「もし、もう一度ゼロから事業を始めるとしたら、何から手をつけるだろうか?」
すでに会社を経営されている社長の皆様も、ふとこう考えることがあるかもしれません。無我夢中で駆け抜けた創業期。当時は知らなかったけれど、「あの時こうしておけば、もっと楽だったのに…」「もっと早く知っていれば、無駄な税金を払わずに済んだのに…」と感じることは一つや二つではないはずです。
これから独立を目指す個人事業主やフリーランスにとって、創業期は希望に満ち溢れていると同時に、何をすべきか分からず不安な時期でもあります。特に、税金に関する手続きは「知らなかった」では済まされません。 たった一枚の書類を出し忘れただけで、将来受けられるはずだった何十万円もの税金の優遇措置を逃してしまう、ということが現実に起こるのです。
この記事は、これから独立する方、そしてすでに経営者として活躍されている方が自身の原点を見つめ直し、後進にアドバイスをするためにも役立つ、 「事業を始めたら、すぐにやるべきこと」 を徹底的に解説する超入門ガイドです。
- 絶対に忘れてはいけない、税務署への届出3つのポイント
- 独立準備期間の支出も経費になる!「開業費」という魔法の言葉
- スタートダッシュで差がつく!最初に検討すべき最強の節税策
など、創業期に特化した必須のアクションを、専門用語を極力使わずに分かりやすくお伝えします。この「最初の一歩」を正しく踏み出すことが、その後の事業の成長を大きく左右します。ぜひ最後までお付き合いください。
結論:創業期の行動が、将来の税金を左右する
本題に入る前に、この記事の最も重要な結論をお伝えします。
「独立してすぐにやるべきことの多くは、税金に関する手続きである。そして、それを最初にやっておかないと、後からでは取り返しがつかない『損』をする」
税金の話は、つい後回しにしがちです。しかし、これからご紹介する手続きの多くは、 「開業してから2ヶ月以内」 といった厳しい提出期限が設けられています。このチャンスを逃すと、受けられるはずだった節税メリットが永久に失われてしまうのです。だからこそ、「すぐやる」ことが何よりも重要なのです。
なぜ税金の知識が必要?所得税の基本構造をおさらい
具体的な手続きに入る前に、なぜこれらのアクションが重要なのかを理解するため、所得税の計算の仕組みを簡単におさらいしておきましょう。
個人の所得税は、以下の3ステップで計算されます。
- 所得金額の計算: 売上 – 必要経費 = 事業所得(儲け)
ここでの節税の基本は、事業にかかった経費を漏れなく計上することです。 - 課税所得の計算: 事業所得 – 所得控除 = 課税所得
儲けから、さらに扶養家族の有無や医療費などの個人的な事情を考慮した「所得控除」を差し引きます。 - 税額の計算: 課税所得 × 税率 = 所得税額
最終的に、税率をかける元となる「課税所得」をいかに小さくするかが、節税の鍵となります。
これからご紹介する手続きは、この計算式の「必要経費」や「所得控除」を増やしたり、そもそも「所得」そのものを減らしたりする効果を持つ、極めて強力なものなのです。
【本題】創業したらすぐにやるべきこと3選
お待たせいたしました。ここからは、独立したら真っ先に手をつけるべき3つの重要事項を、一つずつ詳しく解説していきます。
【第1選】税務上の届出書の提出 – これを忘れると始まらない
事業を始めたら、まず「私はここで事業を始めましたよ」ということを税務署にお知らせする必要があります。法人の場合は設立登記という厳格な手続きがありますが、個人事業主の場合は、いくつかの書類を税務署に提出するだけです。しかし、この「だけ」が非常に重要なのです。
提出すべき代表的な届出書は以下の通りです。
届出書の種類 | 内容 | 提出期限の目安 |
① 個人事業の開業・廃業等届出書 | 事業を開始したことを税務署に届け出る、最も基本的な書類。 | 開業から1ヶ月以内 |
② 所得税の青色申告承認申請書 | 【最重要】 税務上の数々の特典が受けられる「青色申告」をするための申請書。 | 開業から2ヶ月以内 |
③ 青色事業専従者給与に関する届出書 | 家族に給与を支払い、それを経費にするための届出書。 | 開業から2ヶ月以内 |
④ 給与支払事務所等の開設届出書 | 従業員を雇用し、給与を支払う場合に提出。 | 開設から1ヶ月以内 |
