「会社設立のコストを抑えたい」
「手続きが簡単な方がいい」
これから起業を目指す方や、個人事業主からの法人成りを検討している方にとって、 「合同会社(Godo Kaisha, GK)」 は、その手軽さから非常に魅力的な選択肢に見えるかもしれません。
しかし、その手軽さの裏に、株式会社にはない、経営者の死と同時に会社が消滅し、遺族に巨額の税金が降りかかるという、恐るべき落とし穴が潜んでいることをご存知でしょうか。
「合同会社は相続できないって、どういうこと?」
「所得税と相続税のダブル課税って、何が起こるの?」
もし、あなたが合同会社の経営者である、あるいはこれから設立しようと考えているのであれば、この問題を知らないことは、時限爆弾を抱えて経営しているのと同じくらい危険です。
この記事では、多くの経営者が見落としがちな「合同会社の相続」という重大なリスクについて、その仕組みから、なぜダブル課税が発生するのか、そしてその致命的なリスクを回避するための具体的な対策まで、専門的な内容を噛み砕いて徹底的に解説します。
あなたの会社と、大切な家族の未来を守るために。ぜひ最後までお読みください。
第1章:株式会社 vs 合同会社|なぜ合同会社は選ばれるのか?
本題に入る前に、まず「株式会社」と「合同会社」の基本的な違いと、なぜ合同会社が選ばれるのかを整理しておきましょう。この違いを理解することが、後のリスクを理解する上で重要になります。
設立コストと運営の手軽さで勝る「合同会社」
合同会社が選ばれる最大の理由は、その設立コストの安さと運営のシンプルさにあります。
項目 | 株式会社 | 合同会社 |
設立費用(最低額) | 約20万円~ | 約6万円~ |
定款の認証 | 必要(3万円~) | 不要 |
登録免許税 | 最低15万円 | 最低6万円 |
役員の任期 | 最長10年(再任登記が必要) | 任期なし(登記不要) |
決算公告の義務 | あり(義務) | なし(不要) |
このように、設立費用だけで15万円以上の差があり、10年ごとに発生する役員変更登記の手間とコストもかかりません。決算書を官報に掲載する「決算公告」の義務もないため、とにかく「安く、早く、手間なく」会社を作りたいというニーズに、合同会社は完璧に応えてくれます。
信用力と柔軟性で勝る「株式会社」
一方、株式会社には、合同会社にはない大きなメリットがあります。
- 社会的信用力が高い:
言うまでもなく、「株式会社」という名称は社会的に広く認知されており、信用力が高いです。金融機関からの融資や大手企業との取引において、合同会社よりも有利に働くことがあります。 - 代表者住所の非表示が可能:
2022年10月の法改正により、株式会社は登記簿謄本に記載される代表取締役の個人住所を、申し出により非表示にすることが可能になりました。プライバシー保護の観点から、これは非常に大きなメリットです。合同会社にはこの制度は適用されません。 - 所有と経営の分離:
株式会社は、お金を出す人(株主)と、経営をする人(取締役)を分けることができます。これにより、経営に関与しない配偶者を非常勤役員にして節税を図るなど、柔軟な組織設計が可能です。
第2章:合同会社の致命的な欠陥|社員の死亡=会社の解散
さて、ここからが本題です。
株式会社と合同会社の最も決定的で、そして致命的な違い。それは、代表者の死亡時の取り扱いです。
【株式会社の場合】
社長が亡くなっても、会社が即座に解散することはありません。社長が所有していた「株式」は、遺言や遺産分割協議によって、配偶者や子供などの相続人に引き継がれます。相続人が新たな株主となり、株主総会で新しい取締役を選任することで、会社は存続し、事業を継続することができます。つまり、会社の所有権(株式)は、スムーズに相続されるのです。
【合同会社の場合】
ここが恐ろしい点です。合同会社の法律(会社法)では、社員(※)の死亡は「退社」事由と定められています。
(※)注意:合同会社でいう「社員」とは、従業員のことではありません。出資者であり、業務執行権を持つ経営者のことを指します。株式会社でいう「株主兼取締役」のような存在です。
