【社長必見】役員賞与と住宅ローン審査の深い関係:「損金不算入」を理解し、最適な報酬設計を行うための完全ガイド

節税・経費

「住宅ローンを組むために、一時的に所得を増やしたい…」
「でも、役員報酬は期中に変更できないし、賞与は事前に届け出が必要…」

会社の役員として事業を運営する中で、プライベートなライフイベント、特に住宅ローンなどの大きな借入を検討する際に、このような悩みに直面することがあります。住宅ローンの審査では、個人の所得額が非常に重要な判断材料となるため、「何とかして今年の所得を多く見せたい」と考えるのは自然なことです。

その一つの手段として、「事前に税務署に届け出た金額と異なる役員賞与を支払う」という選択肢が頭をよぎるかもしれません。しかし、この行為は、会社の税務処理や財務状況、そして役員個人の税負担に、複雑で重大な影響を及ぼす可能性があります。

この記事では、「事前確定届出給与」のルールから逸脱した役員賞与を支払った場合に何が起こるのか、その会計上・税務上の処理、そして住宅ローン審査や他の制度への影響、さらには金融機関からの評価まで、経営者が知っておくべき全てを、分かりやすく徹底的に解説していきます。

役員賞与の原則:「事前確定届出給与」という厳格なルール

まず、役員賞与の税務上の原則を再確認しておきましょう。

従業員への賞与とは異なり、役員に対する賞与は、原則として会社の経費(損金)として認められません。これは、経営者が決算間際に利益の状況を見て、自由に賞与額を決定し、法人税を不当に圧縮する「利益操作」を防ぐための措置です。

この原則の例外として、役員賞与を経費として認めてもらうための制度が**「事前確定届出給与」**です。

事前確定届出給与の3つの絶対条件

  1. 事前に決定: **「誰に」「いつ」「いくら」**支払うかを、株主総会などで具体的に決定する。
  2. 事前に届出: 決定した内容を、事業年度開始から4ヶ月以内などの所定の期限までに税務署に届け出る。
  3. 届出通りに支給: 届け出た支給日に、届け出た金額を、1円のズレもなく、1日の遅れもなく支給する。

この3つの条件を全て満たした場合にのみ、支払った役員賞여は会社の損金として認められます。

「届出と異なる役員賞与」を支払った場合、何が起こるのか?

では、今回のテーマである「住宅ローン審査のために、届け出た金額と異なる(あるいは届け出ていない)役員賞与を支払う」という行為は、どのような結果を招くのでしょうか。

【ケーススタディ】

  • 事前確定届出給与として、「社長Aに500万円」を届け出ていた。
  • しかし、住宅ローン審査のために所得を増やす目的で、実際には「800万円」を支給した。

この場合、会計上・税務上・個人所得の各側面で、以下のような処理と影響が生じます。

1. 会計上の処理:損益計算書(PL)には費用として計上される

  • 会計上は、実際に支払った事実に基づいて処理します。
  • したがって、会社の損益計算書(PL)には、「役員賞与 800万円」という費用が計上されます。
  • これにより、PL上の利益は、800万円分減少することになります。

2. 税務上の処理:「損金不算入」というペナルティ

  • ここが最も重要なポイントです。税務上、支払われた800万円の役員賞与は、**「事前確定届出給与のルールに違反している」**と判断されます。
  • ルール違反の場合、**支払った賞与額の全額が「損金不算入」**となります。
    • よくある誤解: 「届け出た500万円までは損金になり、超過した300万円だけが損金不算入になる」と考えがちですが、これは間違いです。ルールから逸脱した時点で、1円たりとも損金として認められなくなります。
  • 「損金不算入」とは?
    • 会計上の「費用」と、税金計算上の「損金」は似て非なるものです。「損金」とは、法人税を計算する際に、会社の所得から差し引くことができる経費のことです。
    • 「損金不算入」とは、会計上は費用として計上されていても、税金計算上は経費として認めない、という意味です。
  • 結果: 法人税を計算する際には、会計上の利益に、損金不算入となった役員賞与800万円を全額足し戻して課税所得を計算します。つまり、会社は800万円の現金を支出しているにもかかわらず、税金計算上は一切経費として認められず、法人税の負担は全く減らないのです。

