【起業検討者必読】法人化は本当に有利?会社設立のメリット・デメリットと、安易な法人化が招く10のリスク

法人設立

「個人事業主やフリーランスとして活動しているが、そろそろ会社を設立した方が良いのだろうか?」
「法人税の方が安いと聞くし、社長という肩書きも魅力的だ。」
「インボイス制度への対応を機に、法人化を検討している。」

近年、このような理由で法人設立に関心を持つ方が増えています。専門家からも「会社を作った方が絶対良い」と勧められるケースもあるでしょう。しかし、法人化は本当に万能な解決策なのでしょうか?安易な気持ちで会社を設立すると、思わぬ手間やコスト、リスクに直面する可能性があります。

本記事では、会社設立を検討する際に知っておくべき10の潜在的なデメリットや注意点、そしてそれでもなお法人化を選択する最大のメリットについて、客観的かつ具体的に解説していきます。一時的な感情や不確かな情報に流されず、自身の事業状況や将来のビジョンと照らし合わせ、最適な選択をするための一助となれば幸いです。

なぜ会社を設立したいのか?よくある動機とその背景

個人事業主やフリーランスが法人化を考える動機は様々ですが、代表的なものとしては以下のような点が挙げられます。

  • 本格的な事業展開への意欲: 個人事業の枠を超え、より大きなビジネスに挑戦したい。
  • 社会的信用の向上: 「株式会社」や「社長」といった肩書きによる対外的な信用の獲得。
  • 税負担の軽減期待: 「法人税の方が所得税よりも安い」という情報に基づく節税への期待。
  • インボイス制度への対応: 売上1,000万円以下の免税事業者であっても、インボイス発行事業者となる必要性から、いっそ法人化して課税事業者となり、事業規模拡大を目指すという考え方。

これらの動機は理解できるものの、それぞれの背景には慎重に検討すべき側面が含まれています。特に、専門家からの「法人化推奨」にも、様々な意図が隠されている可能性があることを念頭に置く必要があります。

会社(法人)を作らない方が良いかもしれない10の理由

法人化には確かにメリットがありますが、同時に多くのデメリットや負担も伴います。ここでは、安易な法人化を思いとどまらせる可能性のある、10の代表的な理由を解説します。

1. 法人税は必ずしも「安い」とは限らない

「法人税は所得税よりも税率が低いから得だ」という話はよく耳にしますが、これは必ずしも全てのケースに当てはまるわけではありません。

  • 所得規模による税率の違い:
    • 法人税等(実効税率): 会社の所得(利益)に対して課される税金で、所得規模や資本金に応じて税率は変動しますが、概ね20%台前半から30%台半ば程度です。
    • 所得税・住民税: 個人の所得に対して課される税金で、所得が多くなるほど税率が上がる累進課税制度が採用されています。所得が低い場合は法人税率よりも低い税率が適用されますが、高額所得者(例えば課税所得4,000万円超)になると、所得税と住民税を合わせて55%もの高率になる場合があります。
  • 控除制度の違い:
    • 個人事業主の場合、青色申告特別控除(最大65万円)など、法人にはない所得控除の制度があります。これにより、同じ利益額でも個人の課税所得の方が低くなる場合があります。

したがって、個人の所得がそれほど高くない場合や、青色申告特別控除のメリットが大きい場合には、法人化したからといって必ずしも税負担が大幅に軽減されるとは限りません。 むしろ、後述する法人特有のコストや手間を考慮すると、トータルで不利になる可能性すらあります。法人化による税メリットを享受できるのは、一般的に個人の所得がかなり高い水準にある場合に限られると言えるでしょう。

2. 法人名義の銀行口座開設は意外とハードルが高い

個人であれば、比較的簡単に銀行口座を開設できます。しかし、法人名義の銀行口座を開設するとなると、そのハードルは格段に上がります。

  • 審査の厳格化: 法人口座は、反社会的勢力による不正利用(振り込め詐欺など)を防ぐため、金融機関による審査が非常に厳しくなっています。
  • 事業実態の証明: 会社の事業内容、事業計画、資本金の額、事務所の有無など、事業の実態を具体的に証明する必要があります。設立間もない会社や、事業内容が曖昧な会社は、口座開設を断られるケースも少なくありません。
  • 信用力の問題: 個人としての信用力とは別に、法人としての信用力が問われます。実績のない新設法人の場合、メガバンクなど大手金融機関での口座開設は特に難しい傾向があります。ネット銀行や信用金庫など、比較的ハードルの低い金融機関から検討する必要が出てくるかもしれません。

法人口座が開設できなければ、事業の入出金管理ができず、会社としての活動が著しく制限されます。特に、芸能活動など、個人の人的役務提供が中心となる事業の場合、その事業実態を金融機関に理解してもらうのに苦労することがあります。

3. 会社設立・維持のための「登記」手続きが煩雑で費用もかかる

会社を設立するには、法務局への設立登記が必要です。また、設立後も、役員の任期満了ごと(株式会社の場合、通常2年~最長10年)の役員変更登記(重任登記)や、本店所在地の変更、事業目的の変更など、何かしら変更が生じるたびに登記手続きが必要となります。

