フリーランスや個人事業主として着実に実績を積み上げ、念願の「法人化」へ。あるいは、温めてきたアイデアを胸に、新たな事業を立ち上げる「起業」へ。その輝かしい一歩を踏み出そうとしているあなたにとって、今は希望に満ち溢れた、エキサイティングな時期でしょう。
しかし、その高揚感の裏で、多くの起業家が「知らなかった」というだけで、大切なお金や時間を無駄にし、後から「こうしておけばよかった…」と後悔する落とし穴に陥っているという事実をご存知でしょうか。
法人設立は、単に書類を提出すれば終わり、という単純な手続きではありません。設立費用、会社の形態、資本金の額、設立日、決算月…これらの一つひとつの選択が、その後のあなたの会社の信用、税金の額、そして事業の成長スピードにまで、大きな影響を及ぼすのです。
そこでこの記事では、多くの人が陥りがちな「法人設立でよくある6つの失敗」をピックアップし、それを避けるための具体的な鉄則を徹底的に解説していきます。
この記事を最後まで読めば、あなたは、
- 会社設立費用を合法的に「半額」にする方法
- 会社の信用を失わない「資本金」の最適な金額
- 税金で損をしない「設立日」と「決算月」の賢い選び方
といった、知っているか知らないかで天と地ほどの差がつく、実践的な知識を身につけることができます。あなたの新しい船出が、後悔のない、最高のスタートとなるように、ぜひ最後までじっくりとお読みください。
鉄則①:設立費用を全額払うな!「特定創業支援等事業」でコストを半減させよ
法人設立の最初のハードルは、なんといっても「設立費用」です。一般的に、株式会社なら25万円~30万円、合同会社でも10万円~15万円程度の費用がかかると言われています。起業したばかりの時期において、この出費は決して小さくありません。
しかし、多くの人が知らないのですが、この設立費用は、国(自治体)が用意した制度をうまく活用することで、大幅に割り引いてもらうことが可能なのです。
【よくある失敗】
制度の存在を知らず、設立費用を正規の金額で全額支払ってしまう。
【解決策】
お住まいの市区町村が実施している 「特定創業支援等事業」 という制度を活用しましょう。
これは、国が地域の創業を促進するために設けた制度で、自治体や商工会議所などが実施する特定のセミナーや個別相談などを規定回数以上受講することで、「特定創業支援を受けた」という証明書を発行してもらえるものです。
そして、この証明書を法務局に提出することで、会社設立時に納める 「登録免許税」が半額になる という、絶大なメリットがあるのです。
例えば、東京都渋谷区のケースを見てみましょう。渋谷区では、区が指定する創業セミナーを1ヶ月以上にわたって4回以上受講するなどの条件を満たすことで、この証明書が発行されます。
登録免許税の額は、
- 株式会社: 最低15万円 → 半額の7.5万円に!(7.5万円の割引)
- 合同会社: 最低6万円 → 半額の3万円に!(3万円の割引)
たった数時間のセミナーを受けるだけで、これだけの金額が節約できるのです。時給換算すれば、これほど割の良い仕事は他にないでしょう。
この制度の対象者や支援内容は自治体によって異なりますが、多くの場合「これから創業する個人」や「創業後5年未満の事業者」などが対象となります。まずは、あなたの事業所の所在地を管轄する市区町村のホームページで「特定創業支援等事業」と検索し、どのような制度があるかを確認することから始めてください。
鉄則②:安易に「合同会社」を選ぶな!長期的な信用を考えよ
「設立費用が安いから」という理由だけで、安易に「合同会社」を選んでしまうのも、後々後悔につながりやすいポイントです。
【よくある失敗】
目先のコストの安さだけで合同会社を選択し、将来の事業拡大や資金調達の際に、株式会社にしておけばよかったと感じる。
【解決策】
特別な理由がない限り、長期的な視点に立って「株式会社」を選ぶことを強くお勧めします。
確かに、合同会社は株式会社に比べて設立費用が安く、手続きも比較的簡便です。しかし、そのメリットと引き換えに、以下のようなデメリットが存在します。
株式会社 | 合同会社 | |
信用度・知名度 | 高い | 低い(「LLC」という名称に馴染みがない人も多い) |
