【徹底解説】「106万円の壁」撤廃へ:社会保険制度の変革がもたらす影響と、私たちの生活への影響とは?

電子帳簿保存法・インボイス

近年、働き方の多様化や人手不足を背景に、パート・アルバイト従業員の社会保険加入に関する「年収の壁」が大きな注目を集めてきました。その中でも、特に「106万円の壁」と呼ばれる基準が、近々撤廃される方向で議論が進んでいます。この変更は、働く個人だけでなく、企業経営、さらには日本全体の社会保障制度にも大きな影響を与える可能性があります。

本記事では、この「106万円の壁」とは何か、撤廃によって何が変わるのか、そしてそれが私たちの生活や企業活動にどのような影響を及ぼすのかについて、背景にある社会保険制度の仕組みや、他の「年収の壁」問題と関連付けながら、網羅的かつ客観的に解説していきます。

「106万円の壁」とは?社会保険加入のボーダーライン

まず、「106万円の壁」について正確に理解しておきましょう。これは、主にパート・アルバイトとして働く人が、勤務先の社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入しなければならなくなる年収の目安の一つです。

従来、パート・アルバイト従業員が社会保険に加入する主な基準として「130万円の壁」が存在しました。年収が130万円を超えると、配偶者などの社会保険の扶養から外れ、自身で国民健康保険・国民年金に加入するか、勤務先の社会保険に加入する必要が生じるというものです。

しかし、数年前から、この「130万円の壁」とは別に、より低い年収でも勤務先の社会保険への加入が義務付けられる「106万円の壁」が段階的に導入されてきました。これは、短時間労働者に対する社会保険の適用拡大を目的としたもので、以下の4つの要件を全て満たす場合に適用されます(現行制度)。

  1. 年収(月額賃金)の基準: 年収換算で約106万円以上(月額賃金8万8,000円以上)。
  2. 企業規模の基準: 従業員数51人以上の企業に勤務。
  3. 労働時間の基準: 週の所定労働時間が20時間以上。
  4. 学生でないこと: 学生は原則として対象外。

これらの要件に該当すると、本人の意思にかかわらず、勤務先の社会保険に加入し、保険料を支払う義務が生じます。社会保険料は、従業員と企業が原則として折半で負担するため、従業員にとっては手取り収入の減少に、企業にとっては人件費の増加に繋がる可能性があります。

「106万円の壁」撤廃の動き:何が変わるのか?

最近の政府の動きとして、この「106万円の壁」の適用要件のうち、「年収106万円以上」と「企業規模(従業員数51人以上)」の2つの要件を撤廃する方向で検討が進められています。これが実現すると、社会保険加入の判断基準は、実質的に 「週20時間以上の労働」と「学生でないこと」 の2点に集約されることになります。

週20時間以上の労働が新たな基準に

つまり、企業規模に関わらず、学生を除き、週に20時間以上働くパート・アルバイト従業員は、原則として勤務先の社会保険に加入しなければならなくなる可能性が高いということです。

週20時間という基準は、1日4時間勤務であれば週5日、1日5時間勤務であれば週4日で到達します。多くのパート・アルバイト従業員がこの基準に該当することになるでしょう。

最低賃金の上昇と「106万円」基準の形骸化

そもそも、「年収106万円以上」という基準は、近年の最低賃金の継続的な上昇により、形骸化しつつありました。多くの都道府県で、週20時間以上働けば自動的に年収106万円を超えてしまう状況が近づいており、この年収基準を撤廃することは、ある意味で現状を追認する動きとも言えます。政府は、2030年代半ばまでに全国加重平均最低賃金を1,500円に引き上げる目標を掲げており、これが実現すれば、週20時間労働で年収106万円を超えるのはほぼ確実となります。

この変更は、早ければ2~3年以内に全ての都道府県で適用される可能性があると見られています。

「106万円の壁」撤廃がもたらす影響

この制度変更は、働く個人、企業、そして社会全体に様々な影響を及ぼすと考えられます。

1. 働く個人への影響:手取り収入の減少と将来の年金増

  • 手取り収入の減少:
    社会保険に加入すると、保険料(健康保険料・厚生年金保険料)が給与から天引きされます。この保険料率は、合計で給与のおおよそ15%程度(自己負担分)に相当します。つまり、これまで社会保険に加入していなかった人が新たに加入することになると、手取り収入が約15%減少する計算になります。例えば、年収120万円(月収10万円)の人の場合、年間約18万円の手取りが減る可能性があります。これは、生活設計に大きな影響を与える可能性があります。
  • 将来の年金受給額の増加:
    一方で、厚生年金に加入することで、将来受け取れる年金額(老齢厚生年金)が増加するというメリットがあります。国民年金のみの場合と比較して、より手厚い年金保障が期待できます。
  • 健康保険の給付の充実:
    勤務先の健康保険に加入することで、傷病手当金(病気やケガで働けなくなった場合の所得保障)や出産手当金など、国民健康保険にはない給付を受けられるようになります。

2. 企業への影響:人件費の増加と対応策の必要性

  • 人件費の増加:
    企業も、従業員が社会保険に加入する際に保険料の半額を負担する義務があります。これは、従業員の給与のおおよそ15%程度に相当し、企業にとっては大きなコスト増となります。特に、パート・アルバイト従業員を多く雇用している中小企業にとっては、経営への影響は小さくありません。
  • 対応策の模索:
    企業側の対策としては、以下のようなものが考えられます。
    • 労働時間の調整: 従業員の週の労働時間を20時間未満に抑えることで、社会保険加入を回避しようとする動き。ただし、これにより必要な労働力が確保できなくなる可能性があります。
    • 学生アルバイトの活用: 学生は社会保険加入の対象外となるため、学生アルバイトの比率を高める。
    • 業務効率化・生産性向上: 人件費増を吸収するために、業務プロセスの見直しやIT導入などによる生産性向上が急務となります。
    • 価格転嫁: コスト増を製品・サービス価格に転嫁する。ただし、競争環境によっては難しい場合もあります。