  • 社長の住所公開リスク: 会社の登記事項には、代表取締役(社長)の住所も記載され、一般に公開されます。これにより、プライバシーに関する懸念が生じる可能性があります。
  • 登記懈怠による罰金: 役員の任期が満了したにもかかわらず、重任登記を怠った場合など、登記を怠ると過料(罰金)が科されることがあります。数万円程度の罰金とはいえ、余計な出費と手間が発生します。
  • 専門家への依頼費用: 登記手続きは専門的な知識が必要なため、司法書士などの専門家に依頼するのが一般的ですが、その際には当然費用が発生します。

これらの登記手続きは、個人事業主にはない法人特有の負担です。

4. 株主との関係性が複雑化するリスク

会社を一人で設立し、全株式を自身で保有する(一人株主・一人社長)場合は問題ありませんが、複数人で出資して会社を設立したり、外部から出資を受け入れたりすると、株主との関係性が重要になってきます。

  • 意見の対立: 経営方針や利益配分などを巡り、株主間で意見が対立し、経営が停滞するリスクがあります。
  • 経営権の争い: 株式の保有割合によっては、経営権を巡る争いが生じる可能性もあります。
  • 株式譲渡・相続の問題: 株主が株式を譲渡したり、亡くなったりした場合、株式の評価や相続手続きが複雑になることがあります。特に、非公開会社の場合、株式の売買は容易ではなく、株価の算定も難航しがちです。

共同経営や出資の受け入れは、事業拡大の有効な手段となり得ますが、同時に人間関係のトラブルや経営の複雑化を招くリスクも内包していることを理解しておく必要があります。

5. 社会保険・労働保険の手続きと負担増

従業員を一人でも雇用すると、会社は社会保険(健康保険・厚生年金保険)および労働保険(労災保険・雇用保険)への加入手続きを行い、保険料を納付する義務が生じます。

  • 保険料の会社負担: 社会保険料は、従業員と会社が原則として折半で負担します。従業員が増えれば増えるほど、会社の保険料負担も増加します。
  • 事務手続きの煩雑さ: 保険加入手続き、毎月の保険料計算・納付、従業員の入退社に伴う手続きなど、事務作業が大幅に増加します。これらの業務を社内で行うか、社会保険労務士などの専門家に委託する(別途費用が発生)必要があります。
  • 労務管理の責任: 労働基準法をはじめとする労働関連法規を遵守し、従業員の労働時間管理、有給休暇の付与、安全衛生管理など、適切な労務管理を行う責任が生じます。

これらの負担は、個人事業主が従業員を雇用する場合にも一部生じますが、法人の方がより厳格な対応を求められる傾向があります。

6. 源泉徴収義務と事務作業の増加

会社は、役員や従業員に給与や報酬を支払う際、所得税等を天引き(源泉徴収)し、それを国に納付する義務があります。また、外部の個人事業主(弁護士、税理士、デザイナー、ライター、芸能人など特定の業務を行う者)に報酬を支払う際にも、源泉徴収が必要となる場合があります。

  • 毎月の納付義務: 源泉徴収した所得税は、原則として支払った月の翌月10日までに税務署に納付しなければなりません(納期の特例制度あり)。
  • 年末調整: 従業員については、年末に年末調整を行い、年間の所得税額を精算する義務があります。
  • 支払調書の作成・提出: 年間を通じて支払った給与や報酬について、支払調書を作成し、税務署や市区町村に提出する必要があります。

これらの源泉徴収に関する事務作業は、経理担当者や税理士に委託することが一般的ですが、その責任は会社にあります。ミスがあれば、加算税や延滞税といったペナルティが科されることもあります。

7. 役員自身の給与・賞与設定の不自由さ

個人事業主であれば、事業から得た利益は基本的に自分のものとして自由に使うことができます(もちろん事業用と個人用は区別すべきですが)。しかし、法人の場合、社長であっても会社から受け取る給与(役員報酬)や賞与(役員賞与)の決め方には、税法上の制約があります。

  • 定期同額給与の原則: 役員報酬は、原則として毎月同額でなければ、会社の経費(損金)として認められません。期中に自由に金額を変更することはできません(事業年度開始から3ヶ月以内などの一定期間を除く)。
  • 役員賞与の損金算入制限: 役員賞与を経費として認めてもらうためには、事前に税務署に届出を行う「事前確定届出給与」の制度を利用するなど、厳格な手続きが必要です。届出なしに支払った役員賞与は、原則として経費になりません。

これらのルールは、役員報酬や役員賞与が利益操作の手段として恣意的に利用されることを防ぐためのものですが、経営者にとっては資金繰りの柔軟性を欠く要因となることもあります。「今月は業績が良いから報酬を増やそう」「急な出費が必要になったから報酬を引き出そう」といった自由な対応は、法人では基本的にできません。

8. 税務調査の対象となる確率の上昇

税務署による税務調査は、個人事業主よりも法人の方が対象となる確率が高いと言われています。国税庁の統計によれば、法人に対する実調率(実際に調査が行われる割合)は、個人事業主に対する実調率よりも数倍高い傾向にあります。