3. 個人所得への影響:所得は増えるが、税負担も増える

  • 会社から800万円の賞与を受け取った役員個人にとっては、その800万円は正規の所得(給与所得)となります。
  • したがって、その年の個人の源泉徴収票には、この800万円が所得として記載されます。これにより、個人の年間所得額は確かに増加します。
  • しかし、当然ながら、増えた所得に対しては、所得税・住民税が課税されます。

【結論:ダブルパンチ、トリプルパンチの状態に】

この一連の流れを整理すると、以下のようになります。

  1. 法人側: 800万円の現金を支出したにもかかわらず、法人税の計算上は一切経費として認められず、節税効果はゼロ。
  2. 個人側: 800万円の所得が増え、それに対して高額な所得税・住民税を支払う義務が生じる。
  3. 会社と個人のトータル: 会社と個人、両方で税金を支払うという、いわば「税金の二重払い」に近い、極めて非効率で不利な状態となります。

つまり、「住宅ローン審査のために所得額を増やす」という目的は達成できるかもしれませんが、その代償として、法人・個人トータルで見た場合に、非常に大きな税負担を負うことになるのです。

なぜ、このような非効率な選択をするのか?住宅ローン審査の実態

では、なぜこれほど大きな税務上のデメリットを負ってまで、役員賞与を増額支給するという選択をする経営者がいるのでしょうか。それは、住宅ローンの審査において、「個人の所得額」が極めて重要な判断基準となるからです。

銀行が見るポイント

  • 返済能力の証明(源泉徴収票・確定申告書):
    • 金融機関は、ローンの申込者が将来にわたって安定的に返済を続けられるかどうかを審査します。その最も重要な判断材料が、過去数年分の「源泉徴収票」や「確定申告書」に記載された所得額です。
    • いくら手元に預貯金があっても、それを証明する安定的な所得がなければ、「返済能力が低い」と判断され、審査に通らない、あるいは希望額の融資が受けられない可能性があります。
  • 頭金の有無(預金残高):
    • もちろん、自己資金としてどれだけの頭金を用意できるか(預金残高)も審査の対象となります。
  • 結論: 安定した高所得を証明することが、住宅ローン審査を有利に進めるための鍵となります。

そのため、多少の税負担増を覚悟してでも、審査のために所得額を一時的に引き上げたいというインセンティブが働くのです。

所得を上げる際の注意点:住宅ローン控除や他の制度への影響

仮に、役員賞与の増額によって所得を引き上げ、無事に住宅ローン審査に通ったとしても、注意すべき点は他にもあります。

1. 住宅ローン控除が受けられなくなるリスク

  • 住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除)は、年末のローン残高に応じて、所得税が直接控除される非常に有利な制度ですが、適用を受けるためには**「合計所得金額が2,000万円以下」**という所得要件があります。
  • もし、住宅ローン審査のために所得を増やした結果、合計所得金額が2,000万円を超えてしまうと、せっかくローンを組んでも、この大きな税制優遇を受けられなくなってしまいます。

2. 各種給付金や公的サービスの所得制限

  • 保育料の助成や、高校授業料の実質無償化、児童手当など、国や自治体が提供する様々な公的サービスには、所得制限が設けられている場合があります。
  • 所得を上げることで、これらの給付金などが受けられなくなったり、自己負担額が増えたりする可能性もあります。

