「周りに勧められてマイクロ法人を作ったけど、手間ばかりでメリットを感じない…」
「もう法人をやめて、個人事業主に戻りたい…」
社会保険料の最適化や節税を期待して法人を設立したものの、現実は想像以上に厳しく、法人維持のコストや事務負担の重さに、心が折れそうになっている経営者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そんな時、「いっそのこと会社を閉じてしまおう」と考えるのは、自然な流れかもしれません。法人から個人事業主に戻ることを、俗に 「個人成り」 と呼びます。
しかし、この「個人成り」、何の知識も計画もなく安易に実行してしまうと、思わぬ落とし穴にはまり、数百万円単位の税金を支払う羽目になる可能性があります。
この記事では、「もう法人をやめたい」と考えている経営者の皆様のために、個人成りのリアルなメリット・デメリットから、会社を閉じる際の具体的な手続き、そして最も注意すべき 「みなし配当」 という税金の爆弾まで、あなたの資産を守るために不可欠な知識を徹底的に解説します。
今すぐ会社を閉じる決断をする前に、この記事を読んで、本当にそれが最善の選択なのかをじっくり考えてみてください。
第1章:なぜ「やめたい」のか?マイクロ法人の理想と現実
まず、なぜ多くの経営者が「マイクロ法人をやめたい」と感じてしまうのか、その理由を整理してみましょう。多くの場合、期待していたメリットが、予想外のデメリットによって相殺されてしまうケースがほとんどです。
設立の動機(期待していたメリット)
多くの人がマイクロ法人に期待するのは、主に以下のような点です。
- 社会保険料の削減: 個人事業主の国民健康保険料は所得に比例して高額になりますが、法人で役員報酬を低く設定すれば、社会保険料を最低限に抑えられる。
- 節税の選択肢の広さ: 役員退職金、生命保険の活用、出張旅費日当など、個人事業主にはない多様な節税策が使える。
- 社会的信用の向上: 法人格を持つことで、金融機関からの融資や大手企業との取引が有利になる。
これらは理論上、確かに大きなメリットです。YouTubeやブログなどでも、これらのメリットが強調され、法人化が盛んに推奨されています。
やめたくなる理由(直面するデメリット)
しかし、実際に法人を運営してみると、次のような厳しい現実に直面します。
- 法人維持コストの発生:
たとえ会社が赤字であっても、必ず支払わなければならない 「法人住民税の均等割」が、最低でも年間約7万円 かかります。これは、個人事業主にはない大きな固定費です。 - 煩雑な事務手続きと専門家への報酬:
個人の確定申告とは比較にならないほど、法人の経理処理や税務申告は複雑です。結果として税理士に依頼せざるを得なくなり、その顧問料(年間数十万円)が重くのしかかります。 - 社会保険手続きの手間:
役員報酬の決定、毎月の源泉徴収と社会保険料の納付、年末調整など、専門的な事務作業が格段に増えます。 - プライバシーの問題:
法人の登記簿謄本(履歴事項全部証明書)は誰でも取得できるため、代表取締役の氏名と住所が公に晒されてしまいます。(※株式会社の場合は、代表者住所を非表示にする措置が取れるようになりましたが、合同会社ではまだできません)
これらのデメリットが、期待していたメリットを上回り、「国保は下がったけど、結局トータルで見たらコストも手間も増えて、何のために法人にしたのか分からなくなった」という状態に陥ってしまうのです。
第2章:「個人成り」のメリット・デメリットを徹底比較
では、法人をやめて個人事業主に戻る「個人成り」には、具体的にどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。冷静に比較検討することが、後悔しないための第一歩です。
個人成りのメリット(法人のデメリットの裏返し)
- 維持コストが低い:
赤字の場合にかかる税金は、法人住民税の均等割(年約7万円~)に比べて、個人住民税の均と割(年数千円)は格段に安く済みます。 - 申告手続きが比較的簡単:
法人の複雑な決算・申告に比べ、個人の確定申告は会計ソフトなどを活用すれば、自力で行うことも可能です。税理士に依頼する場合でも、法人よりは費用を抑えられる傾向にあります。 - 社会保険の強制加入義務がない(場合がある):
法人と異なり、個人事業主は特定の業種で常時5人以上の従業員がいなければ、事業所としての社会保険加入義務はありません。国民健康保険・国民年金に加入することになります。 - 利益が少ないうちは税率が低い:
個人の所得税・住民税の合計税率は、課税所得195万円以下の部分では約15%です。一方、法人の実効税率は、利益が少なくても約25%程度はかかるため、小規模な事業であれば、個人の方が税負担は軽くなります。