この企業負担の増加は、中小企業の経営を圧迫し、倒産件数の増加に繋がるのではないかという懸念も指摘されています。特に、飲食店などパート・アルバイト比率の高い業種では、深刻な影響が出る可能性があります。

3. 社会全体への影響:働き方の変化と制度への信頼性

  • 働き控えの再燃・労働力不足の深刻化:
    手取り収入の減少を避けるため、週の労働時間を20時間未満に抑えようとする「働き控え」が、これまで以上に広がる可能性があります。これは、ただでさえ深刻な人手不足をさらに悪化させる要因となり得ます。
  • ダブルワークの増加:
    1社での労働時間を20時間未満に抑え、複数の勤務先で働く(ダブルワーク)人が増えるかもしれません。1社あたりの労働時間が20時間未満であれば、原則として社会保険の加入義務は発生しません(ただし、合計の労働時間や収入によっては、自身で国民健康保険・国民年金に加入する必要が生じる場合があります)。
  • 制度の矛盾と国民の不信感:
    一方で「手取りを増やす」ための政策(例:所得税の定額減税、扶養控除の見直し議論など)が進められながら、他方で社会保険料負担を増やす政策が打ち出されることは、国民にとって矛盾しているように映り、制度全体への不信感を招く可能性があります。税金を管轄する財務省と、社会保険を管轄する厚生労働省の間で、政策の方向性に一貫性がないとの批判も出ています。
  • 最低賃金引き上げとのジレンマ:
    最低賃金を引き上げれば、働く人の生活水準向上に繋がる一方で、社会保険加入の対象者が増え、結果として手取りが減少するというジレンマが生じます。「最低賃金は上げてほしいが、社会保険料は負担したくない」という働く側の葛藤も深まるでしょう。

「106万円の壁」撤廃の背景にある国の狙いと課題

国が社会保険の適用拡大を進める背景には、以下のような狙いがあると考えられます。

  • 社会保険財政の安定化: 少子高齢化が進む中で、社会保険料を納める人を増やし、年金や医療制度の財政基盤を強化したいという意図があります。
  • 格差の是正: 正社員と非正規社員の間の社会保障格差を縮小し、より公平な制度を目指すという建前もあります。
  • 労働力確保(建前上): 年収の壁を意識した働き控えを解消し、労働市場への参加を促すという目的も掲げられていますが、実際には逆効果になる可能性も指摘されています。

しかし、この政策には多くの課題も存在します。

  • 国民の納得感の醸成: 「将来の年金が増える」と言われても、現在の年金制度への不信感や、実際に年金を受け取るまでの期間の長さ、受給額の不確実性などを考えると、多くの人が目先の負担増に納得しにくい状況です。
  • 中小企業への配慮不足: 大企業と比較して経営基盤の弱い中小企業にとって、人件費の急激な増加は死活問題です。激変緩和措置(例えば、最初の数年間は企業負担分を国が一部助成するなど)も検討されてはいますが、その効果や持続性には疑問符が付きます。
  • 制度の複雑さと分かりにくさ: 「103万円の壁」「106万円の壁」「130万円の壁」「150万円の壁」など、様々な「年収の壁」が存在し、制度が非常に複雑で分かりにくいことが、国民の混乱を招いています。税と社会保険制度の一体的な改革など、よりシンプルで分かりやすい制度設計が求められます。

今後の展望と私たちに求められること

「106万円の壁」の撤廃は、ほぼ既定路線として進んでいくと考えられます。この変化に対し、私たちはどのように向き合っていくべきでしょうか。

  • 働く個人として:
    • 自身の働き方やライフプランを見直し、社会保険加入のメリット・デメリットを総合的に考慮した上で、最適な働き方を選択する必要があります。
    • 手取り収入の減少に備え、家計の見直しやスキルアップによる収入増を目指すといった対策も求められます。
    • 制度変更に関する正確な情報を収集し、自身の権利や義務を理解しておくことが重要です。
  • 企業として:
    • 人件費増加への対応策(業務効率化、価格転嫁、採用戦略の見直しなど)を早急に検討し、実行に移す必要があります。
    • 従業員に対し、制度変更の内容や影響について丁寧に説明し、理解を求める努力が不可欠です。
    • 社会保険労務士などの専門家と連携し、適切な労務管理体制を構築することが求められます。
  • 社会全体として:
    • 今回の制度変更が、本当に国民生活の向上や社会保障制度の持続可能性に繋がるのか、引き続き議論を深めていく必要があります。
    • より公平で分かりやすい、そして国民が納得できる社会保障制度のあり方について、建設的な提言を行っていくことが求められます。
    • 選挙などを通じて、国民の声を政治に反映させていくことも重要です。

「106万円の壁」の撤廃は、単なる制度変更に留まらず、日本の働き方や社会保障のあり方に大きな一石を投じるものです。この変化を乗り越え、より良い未来を築いていくためには、個人、企業、そして社会全体での賢明な対応と、継続的な制度改善への努力が不可欠と言えるでしょう。

最後に、今回のテーマとは直接関係ありませんが、動画内で触れられていた「おすすめの水」に関する雑談は、本筋から外れるため、この記事では割愛させていただきます。重要なのは、このような生活に密着した制度変更について、正確な情報を得て、自身の生活や事業にどう影響するのかを冷静に考えることであると、改めて強調しておきたいと思います。