資金調達 | 株式発行による増資が可能。投資家からの出資を受けやすい。 | 原則として社員(出資者)からの出資のみ。外部からの大規模な資金調達には不向き。 |
意思決定 | 株主総会・取締役会で決定。所有と経営が分離可能。 | 原則として社員全員の同意が必要。迅速な意思決定が難しい場合も。 |
設立当初は、「とにかくコストを抑えたい」という気持ちが先行するかもしれません。しかし、鉄則①でご紹介した「特定創業支援等事業」を活用すれば、株式会社と合同会社の設立コストの差は、数万円程度にまで縮まります。
将来的に事業を大きくしたい、外部から資金を調達したい、優秀な人材を採用したい、といったビジョンがあるのなら、その数万円の差を惜しんで、社会的な信用度や知名度で勝る「株式会社」という選択肢を捨てるのは、非常にもったいない判断と言えるでしょう。中小企業レベルでは、設立後の運営手続きに両者で大きな差はありません。迷ったら、将来の可能性が広がる株式会社を選んでおくのが賢明です。
鉄則③:資本金「1円」は絶対にNG!会社の信用を自ら毀損するな
「資本金1円から会社は作れる」という法律上のルールを鵜呑みにして、本当に資本金を1円や数万円といった極端に低い金額に設定してしまう。これも、絶対に避けるべき致命的な失敗です。
【よくある失敗】
設立できるからという理由で資本金を1円にしてしまい、取引先や金融機関からの信用を失う。
【解決策】
最低でも設立にかかった費用分、できれば100万円程度を資本金として設定しましょう。
なぜ資本金1円がダメなのでしょうか。その理由は、 「会社の信用」 に直結するからです。会社の資本金の額は、登記簿謄本(履歴事項全部証明書)に記載され、誰でも閲覧することができます。
あなたが新しい取引先と仕事を始めようとするとき、相手はあなたの会社の登記簿謄本を確認するかもしれません。その時、資本金の欄に「1円」と書かれていたら、どう思われるでしょうか。
「この会社は、元手が1円しかないのか…」
「商品を納品しても、本当に代金を支払ってくれるだけの体力があるのだろうか?」
このように、支払い能力に大きな疑問符がつき、取引そのものを見送られてしまう可能性すらあるのです。また、鉄則①で見たように、会社の設立には最低でも10万円以上の実費がかかります。その費用すら資本金として準備できない会社、と見なされてしまうのです。
さらに、創業融資を検討している場合、資本金は「自己資金」の一部として見られます。融資を申し込む際に、「私は1円しかリスクを取りません。でも銀行は1,000万円のリスクを取ってください」というのでは、話になりません。
会社の資本金は、その会社の体力と、経営者の事業に対する「本気度」を示す、重要な指標です。対外的な信用を損なわないためにも、最低ラインとして設立費用分、そして少しでも見栄えを良くするという意味で、可能であれば100万円程度を資本金として設定することをお勧めします。
鉄則④:自宅を「登記住所」にするな!プライバシーとセキュリティを守れ
コスト削減のために、自宅の住所をそのまま法人の本店所在地として登記してしまう。これも、現代のビジネス環境においては、大きなリスクを伴う選択です。
【よくある失敗】
自宅住所を登記してしまい、プライバシーが全世界に公開され、様々なトラブルに巻き込まれる。
【解決策】
月々数千円から利用できる 「バーチャルオフィス」や「レンタルオフィス」 を活用しましょう。
法人の本店所在地は、登記簿謄本に記載され、誰でも自由に閲覧できます。つまり、自宅を登記住所にすることは、あなたのプライベートな住所をインターネット上に公開するのと同義なのです。
これにより、
- 顧客とのトラブル時に、自宅に押しかけられるリスク
- 営業電話やダイレクトメールが大量に届く
- ストーカー被害など、深刻なセキュリティリスク
といった、様々な問題を引き起こす可能性があります。
近年では、安価なバーチャルオフィスでも法人口座の開設が認められるケースが増えてきています。プライバシーと安全を守るためにも、自宅以外の住所を確保することを強く検討してください。
ただし、一つ注意点があります。それは、自宅からあまりにも離れた場所のバーチャルオフィスを契約しないことです。例えば、福岡在住なのに、東京のバーチャルオフィスを借りて東京の会社として登記した場合、地元の金融機関で法人口座を開設しようとした際に、「なぜ本店が東京にあるのですか?事業実態が確認できないので口座は作れません」と断られてしまうケースがあります。融資の際も同様です。バーチャルオフィスを利用する場合は、自身の生活圏に近い場所を選ぶようにしましょう。