個人成りのデメリット(法人のメリットを失う)
- 利益が大きくなると税率が非常に高い:
個人の所得税は 「超過累進課税」という仕組みで、稼げば稼ぐほど税率が上がっていきます。課税所得が900万円を超えると税率は43%に、4,500万円を超えると最大55% にも達します。これは、法人税率(最大でも35%程度)と比べて非常に高いです。 - 社会的信用が低下する:
金融機関からの融資審査や、企業間の取引において、「法人でなければ契約しない」というケースも存在します。個人事業主になることで、ビジネスチャンスを失う可能性があります。 - 法人特有の強力な節税策が使えなくなる:
これが最大のデメリットかもしれません。- 役員退職金: 経営者人生の集大成として、税制上極めて優遇された形でまとまったお金を受け取ることができなくなります。
- 生命保険の活用: 法人契約で会社の保障を確保しつつ、保険料を経費化するような節税ができなくなります。
- 所得分散: 家族を役員にして役員報酬を支払うことで、世帯全体の手取りを増やすといった所得分散策が使えなくなります。
- 出張旅費日当、社宅制度など、無数の節税の選択肢を失います。
- 事業承継が難しくなる:
法人は「株式」を相続・贈与することで事業をスムーズに次世代へ引き継げます。しかし、個人事業は経営者個人のものなので、経営者が亡くなると事業は一旦終了扱いとなり、資産(不動産、車両、銀行口座など)を一つ一つ名義変更する必要があり、非常に手間がかかります。
【判断のポイント】
一言で言えば、事業規模が小さく、将来的な拡大もあまり考えていないのであれば個人成りも選択肢になります。しかし、年間の利益(課税所得)が500万円を超え、今後も事業を成長させていきたいと考えているのであれば、法人のまま続けるメリットの方が圧倒的に大きいと言えるでしょう。
第3章:会社の閉じ方|「休眠」と「清算」の違いと手続き
「やはり個人成りしよう」と決意した場合、会社の閉じ方には大きく分けて2つの方法があります。「休眠」と「清算」です。この2つは似て非なるもので、それぞれに注意点があります。
方法1:休眠(活動を停止して眠らせておく)
「休眠」とは、法人の登記は残したまま、事業活動を完全に停止することです。税務署や都道府県・市町村に「異動届出書」を提出し、休眠状態にあることを届け出ます。
<休眠のメリット>
- 解散・清算登記にかかる費用(司法書士・税理士報酬で10~20万円程度)がかからない。
- 将来、事業を再開したくなった時に、比較的簡単に復活できる。
<休眠の注意点・デメリット>
- 「何もしなくていい」わけではない:
休眠中であっても、原則として毎年、法人税の申告(利益0円の申告)は必要です。これを怠ると、青色申告の承認が取り消されるなどのペナルティがあります。 - 役員変更登記の義務は残る:
株式会社の場合、役員の任期(最長10年)が満了すれば、たとえ休眠中でも役員変更の登記をしなければなりません。これを怠ると、過料(罰金)が科される可能性があります。 - みなし解散のリスク:
最後の登記から12年間、何の登記も行われないと、法務局の職権により「みなし解散」として、強制的に解散させられてしまうことがあります。
「休眠なら楽」と安易に考えがちですが、実際には最低限の管理義務が残ることを理解しておく必要があります。
方法2:清算(会社を法的に完全に消滅させる)
「清算」とは、法的な手続きを踏んで、会社を完全に消滅させることです。これが、正式な会社の「お葬式」にあたります。
手続きは非常に煩雑で、専門家のサポートが不可欠です。
- 株主総会で「解散」を決議し、登記する。
- 会社の財産をすべて現金化し、債務(借金など)を返済する。
- 官報で「解散公告」を行い、債権者に申し出るよう促す。(最低2ヶ月)
- 残った財産(残余財産)を株主(=社長)に分配する。
- 税務署に解散・清算の確定申告を行う。
- 法務局で「清算結了」の登記を行い、会社が完全に消滅する。
この全工程には、最低でも3~4ヶ月の時間と、司法書士や税理士への報酬として10~20万円以上の費用がかかります。
そして、この清算手続きの中に、この記事で最もお伝えしたい、重大な税金の落とし穴が潜んでいるのです。
第4章:【最重要】個人成りの最大の罠「みなし配当課税」とは?
会社の清算手続きの中で、残った財産を株主である社長に分配するステップがありました。この時、もしあなたの会社がこれまで順調に利益を積み上げてきた「良い会社」であれば、巨額の税金爆弾が炸裂する可能性があります。
それが 「みなし配当課税」 です。
なぜ税金がかかるのか?