  • 調査期間の長さ: 法人の税務調査は、通常2日間程度かけて行われることが多く、その間、社長や経理担当者は調査に対応する必要があります。
  • 準備の負担: 調査に備えて、帳簿書類や証拠資料を整理・準備する手間もかかります。
  • 精神的負担: 税務調査は、経営者にとって精神的なプレッシャーとなることも少なくありません。

もちろん、適正な会計処理と納税を行っていれば過度に恐れる必要はありませんが、調査対応のための時間的・精神的コストは考慮しておくべきでしょう。

9. いわゆる「節税保険」の効果は限定的

かつては、法人契約の生命保険などを活用し、保険料を経費として計上することで税負担を軽減しつつ、将来的に解約返戻金などを受け取るという「節税保険」が一定の効果を発揮した時代もありました。

しかし、近年、国税庁による規制が強化され、多くの「節税保険」はその効果が大幅に薄れています。現在では、支払った保険料の全額が損金として認められるケースは稀であり、また、将来受け取る解約返戻金は益金として課税されるため、トータルで見ると必ずしも有利とは言えない場合が多くなっています。

「保険に加入して節税する」という安易な考え方は、もはや通用しにくくなっていると認識すべきです。

10. 税理士等への報酬(顧問料)の増加

個人事業主として確定申告を税理士に依頼する場合と、法人として決算申告や日々の経理業務のサポートを税理士に依頼する場合とでは、一般的に税理士報酬(顧問料)は法人の方が高くなります。

  • 業務の複雑化: 法人の会計・税務処理は、個人事業主よりも複雑であり、作成・提出すべき書類も多岐にわたります。
  • 責任の増大: 税理士側の責任も大きくなるため、それに見合った報酬設定となるのが通常です。
  • 付随業務の増加: 社会保険や源泉徴収に関する相談など、個人事業主にはない業務への対応も求められることがあります。

個人事業主時代の顧問料の2倍から3倍程度になるケースも珍しくありません。このコスト増も、法人化の際には考慮しておくべき重要なポイントです。

それでも会社(法人)を設立する最大のメリットとは?

これほど多くのデメリットや注意点を挙げましたが、それでもなお多くの人が法人化を選択するのはなぜでしょうか。様々なメリットが考えられますが、その中でも最も本質的かつ重要なメリットは**「社会的信用力の向上」**であると言えます。

  • 取引先からの信頼: 「株式会社」という形態は、一定の規律のもとに運営されているという印象を与え、個人事業主よりも取引先からの信用を得やすい傾向があります。特に、大企業との取引や、継続的な取引を目指す場合には、法人格が有利に働くことがあります。
  • 金融機関からの評価: 適切な事業計画と実績があれば、個人事業主よりも法人の方が、金融機関からの融資を受けやすくなる場合があります。
  • 人材採用における有利性: 求職者にとって、個人商店よりも株式会社の方が、安定性や将来性といった面で魅力的に映り、優秀な人材を確保しやすくなる可能性があります。
  • 資金調達手段の多様化: 株式会社であれば、株式発行による出資の受け入れなど、個人事業主にはない多様な資金調達手段を活用できる可能性があります。

もちろん、法人化したからといって自動的に信用が得られるわけではありません。日々の誠実な事業活動と、健全な財務内容があってこそ、真の信用は築かれるものです。しかし、法人格を持つことは、そのための「土台」や「器」として機能する側面があることは否定できません。

特に、「大きなビジネスを手がけたい」「社会的な認知度を高めたい」「多くの人と協力して事業を成長させたい」といった強いビジョンを持つ人にとっては、法人化は避けて通れない道となるでしょう。

結論:法人化は「覚悟」の証。安易な選択は禁物。

会社設立は、単なる手続きではなく、経営者としての「覚悟」を内外に示す行為でもあります。それは、より大きな責任を負い、社会的な存在として事業を継続していくという意思の表れです。

しかし、その「覚悟」が曖昧なまま、あるいは目先の節税や体裁のためだけに法人化を選択すると、今回挙げたような様々なデメリットや負担に直面し、後悔することになりかねません。

法人化を検討する際には、まず「なぜ会社を作りたいのか」「会社を作って何を成し遂げたいのか」という根本的な動機と目的を明確にすることが不可欠です。そして、メリットとデメリットを冷静に比較検討し、自身の事業規模、将来の展望、そして何よりも「経営者としての覚悟」と照らし合わせて、慎重に判断することが求められます。

特に、事業を開始したばかりの段階や、まだ事業規模が小さい場合には、まずは個人事業主としてスタートし、事業がある程度軌道に乗り、法人化のメリットがデメリットを上回ると判断できるタイミングで法人成りするというのが、リスクを抑えた賢明な進め方と言えるでしょう。

最終的な判断は、個々の状況によって異なります。信頼できる専門家(税理士、司法書士、経営コンサルタントなど)に相談し、多角的なアドバイスを受けながら、後悔のない選択をしていただきたいと思います。