「今年も確定申告の季節がやってきた…」
「なんとか自力で決算書を作ってみたけど、これで本当に合っているのだろうか?」
毎年この時期になると、多くの個人事業主やフリーランス、そして一人社長の皆様が、山のような領収書と格闘し、頭を悩ませていることでしょう。
無事に申告書を提出し終えた時の解放感は、何物にも代えがたいものです。しかし、もしその申告書に、 税務調査を誘発しかねない「致命的な経理ミス」 が潜んでいたとしたら…?
「ちょっとした勘違いだろう」
「意図的じゃないから大丈夫なはず」
その油断が、数年後に悪夢のような追徴課税となって、あなたの事業に襲いかかるかもしれません。税務調査官は、申告書に隠された 「不自然な数字」や「会計ルールの誤解」 を、驚くほど鋭い嗅覚で見つけ出します。
この記事では、特に駆け出しの個人事業主や、経理に不慣れな経営者が陥りやすい、「危険なNG経理処理」を7つ厳選し、なぜそれがダメなのか、そして正しい処理はどうすれば良いのかを、徹底的に、そして分かりやすく解説していきます。
申告書を提出するその前に。この記事で最終チェックを行い、税務調査のリスクを限りなくゼロに近づけましょう。
申告書チェックの前に|「経費」と「控除」の決定的な違いを理解する
7つのNG集に入る前に、すべての基本となる、極めて重要な2つの言葉の違いを理解しておく必要があります。それは、 「必要経費」と「所得控除」 です。この2つを混同していることが、多くのミスの根源となっています。
- ① 必要経費:
事業の売上を上げるために、直接的にかかった費用のことです。仕入代金、事務所の家賃、広告宣伝費、消耗品費などが該当します。これらは、青色申告決算書(損益計算書)上で、売上から差し引かれます。 - ② 所得控除:
個人の生活上の事情を考慮して、税金の負担を軽くするために設けられた割引制度です。医療費控除、生命保険料控除、配偶者控除などが該当します。これらは事業とは直接関係ないため、決算書には一切記載されず、確定申告書上で所得から差し引かれます。
売上 - ①必要経費 = 事業所得(儲け)
事業所得 - ②所得控除 = 課税所得(税金の計算元)
この構造を頭に入れた上で、具体的なNG処理を見ていきましょう。
NG経理処理①:社会保険料や生命保険料を「保険料」として経費にしている
これは、最も多くの人が犯してしまう、代表的なミスです。
【NGな処理】
国民健康保険料、国民年金、生命保険料、小規模企業共済の掛金などを、決算書の損益計算書に「支払保険料」や「福利厚生費」として計上している。
【なぜNGなのか?】
これらは、事業の売上を上げるために直接かかった費用ではなく、個人の生活を守るための支出だからです。
したがって、「必要経費」には一切該当しません。
「でも、節税効果があるって聞いたけど?」
その通りです。これらの支出には、非常に高い節税効果があります。しかし、それは「必要経費」としてではなく、 「所得控除」 として、です。
【正しい処理】
これらの支出は、決算書には一切計上しません。
その代わりに、確定申告書の第一表・第二表にある、「社会保険料控除」「生命保険料控除」「小規模企業共済等掛金控除」といった欄に、年間の支払額を記入します。
【会計ソフトでの実務】
もし、事業用の口座からこれらの支払いを行っていて、帳簿の残高を合わせる必要がある場合は、 「事業主貸」 という勘定科目で処理します。これは「事業のお金を、プライベートな目的で使った」という意味の、個人事業主特有の整理用科目です。経費には一切影響しません。
NG経理処理②:所得税や住民税を「租税公課」として経費にしている
納税は国民の義務ですが、「支払った税金も経費にしたい」と思うのが人情かもしれません。しかし、これも明確な誤りです。
【NGな処理】
確定申告で納付した所得税や、後から請求が来る住民税を、「租税公課」として経費計上している。
【なぜNGなのか?】
所得税や住民税は、事業で儲けが出た「結果」として、個人に対して課される税金です。事業の売上を上げるためのコストではないため、経費にはなりません。
考えてみてください。もし所得税が経費になるなら、「所得税を払う→経費が増えて利益が減る→所得税が安くなる→また経費が増えて…」という無限ループに陥ってしまい、税金の計算が成り立ちません。