鉄則⑤:設立日を「1日」にするな!たった1日で税金が数千円変わる
「キリがいいから」という理由で、設立日を4月1日や5月1日といった、月の初日に設定してしまう。一見、何の問題もないように思えますが、実はこれ、税金面でわずかながら損をしてしまう選択です。
【よくある失敗】
縁起やキリの良さを優先して設立日を「1日」にしてしまい、余分な税金を支払う。
【解決策】
設立日に特別なこだわりがなければ、月の「2日以降」に設定しましょう。
なぜなら、会社が赤字でも支払わなければならない 「法人住民税の均等割」 という税金の計算方法に理由があります。この均等割は、会社がその月に1日でも存在していれば「1ヶ月分」としてカウントされる、「月割計算」が基本となります。
- 4月1日設立の場合:
4月もまるまる1ヶ月存在していると見なされ、事業年度が12ヶ月の場合、12ヶ月分の均等割が課税されます。 - 4月2日設立の場合:
4月中は1ヶ月まるまる存在していない、と見なされ、事業年度は11ヶ月として計算されます。
このたった1日の違いで、均等割が1ヶ月分変わってくるのです。均等割の額は自治体によって異なりますが、年間で最低7万円程度。その12分の1ですから、約6,000円~7,000円の節税になります。小さな金額に思えるかもしれませんが、無駄なコストは1円でも削減する。その意識が、経営においては非常に重要です。
鉄則⑥:「3月」と「12月」を決算月に選ぶな!繁忙期を避け、余裕を持った経営を
日本の多くの企業が採用しているから、という理由で、安易に「3月決算」や「12月決算」を選んでしまう。これも、避けるべき選択です。
【よくある失敗】
世間の繁忙期と自社の決算期が重なり、税理士の十分なサポートが受けられなかったり、決算業務に集中できなかったりする。
【解決策】
税理士の繁忙期と、自社の事業の繁忙期を避けた月を決算月に設定しましょう。
- なぜ「3月決算」は避けるべきか?
3月は、日本の大多数の企業の決算が集中する、税理士業界の最大の繁忙期です。この時期に決算を迎えると、税理士は多忙を極め、あなたの会社の決算対策や節税相談に、十分な時間を割いてもらえない可能性があります。また、多くの企業が年度末予算を使い切ろうと発注を増やす時期でもあり、あなたの事業の繁忙期と重なってしまうと、決算どころではなくなってしまいます。 - なぜ「12月決算」は避けるべきか?
12月は、 個人の確定申告の計算期間(1月~12月)と重なります。法人税と社長個人の所得税のバランスを考えた最適な節税対策を練る上で、両方の締め日が同じだと、シミュレーションがしにくくなります。また、年末年始の慌ただしさや、1月1日時点の資産に課税される「償却資産税」 の観点からも、12月末に資産が増えがちな12月決算は、不利になる可能性があります。
決算月は、会社の設立後、自由に決められます。税理士と相談しながら、余裕をもって決算作業や節税対策に取り組める、最適な月を選びましょう。
まとめ:法人設立はゴールではなく、賢いスタートを切るための準備期間
ここまで、法人設立で後悔しないための「6つの鉄則」について解説してきました。
- 設立費用は「特定創業支援等事業」で半額に!
- 会社の形態は、将来を見据えて「株式会社」を!
- 資本金は「1円」ではなく、信用を示す額に!
- 登記住所は「自宅」を避け、プライバシーを守れ!
- 設立日は「1日」を避け、税金を節約せよ!
- 決算月は「3月・12月」を避け、繁忙期から逃げよ!
法人設立は、決してゴールではありません。それは、あなたのビジネスをより大きなステージへと引き上げるための、新たな「スタートライン」です。
そして、そのスタートをいかにスムーズに、そして賢く切れるかは、「知っているか、知らないか」という、事前の情報収集と準備にかかっています。今回ご紹介した鉄則を一つでも多く実践することで、あなたは無駄なコストやリスクを回避し、事業そのものに集中するための、強固な土台を築くことができるはずです。
この記事があなたの経営の一助となれば幸いです。