法人でも、金融機関から借入があると「連帯保証」「経営者保証」がついているケースがほとんど。「法人化から個人化に戻す」だけでは債務の免除にはならず、本人責任が残るリスクがあります。借入返済計画も含め、事前に専門家と相談を。
5‑4. マイクロ法人専用の設計を意識する
もし法人化をするなら、「法人でできること」を明確に整理しておきましょう。
- 社会保険だけは法人側で負担しつつ、経費をコントロール
- 法人名義で資産(PC・備品・車両など)を購入し必要経費化
- 小さく始めることを前提にし、規模を拡大しない範囲でやる
法人化は「自由度を奪う代わりに得るものがあるか?」の判断が重要です。
6. ケーススタディ:シュミレーション数字で比較
以下の数値は、マイクロ法人設立後5年目・売上2,500万円・所得1,200万円で安定しているケースです。
- 売上:2,500万円
- 経費:800万円(PC備品費、通信費など)
- 法人利益:700万円
- 法人税等負担:約160万円(中小法人課税率適用)
- 役員報酬:月給50万円/年600万円(社会保険料:900万円 × 15% ≒ 135万円)
- 法人に残る利益:700万円 − 160万円 − 135万円 − 税理士報酬120万円=…ずばり285万円
さらに、代表者個人の所得で約800万円。これに累進課税と社会保険料(約100万円)がかかります。
→マイクロ法人設立後も手残りを年間300〜400万円に維持できれば、「設立の意味あり」でしょう。
7. 最後に:法人化は「戻れない前提」で進めよう
動画でも話されていた通り、「将来的に戻りそうだ…」と思い始めた時点で、法人化の前提条件として揃っていない可能性があります。また、戻す手続きは以下リスクを伴います:
- 借金まるごと負担が残るか、精算コストを払うか
- みなし配当への課税負担とその時点の所得次第では重税になる
- 解散・資産整理などで専門家報酬が数十万〜数百万円単位で発生
だからこそ法人化を考えるなら、「当面戻らない前提」で慎重な判断と計画を。
✅ まとめ:目指すは「計画的マイクロ法人化」
やること |
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①、所得の安定を見極めよう:900万円/1,000万円を目安に |
②、法人化前にシミュレーション:節税効果 vs コスト |
③、借入があるなら保証責任をチェック |
④、マイクロ法人のスタンスを明確に:資産購入・社会保険のみ対象など |
⑤、専門家と相談しながら設立を進め、数年間の運用を見据える |
法人化はビジネス拡大や信用獲得には有効ですが、「軽く法人化して、いつでも戻れるようにしておこう」という考えは、むしろ危険。準備の段階でしっかりと数字やリスクを見極め、真剣に判断しましょう。