「事業を成長させたいが、一体いくらまでなら銀行から借りられるのだろう?」
「うちの会社の借入金は、多すぎるのだろうか、それともまだ余裕があるのだろうか?」
多くの経営者や個人事業主にとって、金融機関からの借入は、事業の成長と安定に不可欠な手段ですが、その「適正な借入額」や「一般的なボーダーライン」については、明確な答えが見つからずに悩んでいる方も少なくないでしょう。
この記事では、銀行などの金融機関が融資審査を行う際に、企業の借入限度額を判断する上で用いる重要な指標(月商比、債務償還年数など)について、その計算方法と考え方を分かりやすく解説します。また、これらの指標を改善し、融資を受けやすくするための具体的な財務戦略や、手元に確保しておくべき理想的な現預金水準についても、徹底的に掘り下げていきます。
銀行融資の基本的な考え方:「借りれる時に、借りれるだけ借りる」は正しいのか?
「借りれる時に、借りれるだけ借りておけ」という言葉を耳にすることがあります。これは、資金繰りに余裕がある時の方が融資を受けやすく、いざ資金が必要になった時には銀行が貸してくれない可能性があるため、手元資金を厚くしておくべきだという考え方です。この考え方には一理ありますが、何の基準もなく「ただ借りるだけ」では、銀行を説得することはできません。
重要なのは、銀行がどのような基準で「この会社には、いくらまでなら貸せる」と判断しているのかを理解し、その基準を満たした上で、自社の事業計画に基づいて必要な資金を、有利な条件で調達することです。
借入限度額の目安その1:「月商」との比較
まず、比較的シンプルで分かりやすい借入限度額の目安として、「月商(月間売上高)」との比較があります。
- 最低ラインの目安:月商の3ヶ月分
- 一般的に、借入金の総額が月商の3ヶ月分程度であれば、金融機関は過大な借入とは見なさない傾向にあります。これは、企業が事業を運営していく上で、ある程度の運転資金が必要であることを考慮した、一つの目安と言えます。
- 許容範囲の目安:月商の6ヶ月分
- 借入金が月商の6ヶ月分程度までであれば、多くの金融機関はまだ許容範囲内と判断することが多いです。
- 注意点:
- これはあくまで一般的な目安であり、企業の業種、収益性、財務内容などによって大きく異なります。
- 創業間もない企業の場合は、いきなりこの水準まで借り入れるのは難しく、段階的な融資となることが一般的です。
この月商比は、簡易的なチェックとしては有効ですが、企業の本当の返済能力を正確に反映しているわけではありません。そこで、金融機関がより重視するのが、次に解説する「債務償還年数」です。
借入限度額の目安その2:金融機関が最も重視する「債務償還年数」
債務償還年数(さいむしょうかんねんすう)とは、「有利子負債(借入金など)を、何年分のキャッシュフローで返済できるか」を示す指標です。これは、企業の本当の借金返済能力を測る上で、金融機関が極めて重視する指標であり、融資の可否や融資額を決定する際の重要な判断材料となります。
債務償還年数の計算方法
債務償還年数は、以下の計算式で求められます。
債務償還年数 = 有利子負債 ÷ (経常利益 + 減価償却費 - 法人税等)
少し複雑に見えますが、分母の「(経常利益 + 減価償却費 - 法人税等)」が、その企業が1年間で借金返済に充てることができる「簡易的なキャッシュフロー」を表しています。
なぜこのような計算になるのか、分母の各項目を詳しく見ていきましょう。
- 経常利益: 本業の儲け(営業利益)に、営業外の収益(受取利息など)と費用(支払利息など)を加減した、会社の経常的な収益力を示す利益です。
- 減価償却費: 会計上は費用として計上されますが、実際には現金の支出を伴わない「非資金費用」です。したがって、キャッシュフローを計算する際には、利益に足し戻す必要があります。
- (例:利益が100万円、減価償却費が50万円の場合、会計上の利益は100万円ですが、現金の動きとしては、減価償却費の50万円分は流出していないため、150万円のキャッシュが生まれていると簡易的に考えることができます。)
- 法人税等: 実際に現金で納税する費用であるため、利益から差し引く必要があります。
より簡単な計算方法として、以下の式を使うこともできます。
債務償還年数 = 有利子負債 ÷ (税引後当期純利益 + 減価償却費)
この分母の「(税引後当期純利益 + 減価償却費)」が、その企業が借金返済に充てられるキャッシュの源泉となるのです。
債務償還年数のボーダーラインは「10年」
金融機関は、この債務償還年数が「10年以内」であることを、融資判断の一つの大きなボーダーラインとしています。
- 債務償還年数が10年以内: 「この会社は、現在の収益力であれば、10年以内に借金を完済できる能力がある」と評価され、融資を受けやすくなります。
- 債務償還年数が10年超: 「借金の返済能力に疑問がある」「借入が過大である」と判断され、新規融資が難しくなったり、既存の借入の返済を優先するよう求められたりする可能性があります。
- (注:コロナ禍などの経済危機時には、この基準が一時的に緩和され、15年や20年といった水準でも許容されることがありました。)
【具体例で理解する債務償還年数】
- 有利子負債: 1,500万円
- 税引後当期純利益: 200万円
- 減価償却費: 100万円
この場合の債務償還年数は、
1,500万円 ÷ (200万円 + 100万円) = 5年