会社を設立する際、あなたは会社に「資本金」を出資しました。そして会社が活動を終える時、株主であるあなたは、会社の残りの財産を受け取る権利があります。
この時、受け取る財産の額が、最初にあなたが出資した資本金の額を上回っていた場合、その差額は 「会社が稼いだ利益の分配を受けた」 と見なされます。
法律上、これは通常の株式配当と同じ 「配当所得」 として扱われ、極めて重い税金が課せられるのです。これが「みなし配当」の正体です。
【シミュレーション】900万円の利益が招く悲劇
言葉だけでは分かりにくいので、具体的な数字で見てみましょう。
- 設立時にあなたが出資した資本金:100万円
- 長年の経営の結果、会社に残っている純資産(利益剰余金+資本金):1,000万円
- この会社を清算し、残余財産1,000万円をあなたが受け取る
この場合、
1,000万円(受取額)- 100万円(資本金額)= 900万円
この900万円が、すべてあなたの「みなし配-当」所得となります。
さて、この900万円の配当所得にかかる税金はいくらになるでしょうか。
上場株式の配当であれば税率は約20%ですが、非上場株式であるマイクロ法人の配当は 「総合課税」 となり、他の所得と合算して、あの超過累進税率が適用されます。
計算は複雑ですが、結果だけをお伝えすると…
900万円の配当所得に対してかかる所得税・住民税の合計は、配当控除を適用した後でも、およそ240万円にもなります!
いかがでしょうか。
「もう法人でやっていくメリットがない」と会社を清算した瞬間に、240万円もの税金を一括で支払わなければならないのです。これに加えて、清算手続きの費用もかかります。まさに踏んだり蹴ったりです。
この「みなし配当」のリスクを知らずに安易に会社を清算することが、どれほど危険なことか、お分かりいただけたかと思います。
第5章:税金爆弾を回避する賢い会社の「ソフトランディング」術
では、会社の純資産が積み上がってしまっている場合、どうすればこの税金爆弾を回避できるのでしょうか。
答えは、 「焦って清算せず、計画的に、ゆっくりと会社の資産を減らしていく」 ことです。
対策1:役員報酬で少しずつ資産を削る
みなし配当は、清算という一つのイベントで、長年蓄積した利益を一気に受け取るからこそ高額な税金がかかります。
であれば、数年かけて、役員報酬として少しずつ受け取ることで、税負担を平準化させることができます。
毎年、所得税率が高くなりすぎない範囲で役員報酬を支払い、会社の利益剰余金を計画的に減らしていくのです。もちろん、その間も法人としての事業活動は継続する必要があります。
対策2:最終兵器「役員退職金」を活用する
そして、会社の幕引きで最も効果的かつ強力なのが 「役員退職金」 の活用です。
役員退職金は、税制上、他の所得とは比べ物にならないほど優遇されています。
- 会社側: 支払った退職金は、適正な金額であれば全額経費(損金)にできます。
- 受け取る側:
- 退職所得控除: 勤続年数に応じた非常に大きな控除額があります。(例:勤続30年なら1,500万円)
- 1/2課税: 退職所得控除を引いた後の金額を、さらに半分にしてから税率をかけます。
これにより、同じ金額を「みなし配当」で受け取るのに比べて、税負担を劇的に、場合によっては1/10以下に抑えることも可能です。
ただし、役員退職金を活用するには、
- 役員退職金規程を事前に整備しておくこと。
- 税務署に否認されない、適正な金額を算定すること。(最終役員報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率などで計算)
- 退職金の支払いに備え、数年前から役員報酬の額を調整しておくこと。
など、周到な準備と計画が不可欠です。これもまた、「いきなり会社を閉める」のがいかに危険かを示しています。
会社の純資産を、役員報酬と役員退職金を組み合わせて計画的に個人に移転し、最終的に残った資産がごくわずかになった段階で清算する。これが、最も賢明な会社の「ソフトランディング」術なのです。
まとめ:法人経営は「終わり方」までが計画のうち
「マイクロ法人を作ったけど、意味がなかった」
そう感じてしまう背景には、多くの場合、設立前のリサーチ不足や、計画性の欠如があります。しかし、一度法人を設立した以上、その「終わり方」にも、設立時と同じかそれ以上の知識と計画性が必要です。
- 本当に個人成りが有利か、メリット・デメリットを冷静に比較する。
- 会社の純資産がいくらあるかを確認し、「みなし配当」のリスクを把握する。
- もし資産が積み上がっているなら、焦って清算せず、役員報酬や役員退職金を活用した「ソフトランディング」を計画する。
安易な個人成りの決断は、あなたの貴重な資産を大きく損なう可能性があります。もし「法人をやめたい」という気持ちが芽生えたら、まずは顧問税理士などの専門家に相談し、自社にとっての最適な出口戦略を一緒に練ってもらうことを強くお勧めします。
法人経営は、マラソンのようなものです。ゴールテープの切り方までをしっかりと見据えて、賢明な経営判断を下していきましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。この記事があなたの経営の一助になれば幸いです。