「役員への報酬、毎月同額の役員報酬で支払うのが良いのか、それとも賞与(ボーナス)を組み合わせた方が良いのか?」
「役員賞与を支給すると、税金や社会保険料の負担が増えるのではないか?」
会社の役員に対する報酬設計は、会社の損益や資金繰りだけでなく、役員個人の手取り額や税・社会保険料負担にも大きな影響を与える、極めて重要な経営課題です。特に、「役員報酬」と「役員賞与」をどのように組み合わせるかは、多くの経営者が頭を悩ませるポイントではないでしょうか。
結論から言えば、社会保険料の負担という観点からは、毎月の役員報酬を低めに設定し、その分を年に1~2回の役員賞与としてまとめて支給する方が、有利になるケースが多くあります。
しかし、その一方で、役員賞与を活用するには税法上の厳格なルールを守る必要があり、また所得税の計算にも影響を及ぼすなど、単純な話ではありません。
この記事では、役員報酬のみで受け取るパターンと、役員賞与を組み合わせて受け取るパターンの違いについて、社会保険料と税金の観点から具体的なシミュレーションを交えながら徹底比較します。さらに、役員賞与を有効活用するための具体的な手続きや、資金繰り上の注意点まで、経営者が知っておくべき報酬設計の全てを分かりやすく解説していきます。
役員報酬と社会保険料の基本関係:なぜ報酬額が重要なのか?
まず、役員報酬と社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)の基本的な関係を理解しておくことが重要です。
毎月の社会保険料は、役員報酬の月額(これを基に「標準報酬月額」が決定される)に、保険料率を乗じて算出されます。つまり、毎月の役員報酬が高ければ高いほど、それに比例して社会保険料の負担も増加するという仕組みです。この社会保険料は、役員個人と会社がそれぞれ折半で負担するため、会社にとっては大きなコストとなります。
パターン1:役員報酬のみで受け取る場合のシミュレーション
では、年間を通じて毎月同額の役員報酬を受け取る、最も一般的なパターンについて見ていきましょう。
【シミュレーション条件】
- 年間役員報酬総額: 1,200万円
- 支給方法: 月額100万円 × 12ヶ月
【社会保険料の計算(概算)】
- 月額報酬100万円の場合、これを基に標準報酬月額が決定されます。
- その標準報酬月額に基づいて計算される毎月の社会保険料は、個人負担分だけでも約11万7千円となります(会社も同額を負担)。
- 年間の社会保険料(個人負担分合計): 約11万7千円 × 12ヶ月 = 約140万9千円
このケースでは、年間1,200万円の報酬に対して、個人負担だけでも約141万円もの社会保険料が発生します。会社負担分も合わせると、社会保険料の総額は約282万円にも上ります。
パターン2:役員報酬+役員賞与で受け取る場合のシミュレーション
次に、毎月の役員報酬を低く抑え、その差額を年に1回の役員賞与としてまとめて受け取るパターンを考えてみましょう。
【シミュレーション条件】
- 年間報酬総額: 1,200万円(パターン1と同一)
- 支給方法:
- 月額役員報酬:10万円 × 12ヶ月 = 年間120万円
- 役員賞与:1,080万円(年に1回支給)
【社会保険料の計算(概算)】
- (A) 月額役員報酬に対する社会保険料:
- 月額報酬10万円の場合、標準報酬月額は非常に低い等級になります。
- 毎月の社会保険料(個人負担分)は、約1万5千円程度です。
- 年間の社会保険料合計: 約1万5千円 × 12ヶ月 = 約18万円
- (B) 役員賞与に対する社会保険料:
- 賞与に対しても、賞与額(標準賞与額)を基に社会保険料が計算されます。
- しかし、ここが重要なポイントです。賞与に対する社会保険料には、1回あたりの上限額が設けられています。
- 健康保険: 年度内の累計で573万円まで
- 厚生年金: 1ヶ月あたり150万円まで
- つまり、1,080万円の賞与が支給されても、社会保険料の計算基礎となるのは、健康保険については573万円、厚生年金については150万円が上限となるのです。