となり、10年以内の基準をクリアしているため、返済能力は高いと評価されます。
もし、この会社が3,000万円の有利子負債を抱えていた場合は、
3,000万円 ÷ (200万円 + 100万円) = 10年
となり、ボーダーライン上にあると判断されます。これ以上の借入は、収益力を向上させない限り難しくなる可能性があります。
このように、自社の決算書から債務償還年数を計算し、現在の立ち位置を把握しておくことは、銀行との融資交渉を有利に進める上で非常に重要です。
融資を引き出すための財務戦略:評価指標を改善する
月商比や債務償還年数といった評価指標を改善し、銀行からの評価を高めるためには、日々の経営努力が不可欠です。
1. 利益を出し、キャッシュフローを増やす
- 債務償還年数の計算式を見ても分かる通り、税引後当期純利益(または経常利益)を増やすことが、返済能力を高める上で最も直接的かつ効果的な方法です。
- コスト削減、売上増加、利益率の高い商品・サービスへの注力など、損益計算書(PL)を改善するためのあらゆる施策を実行し、本業で稼ぐ力を高めましょう。
2. 減価償却費を意識した設備投資
- 減価償却費は、キャッシュフローのプラス要因となります。適切な設備投資を行い、減価償却費を計上することは、節税効果と同時に、債務償還年数の計算上有利に働く側面もあります。
- ただし、設備投資は大きなキャッシュアウトを伴うため、その投資が将来の利益に繋がり、投資額を上回るキャッシュフローを生み出すかどうか、慎重な投資判断が必要です。
3. 自己資本の充実
- 利益を内部留保として着実に積み上げ、自己資本比率を高めることで、財務の安全性が向上し、銀行からの信用も高まります。
- 自己資本が厚ければ、同じ借入額でも債務償還年数は改善し、追加融資の余力も生まれます。
借りたお金はどう使う?手元に確保すべき現預金の目安
銀行から無事に融資を受けられたとして、その資金をどのように活用すべきでしょうか。全てを設備投資や運転資金に回すのではなく、一定額を手元に確保しておくことが、不測の事態に備え、経営を安定させる上で重要です。
確保すべき現預金の目安は「固定費の6ヶ月分」
- 一つの大きな目安として、「固定費の6ヶ月分」の現預金を常に手元に確保しておくことが推奨されます。
- 固定費とは?
- 売上の増減にかかわらず、毎月一定額発生する費用です。
- 変動費(売上原価など)以外の経費は、全て固定費と捉えます。具体的には、人件費、地代家賃、減価償却費、水道光熱費、支払利息などが含まれます。
- なぜ6ヶ月分か?
- 仮に、売上がゼロになるような予期せぬ事態が発生しても、6ヶ月間は事業を継続し、従業員の雇用を守り、立て直しのための時間を稼ぐことができます。
- このレベルの現預金があれば、経営者は日々の資金繰りに追われることなく、安心して中長期的な経営戦略に集中することができます。
銀行との交渉術:より有利な条件を引き出すために
融資審査の評価指標を理解し、自社の財務内容を改善することに加え、銀行との交渉におけるテクニックも、有利な融資を引き出すためには重要です。
1. 複数の金融機関を競わせる(相見積もり)
- 融資を申し込む際には、一つの金融機関に絞るのではなく、複数の金融機関に同時に相談し、提示された条件を比較検討しましょう。
- A銀行から提示された有利な条件(例:低い金利、長い返済期間、無保証)を、B銀行に伝えることで、B銀行がさらに良い条件を提示してくる可能性があります。
- ビジネスにおける正当な「交渉」として、健全な競争原理を活用しましょう。
2. 融資の初回提示は「定価」と心得る
- 銀行が最初に提示してくる金利や条件は、多くの場合、交渉の余地を残した「定価」です。提示された条件をそのまま受け入れるのではなく、自社の強みや将来性をアピールし、より有利な条件になるよう交渉する姿勢が重要です。
3. 定期的な情報提供と良好な関係構築
- 融資が必要な時だけでなく、平時から定期的に銀行担当者とコミュニケーションを取り、試算表や事業計画の進捗を報告することで、透明性の高い経営姿勢を示し、信頼関係を築きましょう。
- 良好な人間関係が、いざという時の融資判断にプラスに働くことも少なくありません。
まとめ:銀行融資は、基準の理解と戦略的な交渉が鍵
銀行融資における借入額の目安は、画一的なものではありません。それは、自社の財務内容、特に「月商」や「債務償還年数」といった具体的な指標に基づいて、金融機関が判断するものです。
銀行融資を成功させるための鉄則
- 自社の「月商の3~6ヶ月分」と「債務償還年数(10年以内)」という2つの目安を常に把握する。
- 損益計算書(PL)を改善し、利益とキャッシュフロー(税引後利益+減価償却費)を最大化する努力を継続する。
- 融資で得た資金の一部は、最低でも「固定費の6ヶ月分」の現預金として手元に確保し、経営の安全性を高める。
- 複数の金融機関と取引し、健全な競争原理を活用した交渉を行う。
- 日頃から銀行担当者と良好なコミュニケーションを取り、信頼関係を構築する。
これらのポイントを理解し、実践することで、あなたは銀行から「この会社なら安心して融資できる」と評価されるようになり、事業を成長させるための強力な資金的バックアップを得ることができるはずです。
借入は、事業を飛躍させるための有効なレバレッジです。その仕組みとルールを正しく理解し、戦略的に活用することで、あなたの会社の未来を大きく切り拓いていきましょう。この記事が、そのための羅針盤となれば幸いです。