【正しい処理】
所得税・住民税は、 必要経費にはなりません。 会計ソフトに入力する必要もありません。これらは、事業の儲け(事業所得)の中から、個人として支払うべきものです。
【例外:経費になる税金もある】
ただし、すべての税金が経費にならないわけではありません。以下の税金は、事業に関連するものとして「租税公課」として経費計上が可能です。
- 個人事業税: 事業所得が290万円を超えると課される税金。
- 消費税: 税込経理方式を採用している場合の消費税。
- 固定資産税: 事業で使っている土地や建物にかかる税金。
- 自動車税: 事業で使っている車にかかる税金。
- 印紙税: 契約書などに貼る収入印紙代。
特に、個人事業税は支払い時に経費計上を忘れやすいので、注意が必要です。
NG経理処理③:預金利息を「受取利息」や「雑収入」として売上に計上している
事業用口座に、年間で数十円~数百円程度の預金利息が入金されることがあります。これも、事業の売上として計上してはいけません。
【NGな処理】
事業用口座の預金利息を、「受取利息」や「雑収入」として、決算書の収入金額に含めている。
【なぜNGなのか?】
たとえ事業用口座の利息であっても、個人の所得は10種類に分類されており、預金利息は 「利子所得」 という、事業所得とは全く別の所得区分になるからです。
そして、この利子所得は、銀行が利息を支払う時点で、既に所得税・住民税(合計20.315%)を天引き(源泉徴収)しています。これを 「源泉分離課税」 といい、この天引きだけで納税が完了しているため、改めて確定申告をする必要はないのです。
もし売上に計上してしまうと、既に税金が引かれているにもかかわらず、もう一度、事業所得の一部として課税される 「二重課税」 の状態になり、損をしてしまいます。
【正しい処理】
預金利息は、決算書には一切計上しません。
帳簿の残高を合わせる必要がある場合は、 「事業主借」 という勘定科目で処理します。「プライベートな所得(利子所得)が、事業用口座に入ってきた」という整理です。
NG経理処理④:車の売却損益を「車両売却損」「雑収入」として経費や売上にしている
事業で使っていた車を売却した際、その売却損益を決算書に計上するのも、よくある間違いです。
【NGな処理】
車の帳簿価額より高く売れたから「雑収入」に、安く売れたから「車両売却損」として経費に計上した。
【なぜNGなのか?】
これも③の利息と同じ理由です。車やパソコンなど、事業用資産の売却による所得は、 「譲渡所得」 という、事業所得とは別の所得区分で計算する必要があるからです。決算書は、あくまで「事業所得」を計算するための書類なので、ここに譲渡所得に関する損益を混ぜ込んではいけません。
【これをやると、なぜ損をするのか?】
実は、この「譲渡所得」には、納税者にとって非常に有利な、特別な控除が用意されています。
- 特別控除50万円: 譲渡所得の計算上、最高で50万円を差し引くことができます。
- 1/2課税: その資産の所有期間が5年を超えている場合、特別控除を引いた後の金額を、さらに半分にしてから課税されます。
もし、車の売却益を決算書の「雑収入」に計上してしまうと、この50万円控除や1/2課税といった有利な特典が一切使えず、売却益の全額が事業所得に上乗せされてしまい、結果的に多くの税金を払うことになります。
税務署は、納税者が多く税金を払う分には、何も言ってきません。損をするのは、あなた自身なのです。
【正しい処理】
車の売却損益は、決算書には計上しません。
その代わりに、確定申告書の第一表・第二表にある「譲渡所得」の欄に、所定の計算を行って記入します。会計処理上は、売却代金を 「事業主借」 で処理し、減価償却資産の除却損などを適切に計上します。
NG経理処理⑤:自分への給料を「給与賃金」として経費にしている
「自分も一生懸命働いているのだから、自分への給料も経費にしたい」
この気持ちはよく分かりますが、個人事業においては、この考え方は通用しません。
【NGな処理】
毎月、自分に支払っている生活費を「給与賃金」や「役員報酬」として経費にしている。
【なぜNGなのか?】
法人と個人事業主の「利益」の概念は、根本的に異なります。