- この上限額に基づいて計算される賞与の社会保険料(個人負担分)は、約47万6千円となります。
- (A)+(B) 年間社会保険料(個人負担分合計): 約18万円 + 約47万6千円 = 約65万6千円
【比較結果】
- 役員報酬のみ(パターン1)の社会保険料: 約140万9千円
- 報酬+賞与(パターン2)の社会保険料: 約65万6千円
- 差額: 約75万3千円
このシミュレーションから明らかなように、年間の報酬総額が同じ1,200万円であっても、支給方法を「報酬+賞与」の組み合わせにするだけで、社会保険料の負担(個人負担・会社負担ともに)を半分以下に、年間で75万円以上も削減できる可能性があるのです。
なぜ賞与を組み合わせると社会保険料が安くなるのか?そのカラクリ
この大きな差が生まれる理由は、前述の「賞与に対する社会保険料の上限(アッパー)」にあります。
- 毎月の役員報酬には、社会保険料の計算上限(標準報酬月額の上限)はあるものの、比較的高い水準に設定されています。そのため、高額な報酬を受け取ると、社会保険料も青天井に近い形で増加していきます。
- 一方、賞与については、1回あたりの厚生年金の上限が150万円と、比較的低い水準でキャップがかけられています。そのため、150万円を超える高額な賞与を支給した場合、その超過部分には厚生年金保険料がかからないのです。
この仕組みを利用し、毎月の社会保険料の計算基礎となる役員報酬を低く抑え、社会保険料の計算上有利な賞与でまとめて支給することで、トータルの社会保険料負担を最適化できるというわけです。
税金の取り扱いはどうなる?賞与の方が高くなるって本当?
「社会保険料が安くなるのは分かったけど、その分、税金(所得税・住民税)が高くなるのでは?」という疑問も当然生じます。この点は少し複雑ですが、正しく理解しておく必要があります。
- 基本的な考え方:
所得税・住民税は、年間の「課税所得」に対して課税されます。課税所得は、年間の収入(報酬+賞与の合計)から、各種所得控除(給与所得控除、基礎控除、配偶者控除など)と、社会保険料控除を差し引いて計算されます。 - 社会保険料控除の影響:
パターン1(報酬のみ)では、年間の社会保険料負担が約141万円であるため、この全額が社会保険料控除として所得から差し引かれます。
パターン2(報酬+賞与)では、年間の社会保険料負担が約66万円であるため、社会保険料控除の額もその金額になります。 - 結論:
年間収入が同じであれば、社会保険料負担が少ないパターン2(報酬+賞与)の方が、社会保険料控除額も少なくなり、結果として課税所得が大きくなります。 そのため、所得税・住民税の納税額は、パターン2の方がパターン1よりも高くなるのです。
では、結局どちらがお得なのか?
社会保険料の削減額と、税金の増加額を相殺して、トータルで手元に残るお金がどちらが多いかを比較する必要があります。
一般的に、所得税・住民税の最高税率(合計約55%)で計算しても、社会保険料の削減メリットの方が、税金の増加デメリットを上回ることがほとんどです。したがって、多くのケースで、役員賞与を組み合わせた方が、トータルでの可処分所得は多くなります。
役員賞与を損金(経費)として認めてもらうための絶対条件:「事前確定届出給与」
役員賞与を有効活用する上で、絶対に忘れてはならないのが、税法上の手続きです。従業員への賞与とは異なり、役員への賞与は、原則として法人の損金(経費)として認められません。
役員賞与を損金として認めてもらうためには、「事前確定届出給与」という制度を利用し、所定の手続きを踏む必要があります。
事前確定届出給与の手続き
- 届出内容の決定: 株主総会などで、「誰に(支給対象役員)」「いつ(支給日)」「いくら(支給額)」の3点を具体的に決定します。
- 税務署への届出: 決定した内容を記載した「事前確定届出給与に関する届出書」を、以下のいずれか早い日までに税務署に提出します。
- 株主総会等の決議によりその定めをした日から1ヶ月を経過する日
- その事業年度開始の日から4ヶ月を経過する日
- (実務上は、事業年度開始から3ヶ月以内に届出内容を決定し、4ヶ月目の直前までに提出するというスケジュール感が一般的です。)