そして、もしその会社が社長一人だけの「一人合同会社」だった場合、 唯一の社員が死亡によって退社すると、会社には社員が誰もいなくなります。その結果、会社は法律の規定により、強制的に「解散」 しなければならないのです。
つまり、社長が亡くなった瞬間に、会社も死ぬ。
これが、合同会社が抱える最大のリスクです。相続人に事業を引き継がせたくても、会社の「社員」という地位は、株式会社の「株式」のように自動的には相続されません。
第3章:地獄のダブル課税|所得税と相続税が遺族に襲いかかる
社長の死亡と同時に会社が解散するだけでも大問題ですが、悲劇はそれだけでは終わりません。
ここから、遺族に対して 「所得税」と「相続税」という、2つの巨額な税金が同時に襲いかかる という、悪夢のような事態が発生します。
このダブル課税の仕組みは非常に複雑ですが、経営者として必ず理解しておく必要があります。
① 所得税の爆弾:「みなし配当課税」
社員が死亡によって退社すると、その相続人には 「持分の払戻請求権」 という権利が発生します。これは、「亡くなった社長が出資したお金と、これまで会社が稼いできた利益を、会社から返してください」と請求できる権利です。
この時、税務上、非常に恐ろしいことが起こります。
払い戻される金額のうち、当初の出資額(資本金)を超える部分、つまり 「これまで会社が内部留保してきた利益」 のすべてが、亡くなった社長への「配当」と見なされてしまうのです。
これを 「みなし配当」と呼びます。
そして、この「みなし配当」に対して、亡くなった社長の最後の所得として、極めて重い「所得税・住民税」 が課税されます。
【シミュレーションで見る恐怖】
- 設立時の出資金(資本金):100万円
- 長年の経営の結果、会社の純資産が1,000万円に増加
(内訳:資本金100万円 + 利益剰余金900万円) - 社長が死亡し、会社が解散。相続人が1,000万円の払戻しを受ける。
この場合、
1,000万円(払戻額)- 100万円(出資額)= 900万円
この900万円が、すべて「みなし配当」として、亡くなった社長の所得になります。
この900万円に対する所得税・住民税はいくらになるでしょうか。
非上場会社の配当は「総合課税」となり、所得が大きくなるほど税率が上がる超過累進税率が適用されます。その結果、配当控除という割引を考慮しても、合計で約240万円もの税金が課せられます。
遺族は、社長が亡くなった悲しみの中で、故人の最後の所得税として、いきなり240万円もの納税義務を負うことになるのです。これは、株式会社では絶対に起こりえない、合同会社特有の税金爆弾です。
② 相続税の爆弾:「高額評価」される払戻請求権
所得税の悲劇だけでは終わりません。
当然、社長が亡くなったのですから 「相続税」 の計算も必要です。
相続人は、社長が遺した財産を相続しますが、その財産の中に、先ほどの 「持分の払戻請求権」 が含まれます。この例では、1,000万円を会社から払い戻してもらう権利です。
そして、相続税の計算上、この1,000万円の権利は、額面通りの1,000万円として評価されます。
これが、株式会社の場合と大きく異なる点です。
株式会社の株式(非上場株式)を評価する場合、会社の純資産だけでなく、類似業種の上場会社の株価を参考にしたり、様々な評価方法を組み合わせることで、純資産価額よりも低い評価額になることが多く、これが相続税対策にも繋がります。
しかし、合同会社の払戻請求権には、そのような評価額の引き下げは期待できません。純資産価額がダイレクトに相続財産として評価されてしまうため、株式会社の場合に比べて、相続税額が高額になりやすいのです。
結果として、
- 亡くなった社長の所得として、巨額の「所得税・住民税」が発生。
- 相続人の相続財産として、高額評価された権利に「相続税」が発生。
この「所得税」と「相続税」のダブルパンチによって、遺族は多額の納税資金を用意しなければならず、最悪の場合、他の相続財産を切り売りしないと納税できないという事態に追い込まれかねません。
第4章:【解決策】この悲劇を回避する、たった一つの方法
「もう合同会社を作ってしまった…どうすればいいんだ…」