- 法人の利益: 会社の売上から、従業員や役員(社長含む)への給与を支払った後の、純粋な会社の儲け。
- 個人事業主の利益(事業所得): 経営者個人の生活費もすべて込みの、事業全体の儲け。
個人事業主にとっての「利益」とは、その中から自分の生活費や税金、借金の返済などを行う、いわば「源泉」そのものです。その利益を計算する前に、自分への給料を経費として引いてしまうことは、論理的にあり得ないのです。
【正しい処理】
自分への給料(生活費の引き出し)は、経費にはなりません。
会計処理上は、①で解説した通り 「事業主貸」 として処理します。
NG経理処理⑥:家賃や通信費を「家事按分」せずに100%経費にしている
自宅を事務所として使っている場合、家賃や水道光熱費、インターネット代などを経費にすることができます。しかし、その全額を経費にすることはできません。
【NGな処理】
自宅兼事務所の家賃や、プライベートでも使うスマートフォンの通信費を、その全額、地代家賃や通信費として経費計上している。
【なぜNGなのか?】
これらの費用は、事業とプライベートの両方にまたがって発生する 「家事関連費」です。税法では、このうち「事業遂行上、直接必要であったことが明らかに区分できる部分」 のみを、必要経費として認めています。
この「区分する」作業を 「家事按分」 と呼びます。
家事按分をせず、100%経費に計上することは、明らかな過大経費の計上であり、税務調査で真っ先に指摘されるポイントです。
【正しい処理】
家賃であれば 「事業で使っている部屋の面積割合」、通信費であれば「事業での使用時間割合」 など、客観的で合理的な基準を設定し、その割合に基づいて経費計上する金額を計算します。
例えば、家賃10万円の家で、全体の25%の面積を事業用に使っているのであれば、10万円 × 25% = 25,000円が、月々の経費となります。
青色申告決算書には、この按分比率を記載する欄があり、調査官は必ずこの欄をチェックします。
NG経理処理⑦:未入金の売上(売掛金)を計上していない
会計の世界では、お金の出入りで損益を認識する「現金主義」ではなく、取引が確定した時点で損益を認識する 「発生主義」 が原則です。これは、売上の計上タイミングにおいて、特に重要となります。
【NGな処理】
12月分の売上が、入金が翌年の1月だったため、翌年の売上として計上した。
【なぜNGなのか?】
売上を計上すべきタイミングは、「お金をもらった時」ではありません。
- 物品販売の場合: 商品を相手に引き渡した時
- サービス提供の場合: サービスの提供が完了した時
たとえ入金が年を越してしまっても、12月31日までに商品の引き渡しやサービスの提供が完了していれば、それは今年の売上として計上しなければなりません。これを怠ると、意図的でなくとも「売上除外」という、深刻な申告漏れになります。
【正しい処理】
年末時点で、まだ入金されていない売上がないかを必ず確認し、 「売掛金」として資産に計上すると同時に、「売上」 として損益計算書に計上します。
我々専門家が申告書を作成する際、最も神経を使うのが、この期末の売掛金の計上漏れがないかの確認です。
まとめ:正確な経理処理こそが、最強の税務調査対策
ここまで、多くの個人事業主が陥りがちな7つのNG経理処理を解説してきました。
これらのミスに共通しているのは、 「事業所得を計算するためのルール」 を正しく理解していない、という点です。
確定申告は、単に1年間の収支を報告する作業ではありません。それは、税法という厳格なルールに則って、自らの納税額を確定させる、極めて重要な法的行為です。
- 「経費」と「控除」を明確に区別する。
- 「事業所得」に関係ない損益を決算書に混ぜない。
- 「発生主義」で売上・経費を認識する。
これらの基本原則を守り、日頃から正確な経理処理を心がけること。そして、少しでも判断に迷ったら、安易に自己流で処理せず、専門家である税理士に相談すること。
それこそが、税務調査のリスクからあなたの事業を守り、安心して経営に専念するための、最も確実で賢明な道筋です。
最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。