- 届出通りの支給: 届け出た支給日に、届け出た金額を1円のズレもなく、1日の遅れもなく支給します。
この手続きを怠ったり、届出内容と実際の支給内容が異なったりした場合は、支給した役員賞与の全額が損金として認められず、法人税の負担が大幅に増加してしまうため、細心の注意が必要です。
役員賞与活用術:資金繰りやライフプランとの連携
役員賞与の活用は、単なる社会保険料削減や節税に留まりません。資金繰りや個人のライフプランと連携させることで、より戦略的な報酬設計が可能になります。
1. 決算期末の利益調整と資金繰り改善
- 役員賞与の支給時期を、決算月の直前(または決算後1ヶ月以内)に設定することで、その期の利益状況に応じて支給額を調整し、法人税負担をコントロールすることができます。
- また、決算賞与の支給を決算月の翌月に行う(未払賞与の損金算入)ことで、決算書上の現金預金残高を多く見せ、金融機関からの評価を高める効果も期待できます(詳しくは別の記事で解説)。
2. 個人のライフプランに合わせた所得の平準化
- 役員報酬は、毎月一定額が個人の所得となります。一方、役員賞与は、支給される年の所得となります。
- これを利用して、例えば個人の所得税の計算期間である暦年(1月~12月)をまたぐように賞与の支給時期を設定することで、各年の所得をある程度コントロールすることが可能です。
- 例: 3月決算の会社で、賞与支給日を3月に設定すれば、その年の1月~12月の所得に賞与が含まれます。4月に設定すれば、翌年の1月~12月の所得に含まれることになります。
- ふるさと納税の上限額計算や、その他の所得控除の適用などを考慮しながら、最適な支給時期を検討しましょう。
3. 「毎月の生活費が足りない」問題への対応:役員貸付の活用
「毎月の役員報酬を10万円に設定すると、生活ができない」という問題も生じます。この場合、以下のような対応が考えられます。
- 役員貸付の利用:
毎月の生活費の不足分を、会社から役員個人への「貸付(役員貸付金)」として処理します。 - 賞与支給時の相殺:
年に1回の役員賞与が支給された際に、その賞与額と、それまでの役員貸付金の残高を相殺します。
これにより、毎月の生活資金を確保しつつ、社会保険料の算定基礎となる役員報酬は低く抑えることができます。
- 注意点:
この方法を用いる場合、決算日時点では必ず役員貸付金の残高がゼロになるように精算することが絶対条件です。決算書に役員貸付金が残っていると、金融機関からの評価を著しく悪化させ、融資が受けられなくなる大きな原因となります。
まとめ:役員報酬と役員賞与の最適な組み合わせで、会社も個人も豊かになる!
役員報酬の設計は、経営者の手取り額、会社のコスト、そして将来の保障にまで影響を及ぼす、奥の深い経営戦略です。
役員報酬設計の成功の鍵
- 社会保険料の仕組みを正しく理解する: 毎月の報酬にかかる社会保険料と、賞与にかかる社会保険料(上限あり)の違いを把握する。
- 税金への影響も考慮する: 社会保険料の削減メリットと、税金の増加デメリットを比較し、トータルで有利な選択をする。
- 「事前確定届出給与」の手続きを厳守する: 役員賞与を損金として認めてもらうための、最も重要な手続きです。
- 資金繰りを考慮した計画的な運用: 毎月の生活費の確保(役員貸付の活用など)や、賞与支給時の資金準備を計画的に行う。
- 税理士・社会保険労務士との連携: 報酬設計や手続きには、専門的な知識が不可欠です。必ず専門家と相談しながら、自社にとって最適なプランを構築しましょう。
単純に毎月同額の役員報酬を受け取るだけでなく、役員賞与を戦略的に組み合わせることで、社会保険料負担を適正化し、結果として会社と役員個人の双方に、より多くのお金を残すことが可能になります。
ただし、これはあくまでも現行の法律に基づいた考え方です。社会保険制度や税制は、将来変更される可能性もあります。常に最新の情報を入手し、専門家と連携しながら、自社にとって最適な報酬戦略を追求し続ける姿勢が重要です。
この記事が、皆様の会社の報酬設計を見直し、より効果的で、かつ持続可能な経営を実現するための一助となれば幸いです。