3. ふるさと納税の上限額への影響

  • ふるさと納税で寄付できる金額の上限は、個人の所得額や家族構成によって決まります。所得を意図的に調整すると、その年のふるさと納税の上限額にも影響が出ます。

このように、所得を上げるという行為は、様々な制度に連鎖的に影響を及ぼす可能性があるため、総合的な視点での検討が必要です。

役員賞与(事前確定届出給与)と暦年の関係:もう一つの注意点

役員賞与を戦略的に活用する上で、もう一つ注意すべきなのが、「所得税の計算期間である暦年(1月~12月)」との関係です。

  • 支給時期による所得年の違い:
    例えば、3月決算の会社が、役員賞与の支給日を「令和7年3月25日」に設定すれば、その賞与は令和7年分の所得として計上されます。しかし、支給日を「令和8年4月25日」(決算後支給)に設定すれば、令和8年分の所得となります。
  • 影響:
    • 源泉徴収票の金額変動: 支給時期によって、各年の源泉徴収票に記載される所得額が大きく変動します。住宅ローン審査の際には、複数年分の源泉徴収票の提出を求められることが多いため、特定の年だけ所得が極端に低いと、審査に影響が出る可能性があります。
    • ふるさと納税上限額の変動: どの年に賞与所得が計上されるかによって、各年のふるさと納税の上限額も変動します。

役員賞与の支給時期を決める際には、法人の決算対策だけでなく、個人の所得計算やライフプラン(住宅ローン、ふるさと納税など)も考慮し、総合的に判断することが重要です。

会社と個人のバランス:銀行評価への影響

「損金不算入」の役員賞与を支給する行為は、銀行からの評価という観点からも、メリットとデメリットの両面があります。

  • 個人への評価(住宅ローン審査など):
    • 個人の所得額が増えるため、返済能力が高いと評価され、プラスに働く可能性があります。
  • 法人への評価(事業資金融資審査など):
    • 損益計算書上は費用が計上され、その分利益が減少します。銀行は、会計上の利益も重要な判断材料とするため、会社の収益性が低いと見なされ、マイナスに働く可能性があります。
    • また、「税務上不利な処理をあえて行っている」という事実から、経営計画の甘さや、公私混同を疑われる可能性もゼロではありません。

住宅ローンという個人の目的のために、会社の財務評価を犠牲にする可能性があるというトレードオフの関係を、経営者は十分に理解しておく必要があります。

【参考】銀行評価を高める会計処理:倒産防止共済の活用
逆に、会計上の利益を多く見せ、銀行評価を高めるためのテクニックも存在します。例えば、倒産防止共済(経営セーフティ共済)の掛金は、通常、費用として計上しますが、会計上は「保険積立金」などの資産として計上し、税務申告の際に別表で調整して損金に算入するという処理が可能です。これにより、損益計算書上の利益を減らすことなく、法人税の節税効果を得ることができます。

まとめ:「損金不算入」を覚悟の上での役員賞与支給は、慎重の上にも慎重な判断を

住宅ローン審査などのやむを得ない理由から、届け出ていない、あるいは届け出と異なる金額の役員賞与を支払うという選択は、法的に不可能ではありません。しかし、その行為は、

  1. 法人税の計算上、一切経費として認められない(損金不算入)。
  2. 個人の所得として、所得税・住民税が課税される。
  3. 結果として、法人・個人トータルで見た場合に、大きな税負担増となる。
  4. 住宅ローン控除など、他の税制優遇が受けられなくなるリスクがある。
  5. 会社の財務評価(銀行評価)を悪化させる可能性がある。

といった、多くのデメリットとリスクを伴う、**「最後の手段」あるいは「劇薬」**に近いものであると認識すべきです。

経営者が取るべき本来の対応

  • 長期的な視点での報酬計画: 住宅ローンの計画など、将来のライフイベントを見据え、数年前から役員報酬や事前確定届出給与の額を計画的に設定しておく。
  • 専門家との事前相談: 報酬額を変更したい、あるいは特別な賞与を支給したいと考えた場合は、必ず事前に顧問税理士に相談し、その税務上・財務上の影響について詳細なシミュレーションとアドバイスを受ける。
  • 総合的な判断: 住宅ローン審査という一つの目的だけでなく、会社の財務状況、将来の事業計画、他の税制優遇への影響など、あらゆる要素を総合的に考慮して、最善の選択を行う。

安易な判断で「損金不算入」の役員賞与を支給してしまうと、後々、「こんなはずではなかった」と大きな後悔に繋がる可能性があります。経営者は、常に会社と個人の両方の視点を持ち、冷静かつ戦略的な意思決定を行うことが求められます。この記事が、そのための正しい知識と判断基準を提供する一助となれば幸いです。