⑤ 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書 | 従業員の給与から天引きした源泉所得税の納付を、毎月から年2回にまとめるための申請書。 | 特になし |
この中で、従業員を雇わない一人社長やフリーランスにとって、絶対に、絶対に忘れてはならないのが①と②です。特に、②の 「青色申告承認申請書」 の提出は、あなたの将来の納税額を何十万円、何百万円と変える可能性を秘めた、最重要アクションです。
【なぜ「青色申告」はそんなに重要なのか?】
「青色申告」とは、簡単に言えば「きちんと帳簿をつけてくれる真面目な納税者には、税金面でたくさんのご褒美(特典)をあげますよ」という制度です。このご褒美が、非常に強力なのです。
- 青色申告特別控除: なんと、所得から最大で65万円を無条件で差し引くことができます。税率30%の人なら、これだけで約20万円も税金が安くなります。お金の支出を伴わない、最強の節税策の一つです。
- 青色事業専従者給与: 家族に支払った給与を全額経費にできます。所得を分散させ、世帯全体での税負担を軽減できます。
- 純損失の繰越控除: 事業で出た赤字を、翌年以降3年間にわたって黒字と相殺できます。起業初期の赤字を将来の節税に繋げられます。
- 少額減価償却資産の特例: 30万円未満の備品(パソコンなど)であれば、購入した年に一括で経費にできます。
これらの特典は、すべて「青色申告」をすることが大前提です。そして、青色申告をするためには、 「開業日から2ヶ月以内」 に「青色申告承認申請書」を提出しなければなりません。1日でも遅れたら、その年は特典を一切受けられず、税金面で圧倒的に不利な「白色申告」しかできなくなります。
【開業日っていつ?】
法人のように登記日がない個人事業主にとって、「開業日」は自己申告です。一般的には、最初に提出する「開業届」に記載した日付が、あなたの事業の公式なスタート日となります。この日付を基準に、すべての届出の期限が計算されるため、開業届の提出は非常に重要です。
【第2選】開業準備期間中の経費の集計 – 過去の支出も無駄にしない
「独立前に参加したセミナー代や、打ち合わせの交通費。これって経費にならないのかな…」
答えは「YES」です。開業日より前に、事業の準備のために支払った費用は 「開業費」 として、経費にすることができます。
【開業費とは?】
開業費は、会計上「繰延資産」という特殊な資産として一旦計上されます。そして、この開業費のすごいところは、 「好きな年に、好きな金額だけ、経費として償却(費用化)できる(任意償却)」 という点です。
例えば、開業準備に50万円かかったとします。この50万円を、
- 利益がたくさん出た年に全額経費にして、税金を抑える。
- 5年間にわたって10万円ずつ経費にする。
- 赤字の年は経費にせず、将来の黒字に備えてとっておく。
というように、会社の利益状況に合わせて、経費にするタイミングを自由にコントロールできるのです。これは、非常に強力な節税の調整弁になります。
【開業費にできるものの例】
- 事業に関するセミナー参加費、書籍代
- 取引先との打ち合わせのための飲食費、交通費
- 名刺やホームページの作成費用
- 事務所の契約に関わる費用
- 市場調査のための費用
【注意点】
- 10万円以上のパソコンなど、長期にわたって使用するものは開業費ではなく、別途「減価償却資産」として計上します。
- 事務所の敷金や保証金は、返還される性質のものなので開業費にはなりません。
- 商品の仕入れ代金も開業費ではなく「仕入(在庫)」となります。
独立を決意したその日から、事業に関連する支出の領収書やレシートは、一枚たりとも捨てずに保管しておく習慣をつけましょう。その一枚が、未来の税金を減らす貴重な証拠になるのです。
【第3選】節税対策の検討 – スタートダッシュで差をつける
事業を始めてから「さて、節税はどうしようか」と考えるのでは、手遅れになることがあります。特に、以下の3つの節税策は、創業のタイミングで検討し、準備を始めることで、その効果を最大限に発揮できます。
- 小規模企業共済への加入:
これは、国が作った「個人事業主や小規模企業の経営者のための退職金制度」です。掛金(月額最大7万円)が 全額「所得控除」 になり、将来自分のために積み立てながら、現在の税金を大幅に減らすことができます。受け取る時も税制優遇が大きく、節税と資産形成を両立できる、経営者なら真っ先に検討すべき制度です。 - 青色申告特別控除(最大65万円)の活用:
第1選でも触れましたが、これは最強の節税策の一つです。最大65万円の控除を受けるためには、複式簿記での記帳が必須となります。創業当初から、会計ソフトを導入し、日々の取引をきちんと記録する体制を整えることが重要です。 - 青色事業専従者給与の検討:
もし、配偶者や親族が事業を手伝ってくれるのであれば、この制度の活用を検討しましょう。家族に給与を支払い、所得を分散させることで、世帯全体での手取り額を最大化できる可能性があります。この制度を利用するためにも、事前に税務署への届出が必要です。
これらの制度は、いずれも「知っているか、知らないか」「準備したか、しなかったか」で、将来の手残りが大きく変わってきます。事業計画を立てるのと同時に、これらの節税計画もスタートさせることが、賢い経営者の第一歩です。
【+α】税金以外で、創業期にやっておくべきこと
税務手続きと並行して、事業の基盤を整えるためのアクションも重要です。これらを早めに済ませておくことで、本業に集中できる環境が整います。
- ① 事業用の銀行口座の開設:
プライベート用の口座と事業用の口座は、必ず分けましょう。お金の流れが明確になり、経理処理が格段に楽になります。また、将来法人化する際や、融資を受ける際にも、事業用口座でのお金の動きが信用の証となります。銀行によっては、屋号付きの口座を開設することも可能です。 - ② 事業用のクレジットカードの作成:
経費の支払いを一枚のカードに集約することで、経費の管理が容易になります。銀行口座と同様に、プライベート用と事業用を分けるのが理想です。ただし、カード会社の規約でビジネス利用が制限されている場合もあるため、法人カードやビジネスカードの作成を検討しましょう。 - ③ 会計ソフトの導入:
青色申告で65万円控除を目指すなら、会計ソフトの導入は必須です。今では、安価で高機能なクラウド会計ソフト(freee、マネーフォワードなど)が多数あります。銀行口座やクレジットカードと連携すれば、日々の取引が自動で取り込まれ、経理作業の手間を大幅に削減できます。 - ④ マーケティングツールの準備:
どんなに良い商品やサービスも、知ってもらわなければ売れません。事業の「顔」となる、屋号、ロゴ、名刺、ホームページ、パンフレットなどの準備は、コストをかけるべき重要な投資です。特に、現代においてホームページは会社の信頼性を示す重要なツールです。創業当初から情報発信の基盤を整えておきましょう。 - ⑤ オフィスや店舗の契約:
物理的な拠点が必要な業種であれば、当然ながら最優先事項の一つです。自宅を事務所とする場合も、前述の「家事関連費」の考え方を念頭に、事業スペースを確保しましょう。
これらの準備は、一見すると地味な作業に思えるかもしれません。しかし、しっかりとした土台の上にしか、大きな建物は建ちません。事業の土台作りを丁寧に行うことが、将来の成功への近道となるのです。
まとめ:最初の一歩が、10年後のあなたを決める
今回は、個人事業主として独立したらすぐにやるべきことを、税務面を中心に解説しました。
最後に、今日の内容をもう一度おさらいします。
- やるべきこと①【税務上の届出】: とにかく 「開業届」と「青色申告承認申請書」は開業から2ヶ月以内 に提出する。これがすべての始まり。
- やるべきこと②【開業費の集計】: 独立準備期間の領収書は宝物。1枚残らず保管し、未来の節税に繋げる。
- やるべきこと③【節税対策の検討】: 「小規模企業共済」「青色申告特別控除」「専従者給与」 は、スタートダッシュで差がつく3大節税策。創業と同時に検討を始める。
- +α【事業基盤の整備】: 「口座」「カード」「会計ソフト」「マーケティングツール」 を整え、本業に集中できる環境を作る。
私自身も、独立開業してから15年以上の月日が経ちました。振り返ってみると、創業期にこれらの手続きや準備をしっかり行っておいたことが、その後の事業運営をどれだけスムーズにしてくれたか計り知れません。逆に、当時は知らずに損をしてしまった経営者の方も、これまで数多く見てきました。
これから独立される方も、すでに経営の道を歩まれている方も、この「最初の一歩」の重要性を改めて認識していただければと思います。正しい知識を持ってスタートを切ることが、あなたの事業を盤石なものにし、10年後、20年後の成功へと繋がっていくはずです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。