「こんなリスクがあるなら、合同会社なんて作るんじゃなかった…」
ここまで読んで、青ざめている経営者の方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、ご安心ください。この致命的なリスクは、ある対策を講じることで、完全に回避することが可能です。
その唯一にして最強の対策とは、会社の「定款」に、ある一文を追加しておくことです。
定款に魔法の一文を書き加える
その魔法の一文とは、以下のような条文です。
【定款記載例】
「第〇条(社員の地位の承継)
社員が死亡した場合、または合併により消滅した場合においては、当該社員の相続人(または合併後存続する法人)が、当該社員の持分を承継し、社員となるものとする。」
この一文を定款に定めておくことで、法律の原則(死亡=退社)を覆し、 「社員が死亡した場合は、相続人がその地位と持分をそのまま引き継ぐことができる」 という、会社独自のルールを作ることができるのです。
これにより、
- 社長が死亡しても、会社は解散しない。
- 持分の払戻しが発生しないため、「みなし配当課税」も起こらない。
- 相続人は「持分」そのものを相続するため、相続税の評価も株式会社の株式と同じように計算され、高額評価のリスクを避けられる。
というように、株式会社とほぼ同じ形で、スムーズな事業承継が可能になります。
今からでも遅くない!定款変更の手続き
もし、あなたの会社の定款にこの条文が入っていなくても、今からでも遅くはありません。
総社員(一人合同会社なら社長自身)の同意によって定款を変更し、この条文を追加することが可能です。
ただし、自分で安易に変更するのではなく、必ず司法書士や税理士などの専門家に相談し、法的に有効な形で定款変更の手続きを行ってください。
設立時に司法書士に依頼せず、自分で合同会社を作ったという方は、この重要な条文が抜けている可能性が非常に高いです。今すぐに、あなたの会社の定款を確認してください。
その他の対策
定款変更が最も根本的な解決策ですが、他にも以下のような選択肢があります。
- 遺言書の作成:
定款で承継を定めた上で、さらに遺言書で「会社の持分は、長男の〇〇に相続させる」と具体的に指定しておくことで、相続トラブルを防ぎ、より確実に事業承継を行うことができます。 - 株式会社への組織変更:
根本的に合同会社のリスクをなくしたい場合は、株式会社へ組織変更することも可能です。ただし、登記費用などのコストがかかるため、定款変更で対応するのが最も現実的でしょう。
第5章:結論|専門家と共に、あなたの会社の「未来」を守る
合同会社は、その設立の手軽さから、多くの起業家にとって魅力的な選択肢です。しかし、その手軽さの代償として、「相続」という未来の重大なリスクを内包しています。
- 合同会社は、原則として社長の死亡と同時に解散する。
- その際、遺族には「みなし配与」として巨額の所得税と、「高額評価された権利」に対する相続税のダブル課税が発生するリスクがある。
- このリスクは、定款に「社員の地位を相続人が承継できる」旨の一文を加えることで、完全に回避できる。
この事実を知っているか、知らないか。そして、対策を講じているか、いないか。
その差が、あなたの死後、家族が路頭に迷うか、あるいは安心して事業を引き継げるかを分ける、決定的な境界線となるのです。
会社設立は、ゴールではなく、スタートです。そして、その経営計画には、事業の成長戦略だけでなく、万が一の際の「終わり方」や「引き継ぎ方」までを含めておく必要があります。
設立時に司法書士や税理士に依頼するコストは、このような将来の計り知れないリスクを回避するための、最も価値のある「保険」と言えるでしょう。
もし、あなたが合同会社の経営者で、この記事の内容に少しでも不安を感じたなら、今すぐ顧問の司法書士や税理士に相談し、あなたの会社の定款を確認してもらってください。それが、あなたの会社と、愛する家族の未来を守るための、最も重要で、かつ緊急のタスクです。
最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。